シムヌテイ骨董店

藤和

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2008年

57:流星に乗って

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 夏は過ぎたけれども残暑が厳しいこの頃。この日はどんよりと曇っていて、湿気が纏わり付き、快適とは言いがたかった。
 レジカウンターの上に置いている、氷を入れた器がじっとりと汗をかく。真利が熱い息を吐いて、氷に刺さったカネット瓶に手を伸ばした。先月ほどでは無いとは言え、こう暑い日は冷房を効かせていても、体がだるくなる。カネット瓶のワイヤーを上げ、蓋を開ける。中に入っている真っ青なお茶をクリスタルガラスのタンブラーに注ぎ、口を付けた。口に触れた部分のお茶が、ほんのりとピンク色に変わる。カネット瓶の蓋を閉め、また氷の中に差し込む。氷が触れ合う音だけが響いた。
 青いお茶の入ったタンブラーを傾け、ぼんやりと店の入り口を眺める。冷たいお茶は、体の中に溜まった熱を緩めてくれるように感じた。
 タンブラーが空になった頃、店の扉が開いた。

「いらっしゃいませ」

 空のタンブラーをレジカウンターの上に置き、声を掛ける。入り口から入ってきたのは、栗色の髪をボブカットにまとめ、水色のカットソーとクリーム色のプリーツスカートを着た女の子だった。見た感じ、木更や理恵と同じくらいの年頃だろう。
 彼女が、きょろきょろと店内を見回しながら、商品が並べられた棚に近づく。まずはヴィンテージビーズが入れられたトレイを見て、コスチュームジュエリーを見て、反対側の棚に移る。革張りの古書を手に取って軽く中身を見て、小さく微笑む。古書を元の場所に戻した後は、手前に置かれた錫のトレイからメダイを手に取って眺め、その横に置かれた星座早見盤に目を留めた。

「わぁ、きれいだなぁ」

 そう呟いて、彼女は星座早見盤を回す。厚紙で出来た窓の中を星座が巡った。

「すいません、これはおいくらですか?」

 彼女がそう訊ねるので、真利は電卓を手に取り金額を打ち込む。それを彼女に差し出して声を掛けた。

「こちらがお値段になります。どうでしょう?」

 電卓を見て、彼女は驚いた顔になる。きっと、想像していたよりも高額だったのだろう。

「あの、今日は買えないですね。すいません」

 些かしょんぼりしてしまった彼女に、真利が言う。

「それは残念です。
ですが、折角ここまでいらしたのですし、お茶でも一杯如何ですか?」

 その言葉に、彼女は照れたように笑って答える。

「それじゃあ、一杯いただいていきます」
「かしこまりました。では、こちらにお掛けください」

 レジカウンターの裏から木製の折りたたみ椅子を取りだし、彼女に勧める。それから、レジカウンターの裏にある棚から白いグラスを出し、氷の中に刺しておいたカネット瓶から青いお茶を注いで彼女に差し出した。

「お待たせいたしました。こちらをどうぞ」

 グラスを受け取った彼女が、珍しそうに言う。

「マロウブルーですか。珍しいですね」
「そうですね。偶に茶葉を買いに行くのですが、こういうお店では余り置いてませんからね」

 真利も自分のタンブラーにお茶を注ぎ、椅子に座る。ふたりで、お茶に口を付ける。
 ふと、真利が彼女に訊ねる。

「先程星座早見盤をご覧になっていましたが、星座がお好きなのですか?」

 すると、彼女はにこりと笑って答える。

「そうなんです。星座というか、星が好きで、大学で天文学をやりたいので、そう言う学科に入れるように、勉強を頑張ってるんです」
「天文学ですか。なかなかに大変だと思いますが、頑張ってくださいね」

 彼女は何処に住んでいるのだろう。余程の遠方からたまたま来たというわけでもないのなら、この近辺で天文学を専門に学べる大学は、余りにもレベルが高い。勉強を頑張っているという彼女が今日ここに来たのは、きっと息抜きだろう。気を張り詰めてばかりでは、頭に入るはずの物も入らなくなる。

「そう言えば、このお店は店内で撮影とかも出来るんですか?」

 突然の彼女の問いに、真利は少し驚いて答える。

「はい。撮影を行う場合は、このお店を貸しきりという形にして、レンタル料をお支払いいただいています。その場合、一営業日丸ごと借りて戴くのですけれど」
「そうなんですね」

 何故彼女がその様なことを訊ねたのだろう。それが気になったので、彼女に問いかける。

「もしかして、撮影のご予定がございますか?」

 すると彼女は、嬉しそうに答える。

「実は、好きな人形作家さんのホームページを見たら、このお店で撮影したって言うお人形の写真が有って。それで、気になって今日来て見たんです」
「そうなのですか、ありがとうございます」

 彼女が言っている人形作家というのは、おそらく彼方のことだろう。彼方以外にもこの店で撮影をしているお客さんは居るけれども、人形の撮影をしているのは、彼方だけなのだ。

「それで来たんですけど、あの星座早見盤、欲しいなぁ……」

 独り言めいた彼女の言葉に、真利はくすりとする。余程星が好きなのだろう。

「星座早見盤は、比較的多めに仕入れているので、いつかお迎えなさっては如何ですか?
今は無理でも、あなたが自分でお金を貯められるようになるまで、このお店も頑張りますから」
「そうですね。お金を貯めて、買いに来ます」

 それから少しふたりで話をして、彼女がまた星座早見盤を見て。外が暗くなる前に、彼女は店から出て行った。

「またのお越しをお待ちしております」

 彼女が去った後そう呟き、真利はもう一杯、青いお茶を飲んだ。
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