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第三章 アウトドアファブリック
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ある平日の夕方頃、色々な会社の仕事が終わってこれから賑わってくるという時間に、僕のお店の入り口が開いた。
「いらっしゃいませー」
反射的にそう声を掛けて入り口の方を見ると、入ってきたのはまっすぐな銀髪を緩く束ねた背の高い女性だった。
「ようミツキ、久しぶり」
片手を上げてにっと笑うその女性に、僕は手を振って返す。
「紫水先輩お久しぶりですー。仕事帰りですか?」
そう、この紫水という女性は、僕の高校時代の部活の先輩だ。僕もサクラも高校時代はなにかとお世話になったし、今でもこうしてお店に来てくれている。
紫水先輩が店内をきょろきょろと見回して言う。
「そう。今日は出版社行くのに外出たから、そのついでに」
「いつもお疲れさまです」
紫水先輩は現在小説家をしていて、生活パターンというか、仕事のために外に出るタイミングが決まっているわけではない。なので、結構人がいない時間に来ることが多いのだけれど、今日は出版社の方でかなり仕事の内容を詰めてきたのだろう。
壁際にかけられた新作の服を手に取った紫水先輩が僕の方を見たので、こう訊ねる。
「それ新作なんですけど、試着してみますか?
先輩でも丈が足りると思いますよ」
すると、先輩は難しそうな顔をして、手に持った厚手のコットンのカットソーを見ながら僕に訊ねてくる。
「この服厚手でいい感じなんだけどさ、アウトドアにも使えるかな?」
「えっ?」
突然の事に一瞬戸惑う。紫水先輩が大学卒業後、キャンプとかのアウトドアをはじめたのは知っていたけれども、そういうシーンで使えるかどうか訊かれるとは思っていなかったのだ。
「うーん、どうなんでしょう。
うちのお店はアウトドアは想定してないので、ちょっとわかんないです」
「そっかー」
僕が正直に答えると、紫水先輩はカットソーを身体に当ててみて丈を見て、また僕に訊ねる。
「これ、あたしでも着られるかな?」
「多分着られると思いますけど、シルエット見るのに試着した方がいいですよ」
「わかった。試着してみる」
紫水先輩を店の隅にある試着室に通し少しの間待つ。すると、試着室のカーテンを開けて紫水先輩が顔を出した。
「どう? おかしいとこない?」
そう言ってくるくると回るので、僕は丈や胸回り、裾の感じやシワのでき方などを見てこう返す。
「二の腕とウエスト周りがゆとりがあるのが気にならないならおかしいところはないですよ。
あと、胸回りがきつくなければOKだと思います」
すると、紫水先輩は腕を回す。多分、胸と二の腕周りの運動量を見ているのだろう。それから、うれしそうに笑ってこう言った。
「これ買っちゃおうかな。アウトドアで使えなくても普段着ればいいし」
「そうですね。うちのお店の服はそういうものですからね」
満足そうな紫水先輩がまた試着室のカーテンを閉めた後、着替えて出てくるのを待つ。紫水先輩は試着の時の着替えがいつも速やかなのでとてもたすかる。
試着室から出て来た紫水先輩は、先程のカットソーを僕に渡しながらこんなことを訊いてきた。
「そういえば、ミツキはアウトドア用の服とか作らないの?」
「アウトドア用のですか?」
それを聞いて少し考える。正直、アウトドア用と言われてもどんなものなのかうまく想像できない。そもそも僕はアウトドアに詳しくないのだ。
「そうですねぇ、僕はちょっとアウトドアのことがわからないので、資料が無いことにはどうにも」
僕がそう返すと、紫水先輩は肩から掛けていたメッセンジャーバッグから大判の本を取り出して僕に見せる。
「もし作ってくれそうだったらと思って資料は持って来てる」
「わぁ! あいかわらず準備がいい!」
紫水先輩が見せてくれている本の表紙にはカラフルな布の写真が載っていて、見るからに面白そうだ。
「作れるかはわからないですけど、資料見せてもらっていいですか?」
「うん、いいよ。見せるのに持って来たし」
紫水先輩から本を受け取って中身を見ていく。どうやら、アウトドアウェアのカタログと言うよりは、アウトドア用のファブリックの検証資料のようだった。
質感のわかる写真だけでなく、防水性や耐熱性、それにこすれや引っ張りにどの程度強いか、ミシンで縫ったときどの程度針穴が残るかなども詳しく載っていて非常に興味深い。一般書籍でここまで布の機能性に触れている本は珍しいのではないだろうか。
ふと、本を見ていて気がつく。この本に載っているアウトドアファブリックは、丈夫さも色合いも、僕がお店で出している服のコンセプトに合うものが多い。今までアウトドア用の生地は使ってこなかったけれども、これは新しい発見かもしれない。
僕がついつい本に集中していると、紫水先輩がメッセンジャーバッグから財布を出したまま僕に訊ねてくる。
「こういう布って、ミツキのところで代わりに仕入れて貰ったりとかできる?」
その問いに僕は顔を上げてこう答える。
「代行でやるなら手数料をいただきますけど、やっても構わないですよ」
すると、紫水先輩は少し興奮気味にこう言った。
「マジで? それなら代行頼みたいんだけど」
「いいですよー。どの生地が希望が教えて下さい」
紫水先輩と一緒に本を見ながら、ふと、僕は訊ねる。
「そういえば、先輩は生地を買ってどうするんですか? 服が作れるって聞いたことないですけど」
僕の問いに、紫水先輩は本に視線をやったままこう答える。
「この本の最後の方に、アウトドア用品の作り方が載ってたから自分で作ってみようと思ってさ」
「そうなんですか?」
なんでわざわざ作るんだろう。既製品ではだめなのだろうか。そう思っていると、紫水先輩は言葉を続ける。
「売ってるのを買うのがなんだかんだ手っ取り早いし安く付くのはわかるんだけど、たまーにサイズが微妙なことがあるんだよな」
「なるるー」
確かに、アウトドア用品に限らず普通に着る服でも、その人の体格や用途によって、これだとサイズが微妙なんだよなー。ということはよくある。紫水先輩は女性にしては大柄な方だし、既製品だと窮屈に感じるとこもあるのだろう。
事情に納得した僕は、紫水先輩が取り寄せたいという生地のメモを取りながら言う。
「それなら、僕もこの本に載ってる生地のサンプルが欲しいから、一緒に注文しちゃいますよ」
「マジでか。それじゃあ頼むよ。
あ、生地代と代行料払っていったほうがいいよな」
そう言って財布を開けようとする紫水先輩に、僕は慌てて返す。
「あ、布代と代行料はまだわからないので後払いというか、あとで見積もりをメールで送ります。
その辺のお支払いはそれからでいいですよ」
「そう? じゃあそれでよろしく」
紫水先輩が少し落ち着いた所で、僕はこの本を借りていいかどうか訊く。注文をするのに手元にあった方が助かるからだ。すると紫水先輩は、貸してくれると快く答えてくれた。
「それじゃあ、今日のお買いあげのお会計しましょうか」
「はーい」
僕が先程受け取ったカットソーのバーコードをレジで読み取り、金額を提示する。紫水先輩はすぐにお代を払ってくれた。
お釣りを渡してカットソーを丁寧に畳み、ショッパーに入れてレジカウンターから出る。それから、紫水先輩を入り口まで先導して、お店を出て行ったのを見送った。
店頭に僕以外誰もいなくなって、僕はふと奥の作業場を覗き込む。そこには本日二回目の休憩を取ってる桐和がいた。
「桐和、面白い本を先輩に借りたけど、見る?」
僕がそう声を掛けると、桐和が奥から返事をする。
「話は聞こえてました。僕も少し見てみたいですね」
入り口のガラス戸から外が暗くなってきたのを見てから、僕は奥の作業場に入る。
どの生地のサンプルが欲しいか、桐和にも訊いてみよう。
「いらっしゃいませー」
反射的にそう声を掛けて入り口の方を見ると、入ってきたのはまっすぐな銀髪を緩く束ねた背の高い女性だった。
「ようミツキ、久しぶり」
片手を上げてにっと笑うその女性に、僕は手を振って返す。
「紫水先輩お久しぶりですー。仕事帰りですか?」
そう、この紫水という女性は、僕の高校時代の部活の先輩だ。僕もサクラも高校時代はなにかとお世話になったし、今でもこうしてお店に来てくれている。
紫水先輩が店内をきょろきょろと見回して言う。
「そう。今日は出版社行くのに外出たから、そのついでに」
「いつもお疲れさまです」
紫水先輩は現在小説家をしていて、生活パターンというか、仕事のために外に出るタイミングが決まっているわけではない。なので、結構人がいない時間に来ることが多いのだけれど、今日は出版社の方でかなり仕事の内容を詰めてきたのだろう。
壁際にかけられた新作の服を手に取った紫水先輩が僕の方を見たので、こう訊ねる。
「それ新作なんですけど、試着してみますか?
先輩でも丈が足りると思いますよ」
すると、先輩は難しそうな顔をして、手に持った厚手のコットンのカットソーを見ながら僕に訊ねてくる。
「この服厚手でいい感じなんだけどさ、アウトドアにも使えるかな?」
「えっ?」
突然の事に一瞬戸惑う。紫水先輩が大学卒業後、キャンプとかのアウトドアをはじめたのは知っていたけれども、そういうシーンで使えるかどうか訊かれるとは思っていなかったのだ。
「うーん、どうなんでしょう。
うちのお店はアウトドアは想定してないので、ちょっとわかんないです」
「そっかー」
僕が正直に答えると、紫水先輩はカットソーを身体に当ててみて丈を見て、また僕に訊ねる。
「これ、あたしでも着られるかな?」
「多分着られると思いますけど、シルエット見るのに試着した方がいいですよ」
「わかった。試着してみる」
紫水先輩を店の隅にある試着室に通し少しの間待つ。すると、試着室のカーテンを開けて紫水先輩が顔を出した。
「どう? おかしいとこない?」
そう言ってくるくると回るので、僕は丈や胸回り、裾の感じやシワのでき方などを見てこう返す。
「二の腕とウエスト周りがゆとりがあるのが気にならないならおかしいところはないですよ。
あと、胸回りがきつくなければOKだと思います」
すると、紫水先輩は腕を回す。多分、胸と二の腕周りの運動量を見ているのだろう。それから、うれしそうに笑ってこう言った。
「これ買っちゃおうかな。アウトドアで使えなくても普段着ればいいし」
「そうですね。うちのお店の服はそういうものですからね」
満足そうな紫水先輩がまた試着室のカーテンを閉めた後、着替えて出てくるのを待つ。紫水先輩は試着の時の着替えがいつも速やかなのでとてもたすかる。
試着室から出て来た紫水先輩は、先程のカットソーを僕に渡しながらこんなことを訊いてきた。
「そういえば、ミツキはアウトドア用の服とか作らないの?」
「アウトドア用のですか?」
それを聞いて少し考える。正直、アウトドア用と言われてもどんなものなのかうまく想像できない。そもそも僕はアウトドアに詳しくないのだ。
「そうですねぇ、僕はちょっとアウトドアのことがわからないので、資料が無いことにはどうにも」
僕がそう返すと、紫水先輩は肩から掛けていたメッセンジャーバッグから大判の本を取り出して僕に見せる。
「もし作ってくれそうだったらと思って資料は持って来てる」
「わぁ! あいかわらず準備がいい!」
紫水先輩が見せてくれている本の表紙にはカラフルな布の写真が載っていて、見るからに面白そうだ。
「作れるかはわからないですけど、資料見せてもらっていいですか?」
「うん、いいよ。見せるのに持って来たし」
紫水先輩から本を受け取って中身を見ていく。どうやら、アウトドアウェアのカタログと言うよりは、アウトドア用のファブリックの検証資料のようだった。
質感のわかる写真だけでなく、防水性や耐熱性、それにこすれや引っ張りにどの程度強いか、ミシンで縫ったときどの程度針穴が残るかなども詳しく載っていて非常に興味深い。一般書籍でここまで布の機能性に触れている本は珍しいのではないだろうか。
ふと、本を見ていて気がつく。この本に載っているアウトドアファブリックは、丈夫さも色合いも、僕がお店で出している服のコンセプトに合うものが多い。今までアウトドア用の生地は使ってこなかったけれども、これは新しい発見かもしれない。
僕がついつい本に集中していると、紫水先輩がメッセンジャーバッグから財布を出したまま僕に訊ねてくる。
「こういう布って、ミツキのところで代わりに仕入れて貰ったりとかできる?」
その問いに僕は顔を上げてこう答える。
「代行でやるなら手数料をいただきますけど、やっても構わないですよ」
すると、紫水先輩は少し興奮気味にこう言った。
「マジで? それなら代行頼みたいんだけど」
「いいですよー。どの生地が希望が教えて下さい」
紫水先輩と一緒に本を見ながら、ふと、僕は訊ねる。
「そういえば、先輩は生地を買ってどうするんですか? 服が作れるって聞いたことないですけど」
僕の問いに、紫水先輩は本に視線をやったままこう答える。
「この本の最後の方に、アウトドア用品の作り方が載ってたから自分で作ってみようと思ってさ」
「そうなんですか?」
なんでわざわざ作るんだろう。既製品ではだめなのだろうか。そう思っていると、紫水先輩は言葉を続ける。
「売ってるのを買うのがなんだかんだ手っ取り早いし安く付くのはわかるんだけど、たまーにサイズが微妙なことがあるんだよな」
「なるるー」
確かに、アウトドア用品に限らず普通に着る服でも、その人の体格や用途によって、これだとサイズが微妙なんだよなー。ということはよくある。紫水先輩は女性にしては大柄な方だし、既製品だと窮屈に感じるとこもあるのだろう。
事情に納得した僕は、紫水先輩が取り寄せたいという生地のメモを取りながら言う。
「それなら、僕もこの本に載ってる生地のサンプルが欲しいから、一緒に注文しちゃいますよ」
「マジでか。それじゃあ頼むよ。
あ、生地代と代行料払っていったほうがいいよな」
そう言って財布を開けようとする紫水先輩に、僕は慌てて返す。
「あ、布代と代行料はまだわからないので後払いというか、あとで見積もりをメールで送ります。
その辺のお支払いはそれからでいいですよ」
「そう? じゃあそれでよろしく」
紫水先輩が少し落ち着いた所で、僕はこの本を借りていいかどうか訊く。注文をするのに手元にあった方が助かるからだ。すると紫水先輩は、貸してくれると快く答えてくれた。
「それじゃあ、今日のお買いあげのお会計しましょうか」
「はーい」
僕が先程受け取ったカットソーのバーコードをレジで読み取り、金額を提示する。紫水先輩はすぐにお代を払ってくれた。
お釣りを渡してカットソーを丁寧に畳み、ショッパーに入れてレジカウンターから出る。それから、紫水先輩を入り口まで先導して、お店を出て行ったのを見送った。
店頭に僕以外誰もいなくなって、僕はふと奥の作業場を覗き込む。そこには本日二回目の休憩を取ってる桐和がいた。
「桐和、面白い本を先輩に借りたけど、見る?」
僕がそう声を掛けると、桐和が奥から返事をする。
「話は聞こえてました。僕も少し見てみたいですね」
入り口のガラス戸から外が暗くなってきたのを見てから、僕は奥の作業場に入る。
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