Tajlorinoj seĝo de radoj

藤和

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第二章 甘えん坊

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 夕食後、依頼品の刺繍物を分けていたカミーユ。
 大体依頼主毎に依頼品を分けられたので、そろそろ寝ようと作業場を出る。
 すると、ドアの外には待っていたのかたまたま居ただけなのか、アルフォンスが立っていた。
「カミーユ兄ちゃん、そろそろ寝る?」
「うん。そろそろ寝るよ」
「じゃあ俺と一緒に寝ない?」
「もう、アルは甘えん坊だなぁ。良いよ、一緒に寝よう」
 カミーユが刺繍を仕事にし始めてから、寝る時間がだいぶ早くなった。
 いつも深夜まで仕事をしていた仕立て屋の頃とは違い、時間にゆとりの有る生活になってからと言う物、アルフォンスがしきりに一緒に寝ようとせがむようになったのだ。
 昔からカミーユに良く懐いては居たが、もしかしたら、両親を亡くしてからなかなか構えないで居たのが寂しかったのかもしれない。いくらか申し訳なさを感じながら、カミーユはアルフォンスに車椅子を押されて自室へと入る。
 寝間着に着替え、ベッドに二人で横たわりながら取り留めのない話をする。
 次第にカミーユがうとうととしてきた所で、アルフォンスが上にのしかかってこう言う。
「ねぇ、カミーユ兄ちゃん、おやすみのキスしてくれよ」
「うん、いいよ」
 上に乗ったアルフォンスの顔を両手で包み、カミーユは軽く頬にキスをする。
 アルフォンスも、カミーユの頬にキスを返す。
 すると、カミーユは微笑んでアルフォンスの頭を撫でた後、すぐに寝入ってしまった。
 少しだけ、甘えん坊な弟の将来の事などを心配しながら。

 翌朝、カミーユが目を覚ますと、既にアルフォンスは着替えを終えて側で待っていた。
「カミーユ兄ちゃん、着替えるの手伝おうか」
「いいの? ありがとう」
 アルフォンスの手を借りながら、着替えていて、ふと気がついた。カミーユの身体に痣のような物が付いているのだ。
 胸の痣を見ながら、カミーユは困ったような顔をして呟く。
「あー、また虫に食われちゃったなぁ。アルは食われてない?」
「俺も手とか腕食われてるけど、痒くないし大丈夫だよ」
「そう? なら良いんだけど」
 着替えを済ませ、車椅子に移った所でアルフォンスが顔を近づけこんな事を言う。
「カミーユ兄ちゃん、おはようのキスは?」
「もう、甘えん坊だなぁ」
 何時までも自分に甘えていたら恋人など出来ないのではないかとカミーユは心配になったが、やはり弟に甘えられる事自体は嫌ではないので、おやすみの時と同じようにアルフォンスの頬にキスをした。

 朝食後、兄弟三人揃ってミサへと行ったのだが、帰り際に神父様がカミーユに声を掛けてきた。
「カミーユ君、このところはどうですか?
無理はしていませんか?」
「おかげさまで大丈夫です。でも、僕ってそんなに無理しているように見えますか?」
「少し前までの君は無理の塊(かたまり)だったんですけれどね……」
 数ヶ月前まで仕事がある時は殆ど寝ずに、食事も適当に済ませていたことを知っている神父様が、その事を思い出したようで苦笑いをする。
 ふと、神父様がカミーユの首筋に手を当ててこう言った。
「あれ? また虫刺されですか? こんな所にも痕(あと)が有りますよ」
「え? そんな所にもあります?
なんかまた食われちゃったみたいで……
アルも腕を食われたって言ってるんですよ」
「なるほど、そうなんですね」
 納得した様子の神父様が、ちょいちょいとアルフォンスを手招きし、声を掛ける。
「こんなに頻繁に虫に食われるのは大変でしょう。効くかはわかりませんが虫除けのおまじないをしておきましょう」
「え? 良いんですか、有り難うございます」
 神父様の言葉に、アルフォンスは素直に胸の前で指を組む。 それを確認した神父様は、祝福の言葉を掛け、胸の前で十字を切る。
 その次に、神父様はカミーユと視線を合わせてカミーユにもおまじないを掛けるという。
 素直におまじないを掛けられている訳だが、先程となにやら掛けている言葉が違う。
 少し不思議に思いながら目を伏せ指を組んでいる訳だが、ふと顎を持ち上げられ、唇に柔らかい物が当たった。
 驚いて目を開くと、目の前には神父様の顔がある。
「あの、神父様、一体何を……?」
「え? おまじないを掛けただけですよ?」
「そ、そうですか、有り難うございます」
 にこにこと笑う神父様にお礼を言うと、何故かギュスターヴがそそくさと挨拶を残しカミーユの乗っている車椅子を押して教会から出る。
 アルフォンスを置いて行って良いのかと不安になってカミーユが後ろを見ると、何故だか不機嫌そうな顔をして、 アルフォンスも早足で付いてきていた。
 その様子を見たカミーユは、この後仕立て屋協会で仲の良かった人達が誕生日祝いに来てくれる予定だけれど、それまでにアルフォンスの機嫌が直るかどうか不安になったのだった。

 昼食後暫くして、カミーユの店を何者かが訪れた。
 ギュスターヴが見に行った所、仕立て屋協会の面々だというので家の中へと入って貰う。
 やってきたのは、カミーユと同い年くらいの仕立て屋と、少し年下の仕立て屋達。
「みんないらっしゃい。余りおもてなしは出来ないけど」
 自分はもう仕立て屋ではないのに、こんな風に祝って貰えるのは有り難いなと、カミーユはしみじみと思う。
 仕立て屋仲間達が持って来たパウンドケーキやサングリアをみんなで分けて、 ギュスターヴやアルフォンスも一緒にカミーユの誕生日を祝い、盛り上がる。
 酒が入り盛り上がっている所で、カミーユが仕立て屋仲間達にこう訊ねた。
「そう言えば、このお礼は何が良いかな? あまりたいした物は用意できないけど……」
 呑んだせいか少しとろんとしたその言葉に、仕立て屋仲間はこう返す。
「そんな気にしなくて良いって。まぁ、どうしてもって言うんなら、いつも通りチーズクッキー焼いてくれよ」
「そうそう。あのクッキー、酒のつまみに丁度良いんだよ」
「チーズクッキー? うん、わかった」
 お礼の話も一段落付き、また暫く盛り上がって夕食時。それぞれまた家で夕食を食べるからと解散になった。
 玄関まで皆を送り、 別れ際に頭を撫でられたり抱きつかれたり、額にキスをされたりともみくちゃになったカミーユが仕立て屋仲間を見送り。
 居間に戻るとアルフォンスの姿はなく、ギュスターヴだけがテーブルに着いていた。
「あれ? アルはどうしたの?」
「腹減ってないだろうけど一応って言って、軽めの晩飯作りに行ったよ」
「そっか」
 そんなやりとりをしていると、カミーユのお腹がきゅぅっと鳴く。
「なんだよ兄貴、あんなに食べたのに腹減ってんの?」
「あはは……お酒飲んでるとお腹空くんだよね」
 二人で話をしている事暫く、アルフォンスが焼いたバゲットを持って来た。
 その上には茹でたほうれん草やマッシュした豆を乗せ、チーズをかけた物が乗っている。
 まぁ、おつまみみたいな物だけど、と言いながらアルフォンスがそれをテーブルに置き、カミーユの隣に有る椅子に座る。
 それから皆で食前のお祈りをして、バゲットに手を伸ばす。
 ふと、アルフォンスが手に取ったバゲットを一口大にちぎり、カミーユに差し出した。
「カミーユ兄ちゃん、あーんして」
 それを見たカミーユは少しだけ困ったような顔をする。
「もう。確かに酔ってるけど、ちゃんと自分で食べられるよ?
でも、ありがと」
 そう言ってアルフォンスの手からバゲットを食べるカミーユを見て、ギュスターヴは何となくもやもやした気持ちを抱えるのだった。
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