シムヌテイ骨董店

藤和

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2009年

63:サブレを囓って

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 吹く風も柔らかくなり、暖かい日が続くようになってきた頃。その日は快晴で、窓から差し込む光を見ているだけでも心が晴れるようだった。
 今日のシムヌテイ骨董店は、賑やかだ。店主の真利だけで無く、隣のとわ骨董店の店主である林檎、それに、店の常連の木更と理恵もそれぞれ倚子やスツールに腰掛けて談笑していた。

「さて、そろそろ新しいお茶を淹れましょうか」

 空になったティーポットを持ち上げ、真利がバックヤードへと入っていく。奥の給湯施設で茶葉を捨て、軽く洗う。それから、ティーポットの表面をしっかりと拭いて店内へと戻った。

「なんかお勧めのお茶有る?」

 木更がカップを差し出しながら言うので、カップを全員分、ひとつずつ受け取ってレジカウンターに並べながら答える。

「そうですね、ライチとイランイランのお茶があるのですが、それにして見ますか?」

 真利の言葉に、木更と理恵はきょとんとしている。

「ライチはわかりますけど、イランイランってなんですか?」

 不思議そうな顔をする理恵に、真利は白い紅茶のパッケージを見せながら微笑む。

「香りの良いお花ですよ。
そうですね、このお茶はストレートに向いていると聞きました」

 この言葉に、木更は興味津々と言った様子で返す。

「そうなんだ。じゃあそれ飲んでみたい」
「かしこまりました。少々お待ちください」

 ティーポットの蓋を開け、スプーンで茶葉を量って入れる。その中に給湯ポットから熱湯を注ぐと、ライチの瑞々しい香りと気怠げな花の香りが広がった。

「ふわぁ……良い匂い」
「初めて嗅ぐ匂いです」

 ぽかんとした様子の木更と理恵に、林檎がにこにこしながら言う。

「イランイランだったら、私も香油は持ってるから、今度香水にしてあげようか? 少しだけなら分けられるわよ」

 それを聞いて、理恵が慌てて返す。

「いえ、香水は気になりますけど、あまりなんでもただで貰っちゃうのも悪いので……」

 真面目さがうかがえる反応に、林檎はくすりとする。

「そう? それじゃあ、もし欲しくなったらいくらか払って貰って分けるって言う方が良いかしら」
「そうですね。あまり高いと、お金を貯めるまで時間が掛かりそうですけど」

 理恵と林檎が話している間に、お茶は十分蒸らされた。真利がティーポットからそれぞれのカップにカーネリアン色のお茶を注いでいく。それから、棚の中から透明な袋を取りだして言う。

「そう言えば、カップの縁に引っかけられるサブレを買ったんですよ。よろしかったらどうぞ」

 そう言って、ジンジャーマンの形をしたサブレを取り出して引っかけていく。萩焼のカップにはきつね色の物を、グリフィンが描かれたカップにはピンクがかった物を、ワイルドストロベリーの柄のカップにはチョコレート色のジンジャーマンが添えられた。それをそれぞれに渡していく。女性三人に行き渡ってから、真利も自分のカップに、チョコレート色のジンジャーマンを引っかけた。

「かわいいサブレね。どこで買ったの?」

 林檎が萩焼のカップにかかったジンジャーマンをつつきながら訊ねると、真利からはこう返ってきた。

「恵比寿にある紅茶のお店ですよ。このライチとイランイランのお茶も、そこで買ったんです」
「恵比寿かぁ。そんなお店有るのね」
 恵比寿のどのあたりに有るのか、そんな話を林檎と真利のふたりでして居る間に、木更は早速、ジンジャーマンをカップから外して囓っている。
「ん~、いちご味おいしい」
「いちご味良いなぁ」

 にこにこしている木更を、理恵が少し羨ましそうに見ている。その様子を見て取った真利が、理恵に言う。

「あ、理恵さんもいちご味が良かったですか? いちご味が二枚入っている物を買ってくれば良かったですね」

 やらかしたと言った顔をする真利を見て、持っているカップを見て、理恵は何故だか照れたような顔をする。

「いえ、チョコレート味も好きなので、大丈夫です」
「そうですか? それなら良いのですけれど」

 そう真利がくすりと笑うと、理恵もジンジャーマンをカップから外して囓った。林檎も、ジンジャーマンを手に取って囓っている。真利も、カップの縁から外して囓った。軽い口当たりのサブレは噛むとほどけて、香ばしさとほろ苦いチョコレートの味が広がった。
 林檎と、木更と、理恵とが、閑談して居るのを見てふと思う。自分達はいつまで、こうやって過ごしていられるのだろう。この店は長く続けるつもりではあるけれど、林檎はどうかわからないし、林檎も長く店を続けられたとしても、木更と理恵が社会に出たら、この店に来る暇がなくなるのでは無いかと、そう思った。今までにここに来られなくなったお客さんは何人も居るけれども、木更と理恵が来られなくなったらと考えると、寂しさを感じた。
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