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第十七章 対話
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「お前、少し時間を借りて良いか?」
お昼時、食事を作るのが面倒でカップ麺をズルズル啜っていた所にそれは現れた。
突然の事なので思わず鼻からラーメンを噴き出しそうになったが、何とか飲み込んで姿を確認する。
すると目の前に、悠希さんに憑いているあの霊が立っていた。
「俺は今日暇なんで構わないけど、あなたは悠希さんの事を置いておいて良いんですか?」
「いや、余り良くないんだが」
取りあえずラーメンを食べ終わるまで待って貰い、小さなテーブルの上を片付けてその前に座って貰う。
一体何の用があるのかと訊くと、こう返ってきた。
「実はとある者からお前が霊体を可視化する事の出来る香を持っていると聞いてな。
その話だ」
「なんでまた?」
俺がまたそう訊ねると、彼が言うにはこう言う事らしい。
かつて自分が思いを寄せていた人物の生まれ変わりである悠希さんと、直接話がしたいのだそうだ。
なるほど、思いを寄せていた人の生まれ変わりが悠希さんなのか。
それならスキンシップ過剰にもなるよな。
しかし、何故この人は天に帰り生まれ変わる事が出来ないで居るのだろう。
更にそう問いかけると、彼は涙目になってこう答えた。
「俺は、愛する人をこの手に掛けたんだ。
それで牢獄に入れられたのだが、その当時魔女裁判が盛んで、そのどさくさで俺は魔女の疑いを掛けられ水の底に沈められた。
それ故、俺は天に帰る事は勿論、生まれ変わる事も出来ないんだ」
「魔女裁判ですか……」
中世ヨーロッパでは、各地で魔女裁判が流行った時期があると聞いた事が有る。
彼はその時代の流れに飲まれ、今まで彷徨い続ける事になってしまったのか。
ふと、俺はずっと訊いていない事が有った事を思い出す。
「あの、ところでお名前はなんと言うのでしょうか?」
俺の問いに、彼は近くに転がっている水入りペットボトルをちらりと見てからこう答えた。
「俺の名前はソンメルソ。
ああ、本当に名前通りの最期だったよ」
「はぁ」
名前通りというのはどういう事なのだろうか。
そう疑問に思ったけれど、ふと思い出したのはカナメに借りたヴェネツィアンビーズの本。
その本の中に、『ソンメルソ』と呼ばれるビーズが有ったはず。
名前の由来は何だったかな等と暫く考えて、思い出した。
『水に沈めた』
それがソンメルソと言う言葉の意味だ。
一体どういう意図で両親がその名を付けたのかは解らないが、皮肉な話だ。
名前を聞いた所で、今度は他の事を訊ねる。
何故愛する人を手に掛けたのかという事だ。
「その事か。
今は詳しく言えないが、俺はあいつを自分の物に出来ないと思ったんだ。
それでも、どうしても諦められなくて、少しずつ毒入れた紅茶を飲ませて殺した」
「そうなんですか」
ソンメルソさんの話を聞いて頭に浮かんだのは、カナメのことだった。
もしかしたら、カナメにもっと友達が多くて独り占め出来る時間が少なかったら、俺もカナメの事を殺して自分だけの物にしようとしたのでは無いか。そう思った。
でも、寿命以外で死んだカナメの姿なんて見たくは無い。
だから俺はこう言った。
「ソンメルソさんは、愛する人を殺した事に、後悔は無いんですか?」
この言葉に、ソンメルソさんは両手を握りしめて、声を震わせて答える。
「……もうずっと、身を裂かれる程の後悔をしている。
俺に毒を盛られていると知ったあいつ、どんな反応をしたと思う?」
「え?
やっぱり恨まれたりしたんじゃ無いんですか?」
俺だったら毒を盛られたら恨むよ。そう思ってさらっと返したら、ソンメルソさんが今にも泣きそうな声で言う。
「あいつ、毒を盛って殺そうとした俺を許してくれたんだ。
『今まで気付かなくてごめんね。辛かったね』って……」
そして、ついには泣き出してしまった。
これは、酷く後悔しているんだろう。
いっその事、殺した相手から恨まれていたのなら、ここまで後悔はしなかったのかもしれない。
ソンメルソさんの思い人は、とても優しく、慈愛に満ちていて、そしてそれが喩えようも無い程の残酷さになっていたのだ。
それから暫く、俺とソンメルソさんは雑談をしていた。
ソンメルソさんの思い人と悠希さんに、どんな共通点が有るのかという話等だ。
「宿主……ああ、悠希と言った方が良いか。
悠希はアクセサリーを作るのが好きだろう?
俺が好きだった奴も、アクセサリーを作るのを生業としていたんだ」
「え? もしかして、前にロザリオの発注の話をしてる時にちらっと聞いた、『お前も昔は作ってたのにな』って、悠希さんの事じゃなかったんですか?」
「ああ、悠希はピンを曲げるのが出来ないらしくてな、あの時に言った『お前』というのは、悠希の前世の事だ。
あいつの母親は何故か頻繁にロザリオを壊していて、その度に色々と注文を付けられながら作っていたぞ」
「クリスチャンがそんなほいほいロザリオ壊しちゃって良いんですかね?」
「母親に聞いた所、お祈りの時に珠を手繰るのに力を入れすぎる事が多くて、それで壊れると言っていたな」
「なるほど。
熱心にお祈りをしていたんですね」
そんな話をしていると、ソンメルソさんがこんな事を言った。
「所で、お前はホトケと言う者に属している様だが」
「はい。お寺生まれなんで」
「この前ロザリオを作って貰っていたと言う事は、ホトケの籍から外れて我等の神の元へ来るつもりなのか?」
この問いに思わず気まずくなる。
別段クリスチャンになるつもりは無いんだよな。
少しビクビクしながら、俺はロザリオを作って貰った経緯を話す。
「実は、ソンメルソさんとの対話のきっかけになればなと思って作って貰ったんですよ」
「俺との対話?」
怪訝そうな顔をする彼を見て、やっぱり気安く持つなと言われるかもしれないと、気が気でない。
けれどもソンメルソさんはそうは言わなかった。
「何故俺と対話しようと思ったんだ?
もしや、悠希に良からぬ事をしようと思っているのでは無いだろうな?」
「あ、それは無いんで安心して下さい」
俺が悠希さんに良からぬ事をするつもりも、言い寄るつもりも無いと無いと説明したら、ソンメルソさんは落ち着いた様子。
何故対話しようと思ったのかについての回答はしていない気がするが、落ち着いてくれたのならそれで良い。
そういえば、出版社潰しの話をしないと。
そう思った矢先に、ソンメルソさんは一言、また会おう。と言って悠希さんの元へと帰ってしまった。
それから数日後、俺はカナメとパソコンで話をしていた。
結婚資金を貯めるのに余り外出は出来ないと言うカナメの意思を尊重して、無料通話の出来るボイスチャットで話しているのだ。
たわいも無い話をする中で、ふと心に過ぎった事をカナメに訊ねた。
「あのさ、もし俺がお前の事を殺そうとして毒を盛ったりしてたら、どうする?」
いきなりのその内容に、カナメは少し驚いた声を出したけれど、すぐにいつも通りの口調でこう返してきた。
「死ぬのは怖いけど、本当に勤が僕に毒を盛ってても怒れないし、恨めないな。
だって、ずっと友達で居てくれてるんだもん。
……それとも、本当は僕の事が嫌いなの?」
「いや、嫌いな訳無いだろ。
嫌いだったら、なぁ。色んな相談受けたりしないし」
「そっか、良かった」
きっと画面の向こうでは笑顔を浮かべているのだろう。
カナメのこの様子を感じ取って、やっぱり殺したら一生どころか死んだ後も後悔するなと、そう思った。
お昼時、食事を作るのが面倒でカップ麺をズルズル啜っていた所にそれは現れた。
突然の事なので思わず鼻からラーメンを噴き出しそうになったが、何とか飲み込んで姿を確認する。
すると目の前に、悠希さんに憑いているあの霊が立っていた。
「俺は今日暇なんで構わないけど、あなたは悠希さんの事を置いておいて良いんですか?」
「いや、余り良くないんだが」
取りあえずラーメンを食べ終わるまで待って貰い、小さなテーブルの上を片付けてその前に座って貰う。
一体何の用があるのかと訊くと、こう返ってきた。
「実はとある者からお前が霊体を可視化する事の出来る香を持っていると聞いてな。
その話だ」
「なんでまた?」
俺がまたそう訊ねると、彼が言うにはこう言う事らしい。
かつて自分が思いを寄せていた人物の生まれ変わりである悠希さんと、直接話がしたいのだそうだ。
なるほど、思いを寄せていた人の生まれ変わりが悠希さんなのか。
それならスキンシップ過剰にもなるよな。
しかし、何故この人は天に帰り生まれ変わる事が出来ないで居るのだろう。
更にそう問いかけると、彼は涙目になってこう答えた。
「俺は、愛する人をこの手に掛けたんだ。
それで牢獄に入れられたのだが、その当時魔女裁判が盛んで、そのどさくさで俺は魔女の疑いを掛けられ水の底に沈められた。
それ故、俺は天に帰る事は勿論、生まれ変わる事も出来ないんだ」
「魔女裁判ですか……」
中世ヨーロッパでは、各地で魔女裁判が流行った時期があると聞いた事が有る。
彼はその時代の流れに飲まれ、今まで彷徨い続ける事になってしまったのか。
ふと、俺はずっと訊いていない事が有った事を思い出す。
「あの、ところでお名前はなんと言うのでしょうか?」
俺の問いに、彼は近くに転がっている水入りペットボトルをちらりと見てからこう答えた。
「俺の名前はソンメルソ。
ああ、本当に名前通りの最期だったよ」
「はぁ」
名前通りというのはどういう事なのだろうか。
そう疑問に思ったけれど、ふと思い出したのはカナメに借りたヴェネツィアンビーズの本。
その本の中に、『ソンメルソ』と呼ばれるビーズが有ったはず。
名前の由来は何だったかな等と暫く考えて、思い出した。
『水に沈めた』
それがソンメルソと言う言葉の意味だ。
一体どういう意図で両親がその名を付けたのかは解らないが、皮肉な話だ。
名前を聞いた所で、今度は他の事を訊ねる。
何故愛する人を手に掛けたのかという事だ。
「その事か。
今は詳しく言えないが、俺はあいつを自分の物に出来ないと思ったんだ。
それでも、どうしても諦められなくて、少しずつ毒入れた紅茶を飲ませて殺した」
「そうなんですか」
ソンメルソさんの話を聞いて頭に浮かんだのは、カナメのことだった。
もしかしたら、カナメにもっと友達が多くて独り占め出来る時間が少なかったら、俺もカナメの事を殺して自分だけの物にしようとしたのでは無いか。そう思った。
でも、寿命以外で死んだカナメの姿なんて見たくは無い。
だから俺はこう言った。
「ソンメルソさんは、愛する人を殺した事に、後悔は無いんですか?」
この言葉に、ソンメルソさんは両手を握りしめて、声を震わせて答える。
「……もうずっと、身を裂かれる程の後悔をしている。
俺に毒を盛られていると知ったあいつ、どんな反応をしたと思う?」
「え?
やっぱり恨まれたりしたんじゃ無いんですか?」
俺だったら毒を盛られたら恨むよ。そう思ってさらっと返したら、ソンメルソさんが今にも泣きそうな声で言う。
「あいつ、毒を盛って殺そうとした俺を許してくれたんだ。
『今まで気付かなくてごめんね。辛かったね』って……」
そして、ついには泣き出してしまった。
これは、酷く後悔しているんだろう。
いっその事、殺した相手から恨まれていたのなら、ここまで後悔はしなかったのかもしれない。
ソンメルソさんの思い人は、とても優しく、慈愛に満ちていて、そしてそれが喩えようも無い程の残酷さになっていたのだ。
それから暫く、俺とソンメルソさんは雑談をしていた。
ソンメルソさんの思い人と悠希さんに、どんな共通点が有るのかという話等だ。
「宿主……ああ、悠希と言った方が良いか。
悠希はアクセサリーを作るのが好きだろう?
俺が好きだった奴も、アクセサリーを作るのを生業としていたんだ」
「え? もしかして、前にロザリオの発注の話をしてる時にちらっと聞いた、『お前も昔は作ってたのにな』って、悠希さんの事じゃなかったんですか?」
「ああ、悠希はピンを曲げるのが出来ないらしくてな、あの時に言った『お前』というのは、悠希の前世の事だ。
あいつの母親は何故か頻繁にロザリオを壊していて、その度に色々と注文を付けられながら作っていたぞ」
「クリスチャンがそんなほいほいロザリオ壊しちゃって良いんですかね?」
「母親に聞いた所、お祈りの時に珠を手繰るのに力を入れすぎる事が多くて、それで壊れると言っていたな」
「なるほど。
熱心にお祈りをしていたんですね」
そんな話をしていると、ソンメルソさんがこんな事を言った。
「所で、お前はホトケと言う者に属している様だが」
「はい。お寺生まれなんで」
「この前ロザリオを作って貰っていたと言う事は、ホトケの籍から外れて我等の神の元へ来るつもりなのか?」
この問いに思わず気まずくなる。
別段クリスチャンになるつもりは無いんだよな。
少しビクビクしながら、俺はロザリオを作って貰った経緯を話す。
「実は、ソンメルソさんとの対話のきっかけになればなと思って作って貰ったんですよ」
「俺との対話?」
怪訝そうな顔をする彼を見て、やっぱり気安く持つなと言われるかもしれないと、気が気でない。
けれどもソンメルソさんはそうは言わなかった。
「何故俺と対話しようと思ったんだ?
もしや、悠希に良からぬ事をしようと思っているのでは無いだろうな?」
「あ、それは無いんで安心して下さい」
俺が悠希さんに良からぬ事をするつもりも、言い寄るつもりも無いと無いと説明したら、ソンメルソさんは落ち着いた様子。
何故対話しようと思ったのかについての回答はしていない気がするが、落ち着いてくれたのならそれで良い。
そういえば、出版社潰しの話をしないと。
そう思った矢先に、ソンメルソさんは一言、また会おう。と言って悠希さんの元へと帰ってしまった。
それから数日後、俺はカナメとパソコンで話をしていた。
結婚資金を貯めるのに余り外出は出来ないと言うカナメの意思を尊重して、無料通話の出来るボイスチャットで話しているのだ。
たわいも無い話をする中で、ふと心に過ぎった事をカナメに訊ねた。
「あのさ、もし俺がお前の事を殺そうとして毒を盛ったりしてたら、どうする?」
いきなりのその内容に、カナメは少し驚いた声を出したけれど、すぐにいつも通りの口調でこう返してきた。
「死ぬのは怖いけど、本当に勤が僕に毒を盛ってても怒れないし、恨めないな。
だって、ずっと友達で居てくれてるんだもん。
……それとも、本当は僕の事が嫌いなの?」
「いや、嫌いな訳無いだろ。
嫌いだったら、なぁ。色んな相談受けたりしないし」
「そっか、良かった」
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