シムヌテイ骨董店

藤和

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2009年

68:夏のひと休み

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 暑い日差しが照りつけ肌を焼く頃。その日の朝は良く晴れていたけれども、昼を過ぎた辺りから激しい雨が地面を打ち付けていた。

「おや、ひどい雨ですね。木更さんと理恵さんは、傘を持っていますか?」

 シムヌテイ骨董店の中では、雨音を聞きながら真利と、林檎と、木更と理恵がお茶を飲んでいた。林檎はすぐ隣のとわ骨董店に置き傘をしているだろうので心配はないのだが、雨が降る前にここへやって来た木更と理恵が、傘を持っているとは思えなかった。
 木更が、長方形のクランベリークッキーを囓りながら言う。

「持って来てないよー。今日は雨の予報じゃ無かったし、こんなゲリラ豪雨聞いてない」
「まぁ、断りも無く降るからゲリラ豪雨なんだろうけど」

 困った様子の木更に林檎がそう言うと、理恵も戸惑いながら口を開いた。

「どうしよう。雨が止むまでここに居るって言うのも迷惑な気がするし、雨が止むとも限らないし……」

 オロオロしている理恵に、真利はにこりと笑って言う。

「雨が止むまでここに居て下さっても構わないのですけれどね。でも、確かに止む保証は無いんですよねぇ」

 それから、はたと思いついたように、クッキーが乗ったお皿と、手に持っていたタンブラーをレジカウンターの上に置き、倚子から立ち上がった。

「良かったら、僕の置き傘をお貸ししましょうか。
理恵さんと木更さんなら、何とかふたりで入れるでしょうし」

 レジカウンターの引き出しの中に入れていた折りたたみ傘を出し、理恵に見せる。すると、理恵は恐縮してしまったようだ。

「でも、私達がそれを借りたら、真利さんが濡れて帰ることになりますし」
「僕が濡れるのは構わないんですよ。それよりも、女の子が濡れる方が大変な事でしょう」

 真利はそう言うけれども、理恵はそれでも気が引けるようだ。その様子を見て取った真利が、悪戯っぽく笑う。

「それに、これをお貸しすればまたいらしていただく口実になりますしね」
「えっ、えっと、それじゃあ、あの、お借りします……」

 顔を真っ赤にして、理恵が真利から折りたたみ傘を受け取る。その様子を、林檎はにこにこしながら、木更はニヤニヤしながら眺めていた。

「理恵、その傘独り占めしちゃやだよ? 私だってあんま濡れたくない」
「うん。それはわかってる」

 顔を赤くしている理恵を見て、真利は何か恥をかかせてしまっただろうかと心配になったが、ここで訊ねると余計に恥ずかしい思いをさせてしまうかも知れないと、訊くのをやめる。真利はまたタンブラーとクッキーの乗ったお皿を手に取り、椅子に座った。
 ふと、林檎が木更と理恵に訊ねる。

「そう言えば、ふたりとも今年受験でしょ? 受験勉強とかどうしてるの?」

 その問いに、木更がにっと笑って返す。

「ちゃんとやってるよ。塾の夏期講習はもう終わったけど、家でも時間決めてやってる」
「そう、頑張ってるのね。でも、あんまり無理はしちゃ駄目よ?」
「わかってるって。だからここに休憩しに来てるんだし」

 ふたりのやりとりを見て、真利は思わずくすりとする。自分の店が癒やしの場になるのならば、それは喜ばしいことだった。

「絶対に合格してやるのだぜ」

 堂々とそう言い放つ木更は、真利の目から見ても頼もしく見えた。木更の言葉につられてか、理恵も口を開く。

「私も、第一志望に合格出来るように頑張ります。それで、合格したら」

 しかし、そこまで言って言葉が途切れた。不思議に思った真利が、訊ねる。

「合格したら、何かあるのですか?」
「えっと、あの、何でもないです……」
「そうですか? でも、目標を持つのは良いことですよ」

 少し俯いてしまった理恵に、木更が話しかける。

「大学受かって時間が出来たら、人形の教室通うんだもんね」

 理恵は顔を上げ、にこりと笑う。

「うん。頑張って、人形を作れるようになるんだ。木更もだよね」
「うん。自分で作った人形とか、夢が有るよね」

 楽しそうに人形の話をする理恵と木更を見て、真利も林檎もにこにこしている。
 初めて会った時はほんの子どもだったのに、気がつけば自分のやりたい事を選べるようになっている。ふたりのその成長が、とても嬉しく幸せだった。
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