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第十四章 オーダーメイド楽しい
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今日もつつがなくお店を開ける。マトイさんはシフトの都合でお休みだし、桐和は休憩時間で作業場に入っている。休憩中にはお店の外に出て気分転換をしてきてもいいとは言ってあるのだけれども、今日は作業場でゆっくりとお茶をしたい気分のようでそこにいる。
桐和が休憩をしている間、店頭には僕が出ている。お店の中を見てすこし乱れている商品を直してとやっていると、ぼちぼちお客さんが入って来た。そのお客さん達は、たまたま近くに来た常連さんだとか、SNSとかで見掛けて来てみたはじめての客さんだとか様々だ。常連さんとはすこしお話をして、はじめてのお客さんはすこし様子を窺って、声を掛けて欲しそうにしたら声を掛ける。そんなふうに接客をして、服だけでなくアクセサリーや柄タイツなんかの小物も購入してもらえた。
アクセサリーや柄タイツは服に比べて安めの価格帯だけど、それで逆に手が出しやすいのかこのお店の売れ筋だ。このあたりの商品を実際手に取って買ってみて、それでリピーターになるお客さんも少なくない。
はじめて来たお客さんが、前から欲しかったとうれしそうに柄タイツの入ったショッパーを抱えてお店の前から去って行くのを見送って、じわじわと僕もうれしい気持ちになった。なんだかんだで、自分が作った商品でよろこんでもらえるのはやりがいに繋がるのだ。
お客さんがすこしの間途切れて、店内の商品に乱れがないかまたチェックする。柄タイツのハンガーがすこし片側に寄っていたので均等に並べ直していると、入り口のガラスのドアが開いてお客さんが入って来た。
「ミツキさんおひさー」
「あ、イツキさんおひさしぶりですー」
やって来たのは襟周りにフェイクファーがついたダウンベストを着て、細身のパンツを穿いているイツキさん。そういえば、イツキさんがこのお店に来たのはだいぶ前だなと思った。
「ちょっと前に新作出たって聞いたから見に来たんだよ」
そう言ってイツキさんは慣れたようすで、いつも新作をかけている壁際のハンガーラックに近寄る。
「今回、いつもとちょっとテイストが違う感じだったけど?」
そう言ってハンガーラックにかかった新作をイツキさんが見ているので、僕はそっと側に寄って言葉を返す。
「そうなんですよ。今回出した新作は、アウトドアファブリックを取り入れてみたのと、オリジナルの布を作ってやってみました」
「オリジナルの布! はー、手が込んでるな」
イツキさんは服飾が専門というわけでもないのにオリジナルの布の大変さがわかるようでありがたい。もしかしたら、服飾以外のどこかでオリジナルでなにかを作るということの大変さを知っているのかもしれない。
まじまじと新作のショートコートを見たイツキさんが、額をおさえて困ったように言う。
「あー、実物見るとやっぱ欲しくなる」
「試着だけでもしてみますか?」
「試着……してみちゃおうかな!」
僕はイツキさんが見ていたショートコートを手に取って、イツキさんを試着室に案内する。試着室に入ったら、ショートコートを手渡してカーテンを閉める。すると、中から声が聞こえてきた。
「上から羽織るだけなのにカーテン閉める必要あるかな?」
「えっ? あ、それはそうですけど、一応荷物とかの防犯上閉めた方がいいかと」
「ああ、それもそうか」
すこしだけ待っていると、すぐにカーテンが開いた。どうやらショートコートはイツキさんにはすこしゆとりがあるようだけれども、著しくシルエットが崩れるということはなさそうだった。
「結構いい感じかも」
そう言いながらイツキさんが腕を前後に動かしたり、上げたり下げたりしてようすを見ている。結構ハードな仕事をしていると以前聞いた気がするので、仕事中に着られるかの確認だろう。
しばらく腕を動かした後、イツキさんはショートコートを脱いで値札を見て、溜息をつく。
「動きやすいし欲しいけど、今日は買えないや」
「まぁ、安いものではないですからね。
無理はなさらず」
そうは言うものの、イツキさんがあまりにもしょんぼりしているので一応こう訊ねる。
「お取り置きもできますけど、どうしますか?」
するとイツキさんはすこし考える素振りを見せてからこう返す。
「うーん、今回はやめとく。考えておくよ」
「はい。それじゃあまた別の機会に」
イツキさんからショートコートとハンガーを受け取りショートコートをハンガーにかけていると、イツキさんがダウンベストを着ながらこんなことを言った。
「実は、最近オーダースーツを作っちゃってお金がヤバい」
「えっ? そうなんです?」
イツキさんは仕事でスーツを着るとも聞かないし、普段も着るとは聞いていないので思わず驚いた。でも、よくよく考えて僕は改めてイツキさんに言う。
「でも、オーダースーツは動きやすいですし、オーダーでないにしてもそこそこ良いスーツは一着あるとなにかと使いますからね」
するとイツキさんは頷きながらこう返す。
「そうなんだよ。実は仕事先の客にスーツを買った方がいいって勧められてさ」
「なるほど」
「会社のビルに入って仕事することがあるから、不審がられないようにスーツを買えって」
「えっ? なんでそれで今までスーツを持ってなかったんです?」
僕の疑問に、イツキさんは気まずそうに笑って頭を掻く。
「いやだってさ、スーツって動きづらいと思ってて」
「安い量産品の既製品ならそれはそうですね」
「そうなのかー。量産品はよくないのかー」
顔を手で覆って頭を振るイツキさんを見て、普段着ない服のことはやっぱりわからないものなのだなと思う。
「量産品がよくないと言うよりは、パターンが甘い格安の既製品がよくないという感じですね。数を作ってる既製品でも、パターンがある程度しっかりしていて自分にサイズの合ったものなら、それなりですよ」
「なるほどなー」
僕の説明にイツキさんは納得したようだ。二回ほど頷いてからショートコートをハンガーラックにかけた僕にイツキさんが訊ねる。
「そういえば、ミツキさんもスーツ持ってるの? やっぱオーダーしたりした?」
その問いに、僕はにっこり笑って返す。
「僕も仕事の打ち合わせ用にスーツ持ってますよ。自分で仕立てましたー」
それを聞いたイツキさんは驚いたような顔をして、僕のことを頭のてっぺんからつま先まで見る。
「ミツキさん、スーツも仕立てられるんだ。すごいな。
それならこのお店でオーダーしてもよかったかも」
そこまで僕の腕前に信頼を置いてくれているのはうれしいけれども、僕はあえてイツキさんにこう返す。
「僕もスーツは仕立てられますけど、僕が作ると若干カジュアルな雰囲気になっちゃうので、なるべく専門のお店で仕立ててもらった方がいいですよ」
僕の言葉に、イツキさんは不思議そうな顔をする。
「ミツキさんが仕立てるとカジュアルっぽくなっちゃうの? なんで?」
「あー、なんというか、僕がパターンを引くときの癖というか、そういうのでなんかこう、若干カジュアルっぽいシルエットになっちゃうんですよね」
「そういうもんなんだ」
イツキさんはなにかすこし考え込む素振りを見せる。
「スーツを作るなら、僕よりも桐和の方がフォーマルな感じに仕立てられますね」
「あー、なんかそれはわかる気がする」
もしイツキさんがこのお店にスーツを発注するつもりならとそう思って言ったのだけれども、イツキさんはにっと笑ってこう言った。
「それ訊いちゃうと、ミツキさんが作ったのと桐和さんが作ったの、どっちのスーツも欲しくなっちゃうなぁ」
その言葉はありがたいけれど、念のためにと僕は釘を刺す。
「それは構いませんけれど、ここから先は沼ですよ」
「だよなー」
一度オーダーメイドの服を着てしまったら後には戻れないのを、僕は知っている。それで破産する人がいるという話も聞いたことがあるくらいだ。
だからイツキさんには身を持ち崩さない程度に楽しんで欲しいのだけれども、いつかイツキさんがこのお店にスーツのオーダーに来るのがちょっとだけ楽しみになった。
桐和が休憩をしている間、店頭には僕が出ている。お店の中を見てすこし乱れている商品を直してとやっていると、ぼちぼちお客さんが入って来た。そのお客さん達は、たまたま近くに来た常連さんだとか、SNSとかで見掛けて来てみたはじめての客さんだとか様々だ。常連さんとはすこしお話をして、はじめてのお客さんはすこし様子を窺って、声を掛けて欲しそうにしたら声を掛ける。そんなふうに接客をして、服だけでなくアクセサリーや柄タイツなんかの小物も購入してもらえた。
アクセサリーや柄タイツは服に比べて安めの価格帯だけど、それで逆に手が出しやすいのかこのお店の売れ筋だ。このあたりの商品を実際手に取って買ってみて、それでリピーターになるお客さんも少なくない。
はじめて来たお客さんが、前から欲しかったとうれしそうに柄タイツの入ったショッパーを抱えてお店の前から去って行くのを見送って、じわじわと僕もうれしい気持ちになった。なんだかんだで、自分が作った商品でよろこんでもらえるのはやりがいに繋がるのだ。
お客さんがすこしの間途切れて、店内の商品に乱れがないかまたチェックする。柄タイツのハンガーがすこし片側に寄っていたので均等に並べ直していると、入り口のガラスのドアが開いてお客さんが入って来た。
「ミツキさんおひさー」
「あ、イツキさんおひさしぶりですー」
やって来たのは襟周りにフェイクファーがついたダウンベストを着て、細身のパンツを穿いているイツキさん。そういえば、イツキさんがこのお店に来たのはだいぶ前だなと思った。
「ちょっと前に新作出たって聞いたから見に来たんだよ」
そう言ってイツキさんは慣れたようすで、いつも新作をかけている壁際のハンガーラックに近寄る。
「今回、いつもとちょっとテイストが違う感じだったけど?」
そう言ってハンガーラックにかかった新作をイツキさんが見ているので、僕はそっと側に寄って言葉を返す。
「そうなんですよ。今回出した新作は、アウトドアファブリックを取り入れてみたのと、オリジナルの布を作ってやってみました」
「オリジナルの布! はー、手が込んでるな」
イツキさんは服飾が専門というわけでもないのにオリジナルの布の大変さがわかるようでありがたい。もしかしたら、服飾以外のどこかでオリジナルでなにかを作るということの大変さを知っているのかもしれない。
まじまじと新作のショートコートを見たイツキさんが、額をおさえて困ったように言う。
「あー、実物見るとやっぱ欲しくなる」
「試着だけでもしてみますか?」
「試着……してみちゃおうかな!」
僕はイツキさんが見ていたショートコートを手に取って、イツキさんを試着室に案内する。試着室に入ったら、ショートコートを手渡してカーテンを閉める。すると、中から声が聞こえてきた。
「上から羽織るだけなのにカーテン閉める必要あるかな?」
「えっ? あ、それはそうですけど、一応荷物とかの防犯上閉めた方がいいかと」
「ああ、それもそうか」
すこしだけ待っていると、すぐにカーテンが開いた。どうやらショートコートはイツキさんにはすこしゆとりがあるようだけれども、著しくシルエットが崩れるということはなさそうだった。
「結構いい感じかも」
そう言いながらイツキさんが腕を前後に動かしたり、上げたり下げたりしてようすを見ている。結構ハードな仕事をしていると以前聞いた気がするので、仕事中に着られるかの確認だろう。
しばらく腕を動かした後、イツキさんはショートコートを脱いで値札を見て、溜息をつく。
「動きやすいし欲しいけど、今日は買えないや」
「まぁ、安いものではないですからね。
無理はなさらず」
そうは言うものの、イツキさんがあまりにもしょんぼりしているので一応こう訊ねる。
「お取り置きもできますけど、どうしますか?」
するとイツキさんはすこし考える素振りを見せてからこう返す。
「うーん、今回はやめとく。考えておくよ」
「はい。それじゃあまた別の機会に」
イツキさんからショートコートとハンガーを受け取りショートコートをハンガーにかけていると、イツキさんがダウンベストを着ながらこんなことを言った。
「実は、最近オーダースーツを作っちゃってお金がヤバい」
「えっ? そうなんです?」
イツキさんは仕事でスーツを着るとも聞かないし、普段も着るとは聞いていないので思わず驚いた。でも、よくよく考えて僕は改めてイツキさんに言う。
「でも、オーダースーツは動きやすいですし、オーダーでないにしてもそこそこ良いスーツは一着あるとなにかと使いますからね」
するとイツキさんは頷きながらこう返す。
「そうなんだよ。実は仕事先の客にスーツを買った方がいいって勧められてさ」
「なるほど」
「会社のビルに入って仕事することがあるから、不審がられないようにスーツを買えって」
「えっ? なんでそれで今までスーツを持ってなかったんです?」
僕の疑問に、イツキさんは気まずそうに笑って頭を掻く。
「いやだってさ、スーツって動きづらいと思ってて」
「安い量産品の既製品ならそれはそうですね」
「そうなのかー。量産品はよくないのかー」
顔を手で覆って頭を振るイツキさんを見て、普段着ない服のことはやっぱりわからないものなのだなと思う。
「量産品がよくないと言うよりは、パターンが甘い格安の既製品がよくないという感じですね。数を作ってる既製品でも、パターンがある程度しっかりしていて自分にサイズの合ったものなら、それなりですよ」
「なるほどなー」
僕の説明にイツキさんは納得したようだ。二回ほど頷いてからショートコートをハンガーラックにかけた僕にイツキさんが訊ねる。
「そういえば、ミツキさんもスーツ持ってるの? やっぱオーダーしたりした?」
その問いに、僕はにっこり笑って返す。
「僕も仕事の打ち合わせ用にスーツ持ってますよ。自分で仕立てましたー」
それを聞いたイツキさんは驚いたような顔をして、僕のことを頭のてっぺんからつま先まで見る。
「ミツキさん、スーツも仕立てられるんだ。すごいな。
それならこのお店でオーダーしてもよかったかも」
そこまで僕の腕前に信頼を置いてくれているのはうれしいけれども、僕はあえてイツキさんにこう返す。
「僕もスーツは仕立てられますけど、僕が作ると若干カジュアルな雰囲気になっちゃうので、なるべく専門のお店で仕立ててもらった方がいいですよ」
僕の言葉に、イツキさんは不思議そうな顔をする。
「ミツキさんが仕立てるとカジュアルっぽくなっちゃうの? なんで?」
「あー、なんというか、僕がパターンを引くときの癖というか、そういうのでなんかこう、若干カジュアルっぽいシルエットになっちゃうんですよね」
「そういうもんなんだ」
イツキさんはなにかすこし考え込む素振りを見せる。
「スーツを作るなら、僕よりも桐和の方がフォーマルな感じに仕立てられますね」
「あー、なんかそれはわかる気がする」
もしイツキさんがこのお店にスーツを発注するつもりならとそう思って言ったのだけれども、イツキさんはにっと笑ってこう言った。
「それ訊いちゃうと、ミツキさんが作ったのと桐和さんが作ったの、どっちのスーツも欲しくなっちゃうなぁ」
その言葉はありがたいけれど、念のためにと僕は釘を刺す。
「それは構いませんけれど、ここから先は沼ですよ」
「だよなー」
一度オーダーメイドの服を着てしまったら後には戻れないのを、僕は知っている。それで破産する人がいるという話も聞いたことがあるくらいだ。
だからイツキさんには身を持ち崩さない程度に楽しんで欲しいのだけれども、いつかイツキさんがこのお店にスーツのオーダーに来るのがちょっとだけ楽しみになった。
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