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2006年
25:諦めを飲む
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新年が明けて少し経った頃。とわ骨董店では空調で温かくした空気の中、清々しい香りを放つ水仙を、陶器の花瓶に生けて空間を彩っていた。
花の香りと共にいただくお茶は、穏やかな渋味を感じさせて、穏やかな気持ちにさせてくれた。
萩焼のカップの中身がなくなり、次はどんなお茶を淹れようかと、いつもの椅子に座った林檎がぼんやりとする。すると、店の外から足音が聞こえた気がした。
店の扉がそっと開く。
「こんにちわー」
そう言って入って来たのは、ラズベリー色の髪で、襟元にファーが付いたコートを着た女性だった。
「あらまつひさん、お久しぶりです」
林檎がにこりと笑って言葉を返すと、まつひは随分とさっぱりした表情で笑い返した。
これは何か良いことがあったのだろうかと思った林檎は、そう言えば、まつひは写真のコンテストに応募するために写真を撮りに来たと言うことを思いだす。
「まつひさん、写真のコンテストはどうでしたか?」
きょろきょろとしながらお店の真ん中に立っていたまつひは、困ったように笑って答えた。
「コンテスト所か、雑誌の賞にも引っかからなくて。
全く実力が及ばない感じです」
「あら……」
以前まつひに見せて貰った、正方形の写真を思い出す。あの写真には確かに力が有るように感じたのに。それでも太刀打ちできないだなんて、林檎には意外だった。
「及ばなかったけれど、自分に才能がないのがわかってすっきりしました」
「そうなのですか?」
才能がないという事実を突きつけられるのは、ひどくつらいことなのではないかと林檎は思うのだけれど、そのつらさをまつひは全く感じさせない。
余程強い心の持ち主なのか。林檎がじっとまつひを見ていると、まつひはすこしだけ目を伏せてこう続けた。
「才能があるって思い込んで、意地になって藻掻いてる方がつらいですから。
それに、才能がなくても技術さえあれば、写真に関わる仕事は出来ますしね」
そう言って一旦目を閉じ、また笑顔になるまつひに、林檎はどう声を掛ければいいのかわからなかった。あなたにはみんなにはわからない才能がある。そう言ってしまうのは簡単だけれども、あまりにも無責任なことのようにも感じた。
どうしたらいいのだろう。林檎が迷っていると、また店の扉が開き、こんな声が聞こえた。
「林檎さん、差し入れでお饅頭をいただいたのですけれど、一緒にいかがですか?」
そう言って覗き込んでいたのは、隣のシムヌテイ骨董店の店主の真利だ。手には紙袋を持っていて、その中にお饅頭が入っているのだろう。
すこし重い雰囲気を変えたいと思った林檎は、まつひと真利にこう言う。
「あらあら、まつひさん、良かったら一緒にお茶でもいかがですか?
真利さん、こちらのお客様にもお饅頭をお出ししてもかまわないかしら?」
それを聞いて、まつひはそわそわとした様子で、真利が持っている紙袋を見ている。それに気づいた真利は、くすりと笑って紙袋を持ち上げていった。
「勿論ですとも。三人でいただきましょう」
それから、店内奥まで来た真利が紙袋をレジカウンターの上に乗せ、その間に林檎はバックヤードから丸い座面のスツールをふたつ運び出し、レジカウンターの側に並べる。
それから、レジカウンター奥の棚から鮮やかな花柄が印象的な九谷焼のお皿を二枚と、唐津焼のカップをひとつ、白地に青い線がきれいな有田焼のカップをひとつ、それにガラスのティーポットを用意して、お茶の準備を始めた。
ティーポットの中に入れるのは、薔薇と矢車草の花弁が入った紅茶だ。お湯を注ぐと、ふわりと甘い香りが立った。
お茶を蒸らしている間に、お饅頭の箱を開ける。十二個入りのお饅頭のうち三個取りだし、お皿の上にひとつずつ乗せる。それをまずは、まつひと真利に渡した。
お茶の準備をしている間にも、まつひと真利の間で、会話が進んでいる。お互いの自己紹介と、この店に来たきっかけ。それから、まつひが写真を撮るのが好きだとか、そう言う話だ。
お茶を蒸らし終わり、ティーポットからカップにお茶を注ぐ。カップから立ち上る湯気は暖かく、心を穏やかにしてくれる。
「お待たせしました」
そう言ってふたりにカップを渡し、林檎もカップとお皿を持って、いつもの籐の椅子に座る。
みんなでいただきますをしてからお饅頭をかじると、まつひがほっとしたように笑ってから、ぽろぽろと泣き始めた。
「ああ、まつひさん、どうしたの?」
林檎が懐からハンカチを取り出し、まつひに渡す。それを受け取ったまつひは、涙を拭いながらこう言った。
「やっぱり、才能がないって実感しちゃうの、つらいなって……」
それを聞いて、林檎は勿論、真利もかける言葉を探しているようだった。けれども、言葉をかけられる前に、まつひは意思の籠もった声で言葉を続けた。
「でも、才能がないくらいで私は負けない」
何度、この覚悟を決めようと頑張ってきたのだろう。真利がまつひに、優しく声を掛ける。
「努力し続けるのも、才能のうちですよ」
林檎も、それに続けて言う。
「そうですよ。まつひさんが写真を仕事にしていけるのを、応援していますから」
それを聞いて、まつひは照れ笑いをする。泣いてしまったというのが恥ずかしかったのだろうということと、応援されることに気恥ずかしさを感じているのだろう。
つらい現実を受け止めた後なのだから、せめて今くらいは心安らかでいて欲しい。そう思いながら、林檎は三人でお茶を楽しんだ。
花の香りと共にいただくお茶は、穏やかな渋味を感じさせて、穏やかな気持ちにさせてくれた。
萩焼のカップの中身がなくなり、次はどんなお茶を淹れようかと、いつもの椅子に座った林檎がぼんやりとする。すると、店の外から足音が聞こえた気がした。
店の扉がそっと開く。
「こんにちわー」
そう言って入って来たのは、ラズベリー色の髪で、襟元にファーが付いたコートを着た女性だった。
「あらまつひさん、お久しぶりです」
林檎がにこりと笑って言葉を返すと、まつひは随分とさっぱりした表情で笑い返した。
これは何か良いことがあったのだろうかと思った林檎は、そう言えば、まつひは写真のコンテストに応募するために写真を撮りに来たと言うことを思いだす。
「まつひさん、写真のコンテストはどうでしたか?」
きょろきょろとしながらお店の真ん中に立っていたまつひは、困ったように笑って答えた。
「コンテスト所か、雑誌の賞にも引っかからなくて。
全く実力が及ばない感じです」
「あら……」
以前まつひに見せて貰った、正方形の写真を思い出す。あの写真には確かに力が有るように感じたのに。それでも太刀打ちできないだなんて、林檎には意外だった。
「及ばなかったけれど、自分に才能がないのがわかってすっきりしました」
「そうなのですか?」
才能がないという事実を突きつけられるのは、ひどくつらいことなのではないかと林檎は思うのだけれど、そのつらさをまつひは全く感じさせない。
余程強い心の持ち主なのか。林檎がじっとまつひを見ていると、まつひはすこしだけ目を伏せてこう続けた。
「才能があるって思い込んで、意地になって藻掻いてる方がつらいですから。
それに、才能がなくても技術さえあれば、写真に関わる仕事は出来ますしね」
そう言って一旦目を閉じ、また笑顔になるまつひに、林檎はどう声を掛ければいいのかわからなかった。あなたにはみんなにはわからない才能がある。そう言ってしまうのは簡単だけれども、あまりにも無責任なことのようにも感じた。
どうしたらいいのだろう。林檎が迷っていると、また店の扉が開き、こんな声が聞こえた。
「林檎さん、差し入れでお饅頭をいただいたのですけれど、一緒にいかがですか?」
そう言って覗き込んでいたのは、隣のシムヌテイ骨董店の店主の真利だ。手には紙袋を持っていて、その中にお饅頭が入っているのだろう。
すこし重い雰囲気を変えたいと思った林檎は、まつひと真利にこう言う。
「あらあら、まつひさん、良かったら一緒にお茶でもいかがですか?
真利さん、こちらのお客様にもお饅頭をお出ししてもかまわないかしら?」
それを聞いて、まつひはそわそわとした様子で、真利が持っている紙袋を見ている。それに気づいた真利は、くすりと笑って紙袋を持ち上げていった。
「勿論ですとも。三人でいただきましょう」
それから、店内奥まで来た真利が紙袋をレジカウンターの上に乗せ、その間に林檎はバックヤードから丸い座面のスツールをふたつ運び出し、レジカウンターの側に並べる。
それから、レジカウンター奥の棚から鮮やかな花柄が印象的な九谷焼のお皿を二枚と、唐津焼のカップをひとつ、白地に青い線がきれいな有田焼のカップをひとつ、それにガラスのティーポットを用意して、お茶の準備を始めた。
ティーポットの中に入れるのは、薔薇と矢車草の花弁が入った紅茶だ。お湯を注ぐと、ふわりと甘い香りが立った。
お茶を蒸らしている間に、お饅頭の箱を開ける。十二個入りのお饅頭のうち三個取りだし、お皿の上にひとつずつ乗せる。それをまずは、まつひと真利に渡した。
お茶の準備をしている間にも、まつひと真利の間で、会話が進んでいる。お互いの自己紹介と、この店に来たきっかけ。それから、まつひが写真を撮るのが好きだとか、そう言う話だ。
お茶を蒸らし終わり、ティーポットからカップにお茶を注ぐ。カップから立ち上る湯気は暖かく、心を穏やかにしてくれる。
「お待たせしました」
そう言ってふたりにカップを渡し、林檎もカップとお皿を持って、いつもの籐の椅子に座る。
みんなでいただきますをしてからお饅頭をかじると、まつひがほっとしたように笑ってから、ぽろぽろと泣き始めた。
「ああ、まつひさん、どうしたの?」
林檎が懐からハンカチを取り出し、まつひに渡す。それを受け取ったまつひは、涙を拭いながらこう言った。
「やっぱり、才能がないって実感しちゃうの、つらいなって……」
それを聞いて、林檎は勿論、真利もかける言葉を探しているようだった。けれども、言葉をかけられる前に、まつひは意思の籠もった声で言葉を続けた。
「でも、才能がないくらいで私は負けない」
何度、この覚悟を決めようと頑張ってきたのだろう。真利がまつひに、優しく声を掛ける。
「努力し続けるのも、才能のうちですよ」
林檎も、それに続けて言う。
「そうですよ。まつひさんが写真を仕事にしていけるのを、応援していますから」
それを聞いて、まつひは照れ笑いをする。泣いてしまったというのが恥ずかしかったのだろうということと、応援されることに気恥ずかしさを感じているのだろう。
つらい現実を受け止めた後なのだから、せめて今くらいは心安らかでいて欲しい。そう思いながら、林檎は三人でお茶を楽しんだ。
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