21 / 50
第二十一章 届けるもの
しおりを挟む
木々の緑が鮮やかになる頃、マリユス達は次に船へと乗せる荷物の手配と、数ヶ月前に届いた輸入品の管理をしていた。
輸入品は、食品でも保管さえしっかりとしていれば長く置いておける乾物や穀物が殆どだ。その乾物の中に、スパイス類が含まれる。それ以外に陶磁器も沢山有るが、これらは主に貴族が買い求める物で、港の街から都まで運ばれていく物も多いし、他の国へとまた輸出する物もある。陶磁器を輸出するための書類を、ソンメルソが何枚も確認しペンを走らせていく。
ふと、羽で出来たペンの先を見て、ソンメルソがマリユスに言う。
「ペン先がだいぶ減ってしまったみたいだ。削ってくれないか?」
「はい、かしこまりました」
先を水で洗った羽根ペンをマリユスが受け取り、柔らかい布で拭いていると、ソンメルソは机の中から握り手の先に小さな、けれども厚い刃の付いたナイフを取り出し、それもマリユスに渡す。そのナイフで羽根ペンの先を削るのだが、この削る作業は慣れれば難しい物では無い。それなのになぜ、ソンメルソがマリユスに削らせるかと言うと、ただ単純に、削るのが上手いからと言う理由だ。削る手間を考えたら金属製のペンの方が良いと言う人もいるだろう。実際金属製のペンもあるにはあるのだが、沢山紙に書き込みをしないといけないときは、羽根ペンの方がインクをよく吸うので、インクを付ける手間が省け、効率が良いのだ。
羽根ペンの先を削り、ソンメルソに渡す。それから、胸元に入れていた懐中時計を確認し、マリユスが言う。
「そろそろ修道院の方へスパイスをお届けに行く時間ですので、失礼致します」
それを聞いて、ソンメルソはそう言えば。と言う顔をする。
「そう言えばそうだったな。大変だとは思うがよろしく頼む」
一礼をしたマリユスは、そっと部屋から出て、輸入品を置いている倉庫へと向かう。館の一室として作られているその倉庫の中は暗く、ランタンに灯を点して中に入る。倉庫の中にうずたかく積まれた輸入品。その中から一抱えほどもある袋を手に取り、左腕と胸で持ち上げ支える。この袋の中に修道院へ持って行くスパイス類が詰められているのだ。
袋を持ち、ランタンを落とさないように気を遣いながら倉庫の出口へ向かう。出口に着くと、ランタンの灯を消して側に有る台に置き、廊下へ出た。
館を出て、教会に併設されている修道院へと向かう。そこは街中から少し外れた閑静なところにあって、日々の生活の中にある祈りを感じさせる場所だった。
信徒がいつでも教会で祈れるようにしているためか、開け放たれた門から修道院の敷地に入り、進んでいく。出来れば誰かに案内をして貰いたい。マリユスがそう思って周りを見渡すと、すぐ側に畑があった。そこでは数人の修道士様が手入れをしていた。
「すみません、本日スパイスをお持ちするという約束をしている者ですが、案内していただけませんか?」
少し大きな声でマリユスが畑にいる修道士様に声を掛けると、丸眼鏡をかけた修道士様が如雨露を地面に置いて駆け寄ってきた。
「こんにちは、わざわざありがとうございます。私で良ければ、ご案内致しますよ」
そう言って、おっとりと微笑む彼に、見覚えが有った。
「えっと、マルコさん、でしたっけ? よろしくお願いします」
にこりと笑ってそう返すと、マルコは目を細めてから思い出したような顔をする。
「ああ、マリユスさんでしたか。そう言えばそう言う仕事を為さっているとおっしゃっていましたね。
スパイス、と言う事は司教様の所へご案内すれば良いのですね?」
「そうです」
「わかりました。それではこちらです」
修道院の建物までの道のりで、ふたりは言葉を交わす。その中でわかったのは、マルコが薬草の扱いを担当していて、時には病人のことも診ているという事だった。
「病人のお世話もしているのですか」
少し驚いたようにマリユスが言うと、マルコはくすりと笑ってこう言う。
「はい、そうなんです。さすがに、お医者様ほど詳しいわけではないのですけれど」
それを聞いて、マリユスがふと、こんな事を口にした。
「黒死病と虫は、何か関係があるのでしょうかね」
何故そんな事を言ってしまったのか、マリユスは自分でもわからなかったけれど、マルコははっとして、難しい顔をする。
「黒死病と虫、ですか。今まで考えたことも有りませんでしたね。
でも、何故そのようなことを?」
マルコの当然の疑問に、マリユスはカミーユから聞いた、虫に刺された後に黒死病に罹った、とう話をする。すると、マルコはますます難しい顔になった。
「黒死病を虫が広めている、と言うのはにわかに信じられませんが、でも、言われてみれば虫に刺されて起こる病気も確かにあります。可能性が無いわけではないですね……」
きっと、黒死病には今まで相当悩まされたのだろう。考え込んでしまっているマルコに、マリユスは訊ねる。
「そう言えば、隣の教区のタリエシン神父という方が黒死病について調べているようなのですが、そちらとのやりとりはあるのでしょうか?」
「タリエシン神父ですか? はい、そちらとも連携して調査をしてはいます。
ですが、我々は聖職者という立場上、余り外部まで出ると言う事が出来ないので、入ってくる情報に限りがあるのですが」
確かに、修道士様は基本的に、修道院の敷地からは外に出ないものだ。出たとしても、他の教会や修道院へのお遣い程度だろう。だとするなら、参考になるかはわからないけれど、少しでも多くの情報を伝えた方が良いのではないか。マリユスはそう思った。
「実は、僕が良く使っている仕立て屋で、両親を黒死病で亡くしたという人がいるんです。その人が、両親が黒死病だとお医者様に診断されたとき、両親だけでなく、兄弟三人も薬を飲まされたそうなんです」
「黒死病が発症していない人にも、薬を?」
「そうです。それで僕は、その薬のおかげで兄弟は罹らなかったのかも知れないと思ったのですが」
マリユスの話を聞いて、マルコは何かを思案している。
「わかりました。虫の話と薬の話は、後ほど纏めさせていただきますね。
情報のご提供ありがとうございます」
そんな話をしている間に、司教様の元に着いた。マリユスはマルコにお礼を言い、マルコも礼をして畑へと戻っていった。
輸入品は、食品でも保管さえしっかりとしていれば長く置いておける乾物や穀物が殆どだ。その乾物の中に、スパイス類が含まれる。それ以外に陶磁器も沢山有るが、これらは主に貴族が買い求める物で、港の街から都まで運ばれていく物も多いし、他の国へとまた輸出する物もある。陶磁器を輸出するための書類を、ソンメルソが何枚も確認しペンを走らせていく。
ふと、羽で出来たペンの先を見て、ソンメルソがマリユスに言う。
「ペン先がだいぶ減ってしまったみたいだ。削ってくれないか?」
「はい、かしこまりました」
先を水で洗った羽根ペンをマリユスが受け取り、柔らかい布で拭いていると、ソンメルソは机の中から握り手の先に小さな、けれども厚い刃の付いたナイフを取り出し、それもマリユスに渡す。そのナイフで羽根ペンの先を削るのだが、この削る作業は慣れれば難しい物では無い。それなのになぜ、ソンメルソがマリユスに削らせるかと言うと、ただ単純に、削るのが上手いからと言う理由だ。削る手間を考えたら金属製のペンの方が良いと言う人もいるだろう。実際金属製のペンもあるにはあるのだが、沢山紙に書き込みをしないといけないときは、羽根ペンの方がインクをよく吸うので、インクを付ける手間が省け、効率が良いのだ。
羽根ペンの先を削り、ソンメルソに渡す。それから、胸元に入れていた懐中時計を確認し、マリユスが言う。
「そろそろ修道院の方へスパイスをお届けに行く時間ですので、失礼致します」
それを聞いて、ソンメルソはそう言えば。と言う顔をする。
「そう言えばそうだったな。大変だとは思うがよろしく頼む」
一礼をしたマリユスは、そっと部屋から出て、輸入品を置いている倉庫へと向かう。館の一室として作られているその倉庫の中は暗く、ランタンに灯を点して中に入る。倉庫の中にうずたかく積まれた輸入品。その中から一抱えほどもある袋を手に取り、左腕と胸で持ち上げ支える。この袋の中に修道院へ持って行くスパイス類が詰められているのだ。
袋を持ち、ランタンを落とさないように気を遣いながら倉庫の出口へ向かう。出口に着くと、ランタンの灯を消して側に有る台に置き、廊下へ出た。
館を出て、教会に併設されている修道院へと向かう。そこは街中から少し外れた閑静なところにあって、日々の生活の中にある祈りを感じさせる場所だった。
信徒がいつでも教会で祈れるようにしているためか、開け放たれた門から修道院の敷地に入り、進んでいく。出来れば誰かに案内をして貰いたい。マリユスがそう思って周りを見渡すと、すぐ側に畑があった。そこでは数人の修道士様が手入れをしていた。
「すみません、本日スパイスをお持ちするという約束をしている者ですが、案内していただけませんか?」
少し大きな声でマリユスが畑にいる修道士様に声を掛けると、丸眼鏡をかけた修道士様が如雨露を地面に置いて駆け寄ってきた。
「こんにちは、わざわざありがとうございます。私で良ければ、ご案内致しますよ」
そう言って、おっとりと微笑む彼に、見覚えが有った。
「えっと、マルコさん、でしたっけ? よろしくお願いします」
にこりと笑ってそう返すと、マルコは目を細めてから思い出したような顔をする。
「ああ、マリユスさんでしたか。そう言えばそう言う仕事を為さっているとおっしゃっていましたね。
スパイス、と言う事は司教様の所へご案内すれば良いのですね?」
「そうです」
「わかりました。それではこちらです」
修道院の建物までの道のりで、ふたりは言葉を交わす。その中でわかったのは、マルコが薬草の扱いを担当していて、時には病人のことも診ているという事だった。
「病人のお世話もしているのですか」
少し驚いたようにマリユスが言うと、マルコはくすりと笑ってこう言う。
「はい、そうなんです。さすがに、お医者様ほど詳しいわけではないのですけれど」
それを聞いて、マリユスがふと、こんな事を口にした。
「黒死病と虫は、何か関係があるのでしょうかね」
何故そんな事を言ってしまったのか、マリユスは自分でもわからなかったけれど、マルコははっとして、難しい顔をする。
「黒死病と虫、ですか。今まで考えたことも有りませんでしたね。
でも、何故そのようなことを?」
マルコの当然の疑問に、マリユスはカミーユから聞いた、虫に刺された後に黒死病に罹った、とう話をする。すると、マルコはますます難しい顔になった。
「黒死病を虫が広めている、と言うのはにわかに信じられませんが、でも、言われてみれば虫に刺されて起こる病気も確かにあります。可能性が無いわけではないですね……」
きっと、黒死病には今まで相当悩まされたのだろう。考え込んでしまっているマルコに、マリユスは訊ねる。
「そう言えば、隣の教区のタリエシン神父という方が黒死病について調べているようなのですが、そちらとのやりとりはあるのでしょうか?」
「タリエシン神父ですか? はい、そちらとも連携して調査をしてはいます。
ですが、我々は聖職者という立場上、余り外部まで出ると言う事が出来ないので、入ってくる情報に限りがあるのですが」
確かに、修道士様は基本的に、修道院の敷地からは外に出ないものだ。出たとしても、他の教会や修道院へのお遣い程度だろう。だとするなら、参考になるかはわからないけれど、少しでも多くの情報を伝えた方が良いのではないか。マリユスはそう思った。
「実は、僕が良く使っている仕立て屋で、両親を黒死病で亡くしたという人がいるんです。その人が、両親が黒死病だとお医者様に診断されたとき、両親だけでなく、兄弟三人も薬を飲まされたそうなんです」
「黒死病が発症していない人にも、薬を?」
「そうです。それで僕は、その薬のおかげで兄弟は罹らなかったのかも知れないと思ったのですが」
マリユスの話を聞いて、マルコは何かを思案している。
「わかりました。虫の話と薬の話は、後ほど纏めさせていただきますね。
情報のご提供ありがとうございます」
そんな話をしている間に、司教様の元に着いた。マリユスはマルコにお礼を言い、マルコも礼をして畑へと戻っていった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
王女殿下の大罪騎士〜大罪人にされたので、第三王女の騎士になる〜
天羽睦月
ファンタジー
国に人生を奪われた少年ノアは、大罪人として戦場で戦う罰を受けた。家族を失ったノア失意を隠すため、大罪人が暮らす国境近くの村に併設された地下牢で暮らしている。贖罪として国に尽くす日々を過ごしていると、村が襲われていると看守から報告受けた。ノアは村を守るために戦場に行くと、遠くで戦っている少女を見つけた。
その少女は第三王女ステラ・オーレリア。ノアの人生を奪い、大罪人に陥れた王族の一人だ。なぜ戦場にいるのかと考えていると、ステラに魔法が迫っていることに気が付いた。
自身を道具として扱っている王族を助けたくはないが、なぜかステラを救うために自然と身体が動いてしまう。
大罪人と第三王女の二人が出会ったことで、数奇な運命が動き出す。
他サイト様にも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる