24 / 50
第二十四章 その指は奏でる
しおりを挟む
日中の日差しも和らいできたある日のこと。この日はソンメルソがデュークとメチコバールを呼んでいるので、マリユスとユリウスはその対応をしていた。ソンメルソとメチコバールはお互い当たりの強い物言いをしあっているし、デュークもそれで縮こまってしまい何も言えないでいるけれども、マリユスはそれを微笑ましく見守っていた。一見仲が悪そうに見える上、本人達も仲が悪いと言っているふたりだけれども、なんだかんだで信頼がお互いの間にあるのを知っているからだ。
けれども、このまま険悪な雰囲気のままでいさせるわけにもいかないだろう。マリユスが紅茶のおかわりをソンメルソのティーカップに注ぎながら声を掛ける。
「ところで、本日おふたかたをお招きした理由はお伝えになりましたか?」
すると、ソンメルソは照れた素振りを見せて答える。
「声を掛けたときに理由は話してある」
それを聞いて、デュークがここぞとばかりに口を開いた。
「あの、オペラ歌手のカーミットを呼んでくれてるんだよね?」
「ああ、前に呼んだとき、メチコバールにも聴かせたいとお前が言っていたから」
デュークとソンメルソのやりとりを聞いて、メチコバールも視線を外してこう言う。
「ま、まぁ、それで招いてくれたのなら、余り言い合っているのも良くはないな」
よく見ると、メチコバールも心なしか恥ずかしそうな顔をしている。多分、大人げなく喧嘩腰になっていたのは良くなかったと思っているのだろう。
全員分のお茶のおかわりを注ぎ、場の雰囲気が和んだところで、マリユスは懐から出した懐中時計を見る。それから、三人にこう言って一礼をする。
「そろそろカーミットさんがいらっしゃる時間ですので、出迎えて参ります」
「ああ、よろしく頼む」
にこりと笑ってソンメルソがそう返すと、マリユスは空になったティーポットをユリウスに渡し、そっと部屋を出た。
館の玄関前で待つこと少々、相変わらず華やかさは無い物の手入れの行き届いた身なりをしたカーミットがやって来た。向こうが礼をするので、マリユスも一礼を返す。
「いらっしゃいませカーミットさん。お忙しい中ありがとうございます」
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」
「それでは、ソンメルソ様達がお待ちですので、早速中へ」
「ああ、これはこれはお待たせしてしまい申し訳ありません」
マリユスが館の扉を開けると、カーミットは急かされているような足取りで中に入る。待たせてしまっていると言うのもあるのだろうが、ここでの仕事が終わったら今晩もまたオペラの公演がある。その時間に間に合わなくなるといけないという気持ちもあるのだろう。マリユスも若干早足でカーミットを三人が待っている応接間まで案内する。応接間に着き、早速扉を開いた。
「カーミットさんをお連れしました。
では、どうぞ中へ」
促されるままに中に入ったカーミットは、深々と礼をして挨拶をする。
「初めての方もいらっしゃいますね。カーミットと申します。本日はお招きいただきありがとうございます」
彼が名乗った後、少しだけソンメルソと言葉を交わし、早速歌の演奏に入った。
前に聞いたときと同じように、華やかな高音としっとりとした低音を使いこなし、カーミットは歌う。数曲歌っているその間はソンメルソもメチコバールも和やかな様子で、それに気づいているのかいないのか、デュークもくつろいでいるように見えた。
歌が終わり、これからカーミットの分のお茶も用意するかとマリユスがユリウスに声を掛けようとすると、ふと、メチコバールがこう言った。
「ところで、カーミットは下積みの時期が長かったと聞いたが、楽器の演奏は出来るのか?」
その問いにマリユスはつい驚いた。歌手は歌の訓練だけをして、楽器には触れていない物だと思っているのだ。しかし、カーミットの答えはこうだった。
「そうですね、本日は持って来ていませんがバイオリンを少々と、あとフォルテピアノはかなり練習しました」
「そうなのか。楽器の練習もとなると、歌手になるのも大変なのだな」
メチコバールはそう納得した様子だが、ふとソンメルソがこう言った。
「それじゃあ、そこにあるフォルテピアノで何か弾いて貰う事は出来るか?」
それは嫌味でも冷やかしでもなく、期待に満ちた調子だったので、純粋にどういう物を弾くのか聴いてみたいのだろう。カーミットも、自信に満ちた表情でこう返す。
「もちろんですとも。フォルテピアノをお借りして良いのでしたら」
「当然使ってくれて構わない。一曲頼む」
「かしこまりました」
無茶振りをしてしまったのではないかと心配するマリユスを余所に、カーミットはフォルテピアノの前の椅子に座り、蓋を開ける。それから、楽譜の用意も無しに鍵盤を叩き始めた。
静かな和音からはじまり、その曲は徐々に速度を上げていく。星が瞬くような眩しい高音に、それを支える大木のような低音。それらは堂々としていながら激しさを持った響きだった。
演奏はあっという間に終わり、倚子から立ち上がったカーミットが三人に一礼する。デュークとメチコバールは呆然としたままで、ソンメルソもそんな様子だったけれども、手は拍手を刻んでいた。
「すごいな。なんというか、こんな調子の曲は初めて聴いた」
そう、今までに聞いたどんな曲とも似付かないあの旋律に、ついマリユスも呆然としてしまった。しかし、すぐさまに我に返り、ユリウスにカーミットの分のお茶を用意させる。勧められた椅子に座ったカーミットの前に、マリユスはすぐに紅茶を持って行き、ユリウスの側に下がった。すぐにカーミットとソンメルソ達の四人で雑談が始まったが、カーミットが言うにはこう言う事だった。
「私はああいった曲を作ることが多いのですが、どうにも音楽の専門家には受け入れてもらえないのです。
作曲のセオリーから外れているという事で」
音楽を作るのにも決まり事があるのかと、マリユスはその話を聞いている。専門的な話は省かれていたけれど、専門家から嫌味を言われながらも、カーミットは歌だけでなくフォルテピアノも続けているのだという。
「自分から志望して音楽院に入ったのだから、もし歌うことが出来なくなっても、音楽で身を立てたいのです」
歌えなくなったら、フォルテピアノが弾けなくなったら、様々な仮定を出して、カーミットはいかに音楽に携わり続けるかの考えを話していた。
そこまで音楽に取り憑かれてしまった彼は幸いなのか不幸なのか。マリユスは少しだけ気になった。
けれども、このまま険悪な雰囲気のままでいさせるわけにもいかないだろう。マリユスが紅茶のおかわりをソンメルソのティーカップに注ぎながら声を掛ける。
「ところで、本日おふたかたをお招きした理由はお伝えになりましたか?」
すると、ソンメルソは照れた素振りを見せて答える。
「声を掛けたときに理由は話してある」
それを聞いて、デュークがここぞとばかりに口を開いた。
「あの、オペラ歌手のカーミットを呼んでくれてるんだよね?」
「ああ、前に呼んだとき、メチコバールにも聴かせたいとお前が言っていたから」
デュークとソンメルソのやりとりを聞いて、メチコバールも視線を外してこう言う。
「ま、まぁ、それで招いてくれたのなら、余り言い合っているのも良くはないな」
よく見ると、メチコバールも心なしか恥ずかしそうな顔をしている。多分、大人げなく喧嘩腰になっていたのは良くなかったと思っているのだろう。
全員分のお茶のおかわりを注ぎ、場の雰囲気が和んだところで、マリユスは懐から出した懐中時計を見る。それから、三人にこう言って一礼をする。
「そろそろカーミットさんがいらっしゃる時間ですので、出迎えて参ります」
「ああ、よろしく頼む」
にこりと笑ってソンメルソがそう返すと、マリユスは空になったティーポットをユリウスに渡し、そっと部屋を出た。
館の玄関前で待つこと少々、相変わらず華やかさは無い物の手入れの行き届いた身なりをしたカーミットがやって来た。向こうが礼をするので、マリユスも一礼を返す。
「いらっしゃいませカーミットさん。お忙しい中ありがとうございます」
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」
「それでは、ソンメルソ様達がお待ちですので、早速中へ」
「ああ、これはこれはお待たせしてしまい申し訳ありません」
マリユスが館の扉を開けると、カーミットは急かされているような足取りで中に入る。待たせてしまっていると言うのもあるのだろうが、ここでの仕事が終わったら今晩もまたオペラの公演がある。その時間に間に合わなくなるといけないという気持ちもあるのだろう。マリユスも若干早足でカーミットを三人が待っている応接間まで案内する。応接間に着き、早速扉を開いた。
「カーミットさんをお連れしました。
では、どうぞ中へ」
促されるままに中に入ったカーミットは、深々と礼をして挨拶をする。
「初めての方もいらっしゃいますね。カーミットと申します。本日はお招きいただきありがとうございます」
彼が名乗った後、少しだけソンメルソと言葉を交わし、早速歌の演奏に入った。
前に聞いたときと同じように、華やかな高音としっとりとした低音を使いこなし、カーミットは歌う。数曲歌っているその間はソンメルソもメチコバールも和やかな様子で、それに気づいているのかいないのか、デュークもくつろいでいるように見えた。
歌が終わり、これからカーミットの分のお茶も用意するかとマリユスがユリウスに声を掛けようとすると、ふと、メチコバールがこう言った。
「ところで、カーミットは下積みの時期が長かったと聞いたが、楽器の演奏は出来るのか?」
その問いにマリユスはつい驚いた。歌手は歌の訓練だけをして、楽器には触れていない物だと思っているのだ。しかし、カーミットの答えはこうだった。
「そうですね、本日は持って来ていませんがバイオリンを少々と、あとフォルテピアノはかなり練習しました」
「そうなのか。楽器の練習もとなると、歌手になるのも大変なのだな」
メチコバールはそう納得した様子だが、ふとソンメルソがこう言った。
「それじゃあ、そこにあるフォルテピアノで何か弾いて貰う事は出来るか?」
それは嫌味でも冷やかしでもなく、期待に満ちた調子だったので、純粋にどういう物を弾くのか聴いてみたいのだろう。カーミットも、自信に満ちた表情でこう返す。
「もちろんですとも。フォルテピアノをお借りして良いのでしたら」
「当然使ってくれて構わない。一曲頼む」
「かしこまりました」
無茶振りをしてしまったのではないかと心配するマリユスを余所に、カーミットはフォルテピアノの前の椅子に座り、蓋を開ける。それから、楽譜の用意も無しに鍵盤を叩き始めた。
静かな和音からはじまり、その曲は徐々に速度を上げていく。星が瞬くような眩しい高音に、それを支える大木のような低音。それらは堂々としていながら激しさを持った響きだった。
演奏はあっという間に終わり、倚子から立ち上がったカーミットが三人に一礼する。デュークとメチコバールは呆然としたままで、ソンメルソもそんな様子だったけれども、手は拍手を刻んでいた。
「すごいな。なんというか、こんな調子の曲は初めて聴いた」
そう、今までに聞いたどんな曲とも似付かないあの旋律に、ついマリユスも呆然としてしまった。しかし、すぐさまに我に返り、ユリウスにカーミットの分のお茶を用意させる。勧められた椅子に座ったカーミットの前に、マリユスはすぐに紅茶を持って行き、ユリウスの側に下がった。すぐにカーミットとソンメルソ達の四人で雑談が始まったが、カーミットが言うにはこう言う事だった。
「私はああいった曲を作ることが多いのですが、どうにも音楽の専門家には受け入れてもらえないのです。
作曲のセオリーから外れているという事で」
音楽を作るのにも決まり事があるのかと、マリユスはその話を聞いている。専門的な話は省かれていたけれど、専門家から嫌味を言われながらも、カーミットは歌だけでなくフォルテピアノも続けているのだという。
「自分から志望して音楽院に入ったのだから、もし歌うことが出来なくなっても、音楽で身を立てたいのです」
歌えなくなったら、フォルテピアノが弾けなくなったら、様々な仮定を出して、カーミットはいかに音楽に携わり続けるかの考えを話していた。
そこまで音楽に取り憑かれてしまった彼は幸いなのか不幸なのか。マリユスは少しだけ気になった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」
そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。
彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・
産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。
----
初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。
終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。
お読みいただきありがとうございます。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる