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第八章 ネイリストの緊急呼び出し
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今日もいつも通りに出勤してきて開店準備をする。僕は店内の掃除で、少し遅れてやってきた桐和にはレジの確認をしてもらった。
レジの確認をしたところ、小銭が足りないとのことで銀行へ両替しに行ってもらってきて、帰ってきた桐和がお店のガラスのドアを開ける。
「ただいま戻りました」
「おつかれさまー。今日は早かったね」
「両替機に列ができていなかったので」
桐和が持って来た棒金をレジに入れて、開店の準備は万端だ。両替に行ってもらっている間に開店の時間になったので、入り口のガラス戸からCLOSEの札を外し、OPENの札をかける。
さて、僕はまた次のシーズンに出す服を作るのに布の裁断をしようかと作業場の方を向くと、突然スマートフォンの着信音が聞こえてきた。
「すいません店長、電話が来たようなので出ていいですか?」
どうやら桐和に電話がかかってきたようだ。
仕事中は電話がかかってきてもスルーできるようにマナーモードにしておくか、用件はなんらかでメッセージで送って貰うようにするのが一般的なのだろうけれども、色々と理由があって、うちのお店では桐和は用件全般を電話で受け取ってもいいということにしている。
それでも、お店が開いている時間に電話が来るときは大体急用だ。僕は入り口の方を指さして桐和に言う。
「まだお客さんも来てないし、僕が聞いてるのもなんだからちょっと外で話してきて」
「はい、お言葉に甘えて」
スマートフォンを取り出しながら桐和は店の外に出ていく。外で話しているとはいえ、一応ようすが僕から見えるようにと配慮しているのか、ガラスのドアの前で話している。
なにを話しているのかはわからないけれども、桐和はすこし首を傾げてから頷いて、スマートフォンの通話を切ったようだった。
真面目な顔をしてガラスのドアを開けた桐和は、固い声で突然こんなことを言った。
「すいません店長、今日はこれから休みをもらいたいのですがいいですか?」
「えっ? なにかあったの?」
いつも休みが欲しいときは数日前には申請している桐和が、当日いきなり休みたいと言い出すなんて、なにか事情があるに違いない。もしかしたら、身内になにかあったのかもしれない。
そう思っていると、桐和は作業場に置いていた自分の荷物を持ってきてこう説明する。
「実は、僕の先輩が勤務している病院で、昨夜救急で入ってきてそろそろ手術をしないといけない患者さんがいるようなのですが、その人が指全部にジェルネイルをしているそうなんです」
「うん。それで?」
「救急で運ばれてきたときどうやってバイタルを取っていたのかはわからないのですが、とにかく、手術をするときはネイルを落とさないといけないんです。
ネイルポリッシュならリムーバーで簡単に落とせるのですが、ジェルネイルとなると落とし方がわからないそうで。
それで、僕ならジェルネイルが落とせるだろうと相談されました」
「なるほど」
これは緊急事態だ。こういった相談事を桐和が断れるはずはないから、それで今日は休みが欲しいと言ったのだろう。
僕はレジカウンターの裏からシフト票を取りだして桐和に言う。
「今日は出張扱いにしておくから、すぐに行っておいで」
「出張ですか?」
桐和が驚いたような顔をする。それもそうだろう。出張扱いということは、このお店の仕事として派遣するということ。つまり、給料の支払いがあるということだからだ。
「早く終わって戻ってこられるようだったら戻ってきて欲しいけど、もし戻れないくらい時間が掛かるようなら直帰でいいから」
僕がそう指示を出すと、桐和は戸惑った様な顔をする。
「お店の仕事と関係ないことなのに、出勤扱いでいいんですか?」
「緊急時だし出勤扱いでいいよ。
とにかく今は急いで」
僕がまた入り口の方を指さすと、桐和は軽く頭を下げる。
「……ありがとうございます。行ってきます」
それから、荷物を持ってガラスのドアを開けて、お店の前の路地を走って行った。
それにしても、桐和の先輩の病院というのはどこにあるんだろう。このお店から近いところにあればいいのだけれど。
ジェルネイルを落とすのにも時間はかかるし、その患者さんが無事に手術できればいいのだけれども。
なにはともあれ、今日はワンオペになりそうだ。これだと布の裁断をやっている暇はない。
まだお客さんも来てないし、いっそのこと臨時休業にしてしまおうかとも思ったけれども、そう思った瞬間に、入り口のガラス戸から誰かが覗いた。誰かと思ったら、先日このお店で買っていった薄手のカーディガンを羽織った理奈さんだった。
理奈さんがお店の入り口から入ってきて僕に声を掛ける。
「ミツキさんこんにちはー。
桐和さんは休憩中?」
店頭にいることが多い桐和が、開店直後に店頭にいないのが意外なのだろう。理奈さんがきょろきょろと店内を見回している。
「桐和は今日ちょっと出張に出てもらってるんです」
僕がざっくりとそう説明すると、理奈さんはすこし残念そうな顔をする。
「そっかぁ。
この前新色のチークのモデルをやったから、桐和さんに話したかったのに」
「あー、最近テレビのCMでも流れてますよね」
理奈さんはモデルというわけではないけれども、テレビによく出るタイプの仕事をしているので、雑誌の洋服のモデルやメイク用品のイメージモデルをやっていることが結構ある。
理奈さんがファッション誌に出ていたり、メイク用品の広告に出ていたりすると僕も気になるので、たまに僕もSNSとかで評判をパブリックサーチしたりする。もちろん評判はそれぞれだけど、若い女の子からの人気が高いようだ。
「あのチーク、どうだったか聞きたかったんだけどなぁ」
そう言って口を尖らせる理奈さんに、僕はにっこり笑ってこう返す。
「僕も何度かあのCMや広告見てますけど、きれいな色で顔色がよく見えて良いと思いますよ。
理奈さんの肌色によく馴染んでたと思います」
「ほんと? ミツキさんはいつも褒めてくれるからうれしい!」
にこにこと笑う理奈さんを見て、僕はふと桐和のことを思い浮かべる。それから、こう言葉を付け足した。
「ただ、桐和だったら『理奈さんの肌に馴染みすぎていて、実際に使ったお客さんが思ったほど肌馴染みがよくないと思う可能性はある』とか言うかもしれませんね」
「そこまで私の肌にジャストフィットしてたか」
「まぁ、ファンデーションの色もありますし」
そこまで話して、僕はレジカウンターの端に置いていた新作のパンフレットを理奈さんに見せる。
「そういえば、先日はモデル事務所を紹介してくれてありがとうございました。
このとおり、無事にパンフレットができましたー」
「あ! パンフレットできたんだ。一冊もらうね」
パンフレットを手に取った理奈さんは、ぱらぱらと中を見て溜息をつく。
「あー、やっぱかわいいなぁ。私もモデルやりたかった」
それから、また何度もパンフレットを見返している理奈さんに、僕はにこにこと笑って返す。
「僕としても理奈さんにお願いしたいのはやまやまなんですけど、なんというかその、うちのお店には理奈さんをモデルとして雇うほどのお金は無いので」
それを聞いて、理奈さんはまた溜息をつく。
「それだと、マネージャーも事務所もいい顔はしないからしかたないか」
「お金持ちになったらお願いするかもしれません」
僕がにっこり笑ってそう言うと、理奈さんはにっと笑って返す。
「その時を楽しみにしてるよ」
それからすこしの間話をして、理奈さんはタイツが見たかったんだと柄タイツのコーナーに移動する。それを見て、そういえばしばらく柄タイツの新柄を出してないなと思った。
今ある在庫も減ってきてるし、柄タイツはそろそろ商品の入れ替えを視野に入れてもいいかもしれない。
レジの確認をしたところ、小銭が足りないとのことで銀行へ両替しに行ってもらってきて、帰ってきた桐和がお店のガラスのドアを開ける。
「ただいま戻りました」
「おつかれさまー。今日は早かったね」
「両替機に列ができていなかったので」
桐和が持って来た棒金をレジに入れて、開店の準備は万端だ。両替に行ってもらっている間に開店の時間になったので、入り口のガラス戸からCLOSEの札を外し、OPENの札をかける。
さて、僕はまた次のシーズンに出す服を作るのに布の裁断をしようかと作業場の方を向くと、突然スマートフォンの着信音が聞こえてきた。
「すいません店長、電話が来たようなので出ていいですか?」
どうやら桐和に電話がかかってきたようだ。
仕事中は電話がかかってきてもスルーできるようにマナーモードにしておくか、用件はなんらかでメッセージで送って貰うようにするのが一般的なのだろうけれども、色々と理由があって、うちのお店では桐和は用件全般を電話で受け取ってもいいということにしている。
それでも、お店が開いている時間に電話が来るときは大体急用だ。僕は入り口の方を指さして桐和に言う。
「まだお客さんも来てないし、僕が聞いてるのもなんだからちょっと外で話してきて」
「はい、お言葉に甘えて」
スマートフォンを取り出しながら桐和は店の外に出ていく。外で話しているとはいえ、一応ようすが僕から見えるようにと配慮しているのか、ガラスのドアの前で話している。
なにを話しているのかはわからないけれども、桐和はすこし首を傾げてから頷いて、スマートフォンの通話を切ったようだった。
真面目な顔をしてガラスのドアを開けた桐和は、固い声で突然こんなことを言った。
「すいません店長、今日はこれから休みをもらいたいのですがいいですか?」
「えっ? なにかあったの?」
いつも休みが欲しいときは数日前には申請している桐和が、当日いきなり休みたいと言い出すなんて、なにか事情があるに違いない。もしかしたら、身内になにかあったのかもしれない。
そう思っていると、桐和は作業場に置いていた自分の荷物を持ってきてこう説明する。
「実は、僕の先輩が勤務している病院で、昨夜救急で入ってきてそろそろ手術をしないといけない患者さんがいるようなのですが、その人が指全部にジェルネイルをしているそうなんです」
「うん。それで?」
「救急で運ばれてきたときどうやってバイタルを取っていたのかはわからないのですが、とにかく、手術をするときはネイルを落とさないといけないんです。
ネイルポリッシュならリムーバーで簡単に落とせるのですが、ジェルネイルとなると落とし方がわからないそうで。
それで、僕ならジェルネイルが落とせるだろうと相談されました」
「なるほど」
これは緊急事態だ。こういった相談事を桐和が断れるはずはないから、それで今日は休みが欲しいと言ったのだろう。
僕はレジカウンターの裏からシフト票を取りだして桐和に言う。
「今日は出張扱いにしておくから、すぐに行っておいで」
「出張ですか?」
桐和が驚いたような顔をする。それもそうだろう。出張扱いということは、このお店の仕事として派遣するということ。つまり、給料の支払いがあるということだからだ。
「早く終わって戻ってこられるようだったら戻ってきて欲しいけど、もし戻れないくらい時間が掛かるようなら直帰でいいから」
僕がそう指示を出すと、桐和は戸惑った様な顔をする。
「お店の仕事と関係ないことなのに、出勤扱いでいいんですか?」
「緊急時だし出勤扱いでいいよ。
とにかく今は急いで」
僕がまた入り口の方を指さすと、桐和は軽く頭を下げる。
「……ありがとうございます。行ってきます」
それから、荷物を持ってガラスのドアを開けて、お店の前の路地を走って行った。
それにしても、桐和の先輩の病院というのはどこにあるんだろう。このお店から近いところにあればいいのだけれど。
ジェルネイルを落とすのにも時間はかかるし、その患者さんが無事に手術できればいいのだけれども。
なにはともあれ、今日はワンオペになりそうだ。これだと布の裁断をやっている暇はない。
まだお客さんも来てないし、いっそのこと臨時休業にしてしまおうかとも思ったけれども、そう思った瞬間に、入り口のガラス戸から誰かが覗いた。誰かと思ったら、先日このお店で買っていった薄手のカーディガンを羽織った理奈さんだった。
理奈さんがお店の入り口から入ってきて僕に声を掛ける。
「ミツキさんこんにちはー。
桐和さんは休憩中?」
店頭にいることが多い桐和が、開店直後に店頭にいないのが意外なのだろう。理奈さんがきょろきょろと店内を見回している。
「桐和は今日ちょっと出張に出てもらってるんです」
僕がざっくりとそう説明すると、理奈さんはすこし残念そうな顔をする。
「そっかぁ。
この前新色のチークのモデルをやったから、桐和さんに話したかったのに」
「あー、最近テレビのCMでも流れてますよね」
理奈さんはモデルというわけではないけれども、テレビによく出るタイプの仕事をしているので、雑誌の洋服のモデルやメイク用品のイメージモデルをやっていることが結構ある。
理奈さんがファッション誌に出ていたり、メイク用品の広告に出ていたりすると僕も気になるので、たまに僕もSNSとかで評判をパブリックサーチしたりする。もちろん評判はそれぞれだけど、若い女の子からの人気が高いようだ。
「あのチーク、どうだったか聞きたかったんだけどなぁ」
そう言って口を尖らせる理奈さんに、僕はにっこり笑ってこう返す。
「僕も何度かあのCMや広告見てますけど、きれいな色で顔色がよく見えて良いと思いますよ。
理奈さんの肌色によく馴染んでたと思います」
「ほんと? ミツキさんはいつも褒めてくれるからうれしい!」
にこにこと笑う理奈さんを見て、僕はふと桐和のことを思い浮かべる。それから、こう言葉を付け足した。
「ただ、桐和だったら『理奈さんの肌に馴染みすぎていて、実際に使ったお客さんが思ったほど肌馴染みがよくないと思う可能性はある』とか言うかもしれませんね」
「そこまで私の肌にジャストフィットしてたか」
「まぁ、ファンデーションの色もありますし」
そこまで話して、僕はレジカウンターの端に置いていた新作のパンフレットを理奈さんに見せる。
「そういえば、先日はモデル事務所を紹介してくれてありがとうございました。
このとおり、無事にパンフレットができましたー」
「あ! パンフレットできたんだ。一冊もらうね」
パンフレットを手に取った理奈さんは、ぱらぱらと中を見て溜息をつく。
「あー、やっぱかわいいなぁ。私もモデルやりたかった」
それから、また何度もパンフレットを見返している理奈さんに、僕はにこにこと笑って返す。
「僕としても理奈さんにお願いしたいのはやまやまなんですけど、なんというかその、うちのお店には理奈さんをモデルとして雇うほどのお金は無いので」
それを聞いて、理奈さんはまた溜息をつく。
「それだと、マネージャーも事務所もいい顔はしないからしかたないか」
「お金持ちになったらお願いするかもしれません」
僕がにっこり笑ってそう言うと、理奈さんはにっと笑って返す。
「その時を楽しみにしてるよ」
それからすこしの間話をして、理奈さんはタイツが見たかったんだと柄タイツのコーナーに移動する。それを見て、そういえばしばらく柄タイツの新柄を出してないなと思った。
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