神話生物東京紀行

藤和

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天使編

第一章 天使様がやってきた!

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 日も長くなり、花の香りが芳しいある日の夕食後、妻のフランシーヌと両親と共に、夕食後の紅茶を楽しんでいた時のことだった。
 我が家の居間は暖色照明で、あまり煌々と電気に照らされるはずはないのに、突然眩い光が居間を満たした。
 突然の事に、思わず目を閉じる。それから、瞼越しに光が収まっていくのを感じて薄く目を開く。すると、光の元には若葉色の優雅な翼を背負った天使様がいらっしゃった。
「えっ? あっ、天使様?」
 驚いた様子のフランシーヌと、お母様と、僕と、それから別段クリスチャンというわけでもないお父様までもが椅子から降りてその場に跪く。
「ジョルジュ君久しぶりー。
あ、みんなそんな硬くならなくて良いよ。楽にしてね」
 僕の名を呼んでそう言うけれど、楽に出来ませんから。
 楽に出来ないのはともかくとして、一体どの様な用件でいらっしゃったのだろうか。この天使様は用事が無くても時偶僕の所に顕れて、色々とお話をしていかれるけれど……
「お久しぶりです天使様。今回はどの様なご用件でいらっしゃったのでしょうか?」
 声を掛けて下さっているのに何も言葉を返さないのは失礼なので、用件を訊ねると、天使様はにこりと笑ってこう仰った。
「うん。実はね、今度日本国を旅行しようと思うんだけど、ジョルジュ君にガイドやって欲しいんだ。
やってくれるかな?」
「旅行のガイドですか」
 突然の申し出に戸惑い、ついちらりとフランシーヌの方を見ると、彼女も心配そうな顔をしている。
「天使様、ご旅行との事ですが、どれくらいの日程のご予定なのですか?」
 フランシーヌの問いに、天使様はどこからともなく手帖を取り出してぺらぺらと捲る。
「そうだね、来週末から一週間って言う感じなんだけど、大丈夫?」
「一週間でございますか……」
 一週間も僕に会えないのは寂しいと思って居るのか、フランシーヌが僕の服の裾をぎゅっと掴む。それから、天使様にこう言った。
「一週間も会えないというのは寂しいですが、天使様の仰せなら、仕方ありません。
ジョルジュが良いと言うので有れば、どうぞ、よろしくお願い致します」
 気丈なその言葉に、僕も差し迫った理由もなく天使様の仰せを断るのはよくないと思い、こう返事を返す。
「妻もこう言っておりますし、天使様の旅行に同行させていただきます。
当日はよろしくお願い致します」
 僕の返事に、天使様は上機嫌と行った様子。
 それから、旅行のプランを立てたいからと言う事で、僕と天使様の二人で、自室に戻ってプランを立てることになった。

 僕の自室で天使様に椅子に掛けて貰い、日本旅行でどこを見たいのかを訊ねる。すると、こんな答えが返ってきた。
「折角日本国旅行するんだったら、色々見たいんだよね。
北海道のパッチワークの丘とか、青い池とか、あと青森の仏ヶ浦でしょ、福島の五色沼に茨城のネモフィラ、東京だったら面白いところいっぱい有ると思うし、あと富士山と、京都の金閣寺と、大阪の……」
「ちょっちょっちょ、お待ち下さい。一週間でそんなには回れません」
 日本各地を回るつもりで居る天使様の言葉を遮る。
「なんで? 日本国って狭いんでしょ?
一週間もあれば回れない?」
「お言葉ですが、日本国はバチカン市国よりも全然広いですからね? 北海道だけでも一週間で足りるかどうか……」
「そうなの? 大きめの北海道でも一日で回れると思ったのに」
「北海道は東京都約四十個分ですからね。東京二十三区だけでも一日で足りないのに、北海道を一日では無理です」
 日本国は思いの外広いと言う事を天使様に説明し、一週間で日本縦断は無理だと言う事をなんとか理解してもらう。
「それじゃあ、東京スタートだから東京は見たいし、それ以外はどこがお勧めなの?」
 東京以外のお勧め。そうなるとどこなのだろうか。そう思って、先程の天使様が挙げた要望を思い出し、可能な範囲でお勧めの場所を選ぶ。
「そうですね、先程青い池と五色沼と仰っていたので、それなら五色沼はいかがでしょうか。五色沼と青い池が青い原理は同じですので」
「へー、そうなんだ。それじゃあ五色沼は決まりだね。
他には? 一週間だとそれだけでいっぱいいっぱい?」
「あとは、福島に行く途中茨城を通りますし、今の時期でしたら丁度ネモフィラが咲いているでしょう。
なので茨城の海浜公園はいかがですか?」
 僕の提案に、天使様はにっこりと笑う。どうやらこのプランで満足なようだ。
「その感じだと、福島からの帰りにまた茨城通るんでしょ? それならたっぷり時間取って二回ネモフィラ見ても良いかもね」
「そうですね、それも良いと思います」
 大体旅行のプランが決まったようだ。しかし、天使様と二人旅となると緊張するな。失礼の無いようにしないと。
 そう思っていたら、天使様がこんな事を。
「あ、当日はうちの天使長も一緒だから。
ホテルは三人で泊まれるところ押さえて置いてね」
「え? 天使長様が、え?」
「あの子は美味しい物が好きだから、東京のみならず美味しいお店も教えてね。
それじゃあよろすこ!」
「えっ? あの、天使様あの、えっ?」
 二人旅じゃなかった。まさかの天使長様の登場予告に慌てふためいた僕を置いて、天使様はその場から姿を消してしまった。
 どうしよう。あの天使様だけでも緊張するというのに、天使長様までいらっしゃるなんて。しかも、あの天使様が天使長様を『あの子』と呼ぶような高位の方だったなんて。
 旅行の費用とガイド代は払ってもらえると言う事になっているけれども、天使様二人を案内するのかと思うと、既にストレスで胃に穴が開きそうだった。

 そしてやって来た旅行初日。いつもお世話になっている教会へ、天使様達をお出迎えに行った。
 待ち合わせ場所の聖堂の中で、神父様共々天使様達が顕れるのを待つ。
「あの、ジョルジュ君、がんばってね」
「はい、善処します……」
 天使様達の旅行の付き添いにこの教会の信徒が選ばれると言う事に、神父様も緊張しているようだった。
 暫く神父様と一緒に祭壇の前で指を組んで待っていると、祭壇に眩い光が差し込んだ。
「お待たせー。なんか待たせちゃってごめんね」
 そう言って顕れたのは、若葉色の翼を背負ったあの天使様と、瑠璃色と白の翼を背負った天使様だった。おそらく、この方が天使様の仰っていた、天使長様なのだろう。
 お二方とも、随分とカジュアルな服装で、大きなキャリーを持っている。出かける準備は万端な様だ。
 ふと、気になったことを天使様達に訊ねる。
「ところで、お二方とも背中の翼はどうなさるのでしょうか? 流石に目立ってしまうと思うのですが」
 すると、天使様がにこにこしながらこう言う。
「大丈夫。翼は見えないようにしまえるから。ちょっと待ってね」
 天使様に言われるがままに待っていると、天使様達の翼が見る見るうちに小さくなり、なくなってしまった。
「これで大丈夫かな」
「なるほど、そんな事が出来るのですね」
 思わず驚いていると、天使長様が天使様に声を掛けて背中を見せている。
「メディチネル、ちゃんと翼はしまえているか?」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと隠れてる。
練習した甲斐あったね」
 天使長様は翼をしまうのに不慣れなのか。確かに、天使長という立場ともなると人間の前に姿を顕すこともまず無いだろうし、それもそうだ。
 ふと、天使様達にご挨拶をして居ないことに気がついた。
「あ、ご挨拶遅れまして申し訳ありません。
僕が今回ガイドを務めさせて戴くジョルジュと申します。よろしくお願いします」
 神父様も、続いて天使様達にご挨拶をする。すると、そう言えば。と言った顔をして天使様達も僕と神父様に挨拶を返してきた。
「そう言えば名乗ったことなかったね。
僕はメディチネルって言うんだ、よろしくね」
「こちらこそ挨拶が遅れてすまない。
私は天使長プリンセペル。よろしく」
 軽く挨拶を交わしたところで、プリンセペル様が小腹が空いたというので、早速教会を出て東京観光に出かける事にした。
 まずは、おやつを食べに行くかな。
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