HAPPY CITIZENの生活

藤和

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第二章 もうすぐ新作発売

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 僕のお店は正午に開くのだけれども、開店前にお昼ごはんを食べている時間はないのでいつもお店を開けてから桐和と交互で休憩を取ってお昼ごはんを食べる。
 そんなわけで、開店から一時間ほど経って桐和の休憩時間になった。
「桐和ー、そろそろ休憩取ってくれる?」
 僕が描いていたデザイン画をまとめて作業場から声を掛けると、店頭に出ていた桐和が作業場を覗き込んできた。
「もうそんな時間ですか。それでは失礼して」
 作業場に入って、ミシンやアイロン台、製図台とは別に置かれた小さな机に、桐和がお弁当を広げる。
 いつも思うのだけれども、桐和のお弁当はいつもきっちりとおかずが作られていていかにも手が込んでそうだ。はじめはお母さんが作ってるのかと思ったけれども、今は学生時代の同級生とシェアハウスをして暮らしているとのことで、お弁当はいつも桐和が作っていると言っていた、
「お弁当、いつもがんばってるよね」
 僕がそう言うと、桐和はしれっとこう返す。
「まぁ、半分くらい趣味のようなものですから」
 桐和が料理や製菓が好きなのは、僕も学生時代から知っている。なので、桐和と一緒に住んでいる僕の後輩がちょっとだけ羨ましい。
 あまりお弁当を食べてるところをじろじろ見ても気を遣わせるだろうし、店頭を無人にしておくわけにもいかないので、作業場を出て店頭に出る。さいわいお客さんは途絶えているところだったようだ。
 店頭に出て少しの間ぼーっとしていると、入り口から誰かが覗き込んで来て、それからガラスのドアを開けて入ってくる。どうやらはじめて来るお客さんのようだった。
「いらっしゃいませー」
 たまたまここを通りがかっただけなのか、それとも調べて見つけてきたのか、そのどちらなのかはわからないけれども、このお店では基本的にお客さんから声を掛けられない限りは、挨拶以外にこちらから声を掛けないようにしている。
 上手く話し掛けられるのならその方が売り上げは上がるのだろうけれども、正直言って僕にも桐和にもそんな会話スキルは備わっていない。下手にこっちから話し掛けて不快にさせて二度と来ないと思われるよりは、必要な時だけに声を掛ける方がリスクは少ないと判断したのだ。
 わりとこのお店の雰囲気に近いポップな服装をしたその女性のお客さんは、このお店の売れ筋商品である柄タイツを見て、壁際にかけてある服を見て、レジの近くにあるアクセサリーの棚を見る。アクセサリーはどれを手に取るということもなく眺めていて、僕はそのようすを見守る。
 ふと、お客さんが僕の方を見て目が合ったのでにこりと笑うと、少し気まずそうに笑ってすぐに視線を外されてしまった。こういうことはよくあるので、僕は特に気にしない。そうしているうちに、お客さんはなにも買わずにお店を出て行った。
 また来てくれるといいんだけどなぁ。
 そう思ってあのお客さんの姿を見送ると、またすぐに別のお客さんがお店に入ってきた。
「ミツキさん久しぶりー」
「あ、イツキさんもお久しぶりですー」
 入って来たお客さんは、鮮やかなピンクの癖っ毛を頬のあたりで切り揃えている男性で、このお店で以前買ったドルマンスリーブのパーカーを着ている。このイツキさんというお客さんは、今までに何度もこのお店に来てくれている常連さんだ。
 イツキさんは早速壁際の服を一着ずつ丁寧に見ながら、僕にこう訊ねた。
「ミツキさん、次の新作いつ頃出る?」
 僕は数ヶ月前に描いたデザイン画を思い出しながら返す。
「来月あたりに次のシーズンの新作を出しますよ。
新作のチラシはできてるのでよかったら一枚どうぞ」
「わー、マジで? 楽しみ」
 レジの隅に立てて置いている三つ折りチラシをイツキさんに渡すと、イツキさんは早速チラシを開いて中を見ている。
「ほーん、こんな感じなんだ」
 興味深そうなイツキさんの言葉に僕はちらりと作業場を見て言う。
「絶賛生産中ですよ」
「このお店、入荷数少ないから買うなら急がないとだよなー」
「そうですね、自家生産なので」
 今現在作業をしているわけでは無いけれども、この後僕もお昼ごはんを食べたら今イツキさんが見ているチラシに載った服の縫製作業をする予定だ。まあ、絶賛生産中と言っても差し支えはない。
「そろそろ、新しい服が欲しいですか?」
 僕がそう訊ねると、イツキさんはにっと笑って言う。
「そりゃ欲しいさ。前にここで服を買ってもう半年くらい経ってるし」
「そういえばそうでしたね」
 イツキさんはもっと頻繁にお店に来てくれているので、以前の購入がそんなに前だということをすっかり忘れていた。でも、また欲しいと思ってもらえるのはありがたい。
 ふと、イツキさんが口を尖らせる。
「でも、この店の服って何年着てもなかなか痛まないから買うタイミングが難しいんだよ」
「まあ、丈夫に作るようにはしていますし」
「他の店のはすぐダメになるのになー」
 イツキさんの言うとおり、近頃はそこそこ値が張る服でも長持ちするものが少なくなってきている。その理由は、素材であったり縫製であったり、そのいずれかで質が落ちているからだ。このお店では素材も縫製も妥協したくない。だから、カジュアルラインであるにもかかわらず、服の値段としては高額な部類になるだろう。その値段設定について、イツキさんはにやっと笑ってこう言った。
「この店のは、値段だけのことはある」
「ありがとうございますー」
 そう、値段に納得した人だけが買っていけばいい。このお店は、僕が店舗委託で服を売りはじめた頃からずっとそのポリシーを通している。
 イツキさんが着ているパーカーの裾を引っ張って笑う。
「オレなんか結構ハードな仕事してるから、この店の服だと仕事中安心して着られるんだよ」
「そうなんですね、いっぱい着て下さい!」
 このお店の服で大丈夫な仕事というのがどんなものかはわからなかったけれども、そこはあまり詮索しない方がいいだろう。
 イツキさんがチラシを見て、壁際にかかった服を見て、それから黄色い靴下を手に取って僕のところに持って来た。
「とりあえず靴下欲しかったんだよ。これお願い」
「はーい。お会計こちらです」
「靴下も自家生産なの?」
「靴下とか、レッグウェアはデザインだけこっちで生産は外注ですね。
なるべく履き心地がいいものを作ってる工場を選んでますけど」
「なるほどなー」
 そんな話をしながらお会計を済ませイツキさんは、また来る。と言い残してお店を出て行った。
 それからまたしばらく店頭に出て、たまに来てくれているお客さんやはじめてのお客さんの相手をしているうちに桐和が作業場から出て来た。
「店長、交代です」
 休憩時間は一時間のはずだけど、もうそんなに経ってたのか。店頭に立ってると本当に時間の流れが速い。
「それじゃあしばらくよろしくね」
「はい。店長もこの後縫製がんばって」
 桐和に軽く言葉を返して作業場に戻り、まずはお弁当を広げる。広げる場所は、先程桐和がお弁当を食べていた机だ。
 お弁当を食べるのと休憩とで一時間はゆっくりして、その後、すでに裁断してあった布の縫製に入った。この裁断された布が、来月出す新作のパーツなのだ。
 発売開始までに予定数を作りきらないといけない。予定数と言っても、一アイテムあたりはそんなに数はない。せいぜい三着くらいだ。けれどもなんせ種類が多い。なので、総数としてはかなりの数になる。
 直線ミシンをかけて、時々ロックミシンをかけたりアイロンをかけたり、その都度作業場の中を動き回って進めていく。
 こうしてると時々思う。パターンを引くところまでを自分でやって、縫製は外注したらどうかと。
 でも、その度に思い直す。さっきイツキさんに話したように、外注だと縫製が甘くなりがちなので、どうしてもそれは避けたい。納得できる縫製にするには自分でやるのが一番手っ取り早い。
 それに僕は、なんだかんだで服を縫うのが好きなのだ。
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