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第一章 ステージ上のアイドル
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舞台袖でじっと暗いステージの上を睨む。ここは決して広くは無いライブハウスで、けれども、箱を使っての単独ライブははじめてだった。
ステージに立つのは初めてではない。今までに何度もインストアライブを繰り返してきたし、対バンイベントだって何度も出た。
でも、ここはストアじゃない。今回は他の出演者もいない。私だけのライブなのだ。
観客がざわめく中、大音量で曲が流れはじめる。それを合図に、私はマイクを持って舞台に躍り出た。
この曲は私のデビュー曲。この曲をアピールするために一ヶ月に何回も何回も、あちこちのCDショップで歌った。初日の売上はまあまあと言ったところだった。発売からもう何ヶ月も経った今でも、そのCDは少しずつとは言え売れ続けている。その売上を支えてくれているのは、今目の前でコールをくれているファンのみんなだ。私はもちろん、きっとみんなもこの曲には思い入れがあるのだろう。色とりどりのライト越しに見える観客席では、観客がリズムに合わせて手を振り上げている。
この曲のダンスは、もうずっと練習を続けているから、きっとはじめの頃に比べてかなり上手くなっているはず。そう、あいつが私を見たらきっと感嘆の声を上げるだろう。
それなのに。それなのに、暗い観客席を見渡してもあいつの姿はない。
ああまただ。私はあいつを見つけられないし、きっとあいつも私を見つけられないんだ。
私が小さい頃に離ればなれになってしまったあいつ。私の歌が好きだと言ったあいつ。私はどれだけ名声を上げればあいつに見つけて貰えるのだろう。
私は自分の努力が間違ってるなんて思わない。私は自分の容姿の良さと、努力して身につけた身のこなしでアイドルになれることを疑問に思っていなかったし、アイドルになればあいつが見つけてくれると信じている。
二度とあいつに会えないなんてことは何があっても絶対に、受け入れられるはずなんてない。二曲目に入り、あいつがいないことに少しの苛立ちを覚える。けれどもこれは表に出してはいけない。ミントグリーンからピンクのグラデーションの巻き髪を揺らし、ダンスの振り付け通りに左手を顔の前を横切らせてから、笑顔を作った。
「おつかれさまー」
ライブと、ライブ終了後のファンサービスが終わったあとに楽屋に戻ると、マネージャーが冷たいお茶を用意して持ってきてくれた。
「ありがと。どうだった?」
お茶を受け取ってそう訊ねると、マネージャーは満足そうに頷いて答える。
「もちろん、今までで一番良かったよ」
それは当然のことだ。いつだって、『今回のライブが』一番良いようにしているのだから。
マネージャーの言葉に満足しながら、持参したピクルスを囓る。ライブで歌ったり踊ったりするというのは、なかなかに体力を使う。ライブが終わった直後はお腹が空いてしまうことが多いけれども、下手なものを食べて太るのも困るので、いつもニンジンやパプリカなど、野菜のピクルスを作って持ってくるのだ。
満足してピクルスを囓りながらお茶を飲んでいると、マネージャーが伺うようにこう言ってきた。
「ところで理奈ちゃん。前に聞いたあの子のこと、まだ気にしてるの?」
「……それがなにか?」
「ステージに立ってるとき、それが一瞬出てたから」
「……わかった。次は気をつける」
私が探しているあいつの話は、マネージャーにもしてある。もしあいつが私を見つけて事務所に問い合わせをしてきたときに、面倒なことになったりしないようにだ。
あいつはまだ私を見つけてくれないのかとまた苛立ってくる。荒々しくニンジンを口に詰め込んだ。
テーブルの向かいの席で、マネージャーがスケジュール帳を開いている。
「明日はテレビ番組の収録だけど、今日は早く寝るんだよ」
「ん。わかった」
私に入ってくるテレビ番組の出演依頼はまだ少ない。主にバラエティ番組の仕事なのだけれど、明日はついに、念願の歌番組に出演することになっているのだ。
歌番組の収録は時間がかかると聞いている。きっと、リハーサルがあったりするのだろう。
明日の歌番組の収録では、メディアに私のことを印象づけたい。バラエティに出るのが嫌なわけではないけれど、私が本職としている歌で沢山の人に知られたい。沢山の人に私の歌が知れ渡れば、私の歌を聞いてあいつが探し出してくれると思えて仕方ないのだ。
実際のところ、私はテレビ出演の頻度こそそんなに高くないけれど、CDの売上は悪くない。その売上を持ってすれば、メディアに売り込んでいける。メディアに売り込めれば宣伝がやりやすくなってさらに売上は伸びるだろう。
これは事務所の社長やマネージャーが言っていたことだけれども、この考えに反対する理由は私には全くない。むしろ、大々的な宣伝で表に出ることは願ったり叶ったりだ。
有名になって、あいつとまた会って。それから先はどうするのだろうと思うことはあるけれど、きっと私はこの地道で、努力を常に重ねなければならない、けれども華やかな生活を手放すことはできない。
先のことを考えると気が急く。私は早く、もっと有名にならなくてはいけないのだ。
イライラしている私の様子を知って知らずか、マネージャーがスケジュール帳を閉じて言う。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか。
明日はレッスンしてから収録に行く?」
「うん。レッスンしてから行く」
マネージャーは気分が変わりやすい私のことをあまり叱ったりしない。よっぽどやらかしたときなんかはさすがに叱ったりもあったけれども、あいつのことを考えて焦っているときなんかは、さりげなく現実の予定を提示して気をそらしてくれる。
ふたりで一緒に箱を出る。もうだいぶ暗くなっていてひとりで帰るのは危ないとマネージャーがいう。
それもそうだと思っていると、マネージャーが家まで送ってくれるというので、同じ車に乗り込む。その中で翌日の打ち合わせをしていった。
一通り打ち合わせが終わった後、急に眠気が来た。家に着くまで少し寝よう。そう思って目を閉じると、あいつの声が聞こえた気がした。
ステージに立つのは初めてではない。今までに何度もインストアライブを繰り返してきたし、対バンイベントだって何度も出た。
でも、ここはストアじゃない。今回は他の出演者もいない。私だけのライブなのだ。
観客がざわめく中、大音量で曲が流れはじめる。それを合図に、私はマイクを持って舞台に躍り出た。
この曲は私のデビュー曲。この曲をアピールするために一ヶ月に何回も何回も、あちこちのCDショップで歌った。初日の売上はまあまあと言ったところだった。発売からもう何ヶ月も経った今でも、そのCDは少しずつとは言え売れ続けている。その売上を支えてくれているのは、今目の前でコールをくれているファンのみんなだ。私はもちろん、きっとみんなもこの曲には思い入れがあるのだろう。色とりどりのライト越しに見える観客席では、観客がリズムに合わせて手を振り上げている。
この曲のダンスは、もうずっと練習を続けているから、きっとはじめの頃に比べてかなり上手くなっているはず。そう、あいつが私を見たらきっと感嘆の声を上げるだろう。
それなのに。それなのに、暗い観客席を見渡してもあいつの姿はない。
ああまただ。私はあいつを見つけられないし、きっとあいつも私を見つけられないんだ。
私が小さい頃に離ればなれになってしまったあいつ。私の歌が好きだと言ったあいつ。私はどれだけ名声を上げればあいつに見つけて貰えるのだろう。
私は自分の努力が間違ってるなんて思わない。私は自分の容姿の良さと、努力して身につけた身のこなしでアイドルになれることを疑問に思っていなかったし、アイドルになればあいつが見つけてくれると信じている。
二度とあいつに会えないなんてことは何があっても絶対に、受け入れられるはずなんてない。二曲目に入り、あいつがいないことに少しの苛立ちを覚える。けれどもこれは表に出してはいけない。ミントグリーンからピンクのグラデーションの巻き髪を揺らし、ダンスの振り付け通りに左手を顔の前を横切らせてから、笑顔を作った。
「おつかれさまー」
ライブと、ライブ終了後のファンサービスが終わったあとに楽屋に戻ると、マネージャーが冷たいお茶を用意して持ってきてくれた。
「ありがと。どうだった?」
お茶を受け取ってそう訊ねると、マネージャーは満足そうに頷いて答える。
「もちろん、今までで一番良かったよ」
それは当然のことだ。いつだって、『今回のライブが』一番良いようにしているのだから。
マネージャーの言葉に満足しながら、持参したピクルスを囓る。ライブで歌ったり踊ったりするというのは、なかなかに体力を使う。ライブが終わった直後はお腹が空いてしまうことが多いけれども、下手なものを食べて太るのも困るので、いつもニンジンやパプリカなど、野菜のピクルスを作って持ってくるのだ。
満足してピクルスを囓りながらお茶を飲んでいると、マネージャーが伺うようにこう言ってきた。
「ところで理奈ちゃん。前に聞いたあの子のこと、まだ気にしてるの?」
「……それがなにか?」
「ステージに立ってるとき、それが一瞬出てたから」
「……わかった。次は気をつける」
私が探しているあいつの話は、マネージャーにもしてある。もしあいつが私を見つけて事務所に問い合わせをしてきたときに、面倒なことになったりしないようにだ。
あいつはまだ私を見つけてくれないのかとまた苛立ってくる。荒々しくニンジンを口に詰め込んだ。
テーブルの向かいの席で、マネージャーがスケジュール帳を開いている。
「明日はテレビ番組の収録だけど、今日は早く寝るんだよ」
「ん。わかった」
私に入ってくるテレビ番組の出演依頼はまだ少ない。主にバラエティ番組の仕事なのだけれど、明日はついに、念願の歌番組に出演することになっているのだ。
歌番組の収録は時間がかかると聞いている。きっと、リハーサルがあったりするのだろう。
明日の歌番組の収録では、メディアに私のことを印象づけたい。バラエティに出るのが嫌なわけではないけれど、私が本職としている歌で沢山の人に知られたい。沢山の人に私の歌が知れ渡れば、私の歌を聞いてあいつが探し出してくれると思えて仕方ないのだ。
実際のところ、私はテレビ出演の頻度こそそんなに高くないけれど、CDの売上は悪くない。その売上を持ってすれば、メディアに売り込んでいける。メディアに売り込めれば宣伝がやりやすくなってさらに売上は伸びるだろう。
これは事務所の社長やマネージャーが言っていたことだけれども、この考えに反対する理由は私には全くない。むしろ、大々的な宣伝で表に出ることは願ったり叶ったりだ。
有名になって、あいつとまた会って。それから先はどうするのだろうと思うことはあるけれど、きっと私はこの地道で、努力を常に重ねなければならない、けれども華やかな生活を手放すことはできない。
先のことを考えると気が急く。私は早く、もっと有名にならなくてはいけないのだ。
イライラしている私の様子を知って知らずか、マネージャーがスケジュール帳を閉じて言う。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか。
明日はレッスンしてから収録に行く?」
「うん。レッスンしてから行く」
マネージャーは気分が変わりやすい私のことをあまり叱ったりしない。よっぽどやらかしたときなんかはさすがに叱ったりもあったけれども、あいつのことを考えて焦っているときなんかは、さりげなく現実の予定を提示して気をそらしてくれる。
ふたりで一緒に箱を出る。もうだいぶ暗くなっていてひとりで帰るのは危ないとマネージャーがいう。
それもそうだと思っていると、マネージャーが家まで送ってくれるというので、同じ車に乗り込む。その中で翌日の打ち合わせをしていった。
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