HAPPY CITIZENの生活

藤和

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第十二章 勇み足で同人誌即売会

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 マトイさんにできたスタイルデザインのパターン案を渡して二週間。想像していたよりも早くパターンが仕上がってきて、僕は逆に虚無になっていた。
 マトイさんが、あの、卒製以外に納期を守れなかったマトイさんが、締め切りの二週間前にデータを仕上げてくるなんて信じられなかった。
「店長……そこまで虚無られると俺もへこむんだけど……」
「あー、うん。
とりあえずデータのチェックするね」
 気を取り直してマトイさんが作ったパターンのデータをチェックする。一ブロックでの詳細確認と、連続させて並べたときのつながりの確認だ。
 たしかに、マトイさんがあらかじめ言ったとおりパターン化するにあたって若干のデザイン修正は入っていたけれども、違和感なく、かつ僕のイメージ通りと言っても差し支えない仕上がりになっていた。
 その出来にまず驚いたけれども、とにかくマトイさんが納期通りに仕上げてきたということ自体にショックを受けている状態で、きちんと出来の判断が出来る気がしなかったので、このデータはとりあえず一晩寝かせることにした。
 僕が製図台に向かって次のシーズンの新作を作るためのパターンを引いていると、お客さんが途切れたのか桐和が作業場を覗き込んで声を掛けてきた。
「そういえば店長、相談があるんですけど」
「んー、なあに?」
「急なことですが、今週末休みが欲しいんです」
 桐和がこんなに急な休みの申請をしてくるのは珍しい。とりあえず僕はパターンを引く手を一旦止めて桐和に返す。
「有休残ってるからお休みしていいよ」
 すると、桐和は意外そうな顔をしてこう返してきた。
「……理由は聞かないんですね」
「え? 有休だし」
 そう、有休であれば取得の理由をわざわざ訊く必要もないのだ。そう思ったけれども、僕はふと、以前桐和が急に休みが欲しいといったときのことを思い出す。
「もしかして、また病院に用事で呼ばれてるの? それなら出張扱いにするけど」
 そう、以前桐和の先輩が勤めている病院で、手術をしないといけない患者のジェルネイルを落とすために呼ばれたことがあったので、またそういうことではないかと思ったのだ。
 すると、桐和は手を振ってこう返した。
「いえ、違います。
今週末に川崎で文芸同人誌の即売会があるので、それに行きたいと思いまして」
 それを聞いてか、パソコンの前でコーヒーを飲んでいたマトイさんがすこし大きめの声で言う。
「そんなイベントあるの? 俺も行きたい」
 マトイさんの言葉に、桐和はにこりと笑ってこう返す。
「マトイさんもお休み取りますか?」
「休み取っていいなら取りたいなぁ。
勤めはじめてからそんな経ってないから有休は取れないけど」
 ふたりはそう話して僕の方を見て、マトイさんが僕に訊ねる。
「でも、俺が休み取っちゃって、店長ひとりで店を見てるの大丈夫?」
「うーん、ワンオペ自体は慣れてるからいいんだけど……」
 そう、ワンオペは慣れているので特に問題はない。だけれども。
「僕もそのイベント行きたい」
 僕がそう言うと、マトイさんが難しそうな顔をする。
「あー、それだと俺がお店見てた方がいいのかな……」
 マトイさんの言葉を聞いてすこし考えて、僕はにっこりと笑って言う。
「もうその日はお店閉めちゃってみんなで行こうか」
 それを聞いてマトイさんは驚いたような顔をする。
「店長本気? 休みにしちゃっていいの?」
「いいのいいの。お休みの張り紙作ろっか」
「店長自由すぎる……」
 マトイさんにパソコンを譲ってもらってワープロソフトを立ち上げ、今週末臨時休業にする旨を書いてプリントアウトする。その紙を持って店頭に出て、入り口のガラスのドアに養生テープで貼り付けていると誰かが来て貼り紙を読んでいるようだった。
 僕がすぐさまにドアから離れてレジの近くに行くと、入り口から薄紫のTシャツに白いキャミソールと黄色のホットパンツ姿の理奈さんが入って来た。
「久しぶりー。今週末臨時休業なんだ」
「そうなんです。経緯は貼り紙通りです」
「同人誌即売会ってのがなんなのかはわかんないけど、今週末休みなら今日来てよかった。今日来るか日曜来るかで悩んでたんだよね」
 ちょっと理由を正直に書きすぎたかと思ったけれども、このお店は臨時休業することも結構あるので、理奈さんからは特に不満は出てこなかった。
 僕と桐和と理奈さんとですこし話をして、理奈さんは店内の服をじっくりと見てから、また今度買いに来るねと言い残してお店を出て行った。
 そのようすを作業場から伺っていたらしいマトイさんが、おずおずと言う。
「店長、本当に休みにしちゃっていいの?」
 その言葉に、僕は当たり前のように返す。
「僕も含めた店員のプライベートも大事だからね。せっかく融通の利く個人商店なんだし、利用しない手はないでしょ」
「まぁ、店長が納得してるならいいけど……」
 どうやらマトイさんはまだちょっと引け目を感じているようだけれども、僕がこういったことでお店を休みにすることが今までに何度かあったのを知っている桐和は、特に驚いたようすを見せない。
「一日余分に休んだだけでお店が立ちゆかなくなるような経営はさせてませんから」
 桐和はしれっとそう言う。そう、経営の面ではだいぶ桐和のお世話になっている。多分桐和がいなかったら、僕は適切なお休みも取れてなかったんじゃないかなぁ。

 そして週末。僕のお店のメンバーは特に待ち合わせをするということもなく、それぞれに同人誌即売会の会場へと向かった。特に待ち合わせをしているわけでもないのだからと、僕はサクラを誘って一緒に来た。
 会場内はそんなに広くなくて、ちょっと立ち止まって見渡せば全部の出展者のようすがわかるかなといったくらいの規模だ。
 これならゆっくり回っても大丈夫かなと、出展者ごとにじっくりと見て、気に入った本を買っていく。一通り回り終わって会場内に設置された休憩所で荷物の整理をしていたら、サクラがこう訊ねてきた。
「ミツキも、また小説書きたくなった?」
 僕が学生時代に文芸部だったのをサクラも知っている。だからこう聞いてきたのだろう。
 僕は手元の文芸同人誌を見て、学生時代を思い出しながら返す。
「そうだなぁ、時間が作れるならまた書きたいな。やるなら、忙しくない時期を狙ってになるけど」
 それを聞いたサクラは、にっこりと笑ってこう言った。
「俺、ミツキが書いた小説また読みたいな。新しいやつ」
「そう? それじゃあがんばってみようかな」
 期待の言葉をかけられてうれしくなって、ちょっとだけ気恥ずかしくなる。学生時代は誰に向けたものというわけでもなく小説を書いていたけれども、今度はサクラのために書いてみてもいいかもしれない。これは、サクラには言わないけれども。
 休憩所でお茶を飲みながらサクラと話していると、少し離れた席に誰かが座った。
「店長こんちはー」
「こんにちは。今日はサクラさんと一緒なんですね」
 誰かと思ったらマトイさんと桐和だ。そんなに広い会場ではないので、回っている間にばったり会って、買い物をして一緒に休憩場に来たのだろう。
 マトイさんにサクラのことを紹介して、すこし話をする。どうやら桐和もマトイさんもいい買い物が出来たようだった。
 ふと、マトイさんがお茶を飲みながら笑う。
「こんなイベント来ちゃったら、俺もまた本作りたくなっちゃうな」
 それに対して、桐和が澄ました顔で返す。
「作ればいいじゃないですか」
「でも、ひとりで一冊分書くのは大変だぞ」
「そうですか? それなら僕も一緒にやりましょうか」
 そのやりとりを聞いて、僕はこう提案する。
「それなら僕も書きたいし、三人で書いて出展しちゃう?」
 それを聞いたマトイさんがまた笑う。
「店長、その度にお店休み?」
「そうだよー」
 僕とマトイさんと桐和のやりとりを聞いて、サクラも笑う。また本を作ろうと話がまとまったので、僕はマトイさんに言う。
「じゃあまずはマトイさんが締め切りを守るところからですね」
「はい」
 ふと桐和とサクラの方を見ると、一生懸命笑いを堪えていた。
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