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第十章 テキスタイルデザイナー
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だいぶ前に紫水先輩から教えて貰ったアウトドアファブリックのサンプルを取り寄せてから、僕はずっとこの布を使った服のイメージやデザインを考えていた。
それがようやくまとまってきたので、昨日イメージコラージュを作って構想をまとめたところだった。そして今日は、店頭を桐和にまかせてアウトドアファブリックを使った服のデザインを考えているのだけれども、せっかく備わっている機能性を活かすように描きだしていくと、普段作っている服よりも若干シンプルなシルエットに収まっている気がした。
でも、たまにはこういうテイストもいいかもしれない。そう思いながら何枚もデザイン画を描いて、ぼんやりと思った。アウトドアファブリックは、基本的にシンプルな作りだ。この生地に合わせる柄物の生地は、市販の物だけではなんとなく物足りないように感じられるのだ。
デザイン画を描く手を止めてすこし考える。前から考えていたことを、いよいよ実行に移す時が来たのかもしれない。
作業場の窓から外を見ると、もうとっぷりと日が暮れている。そろそろ閉店時間だ。
お客さんが店頭から出ていく音がした後、桐和が作業場を覗き込んでくる。
「店長そろそろ閉めの準備をしますか?」
「そうだね。閉めの準備をしようか」
そうは言うものの、僕はデザイン画からなかなか目を離せない。そのようすを見た桐和が訊ねてくる。
「なにか考えごとでも?」
その質問に、僕は素直に答える。
「実は、オリジナルプリントの生地を作りたいんだよね」
それを聞いた桐和が、一息分置いてから言う。
「そういえば、それは前から言ってましたね」
納得したように言う桐和の方を見て、僕は思いきって考えていたことを言う。
「それで、テキスタイルデザイナーを雇いたいと思って」
桐和はこの話に反対するだろうか。僕としてはこのお店にもうひとり人を雇うくらいの売り上げは出せていると思っているけれども、桐和の見立てはどうだろう。
「テキスタイルデザイナーですか」
「そう。どうかな?」
「良いんじゃないですか?
できれば、店頭も見てもらえるような人だと助かりますけど」
「そっか、そうだね」
店頭のことまでは考えてなかった。今までふたりで回すのに慣れすぎていて、店頭スタッフを増やすところまで頭が回らなかったのだ。
でも、新しく人を雇うとして、問題というか不安がある。
「雇いたいけど、求人を出して応募してくれる人いるかなぁ。
小さいお店だし、知名度もそんなに無いし。
それに、このお店との相性もあるからなぁ」
思わず不安を口にすると、桐和はすこし斜め上を見てからこう言った。
「それなら、ある程度僕達の勝手がわかっている先輩に声を掛けたらどうでしょう。
辻堂先輩がテキスタイルデザイン専攻だったはずです」
「あ、そうだね。まずはそこ当たってみるのがいいかも」
辻堂先輩というのは、学生時代に同じ文芸部だった先輩だ。僕も何度か先輩の作品を見て雰囲気を把握しているし、今でも連絡を取っているので雇うのであれば安心感がある。
スマートフォンを出して時間を確認する。うちのお店の閉店時間を過ぎているけれども、今メッセージを送ってしまってもいいだろう。
メッセージアプリを起動して、早速先輩にメッセージを送る。
『仕事見つかりましたか?』
とりあえずこれで万が一、辻堂先輩が仕事中だったりなにかの用事があったりしても後で返信が来るだろう。
と思っていたら、早速返信が来た。
『突然どうした』
今、辻堂先輩も時間が空いているのだろうか。それなら丁度良い、このまますこし話をさせてもらおう。僕はテキスタイルデザイナーをお店で雇うにあたって、まずは辻堂先輩に打診したいと思ったという旨をメッセージで送る。すると、しばらくテキスト入力中の表示が出ては消えを繰り返した後、辻堂先輩からの返答が来た。
『いまだにバイト生活だから考えても良いけど、雇用条件を知りたい』
雇用条件、それはそうだ。万が一今のバイト先の方が条件が良いとなったら、辻堂先輩がこのお店に来るメリットはだいぶ小さくなる。
僕はスマートフォンに保存してある、雇用条件も書かれた就業規約と契約書のPDFファイルを辻堂先輩に送り、一言添える。
『今送ったファイルに雇用条件も書いてあります。結構細かく書いてあるので、よく読んで考えて下さい。
良いお返事待ってます』
そのメッセージに読んだという印がついて、辻堂先輩とのやりとりはいったん終了した。
さて、遅くなっちゃったけどお店を閉める準備をしないと。
そしてその翌日、辻堂先輩からうちのお店に就職したいという返事が来た。ありがたいしこちらから声を掛けはしたけれども、すぐに採用というわけにもいかない。いったん面接をして話を詰めることにした。
辻堂先輩と面接の日時をすり合わせて、面接当日。僕のお店の作業場で辻堂先輩と面接をした。
「どうも辻堂先輩、おひさしぶりです」
「久しぶり。たまに話聞く限り上手くいってるみたいだったけど、ついにテキスタイルデザイナーを雇う段まで来たのか」
「そうですね。うちのお店ももう一歩上にいきたい感じです」
辻堂先輩とすこし雑談をしてから、業務の話に入る。基本的には就業規約と契約書に書かれたとおりだけれども、きちんとそのふたつは読んだかだとか、あとは、テキスタイルデザインの仕事の合間に店頭に出て貰うこともあるという話をした。ちゃんと送ったファイルも読んだみたいだし、店頭に出ることも問題無いようだ。
それからもちろん、給与の話もする。給与の額は僕が知っている限りの辻堂先輩のスキルを鑑みての設定だけれども、辻堂先輩はそれで満足するだろうか。
そう思っていたら、辻堂先輩はこう言った。
「うへぇ、今のバイトじゃ考えられない厚遇だ」
それを聞いて、僕はにっこりと笑う。
「それじゃあ、採用ということでいいですね?」
辻堂先輩は頷いて、僕としっかりと握手をした。
辻堂先輩が僕のお店に勤めるようになってしばらくの間は、元のバイト先を辞めるまでそちらの仕事もあったので、それを配慮したシフトで出てもらった。
辻堂先輩がバイトを辞めて、すっかりこのお店の店員になった頃、辻堂先輩が気まずそうに僕に言った。
「ねぇ店長……俺の方が店員なのに、先輩って呼ばれるのなんか気まずいんだよな……」
「あ、それもそうですね」
言われてみれば、学生時代と今とでは立場が逆転してしまっている。桐和はともかく、お客さんに聞かれると疑問がられるだろうので、少し考えてから辻堂先輩にこう提案する。
「それじゃあ、桐和のことも名前呼びですし、辻堂先輩もマトイさんって呼んでいいですか?」
僕の提案に、辻堂先輩ことマトイさんは頷く。
「うん、その方が気楽だな。俺は店長のこと店長って呼ぶけど」
「それでいいですよー」
作業場で僕は作業をしてマトイさんは休憩をして。そうしていたら桐和が休憩の時間になって作業場に入ってきたので、僕とマトイさんとで店頭に出る。マトイさんにはまだなにかと店頭のことで教えることがあるのだ。
店頭の細々としたことをマトイさんに教えていると、入り口のガラス戸を開けて誰かが入ってきた。
「ミツキ、ひさしぶりー」
「あ、紫水先輩おひさしぶりですー」
入ってきた紫水先輩は、僕の隣に立ってるマトイさんを見てきょとんとする。
「ん? 新しい店員さん?」
「そうなんです。オリジナルプリントの生地が作りたくて、テキスタイルデザイナーを雇ったんですよ」
それを聞いて、紫水先輩は不思議そうな顔をする。
「えっと、布のデザインをする人です」
僕が簡単に説明すると、紫水先輩は嬉しそうな顔をしてこういった。
「なるほど、これからまたかっこいい服ができるんだな!」
そう理解したか。
でもまあ遠からずなのでその言葉を肯定して、せっかくなのでマトイさんのことを紫水先輩に紹介した。
それがようやくまとまってきたので、昨日イメージコラージュを作って構想をまとめたところだった。そして今日は、店頭を桐和にまかせてアウトドアファブリックを使った服のデザインを考えているのだけれども、せっかく備わっている機能性を活かすように描きだしていくと、普段作っている服よりも若干シンプルなシルエットに収まっている気がした。
でも、たまにはこういうテイストもいいかもしれない。そう思いながら何枚もデザイン画を描いて、ぼんやりと思った。アウトドアファブリックは、基本的にシンプルな作りだ。この生地に合わせる柄物の生地は、市販の物だけではなんとなく物足りないように感じられるのだ。
デザイン画を描く手を止めてすこし考える。前から考えていたことを、いよいよ実行に移す時が来たのかもしれない。
作業場の窓から外を見ると、もうとっぷりと日が暮れている。そろそろ閉店時間だ。
お客さんが店頭から出ていく音がした後、桐和が作業場を覗き込んでくる。
「店長そろそろ閉めの準備をしますか?」
「そうだね。閉めの準備をしようか」
そうは言うものの、僕はデザイン画からなかなか目を離せない。そのようすを見た桐和が訊ねてくる。
「なにか考えごとでも?」
その質問に、僕は素直に答える。
「実は、オリジナルプリントの生地を作りたいんだよね」
それを聞いた桐和が、一息分置いてから言う。
「そういえば、それは前から言ってましたね」
納得したように言う桐和の方を見て、僕は思いきって考えていたことを言う。
「それで、テキスタイルデザイナーを雇いたいと思って」
桐和はこの話に反対するだろうか。僕としてはこのお店にもうひとり人を雇うくらいの売り上げは出せていると思っているけれども、桐和の見立てはどうだろう。
「テキスタイルデザイナーですか」
「そう。どうかな?」
「良いんじゃないですか?
できれば、店頭も見てもらえるような人だと助かりますけど」
「そっか、そうだね」
店頭のことまでは考えてなかった。今までふたりで回すのに慣れすぎていて、店頭スタッフを増やすところまで頭が回らなかったのだ。
でも、新しく人を雇うとして、問題というか不安がある。
「雇いたいけど、求人を出して応募してくれる人いるかなぁ。
小さいお店だし、知名度もそんなに無いし。
それに、このお店との相性もあるからなぁ」
思わず不安を口にすると、桐和はすこし斜め上を見てからこう言った。
「それなら、ある程度僕達の勝手がわかっている先輩に声を掛けたらどうでしょう。
辻堂先輩がテキスタイルデザイン専攻だったはずです」
「あ、そうだね。まずはそこ当たってみるのがいいかも」
辻堂先輩というのは、学生時代に同じ文芸部だった先輩だ。僕も何度か先輩の作品を見て雰囲気を把握しているし、今でも連絡を取っているので雇うのであれば安心感がある。
スマートフォンを出して時間を確認する。うちのお店の閉店時間を過ぎているけれども、今メッセージを送ってしまってもいいだろう。
メッセージアプリを起動して、早速先輩にメッセージを送る。
『仕事見つかりましたか?』
とりあえずこれで万が一、辻堂先輩が仕事中だったりなにかの用事があったりしても後で返信が来るだろう。
と思っていたら、早速返信が来た。
『突然どうした』
今、辻堂先輩も時間が空いているのだろうか。それなら丁度良い、このまますこし話をさせてもらおう。僕はテキスタイルデザイナーをお店で雇うにあたって、まずは辻堂先輩に打診したいと思ったという旨をメッセージで送る。すると、しばらくテキスト入力中の表示が出ては消えを繰り返した後、辻堂先輩からの返答が来た。
『いまだにバイト生活だから考えても良いけど、雇用条件を知りたい』
雇用条件、それはそうだ。万が一今のバイト先の方が条件が良いとなったら、辻堂先輩がこのお店に来るメリットはだいぶ小さくなる。
僕はスマートフォンに保存してある、雇用条件も書かれた就業規約と契約書のPDFファイルを辻堂先輩に送り、一言添える。
『今送ったファイルに雇用条件も書いてあります。結構細かく書いてあるので、よく読んで考えて下さい。
良いお返事待ってます』
そのメッセージに読んだという印がついて、辻堂先輩とのやりとりはいったん終了した。
さて、遅くなっちゃったけどお店を閉める準備をしないと。
そしてその翌日、辻堂先輩からうちのお店に就職したいという返事が来た。ありがたいしこちらから声を掛けはしたけれども、すぐに採用というわけにもいかない。いったん面接をして話を詰めることにした。
辻堂先輩と面接の日時をすり合わせて、面接当日。僕のお店の作業場で辻堂先輩と面接をした。
「どうも辻堂先輩、おひさしぶりです」
「久しぶり。たまに話聞く限り上手くいってるみたいだったけど、ついにテキスタイルデザイナーを雇う段まで来たのか」
「そうですね。うちのお店ももう一歩上にいきたい感じです」
辻堂先輩とすこし雑談をしてから、業務の話に入る。基本的には就業規約と契約書に書かれたとおりだけれども、きちんとそのふたつは読んだかだとか、あとは、テキスタイルデザインの仕事の合間に店頭に出て貰うこともあるという話をした。ちゃんと送ったファイルも読んだみたいだし、店頭に出ることも問題無いようだ。
それからもちろん、給与の話もする。給与の額は僕が知っている限りの辻堂先輩のスキルを鑑みての設定だけれども、辻堂先輩はそれで満足するだろうか。
そう思っていたら、辻堂先輩はこう言った。
「うへぇ、今のバイトじゃ考えられない厚遇だ」
それを聞いて、僕はにっこりと笑う。
「それじゃあ、採用ということでいいですね?」
辻堂先輩は頷いて、僕としっかりと握手をした。
辻堂先輩が僕のお店に勤めるようになってしばらくの間は、元のバイト先を辞めるまでそちらの仕事もあったので、それを配慮したシフトで出てもらった。
辻堂先輩がバイトを辞めて、すっかりこのお店の店員になった頃、辻堂先輩が気まずそうに僕に言った。
「ねぇ店長……俺の方が店員なのに、先輩って呼ばれるのなんか気まずいんだよな……」
「あ、それもそうですね」
言われてみれば、学生時代と今とでは立場が逆転してしまっている。桐和はともかく、お客さんに聞かれると疑問がられるだろうので、少し考えてから辻堂先輩にこう提案する。
「それじゃあ、桐和のことも名前呼びですし、辻堂先輩もマトイさんって呼んでいいですか?」
僕の提案に、辻堂先輩ことマトイさんは頷く。
「うん、その方が気楽だな。俺は店長のこと店長って呼ぶけど」
「それでいいですよー」
作業場で僕は作業をしてマトイさんは休憩をして。そうしていたら桐和が休憩の時間になって作業場に入ってきたので、僕とマトイさんとで店頭に出る。マトイさんにはまだなにかと店頭のことで教えることがあるのだ。
店頭の細々としたことをマトイさんに教えていると、入り口のガラス戸を開けて誰かが入ってきた。
「ミツキ、ひさしぶりー」
「あ、紫水先輩おひさしぶりですー」
入ってきた紫水先輩は、僕の隣に立ってるマトイさんを見てきょとんとする。
「ん? 新しい店員さん?」
「そうなんです。オリジナルプリントの生地が作りたくて、テキスタイルデザイナーを雇ったんですよ」
それを聞いて、紫水先輩は不思議そうな顔をする。
「えっと、布のデザインをする人です」
僕が簡単に説明すると、紫水先輩は嬉しそうな顔をしてこういった。
「なるほど、これからまたかっこいい服ができるんだな!」
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