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第二章 夜が明けて更けるまで
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動物の死骸の処理をした翌朝。ふたりは夜明け前にベッドから抜け出し、簡単な朝食を食べる。朝はあまりお腹が空かないので、ついつい抜かしがちになってしまうリンネに、ミカエルは困ったように笑いながら言う。
「朝ご飯はきちんと食べないと、身体がまいってしまうよ。
特に君は、身体を使う仕事をしているのだから」
昼食と夕食の準備をするのは弟子であるリンネだけれども、朝食だけはいつもミカエルが作る。そうしないと、リンネがうっかり朝食の量を少なく見積もってしまうからだ。
スープとパンと、チーズとベーコン。ふたりで合計五つの器を使って食べた。
「それじゃあ先生、ハーブの面倒を見てきます」
「ああ、よろしく頼むよ」
リンネの朝の仕事は、家の側に有る畑で育てているハーブの手入れと収穫だ。畑の面積はふたりが住んでいる大きい家と比べても、倍ほどの面積がある。季節ごとに違うハーブを植え管理するのは大変だ。
リンネがミカエルの弟子になる前は、ハーブの管理も全てミカエルが担っていて、錬金術の研究と家事と、全てをこなすのはなかなかに大変だった。
大変な仕事を任せてしまっているけれど。そう思いながらミカエルは汲み置きの水で食器を洗う。それから、布でしっかりと拭いて食器棚に置いた。
ミカエルの朝の仕事は、錬金術で使っている機材の管理と、火にかけていたり沈殿させたりしているフラスコの観察だ。
錬金術では、『塩』と呼ばれる物質が様々な物を結合させる役割を果たすと言われている。その『塩』を精製する作業を、毎日綿々と続けているのだ。
錬金術の目指す所は『硫黄』と『水銀』の結合とか、『ヘルメスの結婚』だとか『ダイアモンド』だとか色々と言われている。それらは皆暗号で、その示す物を理解している錬金術師はどれほどいるのだろう。
実を言うと、ミカエルも全てを理解しているわけでは無かった。理解出来ているのであれば、もっと容易く、錬金術師だけでなく貴族や王族も求める賢者の石を作り出すことが出来るのだろう。
悩ましい溜息をつきながら、ミカエルはフラスコを手に取り、中で冷たく沈み込んだ黒い物を見つめ、大きな鍋に移し替えた。鍋を火にかけ、水分を蒸発させ、乾燥させる。それから直接火を入れて、真っ白になるまで熱した。
この作業も何年と続けているけれども、賢者の石にはまだ届きそうにも無い。錬金術は魔法ではなく科学だと、誰かが言っていた。科学は確かな物だと言われているのに、不確かだという実感ばかりが先に立つ。
それでも、ミカエルは錬金術を追い求めることを辞められない。なんとしてでも賢者の石を作り出したいのだ。
そこまでして賢者の石にこだわる理由は、それさえ有れば皆が幸せになれると無邪気に思い込んでいるリンネの為なのか、それとも……
「いけない。余計なことを考えるのはよそう」
つい考え込んでしまっているうちに、『塩』は真っ白く燃え尽きていた。
それを乳鉢に移して細かくすりつぶしながら、蒸留したブランデーとローズマリーの香油を混ぜた。
暫くして、リンネがハーブの入った籠を持ってミカエルがいる研究室に入ってきた。
「先生、いっぱい採れました!」
にっこりと笑うリンネに、ミカエルも笑顔を返す。先程の『塩』もフラスコに移し、熱い砂の上で寝かせ、暫く様子を見る所だ。
「一緒にハーブを分けて、精油を採ろうか」
「はい」
ミカエルがリンネに渡された籠の中から、丁寧にハーブを選り分けていく。リンネも同じようにして、何台か有る精油を取るための蒸留器にハーブを詰めていく。蒸留器が埋まったら、火をかけてこれもまた暫く待つだけだ。やっとひと休みと言った所で、ミカエルはノートを開いて時間毎に割り振られた星の印を眺めた。
錬金術の仕事が一通り終わり。この日もいつも通り、訪れてきた体調の悪い人やお年寄りの健康状態を見ていた。
「先生、こないだ貰った薬を飲んだらね、夜ぐっすり眠れるようになりましたよ」
「そうですか、それは何よりです」
村人の話し相手をするのも、治療の一環だとミカエルは思っている。本当に重症であった場合はともかくとして、多少身体が重いと言った程度であれば、話を聞いているうちに元気になる人が多いのだ。
この日は十人ほどの話を聞いて、必要があれば薬草を調合した薬を処方して、一段落した頃に遅めの昼食に手を付けた。
「お疲れ様です」
一緒に村人の相手をしていたリンネが、当たり前のように食事の用意をして、にこにことしている。
この子も大変だろうに。そう思っても、ミカエルはそれを口にしない。代わりに口に出したのは。
「ああ、いつもありがとう。助かるよ」
素直にお礼を言った方が、気負わずに済むだろうと、そう思った。
ふたりで食事をする。メニューは朝食に比べ質素な物で、野菜屑のスープとパン、それに半熟卵だ。
ゆっくりと噛んで味わって、たわいのない話をしながら食事を済ませる。
食べ終わってから、食器の片付けをするのはリンネだ。リンネが洗い物をしている間に、ミカエルは研究室に寝かせてあるフラスコの様子を見る。
熱した砂の上に置かれているフラスコは、中が凍り付いているかのように真っ白になっていた。
それを手に取り、中の液体を他の器に入れ換え、また砂の上に乗せる。こうしたら、またしばらくは置いておくだけだ。
「リンネ、片付けはおわったかい?」
研究室から顔を出し、台所にいるリンネに声を掛けると、元気な声で返事が返ってきた。
これからまた夜が更けるまで、ふたりで錬金術に関する書物の考察が続くのだ。
「朝ご飯はきちんと食べないと、身体がまいってしまうよ。
特に君は、身体を使う仕事をしているのだから」
昼食と夕食の準備をするのは弟子であるリンネだけれども、朝食だけはいつもミカエルが作る。そうしないと、リンネがうっかり朝食の量を少なく見積もってしまうからだ。
スープとパンと、チーズとベーコン。ふたりで合計五つの器を使って食べた。
「それじゃあ先生、ハーブの面倒を見てきます」
「ああ、よろしく頼むよ」
リンネの朝の仕事は、家の側に有る畑で育てているハーブの手入れと収穫だ。畑の面積はふたりが住んでいる大きい家と比べても、倍ほどの面積がある。季節ごとに違うハーブを植え管理するのは大変だ。
リンネがミカエルの弟子になる前は、ハーブの管理も全てミカエルが担っていて、錬金術の研究と家事と、全てをこなすのはなかなかに大変だった。
大変な仕事を任せてしまっているけれど。そう思いながらミカエルは汲み置きの水で食器を洗う。それから、布でしっかりと拭いて食器棚に置いた。
ミカエルの朝の仕事は、錬金術で使っている機材の管理と、火にかけていたり沈殿させたりしているフラスコの観察だ。
錬金術では、『塩』と呼ばれる物質が様々な物を結合させる役割を果たすと言われている。その『塩』を精製する作業を、毎日綿々と続けているのだ。
錬金術の目指す所は『硫黄』と『水銀』の結合とか、『ヘルメスの結婚』だとか『ダイアモンド』だとか色々と言われている。それらは皆暗号で、その示す物を理解している錬金術師はどれほどいるのだろう。
実を言うと、ミカエルも全てを理解しているわけでは無かった。理解出来ているのであれば、もっと容易く、錬金術師だけでなく貴族や王族も求める賢者の石を作り出すことが出来るのだろう。
悩ましい溜息をつきながら、ミカエルはフラスコを手に取り、中で冷たく沈み込んだ黒い物を見つめ、大きな鍋に移し替えた。鍋を火にかけ、水分を蒸発させ、乾燥させる。それから直接火を入れて、真っ白になるまで熱した。
この作業も何年と続けているけれども、賢者の石にはまだ届きそうにも無い。錬金術は魔法ではなく科学だと、誰かが言っていた。科学は確かな物だと言われているのに、不確かだという実感ばかりが先に立つ。
それでも、ミカエルは錬金術を追い求めることを辞められない。なんとしてでも賢者の石を作り出したいのだ。
そこまでして賢者の石にこだわる理由は、それさえ有れば皆が幸せになれると無邪気に思い込んでいるリンネの為なのか、それとも……
「いけない。余計なことを考えるのはよそう」
つい考え込んでしまっているうちに、『塩』は真っ白く燃え尽きていた。
それを乳鉢に移して細かくすりつぶしながら、蒸留したブランデーとローズマリーの香油を混ぜた。
暫くして、リンネがハーブの入った籠を持ってミカエルがいる研究室に入ってきた。
「先生、いっぱい採れました!」
にっこりと笑うリンネに、ミカエルも笑顔を返す。先程の『塩』もフラスコに移し、熱い砂の上で寝かせ、暫く様子を見る所だ。
「一緒にハーブを分けて、精油を採ろうか」
「はい」
ミカエルがリンネに渡された籠の中から、丁寧にハーブを選り分けていく。リンネも同じようにして、何台か有る精油を取るための蒸留器にハーブを詰めていく。蒸留器が埋まったら、火をかけてこれもまた暫く待つだけだ。やっとひと休みと言った所で、ミカエルはノートを開いて時間毎に割り振られた星の印を眺めた。
錬金術の仕事が一通り終わり。この日もいつも通り、訪れてきた体調の悪い人やお年寄りの健康状態を見ていた。
「先生、こないだ貰った薬を飲んだらね、夜ぐっすり眠れるようになりましたよ」
「そうですか、それは何よりです」
村人の話し相手をするのも、治療の一環だとミカエルは思っている。本当に重症であった場合はともかくとして、多少身体が重いと言った程度であれば、話を聞いているうちに元気になる人が多いのだ。
この日は十人ほどの話を聞いて、必要があれば薬草を調合した薬を処方して、一段落した頃に遅めの昼食に手を付けた。
「お疲れ様です」
一緒に村人の相手をしていたリンネが、当たり前のように食事の用意をして、にこにことしている。
この子も大変だろうに。そう思っても、ミカエルはそれを口にしない。代わりに口に出したのは。
「ああ、いつもありがとう。助かるよ」
素直にお礼を言った方が、気負わずに済むだろうと、そう思った。
ふたりで食事をする。メニューは朝食に比べ質素な物で、野菜屑のスープとパン、それに半熟卵だ。
ゆっくりと噛んで味わって、たわいのない話をしながら食事を済ませる。
食べ終わってから、食器の片付けをするのはリンネだ。リンネが洗い物をしている間に、ミカエルは研究室に寝かせてあるフラスコの様子を見る。
熱した砂の上に置かれているフラスコは、中が凍り付いているかのように真っ白になっていた。
それを手に取り、中の液体を他の器に入れ換え、また砂の上に乗せる。こうしたら、またしばらくは置いておくだけだ。
「リンネ、片付けはおわったかい?」
研究室から顔を出し、台所にいるリンネに声を掛けると、元気な声で返事が返ってきた。
これからまた夜が更けるまで、ふたりで錬金術に関する書物の考察が続くのだ。
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