神話生物東京紀行

藤和

文字の大きさ
上 下
12 / 17
八百万の神編

第一章 神様がやってきた!

しおりを挟む
 春が訪れ日がだんだん長くなってきたある日の事。パソコンで小説を執筆していた悠希の元に、音声チャットが着信した。
 この音声チャットには悠希の小説を出版している『紙のかみ出版』のIDしか登録されていない。プロットの練り込みは先日やったばかりだし、当然校正もまだだ。一体何の用だろうかと通話を開始すると、発信したのは悠希の担当では無く、編集長の語主かたりぬしという男性だった。
『お世話になっております、紙の守出版の語主です。
新橋先生、少々お時間よろしいでしょうか?』
 突然なんだろう。悠希はそう思ったけれども、書いていた小説もきりの良いところだったので、話に応じる事にした。
「はい、大丈夫ですよ。
どんなご用件でしょうか?」
 少し緊張しながらそう訊ねると、語主は少し躊躇いがちにこう言った。
『実は、私の友人が今度東京観光をしたいと言っていまして、もし新橋先生のご都合が付くようでしたら、案内をお願いしたいのですが』
「観光案内ですか」
 お世話になっている人の友人とは言え、初めて会う相手を案内するのは不安があるが、東京の案内だけで良いのなら、大丈夫だろうと、悠希は思う。日程を聞き、手帖を確認して、該当の日は空いている事を確認し、返事を返す。
「はい。その日は空いていますので、僕で良ければご案内しますよ」
『そうですか、助かります。
ホテルの手配はこちらでおこないますので、当日はよろしくお願いします』
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
 依頼を受け、当日の待ち合わせ時間と場所を決め、通信を切る。すると、悠希の足下に柴犬がやって来てこう言った。
「なんだおめー、観光案内するのか?」
「うん。鎌谷君も行きたい?」
「いや、観光案内ってなると俺が入れないところも沢山あんだろ。当日は実家行って待ってるわ」
「そっかぁ」
 観光案内に鎌谷が付いてきてくれないと聞いて、悠希は少しだけ寂しそうな顔をする。けれども、いつまでも鎌谷に甘えてばかりではいけないだろうと、手のひらで頬を叩いて、小説の執筆に戻った。

 そして観光案内当日。悠希は鎌谷を実家に預け、待ち合わせ場所である東京駅の動輪の広場へ、待ち合わせ時間よりも少し早めに向かった。
 広場に着くと、三つの動輪が並べられた壁の前に、沢山の人が居た。きっと皆それぞれに、別々の人を持っているのだろう。これだけ人が居る中から、自分を見付ける事ができるのか。それが少し不安だったけれども、ここで待ち合わせしてしまった物は仕方が無い。見付けて貰える事を期待して、ただ待つしか無いのだ。
 待つ事暫く。悠希の元に向かってくる二つの人影を見付けた。背が低めで身なりの整った男性と、大きなキャリーを引いている、黄色いフード付きの外套を着ている男性だ。
 キャリーを引いた男性を見て驚いている悠希に、背が低い方の男性が声を掛ける。
「新橋先生こんにちは。今日はよろしくお願いします」
「こんにちは。こちらこそよろしくお願いします。ところで語主さん、そちらの方がご友人ですか?」
 にこにこしている語主に恐る恐る訊ねると、語主も、どう説明したものか。と言う顔をする。
「そうなんです。私の友人で、えっと」
 語主が隣に立つ、黄色い外套の男性の名前をなかなか言い出せずに居ると、彼がにこりと笑ってこう言った。
「悠希君だよね? 久しぶり」
 その声と姿に、悠希は覚えがあった。まだ小さかった頃、迷い込んだ鉱山の中で出会った、夢だと思っていた人物。その人が、当時と変わらない姿で目の前に居た。
「あの……蓮田岩守はすたいわのかみさん……ですか?」
「そうだよ、覚えていてくれたんだね。
君にしてみれば、あれからだいぶ経ったのだろう? ふふっ、こんなに大きくなって」
 嬉しそうに話しかけてくる蓮田岩守に、悠希は戸惑いを隠せない。常日頃喋る宇宙犬やヒーロー、魔法少女を見慣れていると言っても、自分が小さかった頃から全く姿が変わっていない人物と言うのには、流石に慣れていないのだ。
 動悸を感じながら、悠希は恐る恐る訊ねる。
「あの、蓮田岩守さんは、何者なんですか?」
「ん? 神だよ?」
 神。さらっとそう答える蓮田岩守の頬を、語主が引っ張る。
「おまえ、そう言う事さらっと言うなよ!」
「え? じゃあなんて答えれば良かったんだい?」
「そうだけど」
 どうやらこの二人は随分と仲が良いようだけれども、蓮田岩守が神であるのなら。そう思った悠希はまた訊ねる。
「あの、失礼ですが、語主さんも一体何者なんですか?」
「ん? 神だよ?」
「だからボロボロボロボロそういう事言うな!」
 顔を真っ赤にして蓮田岩守の頬を引っ張る語主に、悠希は落ち着いて下さいと言ってから、こう声を掛けた。
「あの、大丈夫です。お二人が神様でも、慣れてますから」
「新橋先生はなんで慣れてるんですか?」
「えっと、仏様とか堕天使さんとお話した事もあるので、もう何でも良いかなって」
 実は、悠希は縁あって過去に仏や堕天使とも話す機会があったので、蓮田岩守と語主が神で有ると言う事を聞き、逆に納得したようだ。
 語主は自分達の正体を知られたくなかったようだが、蓮田岩守はそんな事も気にせずに、悠希に話しかける。
「そうか、慣れているようで良かったよ。
それで、私の名前なのだけれど、『蓮田岩守』だと呼びづらいだろう?
友達なのだから、『蓮田』ともっと気軽に呼んでおくれ」
 友達と言われ、悠希は少しこそばゆいけれど、嬉しい気持ちになる。子供の頃、たった一度きりだと思ってた出会いを思い出しながら、こう口にする。
「はい。よろしくお願いします。蓮田さん」
 悠希と蓮田が打ち解けたところで、語主は観光を楽しんできてくれと、その場を去ろうとする。来た道を戻ろうと踏み出した語主の腕を、咄嗟に蓮田が掴んだ。
「語主は、一緒に観光しないのかい?」
「だって、お前新橋先生と二人で東京回りたいだろ?」
 帰ると言いながらも名残惜しそうな顔をする語主に、蓮田が更に言う。
「今日はお仕事は休みなんだろう? 私は、語主も一緒が良いよ」
 その言葉に、語主は心なしか顔を赤くして、悠希に訊ねた。
「あの、こう言う事なんですけど、新橋先生、私も同行して良いでしょうか?」
 蓮田の外套を指でつまみ、視線を逸らしている語主に、悠希は嬉しそうに答える。
「勿論良いですよ。
実は、僕ひとりだけでちゃんと案内出来るかどうか不安だったんで、語主さんが一緒に来て下さると嬉しいです」
「えっと、それでは、今日一日私もよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
 こうして、三人で東京を観光する事となった。予定としては二泊三日とのことだけれども、翌日は語主が仕事なので、悠希一人で案内をする事になる。更にその翌日は、仕事が休みの語主が案内するそうで、一日自分だけで案内しなくてはいけない日があるのは不安だったけれども、久しぶりに、それこそ十年以上ぶりに会った友人と、楽しい時間を過ごせたらなと、悠希は思った。

 東京駅から最初の目的地、浅草へと向かう途中、語主がこう訊ねてきた。
「所で新橋先生、荷物はずっと持ち歩くんですか? 蓮田は余り体力がないので、観光している間ずっと持ち歩いているというのはつらいと思うのですが」
 その質問に、悠希はにこりと笑って返す。
「駅から駅への移動中は持って歩く事になりますけど、観光している間はコインロッカーに預けておけば大丈夫ですよ。
少し、お金はかかってしまいますけど」
 この答えに、語主はちらりと蓮田の方を見やる。
「お金の心配はしなくても大丈夫だよ。ちゃんと多めに用意してきたからね」
「それなら良いんだけど、あんま金持ってるって言うな。危ないだろ」
「そうなのかい?」
 蓮田の危機管理が少し心配だけれども、何はともあれ、一行は電車に乗るために、改札へと向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

『私』が365日を生きるということは

藤嶋
ライト文芸
独り言の多い、脳内が常にうるさい『私』が365日を生きて何かを思うだけ。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

Black Day Black Days

かの翔吾
ライト文芸
 日々積み重ねられる日常。他の誰かから見れば何でもない日常。  何でもない日常の中にも小さな山や谷はある。  濱崎凛から始まる、何でもない一日を少しずつ切り取っただけの、六つの連作短編。  五人の高校生と一人の教師の細やかな苦悩を、青春と言う言葉だけでは片付けたくない。  ミステリー好きの作者が何気なく綴り始めたこの物語の行方は、未だ作者にも見えていません。    

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

oldies ~僕たちの時間[とき]

ライト文芸
「オマエ、すっげえつまんなそーにピアノ弾くのな」  …それをヤツに言われた時から。  僕の中で、何かが変わっていったのかもしれない――。    竹内俊彦、中学生。 “ヤツら”と出逢い、本当の“音楽”というものを知る。   [当作品は、少し懐かしい時代(1980~90年代頃?)を背景とした青春モノとなっております。現代にはそぐわない表現などもあると思われますので、苦手な方はご注意ください。]

アラフォーだから君とはムリ

天野アンジェラ
恋愛
38歳、既に恋愛に対して冷静になってしまっている優子。 18の出会いから優子を諦めきれないままの26歳、亮弥。 熱量の差を埋められない二人がたどり着く結末とは…? *** 優子と亮弥の交互視点で話が進みます。視点の切り替わりは読めばわかるようになっています。 1~3巻を1本にまとめて掲載、全部で34万字くらいあります。 2018年の小説なので、序盤の「8年前」は2010年くらいの時代感でお読みいただければ幸いです。 3巻の表紙に変えました。 2月22日完結しました。最後までおつき合いありがとうございました。

処理中です...