ピクルス

藤和

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第三章 ずっと探してた

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 初めての歌番組出演から数年。私は高校もちゃんと卒業して、仕事のスケジュールをもっと入れられるようになった。ファンミーティングやライブも、小さな箱とは言え積極的にやって来たし、テレビの歌番組やバラエティーでの露出もかなり増えてきた。
 それでも時々焦りと苛立ちに苛まれる。あの時私を罵倒したアマレットシロップのふたりにいまだ人気が追いつかないというのもあるけれども、それ以上に、ずっと昔に離ればなれになってしまったあいつを見つけ出せずにいて、向こうもまだ私を見つけていないということがどうしようもない焦燥感を煽っているのだ。
 レッスンルームでダンスの練習をする。音楽に合わせステップを踏み体をかがませたり手を振るったりする。無駄な動きがないように、身体中に意識を巡らせて動く。音楽の終わりと共に両手を胸の前で重ね合わせて肘を開き、右脚も少し開いてつま先を床に付ける。
 数秒そのポーズを保ち、それから肩の力を抜いて脚を揃えてポーズを解く。新曲のダンスもだいぶ上手く踊れるようになってきた。
 一息ついていると、レッスン室の入り口から声が掛かってきた。
「理奈ちゃん、午後から収録だからそろそろ準備して」
「あ、はーい」
 マネージャーの声かけで、音響機器を止めてレッスン室を出る。随分と汗をかいたので、併設のシャワールームで軽く流していこう。それから、いつものピクルスを食べて収録現場に向かうのだ。

 シャワーと着替えを済ませ、ピクルスを囓りながらマネージャーに訊ねる。
「そういえば今日の歌番、あいつらいるの?」
「あいつら? ああ、あのふたりは今回出ないみたい」
「そっか」
 名前を出さなくてもアマレットシロップの事を言ってるのが通じるのはもう慣れだろうか。マネージャーはほっとした様子だ。
 マネージャーが時計を見る。そろそろ収録に向かう時間なのだろう。私は囓っていたパプリカを飲み込んで、ピクルスの入った容器の蓋を閉めた。

 マネージャーの車に揺られて収録現場へ向かう。歌番組の収録の前にはいつもリハーサルがあるので、その前にわざわざレッスン室で練習する必要は有るのかとたまに訊かれる。
 必要があるかないかで言えば、あると思う。練習をする回数は少しでも多い方が良い。
 スタジオについてリハーサル前。メイクを済ませ、衣装にも着替えて準備万端だ。スタジオに行こうと楽屋のドアを開けると、そこには同じようにスタジオに行くのだろうなという男のふたり組がいた。
 私が突然出てきたからかふたりとも驚いているけれど、私もふたり組のうち片方を見て驚いた。
 衣装担当の指示だろうか、少しラフな衣装を着ているけれども、きれいに整えられた短い黒髪、心なしかぼんやりしているけれども真面目そうな目元には見覚えが有った。
 思わず、自分よりも背の高い彼の腕を掴む。
「やっとあんたに会えた」
 突然溢れてきた涙が止まらない。
 そう、私は、ずっとずっとこいつに会うために舞台に立ち続けて、探し出してくれるのを待っていた。あの時私の歌が好きだと言ってくれたこいつに会うために、ずっと……!
「大丈夫ですか?」
 困った様子も見せず、昔と同じように、小さかった頃と同じようにやさしく声を掛けてくる彼に、私は泣きながら言う。
「ずっと、ずっとあんたのこと探してたんだから!
ステージに立ってればあんたが見つけてくれるって、思って、それで……」
 自分でも、なにを言っているのかがよくわからない。もしかしたら罵倒するようなことも言ってしまったかも知れない。けれども彼は、頷きながら聴いてくれて、でも、どうしたらいいのか困っているようだった。
 言いたいことを言い終わって、涙を手の甲で拭う。だいぶメイクが流れてしまっているようだった。
 はっと我に返る。このままじゃリハーサルに出られない。彼とその相方に背を向けて楽屋にまた入る。
「ちょっと! 急いでメイク直して!」
 なにがあったのかと慌てるメイクさんに事情も話さず、とりあえずメイクを直して貰う。
 ついでに、真っ赤になった目の周りも誤魔化して貰った。

 リハーサルも終わって収録が始まった。今回の一曲目はあいつとその相方のグループだ。
 あのふたりは最近人気の声優グループということで、その名義で出した曲が人気になり今回この番組に出るにいたったのだという。
 声優も歌うんだと、はじめは驚いたけれども、あいつが声優をやっていると言う事にも驚いた。ただ漠然と、小さな頃から、あいつは歌手や演奏家とかそういうものになるんだと思っていたから。
 私の出番も盛況のうちに終わり、上機嫌でその後の収録を過ごす。最近はサイリウムという物があって、自分の曲の時に沢山の光が揺れるのは、見ていて気分の良い物だった。
 今日の収録は満足だ。そう思いながら収録は終了し、楽屋に戻る前にあいつに声を掛ける。
「ねぇ、久しぶりに会ったんだし、連作先の交換しない?」
 すると彼はにこりと笑って答える。
「もちろん、そちらがよろしければ。
携帯電話は楽屋に置いてあるので取ってきますね。そちらの楽屋にお伺いすればよろしいでしょうか」
 だいぶ丁寧な言葉遣いをする彼を見て、なんだかおかしくなってしまうけれども、それも含めて変わっていないなと思う。
「それでいいよ。待ってるから」
「はい。では少々お待ちください」
 彼の相方が、女の子とそんなすぐ連絡の交換して大丈夫か。と心配しているようだけれども、彼は知り合いだからと言ってなだめている。
 それから楽屋で少し待って、彼と連絡先の交換をして、たまに一緒に遊ぼうと約束をする。早速休日のすり合わせをして、遊ぶ予定を入れた。

 連絡先の交換をして、私ははじめてあいつの名前を知った。『奏』なんて名前、あまりにもあいつにぴったりだ。
 上機嫌なまま事務所に帰ると、一緒にいたマネージャーがにこにこしながら訊ねてきた。
「今日はご機嫌だね」
「まぁね」
「いいことあったの?」
「んふふ、秘密」
 奏と会う約束をした休日には絶対に仕事を入れないでくれとマネージャーに釘を刺したあと、明日以降の打ち合わせをして、その日は家に帰った。
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