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第一章 夕暮れの村で
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西の空が朱色に染まり、東の空には星が浮かぶ頃。その村の住人たちは皆家に帰り、夕食を食べている頃、家によっては眠りについているだろう。
そんな静かな村の通りを、ふたつの人影が通っていく。小柄なその人影は分厚い皮の手袋を付け、民家の壁際に横たわる犬の死骸を掴んで開けた場所まで運んでいく。
周りに十分な空間が取れた所で、片方の人影が、背中に背負っていた薪を何本も死骸の周りに積み上げ、松毬(まつぼつくり)をその中に入れる。薪が積み上がった所で、もう一つの人影がマッチで火を点し、松毬に差し込んだ。
松毬が爆ぜ、薪が勢いよく燃え上がる。炎に照らされて、人影の姿が明らかになった。
薪を背負っている青紫の髪を短く纏めた男性と、マッチとバケツを手元に持った赤みがかった癖のある金髪の男性。彼らは犬の死骸が燃える様をぢっと見つめ、炭になるまで薪をくべていく。
煙が滲みるのか、毛皮の燃える臭いが滲みるのか、青紫の髪の男性が何度も瞬きをしながら口を開く。
「先生、今回焼くまでに時間かかりましたけど、大丈夫でしょうか?」
その問いに、先生と呼ばれた金髪の男性が答える。
「民家のすぐ側というのは気にかかるけれども、運良く今回は人通りが少ない所に居たからね。
何事も無いと思いたいよ」
すっかり太陽が沈みきった頃、死骸は炭になった。燃やしている間に井戸からバケツに汲んでおいた水をかけ、ふたりはバケツの中へと濡れた炭を放り込んでいく。それを、村はずれに有る廃屋の側で、土に返るよう処理するのだ。
灯りは月の光だけ。それでも、ふたりは慣れた様子でバケツを持って廃屋の側まで辿り着いた。
廃屋は森のすぐ手前にあって、いつも森の木の根元に、こうやって燃やした動物の炭を撒くのだ。
病か老いか、それとも怪我か。どんな理由が有るのかわからないにしろ、いや、死んでしまった理由のわからない動物は、こうやって木の根元に撒けば肥料にはなるだろう。こうすればきっと無駄死にではないのだ。
屠殺したわけでもない動物を人間が食べるわけにはいかない。その正しい理由を村人が知っているかどうかはわからないけれど、なんとなく、道端で死んでいる動物を食べると言う事には皆抵抗が有る様だった。
村はずれの森から、ふたりは村の中を通って自分たちの住む家に向かう。その道中、時折村人が暗い窓の向こうから、ふたりに視線を投げていた。
きっと不気味な物を見る心地なのだろう。ふたりはそれを心得ているので、視線の元を追うことはしない。静かに、けれども足早に村を通り抜け、中心部から少し外れた所にある大きな家に入っていった。ここが、このふたりの住処なのだ。
玄関の側にバケツと薪を置き、ランプに火を点けていく。明るくなったその部屋は、中央に大きなテーブルが置かれ、その上には何冊もの本や絵の描かれた紙が積んであり、倚子が四脚据えられている。部屋の奥に付いている木の扉は開け放たれていて、奥にいくつもの部屋が連なっているのがわかる。
「リンネ、晩ごはんの用意をお願いできるかい? ほら、手袋を外して」
金髪の男性が、一緒に居る青紫の髪の男性にそう声を掛けると、こう返ってきた。
「はい、すぐに準備します。
あ、アイロン使いますよね? アイロン用の炭も用意しなきゃ」
「そうだね。お願いするよ」
手袋を受け取った男性は、先程濡れた炭を掴んだときに付いた水分をしっかりと拭き取り、炭が用意されるのを待つ。その間に、いつも使っている鉄製のアイロンを準備した。
持ってこられた炭を受け取り、アイロンの空洞部分に詰め込む。それから、炭に火を付けアイロンにしっかり熱が回るまでに厚手の布を巻いて暫し待つ。
暖まってから、金髪の男性が先程ふたりが使っていた革手袋にアイロンを当てていく。当てすぎて皮が縮まないよう気をつけながら作業をしていると、その間に夕食の支度が出来上がったようだった。
「先生、ごはんの準備出来ましたけど、まだかかりそうですか?」
「ああ、もうすぐ終わるよ。少しだけ待っておくれ」
手袋を広いテーブルの隅に置き、アイロンは巻いていた布を取って暖炉の上に置く。そうしてまたテーブルの上を見ると、スープとパンと、リエットの入った小瓶が置かれていた。
「それじゃあ食べようか。いただきます」
「いただきます」
こうして、ふたりの夜は更けていく。動物の処理をするのはそう頻繁にあることではないけれど、これもまた、この村に住むこのふたり、錬金術師ミカエルとその弟子リンネの仕事であり日常なのだ。
ミカエルはよく口にする。環境さえ整っていれば、病にかかる人を大幅に減らせると。
それが何故なのか、リンネにはまだよくわからないようだった。けれども、錬金術の研究だけでなく、それに伴う医学にも深い造詣のあるミカエルの言うことなのだから、何かしら根拠があるのだろうとも思っているようだ。
医学のことでわからないことは、ミカエルにだって勿論たくさんある。そもそもミカエルは錬金術師であって医者ではない。それでも、医者でなくとも、今自分たちが住むこの村で、健康に暮らせる人は多い方が良いのだと、ミカエルはリンネに何度も語った。
そんな静かな村の通りを、ふたつの人影が通っていく。小柄なその人影は分厚い皮の手袋を付け、民家の壁際に横たわる犬の死骸を掴んで開けた場所まで運んでいく。
周りに十分な空間が取れた所で、片方の人影が、背中に背負っていた薪を何本も死骸の周りに積み上げ、松毬(まつぼつくり)をその中に入れる。薪が積み上がった所で、もう一つの人影がマッチで火を点し、松毬に差し込んだ。
松毬が爆ぜ、薪が勢いよく燃え上がる。炎に照らされて、人影の姿が明らかになった。
薪を背負っている青紫の髪を短く纏めた男性と、マッチとバケツを手元に持った赤みがかった癖のある金髪の男性。彼らは犬の死骸が燃える様をぢっと見つめ、炭になるまで薪をくべていく。
煙が滲みるのか、毛皮の燃える臭いが滲みるのか、青紫の髪の男性が何度も瞬きをしながら口を開く。
「先生、今回焼くまでに時間かかりましたけど、大丈夫でしょうか?」
その問いに、先生と呼ばれた金髪の男性が答える。
「民家のすぐ側というのは気にかかるけれども、運良く今回は人通りが少ない所に居たからね。
何事も無いと思いたいよ」
すっかり太陽が沈みきった頃、死骸は炭になった。燃やしている間に井戸からバケツに汲んでおいた水をかけ、ふたりはバケツの中へと濡れた炭を放り込んでいく。それを、村はずれに有る廃屋の側で、土に返るよう処理するのだ。
灯りは月の光だけ。それでも、ふたりは慣れた様子でバケツを持って廃屋の側まで辿り着いた。
廃屋は森のすぐ手前にあって、いつも森の木の根元に、こうやって燃やした動物の炭を撒くのだ。
病か老いか、それとも怪我か。どんな理由が有るのかわからないにしろ、いや、死んでしまった理由のわからない動物は、こうやって木の根元に撒けば肥料にはなるだろう。こうすればきっと無駄死にではないのだ。
屠殺したわけでもない動物を人間が食べるわけにはいかない。その正しい理由を村人が知っているかどうかはわからないけれど、なんとなく、道端で死んでいる動物を食べると言う事には皆抵抗が有る様だった。
村はずれの森から、ふたりは村の中を通って自分たちの住む家に向かう。その道中、時折村人が暗い窓の向こうから、ふたりに視線を投げていた。
きっと不気味な物を見る心地なのだろう。ふたりはそれを心得ているので、視線の元を追うことはしない。静かに、けれども足早に村を通り抜け、中心部から少し外れた所にある大きな家に入っていった。ここが、このふたりの住処なのだ。
玄関の側にバケツと薪を置き、ランプに火を点けていく。明るくなったその部屋は、中央に大きなテーブルが置かれ、その上には何冊もの本や絵の描かれた紙が積んであり、倚子が四脚据えられている。部屋の奥に付いている木の扉は開け放たれていて、奥にいくつもの部屋が連なっているのがわかる。
「リンネ、晩ごはんの用意をお願いできるかい? ほら、手袋を外して」
金髪の男性が、一緒に居る青紫の髪の男性にそう声を掛けると、こう返ってきた。
「はい、すぐに準備します。
あ、アイロン使いますよね? アイロン用の炭も用意しなきゃ」
「そうだね。お願いするよ」
手袋を受け取った男性は、先程濡れた炭を掴んだときに付いた水分をしっかりと拭き取り、炭が用意されるのを待つ。その間に、いつも使っている鉄製のアイロンを準備した。
持ってこられた炭を受け取り、アイロンの空洞部分に詰め込む。それから、炭に火を付けアイロンにしっかり熱が回るまでに厚手の布を巻いて暫し待つ。
暖まってから、金髪の男性が先程ふたりが使っていた革手袋にアイロンを当てていく。当てすぎて皮が縮まないよう気をつけながら作業をしていると、その間に夕食の支度が出来上がったようだった。
「先生、ごはんの準備出来ましたけど、まだかかりそうですか?」
「ああ、もうすぐ終わるよ。少しだけ待っておくれ」
手袋を広いテーブルの隅に置き、アイロンは巻いていた布を取って暖炉の上に置く。そうしてまたテーブルの上を見ると、スープとパンと、リエットの入った小瓶が置かれていた。
「それじゃあ食べようか。いただきます」
「いただきます」
こうして、ふたりの夜は更けていく。動物の処理をするのはそう頻繁にあることではないけれど、これもまた、この村に住むこのふたり、錬金術師ミカエルとその弟子リンネの仕事であり日常なのだ。
ミカエルはよく口にする。環境さえ整っていれば、病にかかる人を大幅に減らせると。
それが何故なのか、リンネにはまだよくわからないようだった。けれども、錬金術の研究だけでなく、それに伴う医学にも深い造詣のあるミカエルの言うことなのだから、何かしら根拠があるのだろうとも思っているようだ。
医学のことでわからないことは、ミカエルにだって勿論たくさんある。そもそもミカエルは錬金術師であって医者ではない。それでも、医者でなくとも、今自分たちが住むこの村で、健康に暮らせる人は多い方が良いのだと、ミカエルはリンネに何度も語った。
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