ダンシングマニア

藤和

文字の大きさ
上 下
9 / 10

第九章 騎士の隊列

しおりを挟む
 エルカナの言葉に天使が黙り込む。そのようすを見ていたミカエルは、先程からずっと感じている違和感のことを考える。
 どうにも、エルカナの天使に対する態度がおかしい気がするのだ。ただ、どうおかしいのかまではわからない。ただ漠然とした違和感があるだけだ。
 しかし、そのことを考えていてもどうしようもない。ミカエルはその場にいる全員に言う。
「とりあえず、夜盗をどうにかしましょう。
天使様が悪心を払ったからといって放っておくわけにもいきません。
捕らえてどこかへと一旦置いておかないと」
 その言葉を聞いたエルカナは頷き、こう提案した。
「天使様、お手数ですが夜盗を捕らえる指示を村人達に出していただけないでしょうか。あの人数を私達だけで捕らえるのは骨です」
「わかりました」
 天使が立ち上がったところで、窓から外を見たミカエルが指示を出す。
「村はずれに廃屋がいくつかあります。とりあえずはそこに夜盗を入れておけばいいでしょう。僕は、夜盗を連れていってもらえるようオニキス様に書簡を書きます。
もう夜が明けてきたから、伝書鳩を飛ばせますし」
 これで各人の役割分担はできた。少しずつ夜が明けていった。

 夜盗達を縛り上げ廃屋に詰め込んだ後、天使はこの村を去って行った。そのことを村人は残念がったけれども、天使はいつまでもは地上にいられないとマルコが説明したことにより落ち着きを取り戻した。
 そして日が昇って昼頃、隣の村まで熊を捌ける人物を呼びに行っていた村人が帰ってきた。隣の村の村人は、早速熊を捌きながら、ミカエルと話をする。
「いきなり踊り出す呪いを解くのに、熊の肉が必要なんて、不思議な話ですね」
「この肉は何人分くらいになるかな?」
「うーん、そうですね……」
 隣の村の村人が提示した量は、なんとか踊り病にかかった村人全員に行き渡るくらいのものだったけれども、継続的に与えるにはまだ量が足りない。
 一緒に見ていたマルコがミカエルの方を見て耳打ちする。
「できれば、最低でも全員に二週間は与え続けられるだけの量が欲しいです。
今後の予防も考えると、他の村人にも与えたいですし、一ヶ月分ほど……」
「そうですね……追加で狩ってきてもらうしかないか……」
 こそこそとやりとりをしているマルコとミカエルに、隣の村の村人は不思議そうな視線を向ける。
「どうしました?」
「いや、この肉だけだと足りなさそうだから、追加で熊を狩ろうかという話をしていたんだ。だから、あなたにはしばらくこの村にいて欲しいのですが」
 ミカエルにそう言われた隣の村の村人は、少し困ったような顔をしてからこう答えた。
「そうは言っても、そろそろ農作業をしないといけないんでね。なるべく早く帰りたいところなんですよ」
 隣の村の村人の言い分ももっともだ。けれども、熊を捌ける人がいないのも困る。
 ミカエルがどうしたものかと悩んでいると、マルコがおっとりと微笑んでこう言った。
「この村の呪いを解く手助けをしたとなったら、あなたは英雄にも等しいです。きっと神様のご加護もあるでしょう。
どうか、お助け願えませんか?」
 それから、ちらりとミカエルに視線をやる。
「修道士様のおっしゃるとおりです。
それに、僕の作った香油でよければ、報酬としてお分けできますが」
 それを聞いた隣の村人は驚いた顔をしてからにやりと笑う。
「いやいや、修道士様にお願いされて、香油までもらえるとなったらしばらくいてもいいですよ。任せてください」
 高く売れる香油をもらえるとなった隣の村の村人は上機嫌だ。それを見て、ミカエルとマルコはこっそりと安堵の溜息をついた。

 ミカエルがオニキスの元へと書簡を送って数日、エルカナとルカとウィスタリアに狩ってもらった熊を隣の村の村人に処理してもらいながら、その肉と脂を踊り病にかかった村人に与えていた。
 踊り病の村人には、普通の食事を摂らせるのも大変だったけれども、幸いなことにマルコがこういったことには慣れていて、ミカエルひとりで対応していたときよりもだいぶ楽だった。
 今日も踊り病の村人に熊肉を与える。そうしていると、外から村人達の騒ぎ声が聞こえてきた。
 なにごとかと思ったミカエルとマルコが声のする方へ行くと、チェインメイルを身に纏い、馬に乗った騎士達が列をなしてやって来ていた。
 前方二列にいた騎士が道を開け、後ろから恰幅の良い騎士が現れる。その顔を見て、マルコが驚きの声を上げた。
「領主様、何故このようなところに?」
 その言葉に、領主はおっとりと微笑んで返す。
「オニキス君からこの村に夜盗が入ったと書簡が来てね。夜盗を引き取りに来たんだよ」
 まさか領主自らやってくるとは。予想外の出来事にミカエルが動揺していると、領主が集まっている村人達をぐるりと見渡して訊ねる。
「さて、この村の長は誰かな?」
「はい、私でございます」
 すぐさまに前に進み出た村長に、領主は仕えている騎士になにかの入った袋を渡すよう言い、言葉を続ける。
「夜盗に襲われたのは不幸だったけれども、全て捕らえてくれたのだろう? よくやったね。これは褒美だよ」
 騎士から袋を受け取った村長は、早速袋を開けて中身を確認し、上機嫌なようすで領主に頭を下げる。
「ありがとうございます。領主様のお役に立てて光栄です」
 その言葉に、領主はまたにこにこと笑って言う。
「この村には天使様の助けがあったようだね。だから、なにがあっても諦めないように。
でも、これから先のことは心がけ次第だから気を引き締めるように」
「はい! かしこまりました!」
「それじゃあ、君たちも仕事があるだろう。
そろそろ家におかえり」
 領主の言葉に、村人達は銘々に何度も頭を下げてから家や畑へと帰っていく。ミカエルとマルコも仕事に戻ろうとしたけれども、突然呼び止められた。
「そこの君、ちょっとおいで」
 手招きをされて驚きながらも領主の側に行くと、領主は腰に着けていた袋からレースの付いたハンカチを取り出してミカエルに差し出した。
「影の功労者は君なんだろう? これを褒美に取らせよう。
夜盗の対応だけでなく、奇病の報告も感謝しているよ」
「あ……ありがたいお言葉です」
 手渡されたハンカチを見てミカエルの手が震える。そのハンカチに施されたレースは、まさに領主の家の柄で、こんな大それたものをもらってしまって良いのかと思ったのだ。
 固まっているミカエルから視線を移し、領主はマルコに声を掛ける。
「あなたはこの村の奇病のことをまとめて、後ほど報告してください。
医者との情報共有もしたいので」
「かしこまりました」
 ミカエルとマルコが頭を下げていると、領主がこう訊ねてきた。
「ところで、この村に流行っている奇病を治すために手伝えることはあるかな?
なにか、必要なものを持ってくるとか」
 その言葉に、ミカエルは恐縮しきりといったようすで返す。
「それでしたら、奇病を治すために熊などの獣の脂が必要なので、獣を狩っていただきたいです。
今は街から来て下さった修道士様達に狩りをお願いしているのですが、人手が足りなくて」
「……なるほど」
 ミカエルの申し出に、領主は騎士達を見回してこう返す。
「わかった。いつまでもはいさせられないけれど、狩りができる者を数人残していこう」
 随分と気前の言い領主に、ミカエルは恐る恐る訊ねる。
「それにしても、何故領主様自らこの村にいらしてくださったのですか?」
 その問いに、領主はにこにこと笑って返す。
「夜盗達を根こそぎなんとかしたいというのもあるし、領内の視察というのもあるし、それに」
「それに?」
「オニキス君が目をかけているという人物を見てみたくてね」
 その言葉に、ミカエルはただ頭を下げるしかできなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

V.I.T.R.I.O.L.

藤和
ファンタジー
今は昔。とある小さな村に、錬金術師とその弟子が住んでいました。 毎日畑の世話と研究をして穏やかに過ごしていたふたり。 この生活は、いつまでも続くと思っていた。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】雨上がり、後悔を抱く

私雨
ライト文芸
 夏休みの最終週、海外から日本へ帰国した田仲雄己(たなか ゆうき)。彼は雨之島(あまのじま)という離島に住んでいる。  雄己を真っ先に出迎えてくれたのは彼の幼馴染、山口夏海(やまぐち なつみ)だった。彼女が確実におかしくなっていることに、誰も気づいていない。  雨之島では、とある迷信が昔から吹聴されている。それは、雨に濡れたら狂ってしまうということ。  『信じる』彼と『信じない』彼女――  果たして、誰が正しいのだろうか……?  これは、『しなかったこと』を後悔する人たちの切ない物語。

サフォネリアの咲く頃

水星直己
ファンタジー
物語の舞台は、大陸ができたばかりの古の時代。 人と人ではないものたちが存在する世界。 若い旅の剣士が出逢ったのは、赤い髪と瞳を持つ『天使』。 それは天使にあるまじき災いの色だった…。 ※ 一般的なファンタジーの世界に独自要素を追加した世界観です。PG-12推奨。若干R-15も? ※pixivにも同時掲載中。作品に関するイラストもそちらで投稿しています。  https://www.pixiv.net/users/50469933

転生王子はダラけたい

朝比奈 和
ファンタジー
 大学生の俺、一ノ瀬陽翔(いちのせ はると)が転生したのは、小さな王国グレスハートの末っ子王子、フィル・グレスハートだった。  束縛だらけだった前世、今世では好きなペットをモフモフしながら、ダラけて自由に生きるんだ!  と思ったのだが……召喚獣に精霊に鉱石に魔獣に、この世界のことを知れば知るほどトラブル発生で悪目立ち!  ぐーたら生活したいのに、全然出来ないんだけどっ!  ダラけたいのにダラけられない、フィルの物語は始まったばかり! ※2016年11月。第1巻  2017年 4月。第2巻  2017年 9月。第3巻  2017年12月。第4巻  2018年 3月。第5巻  2018年 8月。第6巻  2018年12月。第7巻  2019年 5月。第8巻  2019年10月。第9巻  2020年 6月。第10巻  2020年12月。第11巻 出版しました。  PNもエリン改め、朝比奈 和(あさひな なごむ)となります。  投稿継続中です。よろしくお願いします!

流れてひかる─竜人伝説の古の里─

伊崎 夕風
ファンタジー
北澤夏乃は27歳小児科医師。 5歳年下の従弟、尊と久々に再会した春先から、不思議な夢を見るようになる。 一方二人の祖母こずえには秘密があり、二人は話があると呼び出されて帰省する。 祖母の郷には竜人のいた伝説が伝わっていて、ある掟が伝わっていた。祖母の産んだ娘、夏乃の母親である早苗は、その掟の鍵を握る娘であった。 そしてそのさらに子である夏乃は、村の子孫である女たちが侵されている病、竜人化の祟を収めるための鍵を握っているという。祖母はそれを伝えたあと、自らも竜人化の病に倒れる。 そんな時、自分の患者が緊急搬送されてきたと連絡があり、夏乃は病院へ舞い戻ることに。 患者の岡野ミキは、祖母と同じく竜人化していると気がついた夏乃は祖母の飲んでいた漢方薬を売りに来た薬売りに連絡する。 祖母の郷に出入りしていたという倉田サネは何か事情を知っているようだった。彼と会って話す事で、ますます自分の使命を意識することになる。 雨足が強まったその午後、岡野みきの様態が変化する。 竜へと変化を遂げたミキは、夏乃を連れ去る。 集まりだした郷の子孫たちと協力し、尊と仲間たちは、封印されていると言う、伝説の竜人である黒竜、洸の祟を収めるべく、夏乃を救うべく郷へと向かう。 現代ファンタジー、ちょっとダーク系、シリアスでありながらクスッと笑えるヒューマンドラマでもあります。

【完結】魔王様、溺愛しすぎです!

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「パパと結婚する!」  8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!  拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。  シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 挿絵★あり 【完結】2021/12/02 ※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過 ※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過 ※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位 ※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品 ※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24) ※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品 ※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品 ※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品

処理中です...