HAPPY CITIZENの生活

藤和

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第五章 はじめましてのお客さん候補

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 ここしばらく、オーダーメイドの服の依頼が入っていてその作業をしている。
 もちろん僕もたまには店頭に顔を出すけれど、オーダーの品が出来上がるまでは主に桐和に店頭に出てもらっている。
 もっとも、普段から僕は新作のデザインだとか縫製だとかで作業場にいることが多いのだけれど。
 今縫っている服も、そろそろ仕上げだ。残っているのは手縫いで仕上げないといけない部分だけ。
 手縫いで仕上げるというとたまにバカにされることがあるのだけれども、実際のところ手縫いで仕上げるというのは丁寧な仕事の証だし、それをしっかりと施すことができるのが熟練の職人だ。僕はまだ、熟練と言うには歴が浅いけれども。
 そんなわけで、針と糸を持って製図台の前で作業をしていたら店頭から声が掛かった。
「店長、サクラさんがいらしてます」
「サクラ? 今行くね」
 サクラはたまに、仕事の後とかに僕のお店に来てくれている。僕がどんな仕事をしているのか見たいというのもあるみたいだし、どんな服を作ってるのか実物を見たいというのもあるらしい。そうやって興味を持って貰えるのはとてもうれしい。
 それにしても、もうサクラの仕事が終わってここに来るような時間なのかと思う。たしかに、窓の外を見るとだいぶ日が暮れていた。かなり根を詰めてしまっていたようだ。
 針を製図台の上の針山に刺して縫いかけの服を台の上に置く。それから店頭に出ると、サクラと、サクラについてきたとおぼしきスーツ姿の男性がふたり立っていた。片方はクリーム色の髪を短くまとめていて少し落ち着かないようすで、もう片方は黒い癖っ毛を短くまとめていて愛想よく笑っている。
「ミツキ、遊びに来たよぉ」
 そう笑って手を振るサクラに、僕も手を振り返す。
「来てくれてありがとー。その人たちはお友達?」
「友達って言うか、研究所の同僚。こっちが恵さんでそっちが天さん」
 サクラがそう同僚のことを紹介してくれる。どうやら落ち着いてない方が恵さんで、にこにこしてるほうが天さんらしい。
 恵さんが緊張した顔で僕に頭を下げる。
「どうも、サクラにはいつもお世話になってます」
「いえ、こちらこそサクラがお世話になってますー」
 それから、天さんも軽くお辞儀をして僕に言う。
「どうもこんばんわ。ミツキさんのお話はサクラからかねがね」
「そうなんですか?」
 サクラは職場でも僕の話をしてるのか。でも、僕もたまに桐和にサクラの話をしたりするし、そういうものだろう。
 それにしても、サクラは普段職場である研究所でどんなふうに過ごしてるんだろう。それが気になって、僕は恵さんと天さんに訊ねる。
「いつもサクラは職場でどうしてます?
ちゃんとがんばれてればいいんですけど」
 すると、恵さんがちらりとサクラを見てこう答えた。
「もちろん、サクラもいつもがんばってます。
大学時代から、機材の扱いはサクラが一番慣れていて、助かっています」
 すると、サクラがはにかんで恵さんの腕を掴む。
「もう、そんなこと言っちゃって。
データ見たりまとめたりするのは恵さんの方が上手いじゃん」
 たしかに、見た感じそんな感じはする。そう思いながらちらりと天さんの方を見ると、天さんは恥ずかしそうに笑いながらこう言った。
「俺はどっちもそこそこできるけど、どっちつかずなのよ。お兄さんもがんばらなきゃね」
 それを聞いていた桐和が、にっこりと笑って天さんに言う。
「どっちも出来る人がいると、それはそれで助かることが多いですよ。ありがたいことだと思います」
 サクラも桐和の言葉に頷いて天さんに言う。
「そうだよ。天さんがいてくれるとなにかと助かるし」
「あらそう? お兄さん照れちゃう」
 本当に照れているらしく、天さんは両手で頬を押さえて口をすぼめている。随分と表情が豊かな人だなぁ。
 すこし話をしたところで、サクラたちが店内を見たいというので見てもらう。サクラが興味を持って見てくれるのはいつものことだけど、天さんも時々手に取って見ている。恵さんはぱっと見の印象からこのお店のテイストは好みではないかなと思ったのだけれども、思いのほかじっくり見ている。そんな恵さんに、天さんが訊ねる。
「なにか気に入ったのあった?
普段こういうの着ないみたいだけど」
「ああ、僕の友人でこういう感じの服が好きなやつがいるんだ。
今度このお店を教えてもいいかなと思って」
 なるほど、恵さんのお友達でこういうテイストの人がいるんだ。納得しながら三人のようすを見ていたら、天さんが柄タイツのコーナーに行って、何本か捲りながら見ている。メンズではああいうタイツはないので珍しいのかもしれない。
 ふと、サクラがにっと笑って恵さんに言う。
「このお店、結構大きいサイズの服もあるよ」
 すると恵さんは真っ赤になって俯いてしまった。
 どうしたのだろうと思っていると、タイツのコーナーから天さんがにやっと笑って恵さんに言う。
「あら、あの子にプレゼントしたいの?」
 すると、恵さんは蚊の鳴くような声を出す。
「……今度訊いてみる……」
 プレゼントしたい相手というのは、さっきのお友達とは別の人だろうか。気にはなるけれど、あまり詮索しても悪いのでなにも訊ねない。
 しばらく大きめの服を見ていた恵さんがアクセサリーの棚の前に立つと、サクラも天さんも寄ってきて、わいわいと盛り上がっている。
 突然、脇を軽く突かれたのでそちらの方を向くと、桐和が小声でこう訊ねてきた。
「恵さんと天さんと会うのははじめてですか?」
「うん、はじめて」
「なるほど……」
 アクセサリーの棚の前で盛り上がっている三人を見て、もしこのお店の服が好みに合わなくても、こうやって楽しそうに商品を見てもらえてうれしくなった。
 アクセサリーをとっかえひっかえ手に取って見てる恵さんに、天さんが言う。
「やっぱり今度お友達連れて来た方がいいんじゃないの?」
「う、うーん……うん」
「あと、あの子も連れて来ちゃいなさいよ」
 お友達の話を出されたときは平常心だった恵さんが、あの子と呼ばれている人の話を出された途端にまた真っ赤になる。
 それを見ていた桐和が、微笑んで小声で言う。
「あの人は随分と素直ですね」
「そうだね」
 僕も小声で同意する。表情の動き自体はサクラや天さんの方が大きいけれど、恵さんはそれとはまた違った方向性で感情が表に出ている。あそこまで素直な人はそうそういない。
 三人はまたぐるっとお店の中を見て回って、すこし小声で話合ってからサクラが僕に話しかけてきた。
「それじゃあ、俺達先に帰ってるね」
「うん。もう暗いから気をつけてね」
 恵さんと天さんも、また軽く僕に頭を下げて言う。
「それでは、また来ますね」
「お世話様でしたー」
「またいつでも来て下さーい」
 僕は軽く挨拶を返して、それから三人は入り口に向かう。そこで、僕ははっとしてサクラに声を掛ける。
「サクラ、先に帰るなら晩ごはん作って置いて」
「はーい、了解!」
 三人がお店から出て行くのを見送って、その場で一息つく。
 すると、桐和が入り口の方を見たままこう訊ねてきた。
「あのふたりは、いいお客さんになりそうですかね」
 僕はすこしだけ考えてこう返す。
「理不尽なクレームを入れてこなければ大体いいお客さんだよ」
 それを聞いた桐和はすこし笑ってからすぐ真顔になる。
「クレーマーは本当にどうにかなりませんかね」
「ほんとにねー」
 クレーマーの対応は店長である僕の仕事だけど、できればやりたくない仕事だ。
 クレーマーがこの世から消えればいいのに。
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