ダンシングマニア

藤和

文字の大きさ
上 下
7 / 10

第七章 襲撃

しおりを挟む
 エルカナ達が熊を狩ってきた日の晩、このところずっと踊り続ける村人の診察と、不安に思う村人の家族の相手をしていたミカエルはさすがに疲労困憊で、錬金術の研究をしているどころではなくなっていた。
 新たにやって来たエルカナとマルコの宿は、ミカエルの家だ。本当は村長がこのふたりも家に泊めたかったようだけれども、村長の家の部屋はすでにルカとウィスタリアで埋まっていたので、なんとか言い聞かせてミカエルの家に泊めることにしたのだ。
 ミカエルの家に泊めることにしたのは、部屋が埋まっていたという以外にも、村長とエルカナを一緒にしておいたら揉め事が起きるのではないかという懸念もあったからなのだけれども。
 エルカナとマルコを客室に案内した後、ミカエルは自室に戻りベッドに潜る。とにかく瞼が重かった。
 しばらく掛布のぬくもりに包まれていると、突然、家の玄関を誰かが激しく叩く音がした。
 どうしたのかと飛び起き、ミカエルは急いで玄関へと向かう。同様に、エルカナとマルコも起きて居間にやって来た。
 玄関を開けてミカエルが応対する。
「どうしたんだい?」
「先生、大変なんです。
夜盗がいっぱいやってきて、村を荒らしてるんです!」
 その言葉を聞いて、ミカエルはエルカナの方を振り返る。
「わかりました。行きましょう」
 エルカナは頷いて客室に戻り、クロスボウを持ってきて玄関から飛び出した。ミカエルとマルコも、村のようすを見るために飛び出す。
 村の中へと行くと、どうやら夜盗は踊り病にかかった村人の家を狙って襲っているようだった。
 村人はみな怯えて家に籠もり、襲われている家からだけ悲鳴が聞こえてくる。
 そんななか、夜盗に立ち向かっているふたりの人物がいた。ルカとウィスタリアだ。
 ふたりはどこで拾ってきたのか、籠いっぱいに積んだ石を夜盗に投げつけ応戦している。特にルカの腕前はたしかで、一石一投で夜盗をひとりずつ確実に打ち倒していた。
 しかし、それでもふたり対多数だ。全く手が回っていない。
 そこに、エルカナが昼間、熊を狩るために森に持っていった矢の残りをクロスボウにつがえて夜盗を狙い撃つ。月と星しか照らさない夜空の下でも、エルカナが放った矢は確実に夜盗の脚や腹を射貫いた。
 しかし、そのことで夜盗は逆上したようだ。しっかりとした身体付きのルカとウィスタリアよりも、華奢なエルカナの方が捕らえやすいと思ったのだろう。人質に取るつもりなのか、数人がエルカナの元に駆け寄ってきて腕を掴んだりして押さえ込んだ。
 藻掻いているエルカナの手からクロスボウが落ちる。
 丸腰でなにもすることもできずにミカエルとマルコがその様を見ておののいていると、突然、エルカナを押さえ込んでいた夜盗が呻き声を上げて倒れていった。
 倒れた夜盗をミカエルが見てみると、頭部からの出血がある。
「大丈夫ですか!」
 その声の方を向くと、石を手に持ったルカがこちらを向いていた。どうやら、夜盗はルカの投石で倒されたようだった。
 身体が自由になったエルカナはクロスボウを拾って構え直し、返事をする。
「おかげさまで。私も応戦します」
 エルカナが戦線に復帰したところで、ウィスタリアがミカエルとマルコに言う。
「ふたりは襲われた家を見てください!
他の夜盗はこちらで引きつけます!」
「わかった、頼んだよ」
 ミカエルはマルコと一緒に、夜盗が荒し終わった家から順に見ていく。どうやら村人は大人しくしていたようで、家具が荒らされただけで怪我人は出ていない。
 不安そうにしている村人に、マルコが優しく声を掛ける。
「駆けつけるのが遅くなって申し訳ありません。
今、我々が夜盗に応戦していますので、安全のために今しばらく、ここでじっとしていてください」
 マルコの穏やかな声と雰囲気で安心したのだろう。村人は泣きながらマルコの服の裾を掴んでいる。
「修道士様、どうか我々をお救い下さい」
「できる限りのことはします。ですから今は、ご自分の安全を最優先にして下さい」
 村人とマルコのやりとりを聞きながら、ミカエルは家の中をぐるりと見渡している。そこでミカエルは台所にある袋に目を留めた。
「夜盗を退治するのに借りたいものがあるのだけれど、いいかな」
 ミカエルがそう言うと、村人は頷きながら返す。
「どうぞ、どうぞ。あいつらを追っ払えるならなんでも持っていってくださいな、先生」
「そうか、恩に着るよ。
ちゃんと後で返済するから安心しておくれ」
 そう言って、ミカエルは台所にあるライ麦粉の入った袋を抱え、マッチをポケットから出す。
「それを、どうなさるんですか?」
 マルコの疑問に、ミカエルはこう返す。
「すぐにわかりますよ。
それよりマルコさんは、村人の心を慰めてあげてください。
どうやらこの役割は僕よりもあなたの方が向いているようだ」
 そう言い残して、ミカエルは村人の家を出る。それから、夜盗達の風上に立ち、村の中で夜盗に応戦している修道士達に声を掛けた。
「三人とも、すぐに僕の後ろに下がってくれませんか!」
 ミカエルの言葉に、応戦していた三人はすぐさまに振り向いて、ミカエルの後ろに下がる。
「なにをするつもりなんですか?」
 ルカの問いに答える間もなく、ミカエルは持っていたライ麦粉の袋を開け、強く吹いた風に乗せてライ麦粉を舞わせる。
 ライ麦粉が夜盗に覆い被さったところで、マッチに火を付けてライ麦粉の煙の中に放り込む。
 すると、瞬く間に炎が回り爆発が起こった。夜盗の悲鳴が響き渡る。
「なんだこれ!」
「魔法ですか?」
 ウィスタリアが驚きの声を上げ、エルカナが疑惑の視線を向けてくる。
「やはりあなたは魔女……」
 そう言いかけたエルカナに、ミカエルはすぐさまに返す。
「これは科学です。
細かい可燃性の粉が宙に舞っているところに火を着けると、粉が次々に発火して爆発となるんです。
誰でもできる芸当で、魔法ではないですよ」
 ここで魔女の疑いをかけられたらたまったものではない。ミカエルは以前エルカナに拷問にかけられたときのことを思い出しながら、先程の爆発の原理を説明した。
「な、なるほど?
では、あなたは魔女ではないのですね」
 原理を理解できたかどうかはわからないけれど、とりあえずエルカナは納得したようだ。
 そのことに安心していると、他の家を荒らしていた夜盗達が集まってきてミカエル達を取り囲んだ。
 ルカとウィスタリアが投石で、エルカナがクロスボウを射かけて応戦する。けれども、籠に積んだ石も矢も、数に限りがある。
 ミカエルの手元にはマッチがまだ残っているけれども、こうして夜盗に囲まれてしまうと、ライ麦粉や小麦粉を民家に取りにいけないので、先程の粉塵爆発の手は使えない。
 倒れた夜盗から武器を奪って応戦するか。しかし、武術のたしなみがない自分にそんなことができるのか。
「くっそ、きりがないな」
 忌々しそうにそう呟いたウィスタリアが、持っていた石を夜盗に投げつけ、夜盗の剣を奪い取る。
 奪い取った剣を構え、ウィスタリアは軽やかにステップを踏む。そしてまるで踊るようにしながら夜盗に斬りかかった。
 ミカエルも悩んでいる余裕はないと、ウィスタリアが倒した夜盗から武器を奪い構える。戦うことはできなくとも、威嚇にはなるはずだ。
 それでも夜盗は後から後から沸いてくる。
 一体どれだけの夜盗が集まってきているのか。籠の中の石も矢も尽きた。ルカとエルカナも武器を奪って構える。
 すると突然、暗いはずの夜空から光が降り注いだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】雨上がり、後悔を抱く

私雨
ライト文芸
 夏休みの最終週、海外から日本へ帰国した田仲雄己(たなか ゆうき)。彼は雨之島(あまのじま)という離島に住んでいる。  雄己を真っ先に出迎えてくれたのは彼の幼馴染、山口夏海(やまぐち なつみ)だった。彼女が確実におかしくなっていることに、誰も気づいていない。  雨之島では、とある迷信が昔から吹聴されている。それは、雨に濡れたら狂ってしまうということ。  『信じる』彼と『信じない』彼女――  果たして、誰が正しいのだろうか……?  これは、『しなかったこと』を後悔する人たちの切ない物語。

V.I.T.R.I.O.L.

藤和
ファンタジー
今は昔。とある小さな村に、錬金術師とその弟子が住んでいました。 毎日畑の世話と研究をして穏やかに過ごしていたふたり。 この生活は、いつまでも続くと思っていた。

桜は今日も息をする

凪司工房
現代文学
桜病。そう呼ばれる奇病が流行っている世界。誰もが桜を恐れていた。 あるところに桜だけが植わっている変わった森がある。少年は桜病になった姉を助ける為にそこを訪れるが。 これは桜の木と病気と、生きることについてのファンタジー短編である。

大嫌いであり愛しい君の死を望む

黒詠詩音
恋愛
高二の夏、篠宮真昼は不治の病、奇病とも言われている。 天花症候群。 所謂、持病が急激に悪化し、医師から余命宣告を受ける。 真昼の彼氏である、黒羽音羽もその事実を飲み込む。 音羽は彼女の要望に答え、最後の思い出作りの旅へと出かける。 彼らは制限付きの旅を自負する。 音羽は真昼には隠しているが、病気を持っていた。 真昼の病気、天花症候群、治療方以前に発見もされていなかった。 音羽も似た状況の病気、蛙殺病。 二人は治療方も、一切ない病気を前に必死に抗い、生きてきた。 だが、彼らの日常にも終わりが見えて来た。 そんな中、彼らは旅の中で、懐かしい者、または、新しい出会いと別れを経験する。 真昼の病気がどんどんと進行する中、音羽も進行が進み始める。 音羽は自分の病気を真昼に隠し、旅を続ける。 真昼は音羽の可笑しな言動、行動に勘付き始めていた。 音羽は真昼の様子が可笑しいのを理解し、自分の事に勘づいてると理解する。 制限時間の旅に変化が訪れ——。 彼らの旅に終わりは見えて来る! 少年少女の行く末は!? 彼ら少年少女は残酷な使命を受け。 そんな彼らの旅に終幕が着く……

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

gimmick-天遣騎士団-

秋谷イル
ファンタジー
 千年前、異界から来た神々と創世の神々とがぶつかり合い、三つに分断された世界。ガナン大陸では最北の国カーネライズの皇帝ジニヤが狂気に走り、邪神の眷属「魔獣」を復活させ自国の民以外を根絶やしにしようとしていた。  だが大陸の半分がその狂気に飲み込まれてしまった時、伝説の舞台となった聖地オルトランドの丘でそれを再現するかのように創世の三柱の使徒「天遣騎士団」が現れ、窮地に陥っていた人々を救う。  その後、天遣騎士団は魔獣の軍勢を撃破しながら進軍し、ついには皇帝ジニヤを打倒してカーネライズの暴走に終止符を打った。  一年後、天遣騎士団の半数はまだカーネライズに留まっていた。大陸全土の恨みを買った帝国民を「収容所」と称した旧帝都に匿い、守るためである。しかし、同時にそれは帝国の陥落直前に判明したあるものの存在を探すための任務でもあった。  そんなある日、団長ブレイブと共にこの地に留まっていた副長アイズ、通称「黒い天士」は魔獣の生き残りに襲われていた少女を助ける。両親を喪い、成り行きで天遣騎士団が面倒を見ることになった彼女の世話を「唯一の女だから」という理由で任せられるアイズ。  無垢な少女との交流で彼女の中に初めての感情が芽生え始めたことにより、歴史はまた大きく動き始める。

竜焔の騎士

時雨青葉
ファンタジー
―――竜血剣《焔乱舞》。それは、ドラゴンと人間にかつてあった絆の証…… これは、人間とドラゴンの二種族が栄える世界で起こった一つの物語――― 田舎町の孤児院で暮らすキリハはある日、しゃべるぬいぐるみのフールと出会う。 会うなり目を輝かせたフールが取り出したのは―――サイコロ? マイペースな彼についていけないキリハだったが、彼との出会いがキリハの人生を大きく変える。 「フールに、選ばれたのでしょう?」 突然訪ねてきた彼女が告げた言葉の意味とは――!? この世にたった一つの剣を手にした少年が、ドラゴンにも人間にも体当たりで向き合っていく波瀾万丈ストーリー! 天然無自覚の最強剣士が、今ここに爆誕します!!

処理中です...