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第四十九章 捨てるか否か
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マリユスとユリウスが街を出て数日。時折野宿をしながら、ふたりは進んだ。目的地にはまだ着かないけれども、この日は街道沿いにある小さな宿場町に泊まることにした。
宿の食堂で夕食を済ませ、ふたりはしばし、話をしていた。貯金はまだ残っているけれども、これからの生活をどうするか、目的地に着いてからどうするかとか、そういった話だ。ユリウスも今までとは違った真剣な表情で話をしている。話の最中ユリウスは、金の筋が入ったカップを手元で弄んでいたけれど、ふとそれをテーブルの上に置いた。
「とりあえずお兄ちゃん、そろそろ寝よう。
今は目的地に辿り着くことだけ考えて、その後のことはそれから考えよう」
そう言ってベッドに潜り込むユリウス。ふとその髪を見ると、しばらく手入れをしていなかったせいか、いつもはきらきらと不思議な色を浮かべているはずなのに、くすんで見えた。
随分と弟に苦労をかけてしまっている。
マリユスはぼんやりと、ソンメルソのことを思い出した。今までずっと彼のことを見守り、助けていたと思っていた。けれども、結局のところ自分は見捨ててしまい、今どうなっているかも知らない有様だ。そして、ユリウスのことも今まで守っているのだと、信じて疑っていなかった。だけれども、今の状況はどうだ。守られているのは自分なのだ。
結局何も守れていない。ふがいなさを感じながら、マリユスも硬いベッドに潜り込み、横になる。
明日もまた、逃避行は続くのだ。
そして翌日、マリユスが目を覚ますとユリウスの姿が無かった。どこに行ったのだろうと、小さな宿の中を探し回るが見当たらない。外出しているのだろうかと宿の主人に聞くと、こう帰ってきた。
「ああ、そのお客さんなら、朝方早く出ていったよ」
「そうなのですか?」
何故そんな事をしたのだろう。不思議に思いながらマリユスが部屋に戻ると、テーブルの上には金の筋が入ったカップが置かれていた。それを見てマリユスは確信する。ユリウスは自分の意思でいなくなったのではない。あの宿の主人は何かを隠している。と。
急いで身支度を調え、荷物を持って宿を出る。そして、道行く人にユリウスを見掛けなかったかどうか、訊いて回った。
日が昇り、気がつけば傾き始めた頃。町中訊ね歩いても、ユリウスを見掛けたという人はいなかった。本当に、先に行ってしまったのだろうかと思ったその時、マリユスの目に大きなテントが映った。そのテントには見覚えが有った。いつかユリウスと共に見に行った、あのサーカスの物だ。
もしかしたらサーカスの所にいるかも知れない。そう思ったマリユスは、テントの外にいる、派手な格好をした男性に話しかけた。
「すみません、人を探しているのですが」
振り向いた男性は、青い光を照り返す灰色の髪を揺らしながら、マリユスの方を向く。彼には見覚えが有った。確か、ブッシュと名乗っていたはずだ。
ブッシュはにこりと笑ってマリユスに話しかける。
「これはこれはお久しぶりです。弟さんはどうなさったのですか?」
彼は自分達のことを覚えていた。その事に安心したマリユスは、ユリウスが朝から見当たらないと言う事を話し、それから、ここにいないかどうかを訊ねた。すると、ブッシュは周りを見渡してから、マリユスをテントの中にある控え室へと案内した。
ここにユリウスがいるのか。そう思ったマリユスに、ブッシュはこう言う。
「あんたが泊まってた宿、聞く限り人攫いと手を組んでるって噂があるところだよ。
あれだけ珍しい髪でうつくしい容姿の弟さんだ。宿の主人が人攫いに連絡して、連れ去らせたんだろう」
それを聞いて、マリユスは青い顔をする。あのカップが置き去りにされているのを見たとき、なんとなくそんな気はした。けれどもそれを認めたくなくて、探せば見つかると思いたかった。
マリユスは震える声でブッシュに訊ねる。
「その、人攫いを探し出すことは出来ますか?」
それに対して、ブッシュは少し視線を外して答える。
「そうだね、人攫いがどこに行ったのか、オレ達は知らない。けれど、探す手伝いは出来る」
それを聞いて、マリユスは必死の表情でブッシュに掴みかかる。
「それなら、探す手伝いをして下さい。お願いします!」
今にも泣き出してしまいそうなマリユスに、ブッシュが視線を返す。
「オレ達の仲間になるなら、巡業がてら色々な街を回って、行く先々で探して貰っても良いけど」
「けど?」
なにか条件があるのだろうか。働き手になれというのなら、それは当然のことなので了承する。そう思ったマリユスに、ブッシュはにやりと笑ってこう言った。
「オレ達『ユダヤ人』の仲間になる覚悟はあるか?」
それを聞いて、マリユスは震えた。ユダヤ人達が、この国でどんな扱いを受けているか、マリユスは十分すぎるほどにわかっている。その仲間になれと、いまマリユスが抱いている信仰を捨てろと、ブッシュは言っているのだ。
ブッシュの腕を掴む手が震える。ここで断って、ひとりであてもなく、いつ死んでしまうかもわからない状況でユリウスを探すのか、それとも、仲間になって手を借りながら探すのか。選ばなくてはいけない。
ブッシュがマリユスの手を片方外し、ナイフを取り出してこう言った。
「オレ達の仲間になるなら、身を隠すために、その長い髪を切れ」
マリユスは震える手でナイフを受け取る。
どうするのか、ここで自分はユダヤの仲間になるのか、それとも拒むのか。
マリユスは握ったナイフをぢっと見つめた。
宿の食堂で夕食を済ませ、ふたりはしばし、話をしていた。貯金はまだ残っているけれども、これからの生活をどうするか、目的地に着いてからどうするかとか、そういった話だ。ユリウスも今までとは違った真剣な表情で話をしている。話の最中ユリウスは、金の筋が入ったカップを手元で弄んでいたけれど、ふとそれをテーブルの上に置いた。
「とりあえずお兄ちゃん、そろそろ寝よう。
今は目的地に辿り着くことだけ考えて、その後のことはそれから考えよう」
そう言ってベッドに潜り込むユリウス。ふとその髪を見ると、しばらく手入れをしていなかったせいか、いつもはきらきらと不思議な色を浮かべているはずなのに、くすんで見えた。
随分と弟に苦労をかけてしまっている。
マリユスはぼんやりと、ソンメルソのことを思い出した。今までずっと彼のことを見守り、助けていたと思っていた。けれども、結局のところ自分は見捨ててしまい、今どうなっているかも知らない有様だ。そして、ユリウスのことも今まで守っているのだと、信じて疑っていなかった。だけれども、今の状況はどうだ。守られているのは自分なのだ。
結局何も守れていない。ふがいなさを感じながら、マリユスも硬いベッドに潜り込み、横になる。
明日もまた、逃避行は続くのだ。
そして翌日、マリユスが目を覚ますとユリウスの姿が無かった。どこに行ったのだろうと、小さな宿の中を探し回るが見当たらない。外出しているのだろうかと宿の主人に聞くと、こう帰ってきた。
「ああ、そのお客さんなら、朝方早く出ていったよ」
「そうなのですか?」
何故そんな事をしたのだろう。不思議に思いながらマリユスが部屋に戻ると、テーブルの上には金の筋が入ったカップが置かれていた。それを見てマリユスは確信する。ユリウスは自分の意思でいなくなったのではない。あの宿の主人は何かを隠している。と。
急いで身支度を調え、荷物を持って宿を出る。そして、道行く人にユリウスを見掛けなかったかどうか、訊いて回った。
日が昇り、気がつけば傾き始めた頃。町中訊ね歩いても、ユリウスを見掛けたという人はいなかった。本当に、先に行ってしまったのだろうかと思ったその時、マリユスの目に大きなテントが映った。そのテントには見覚えが有った。いつかユリウスと共に見に行った、あのサーカスの物だ。
もしかしたらサーカスの所にいるかも知れない。そう思ったマリユスは、テントの外にいる、派手な格好をした男性に話しかけた。
「すみません、人を探しているのですが」
振り向いた男性は、青い光を照り返す灰色の髪を揺らしながら、マリユスの方を向く。彼には見覚えが有った。確か、ブッシュと名乗っていたはずだ。
ブッシュはにこりと笑ってマリユスに話しかける。
「これはこれはお久しぶりです。弟さんはどうなさったのですか?」
彼は自分達のことを覚えていた。その事に安心したマリユスは、ユリウスが朝から見当たらないと言う事を話し、それから、ここにいないかどうかを訊ねた。すると、ブッシュは周りを見渡してから、マリユスをテントの中にある控え室へと案内した。
ここにユリウスがいるのか。そう思ったマリユスに、ブッシュはこう言う。
「あんたが泊まってた宿、聞く限り人攫いと手を組んでるって噂があるところだよ。
あれだけ珍しい髪でうつくしい容姿の弟さんだ。宿の主人が人攫いに連絡して、連れ去らせたんだろう」
それを聞いて、マリユスは青い顔をする。あのカップが置き去りにされているのを見たとき、なんとなくそんな気はした。けれどもそれを認めたくなくて、探せば見つかると思いたかった。
マリユスは震える声でブッシュに訊ねる。
「その、人攫いを探し出すことは出来ますか?」
それに対して、ブッシュは少し視線を外して答える。
「そうだね、人攫いがどこに行ったのか、オレ達は知らない。けれど、探す手伝いは出来る」
それを聞いて、マリユスは必死の表情でブッシュに掴みかかる。
「それなら、探す手伝いをして下さい。お願いします!」
今にも泣き出してしまいそうなマリユスに、ブッシュが視線を返す。
「オレ達の仲間になるなら、巡業がてら色々な街を回って、行く先々で探して貰っても良いけど」
「けど?」
なにか条件があるのだろうか。働き手になれというのなら、それは当然のことなので了承する。そう思ったマリユスに、ブッシュはにやりと笑ってこう言った。
「オレ達『ユダヤ人』の仲間になる覚悟はあるか?」
それを聞いて、マリユスは震えた。ユダヤ人達が、この国でどんな扱いを受けているか、マリユスは十分すぎるほどにわかっている。その仲間になれと、いまマリユスが抱いている信仰を捨てろと、ブッシュは言っているのだ。
ブッシュの腕を掴む手が震える。ここで断って、ひとりであてもなく、いつ死んでしまうかもわからない状況でユリウスを探すのか、それとも、仲間になって手を借りながら探すのか。選ばなくてはいけない。
ブッシュがマリユスの手を片方外し、ナイフを取り出してこう言った。
「オレ達の仲間になるなら、身を隠すために、その長い髪を切れ」
マリユスは震える手でナイフを受け取る。
どうするのか、ここで自分はユダヤの仲間になるのか、それとも拒むのか。
マリユスは握ったナイフをぢっと見つめた。
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