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2008年
59:お宮参りの後に
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街の街路樹も紅葉し始め、吹く風が冷たくなってきた頃。まだエアコンの暖房だけで何とかなっているけれども、そろそろだるまストーブの準備をしようと、真利は考えていた。
いつもの椅子に座り、温かいお茶を飲む。今日のお茶は、燻製のウバだ。燻した香りと渋み、そのふたつを同時に感じると、心なしか意識がはっきりするような気がした。
ひとりでゆったりとお茶を楽しむ時間。そう言う物も悪くはないけれど、お客さんが来ないとそれはそれで困る。思わず困ったように笑ってしまっていたら、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
真利がそう声を掛けると、入ってきたのは頭をつるりとそり上げてダウンコートを着た男性と、紫色の巻き髪を緩い三つ編みにしたボルドーのコートの女性、それから、ふわふわの緑の髪をふたつに結って膝丈まであるケープを着た小さな女の子だった。
「真利さん、久しぶり」
「悟さんもお久しぶりです。シオンさんと美春さんも、お久しぶりです。お元気でしたか?」
悟の挨拶に真利が返しつつシオンたちにも話しかけると、美春はぽかんとした顔で真利を見つめていた。
「お久しぶりです。
美春、このお兄さんのこと覚えてる?」
シオンのその言葉に、美春は真利とシオンの間で何度も視線を動かす。前回会ったのは去年のことなので、まだ小さい美春は覚えていないだろう。真利がそう思っていると、美春がシオンの脚にしがみついて言う。
「このおじさんしらない」
それを聞いて、悟が笑う。
「そうだな、前に会った時、まだ小さかったから覚えて無いよな」
すると、美春は頬を膨らませて拳を振り回す。
「ちいさくないもん!」
どうやら小さいと言われたのが気に障ったようで、随分とむくれてしまった。その様がいかにも子どもらしく微笑ましいので、真利は思わずくすくすと笑ってしまう。
「そうですね、もうこんなに大きくなったのですしね」
真利が屈んで美春に目線を合わせてそう言うと、美春は真利に向かって訊ねる。
「おおきい?」
「はい。大きくなりました」
「ぱぱ! わたしおおきいっておじさんもいってる!」
それを聞いて、悟とシオンも微笑んで美春の頭を撫でる。
「そうだな、大きくなったもんな」
「なった!」
「まだ大きくなるんだものね」
「なる! ぱぱとままよりおおきくなるんだもん」
自慢げな美春に、シオンがくすくす笑いながら、優しく話しかける。
「今日は、美春のお写真入れる額を買いに来たんだから、一緒に選ぼうね」
「おしゃしんきれいするの?」
「そう。お写真を入れてきれいにするの」
シオンと美春が棚の下に置かれた箱の側にしゃがみ、中に入った額縁を見始める。美春が乱暴に扱わないように、シオンは時々注意をしたり手を出したりはしているけれども、大体は美春のしたいようにさせていた。
「どの様な写真を入れるご予定で?」
真利が悟に訊ねると、悟は嬉しそうに答えた。
「この前美春が七五三で、お宮参りに行ってきたんですよ。それで、その時に記念撮影もしたから、その写真を入れたいって、シオンが」
「なるほど。記念の写真ですから、大切にしたいですよね」
そう返して、真利ははたと思い当たる。
「あの、悟さんはお寺のご住職と伺っていますが、お宮参りは許されているんですか」
心配そうに訊ねる真利に、悟はにっと笑う。
「許さないって宗派もあるだろうけど、あんまりこだわって娘の記念日を減らしたくは無いんでね。うちはクリスマスも実施してるし」
「あ、案外融通が利くんですね」
意外な答えに驚いていると、美春がてくてくと寄ってきて額縁を差し出してきた。
「おじさん、これください」
「かしこまりました。少々お待ちください、お嬢様」
美春から受け取った額は、アラベスクが彫られ白く塗装された縁に、ピンク色で影が入れられている、可愛らしい物だった。シオンをレジに通し、会計をする。ラッピングは自宅用とのことだったので簡素にクラフト紙の袋に入れただけなのだが、折角の記念の品なので、袋にブリリアントカットを模したシールを貼った。それを赤い紙袋に入れ、シオンに渡す。
「ありがとうございます。
もしお時間よろしければ、お茶を一杯如何ですか?」
そうシオンと悟に問いかけると、少し一服して行くという。真利はレジカウンターの裏から木製の折りたたみ巣を出して広げ、美春に声を掛ける。
「美春さん、こちらへどうぞ。お姫様用の倚子でございます」
すると美春は、いつも真利が座っている赤い別珍が張られた倚子を指さして言う。
「こっちのほうがおひめさまっぽいよ」
それを聞いて、シオンが苦笑いをする。
「美春、それは真利さんの倚子だから。こっちに座ろう?」
「やだ、こっちがいい」
シオンの言葉も聞かず、美春は赤い倚子に近づく。真利はくすくすと笑いながら、美春に言う。
「承知いたしました。それでは、こちらの赤い倚子をお使いください、お姫様」
すると、美春は満足したように倚子によじ登り、自慢げな顔をした。
「すいません真利さん、美春がわがままを言っちゃって」
申し訳なさそうなシオンに、真利は微笑んで返す。
「良いのですよ。折角ここまで大きく育ったのですから、偶にはお姫様になっていただきましょう。
シオンさんは、こちらの倚子をどうぞ」
「ありがとうございます」
シオンが折りたたみ椅子に座ったのを確認し、バックヤードからスツールをふたつ出してきて片方を悟に勧める。悟も座ったところで、真利はレジカウンターの上に置いてあったポットをバックヤードに持っていき、中の茶葉を捨て、軽く洗って拭く。それと、冷凍庫から出したココットと小さなトングを店内に持って来て、三種類のベリーのお茶を淹れた。
悟にはグリフィンが描かれたカップを、シオンにはパッションフルーツが描かれたカップを渡す。美春にはワイルドストロベリーの模様のカップを渡すつもりなのだが、その前に訊ねる。
「美春さん、甘いお茶は如何ですか?」
「あまいおちゃ?」
「はい。ホイップクリームをたっぷり入れたお茶です」
そう言って真利が小さなココットの中身を美春に見せる。中には凍らせたホイップクリームが入っていた。
「いる!」
嬉しそうにそう答えるので、真利は美春の目の前で、ホイップクリームを五個ほど、紅茶の中に入れた。カップの中で、クリームがくるくると回る。
「お待たせいたしました。お姫様用の、特別な紅茶です。
熱いのでお気をつけ下さい」
ホイップクリームで少し冷めた紅茶を、美春がまじまじと見つめる。それから、一生懸命息を吹きかけて冷まし、口を付けた。
「おいしい!」
「そうですか、喜んで戴けて光栄です」
にこにこ笑う美春を見て、悟もシオンも嬉しそうだ。ほんの僅かな間だけ家族三人で居て貰い、真利はココットの中身が溶けないように、冷凍庫の中に戻しにいった。
いつもの椅子に座り、温かいお茶を飲む。今日のお茶は、燻製のウバだ。燻した香りと渋み、そのふたつを同時に感じると、心なしか意識がはっきりするような気がした。
ひとりでゆったりとお茶を楽しむ時間。そう言う物も悪くはないけれど、お客さんが来ないとそれはそれで困る。思わず困ったように笑ってしまっていたら、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
真利がそう声を掛けると、入ってきたのは頭をつるりとそり上げてダウンコートを着た男性と、紫色の巻き髪を緩い三つ編みにしたボルドーのコートの女性、それから、ふわふわの緑の髪をふたつに結って膝丈まであるケープを着た小さな女の子だった。
「真利さん、久しぶり」
「悟さんもお久しぶりです。シオンさんと美春さんも、お久しぶりです。お元気でしたか?」
悟の挨拶に真利が返しつつシオンたちにも話しかけると、美春はぽかんとした顔で真利を見つめていた。
「お久しぶりです。
美春、このお兄さんのこと覚えてる?」
シオンのその言葉に、美春は真利とシオンの間で何度も視線を動かす。前回会ったのは去年のことなので、まだ小さい美春は覚えていないだろう。真利がそう思っていると、美春がシオンの脚にしがみついて言う。
「このおじさんしらない」
それを聞いて、悟が笑う。
「そうだな、前に会った時、まだ小さかったから覚えて無いよな」
すると、美春は頬を膨らませて拳を振り回す。
「ちいさくないもん!」
どうやら小さいと言われたのが気に障ったようで、随分とむくれてしまった。その様がいかにも子どもらしく微笑ましいので、真利は思わずくすくすと笑ってしまう。
「そうですね、もうこんなに大きくなったのですしね」
真利が屈んで美春に目線を合わせてそう言うと、美春は真利に向かって訊ねる。
「おおきい?」
「はい。大きくなりました」
「ぱぱ! わたしおおきいっておじさんもいってる!」
それを聞いて、悟とシオンも微笑んで美春の頭を撫でる。
「そうだな、大きくなったもんな」
「なった!」
「まだ大きくなるんだものね」
「なる! ぱぱとままよりおおきくなるんだもん」
自慢げな美春に、シオンがくすくす笑いながら、優しく話しかける。
「今日は、美春のお写真入れる額を買いに来たんだから、一緒に選ぼうね」
「おしゃしんきれいするの?」
「そう。お写真を入れてきれいにするの」
シオンと美春が棚の下に置かれた箱の側にしゃがみ、中に入った額縁を見始める。美春が乱暴に扱わないように、シオンは時々注意をしたり手を出したりはしているけれども、大体は美春のしたいようにさせていた。
「どの様な写真を入れるご予定で?」
真利が悟に訊ねると、悟は嬉しそうに答えた。
「この前美春が七五三で、お宮参りに行ってきたんですよ。それで、その時に記念撮影もしたから、その写真を入れたいって、シオンが」
「なるほど。記念の写真ですから、大切にしたいですよね」
そう返して、真利ははたと思い当たる。
「あの、悟さんはお寺のご住職と伺っていますが、お宮参りは許されているんですか」
心配そうに訊ねる真利に、悟はにっと笑う。
「許さないって宗派もあるだろうけど、あんまりこだわって娘の記念日を減らしたくは無いんでね。うちはクリスマスも実施してるし」
「あ、案外融通が利くんですね」
意外な答えに驚いていると、美春がてくてくと寄ってきて額縁を差し出してきた。
「おじさん、これください」
「かしこまりました。少々お待ちください、お嬢様」
美春から受け取った額は、アラベスクが彫られ白く塗装された縁に、ピンク色で影が入れられている、可愛らしい物だった。シオンをレジに通し、会計をする。ラッピングは自宅用とのことだったので簡素にクラフト紙の袋に入れただけなのだが、折角の記念の品なので、袋にブリリアントカットを模したシールを貼った。それを赤い紙袋に入れ、シオンに渡す。
「ありがとうございます。
もしお時間よろしければ、お茶を一杯如何ですか?」
そうシオンと悟に問いかけると、少し一服して行くという。真利はレジカウンターの裏から木製の折りたたみ巣を出して広げ、美春に声を掛ける。
「美春さん、こちらへどうぞ。お姫様用の倚子でございます」
すると美春は、いつも真利が座っている赤い別珍が張られた倚子を指さして言う。
「こっちのほうがおひめさまっぽいよ」
それを聞いて、シオンが苦笑いをする。
「美春、それは真利さんの倚子だから。こっちに座ろう?」
「やだ、こっちがいい」
シオンの言葉も聞かず、美春は赤い倚子に近づく。真利はくすくすと笑いながら、美春に言う。
「承知いたしました。それでは、こちらの赤い倚子をお使いください、お姫様」
すると、美春は満足したように倚子によじ登り、自慢げな顔をした。
「すいません真利さん、美春がわがままを言っちゃって」
申し訳なさそうなシオンに、真利は微笑んで返す。
「良いのですよ。折角ここまで大きく育ったのですから、偶にはお姫様になっていただきましょう。
シオンさんは、こちらの倚子をどうぞ」
「ありがとうございます」
シオンが折りたたみ椅子に座ったのを確認し、バックヤードからスツールをふたつ出してきて片方を悟に勧める。悟も座ったところで、真利はレジカウンターの上に置いてあったポットをバックヤードに持っていき、中の茶葉を捨て、軽く洗って拭く。それと、冷凍庫から出したココットと小さなトングを店内に持って来て、三種類のベリーのお茶を淹れた。
悟にはグリフィンが描かれたカップを、シオンにはパッションフルーツが描かれたカップを渡す。美春にはワイルドストロベリーの模様のカップを渡すつもりなのだが、その前に訊ねる。
「美春さん、甘いお茶は如何ですか?」
「あまいおちゃ?」
「はい。ホイップクリームをたっぷり入れたお茶です」
そう言って真利が小さなココットの中身を美春に見せる。中には凍らせたホイップクリームが入っていた。
「いる!」
嬉しそうにそう答えるので、真利は美春の目の前で、ホイップクリームを五個ほど、紅茶の中に入れた。カップの中で、クリームがくるくると回る。
「お待たせいたしました。お姫様用の、特別な紅茶です。
熱いのでお気をつけ下さい」
ホイップクリームで少し冷めた紅茶を、美春がまじまじと見つめる。それから、一生懸命息を吹きかけて冷まし、口を付けた。
「おいしい!」
「そうですか、喜んで戴けて光栄です」
にこにこ笑う美春を見て、悟もシオンも嬉しそうだ。ほんの僅かな間だけ家族三人で居て貰い、真利はココットの中身が溶けないように、冷凍庫の中に戻しにいった。
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