52 / 75
2008年
52:生クリームを浮かべて
しおりを挟む
すっかり暖かくなり、桜の花も散った頃。その日は曇天で、少し薄暗かった。窓から差し込む光も少なく、穏やかな空気の中、真利はいつもの椅子に座ってお茶を飲んでいた。今日のお茶は、バニラと柑橘系の香りが漂う、甘い物だ。
三杯目をティーカップに注ぐと、ティーポットの中が空になった。口を付けると、甘い香りとは裏腹に、渋みが口の中に広がった。
「うーん、この香りだと、甘い方が良いんだけれど」
そう呟いて、真利はバックヤードへと入る。バックヤードにある冷蔵庫の、冷凍の棚から小さなココットを取りだし、給湯施設に立てかけてある食器立てから小さなトングを取り、店内へと持っていく。レジカウンターに置かれた紅茶の中に、ココットの中身を一つつまんで入れる。それは絞り出して凍らせたホイップクリームで、温かい紅茶の中で、ゆるゆると溶けていった。ココットの中のクリームが溶けてしまうと困るので、またバックヤードへと入り冷凍庫にしまう。店内にまた戻ってきて紅茶のカップを見ると、中でクリームがくるくると周りながら溶けている。それを見て真利はくすりと笑った。
倚子に腰掛け、クリームの混じったお茶を飲む。渋さの中に、優しい甘みが混じっていた。
ゆったりとお茶を楽しんでいると、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
そう声を掛けて入ってきたお客さんを見ると、襟ぐりが大きく空いた春物のニットとジーンズを着て、根元から毛先にかけて青から桃色にグラデーションになっている髪を、ゆるいフィッシュボーンにしている女性だった。
「真利さんおひさー」
「彼方さんもお久しぶりです。
先日、アート系のイベントに出展されたと伺いましたが、如何でしたか?」
真利の問いに、彼方は困ったように笑って答える。
「写真とか小物とか、そう言うのは売れたけど、お人形を買おうってとこまで行く人は居なかったなー。
やっぱ、初参加だし仕方ないか」
「そうなんですね。
確かに、お人形は高価な物ですし、事前情報がないとお金の準備も難しいでしょうし」
きょろきょろと周りを見渡し、少し落ち着かない様子の彼方を見て、真利が言う。
「よろしければお茶を一杯如何ですか?
甘い香りのお茶があるので、それを淹れますよ」
すると、彼方はにっと笑って答える。
「お願いできる? 今日は話がしたくて来たんだよね」
「おや、そうなのですね。
では、こちらにお掛けになってお待ちください」
レジカウンターの裏から木製の折りたたみ椅子を取りだして広げ、彼方に勧める。彼方が座ったのを確認して、真利はティーポットをバックヤードへと持っていく。給湯施設で出がらしの茶葉を捨て、軽く洗う。しっかりとティーポットを拭いて店内へと持っていく。レジカウンターの裏にある棚から茶葉と、パッションフラワーの柄のカップを取り出す。茶葉をティースプーンでティーポットに入れ、お湯を注ぐ。甘いバニラと柑橘の香りが立った。
「あー、今日のお茶は随分と甘い匂いなんだね」
彼方がティーポットを見ながらそう言うと、真利がにこりと笑って返す。
「そうなんです。なので、甘くして飲むと美味しいですよ」
「甘くするのかぁ。やっぱ砂糖とミルクが合う感じ?」
待ち遠しいと行った様子の彼方に、真利はバックヤードを指して言う。
「裏に置いてある冷凍庫に、ホイップクリームを凍らせた物を作って置いてあるんですよ。それを入れると美味しいですよ」
「え? それ入れても良いの?」
「もちろん、よろしいですよ」
真利の言葉に、彼方はガッツポーズを取る。
「やったぜ。めたくそ甘くして飲もう」
「ふふっ、余り入れすぎると、冷めてしまいますけれどね」
蒸らした紅茶をカップに注ぎ、真利はバックヤードからホイップクリームの入ったココットと、小さなトングを持ってくる。パッションフラワー柄のティーカップを彼方に渡してからココットを手に持って訊ねる。
「クリームは、何個お入れしますか?」
彼方はココットの中身をぢっと見て、答える。
「そうだなぁ、四個くらい入れたいな」
「かしこまりました」
真利は小さなトングで、凍ったホイップクリームを一個ずつ、彼方が持っているカップに入れていく。カップの中ではくるくるとクリームが回り、バニラと柑橘の香りに混じって、甘いミルクの香りが立った。
「どうぞ、ごゆっくりお召し上がりください」
「はーい。いただきます」
彼方が飲み始めるのを確認してから、彼方はココットを冷凍庫にしまいに行く。
さて、今日はどんな話を聞かせてくれるのかな? そんな事を思いながら店内へと戻り、自分のカップを手に持って椅子に座る。
今日も、穏やかな時間が流れていた。
三杯目をティーカップに注ぐと、ティーポットの中が空になった。口を付けると、甘い香りとは裏腹に、渋みが口の中に広がった。
「うーん、この香りだと、甘い方が良いんだけれど」
そう呟いて、真利はバックヤードへと入る。バックヤードにある冷蔵庫の、冷凍の棚から小さなココットを取りだし、給湯施設に立てかけてある食器立てから小さなトングを取り、店内へと持っていく。レジカウンターに置かれた紅茶の中に、ココットの中身を一つつまんで入れる。それは絞り出して凍らせたホイップクリームで、温かい紅茶の中で、ゆるゆると溶けていった。ココットの中のクリームが溶けてしまうと困るので、またバックヤードへと入り冷凍庫にしまう。店内にまた戻ってきて紅茶のカップを見ると、中でクリームがくるくると周りながら溶けている。それを見て真利はくすりと笑った。
倚子に腰掛け、クリームの混じったお茶を飲む。渋さの中に、優しい甘みが混じっていた。
ゆったりとお茶を楽しんでいると、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
そう声を掛けて入ってきたお客さんを見ると、襟ぐりが大きく空いた春物のニットとジーンズを着て、根元から毛先にかけて青から桃色にグラデーションになっている髪を、ゆるいフィッシュボーンにしている女性だった。
「真利さんおひさー」
「彼方さんもお久しぶりです。
先日、アート系のイベントに出展されたと伺いましたが、如何でしたか?」
真利の問いに、彼方は困ったように笑って答える。
「写真とか小物とか、そう言うのは売れたけど、お人形を買おうってとこまで行く人は居なかったなー。
やっぱ、初参加だし仕方ないか」
「そうなんですね。
確かに、お人形は高価な物ですし、事前情報がないとお金の準備も難しいでしょうし」
きょろきょろと周りを見渡し、少し落ち着かない様子の彼方を見て、真利が言う。
「よろしければお茶を一杯如何ですか?
甘い香りのお茶があるので、それを淹れますよ」
すると、彼方はにっと笑って答える。
「お願いできる? 今日は話がしたくて来たんだよね」
「おや、そうなのですね。
では、こちらにお掛けになってお待ちください」
レジカウンターの裏から木製の折りたたみ椅子を取りだして広げ、彼方に勧める。彼方が座ったのを確認して、真利はティーポットをバックヤードへと持っていく。給湯施設で出がらしの茶葉を捨て、軽く洗う。しっかりとティーポットを拭いて店内へと持っていく。レジカウンターの裏にある棚から茶葉と、パッションフラワーの柄のカップを取り出す。茶葉をティースプーンでティーポットに入れ、お湯を注ぐ。甘いバニラと柑橘の香りが立った。
「あー、今日のお茶は随分と甘い匂いなんだね」
彼方がティーポットを見ながらそう言うと、真利がにこりと笑って返す。
「そうなんです。なので、甘くして飲むと美味しいですよ」
「甘くするのかぁ。やっぱ砂糖とミルクが合う感じ?」
待ち遠しいと行った様子の彼方に、真利はバックヤードを指して言う。
「裏に置いてある冷凍庫に、ホイップクリームを凍らせた物を作って置いてあるんですよ。それを入れると美味しいですよ」
「え? それ入れても良いの?」
「もちろん、よろしいですよ」
真利の言葉に、彼方はガッツポーズを取る。
「やったぜ。めたくそ甘くして飲もう」
「ふふっ、余り入れすぎると、冷めてしまいますけれどね」
蒸らした紅茶をカップに注ぎ、真利はバックヤードからホイップクリームの入ったココットと、小さなトングを持ってくる。パッションフラワー柄のティーカップを彼方に渡してからココットを手に持って訊ねる。
「クリームは、何個お入れしますか?」
彼方はココットの中身をぢっと見て、答える。
「そうだなぁ、四個くらい入れたいな」
「かしこまりました」
真利は小さなトングで、凍ったホイップクリームを一個ずつ、彼方が持っているカップに入れていく。カップの中ではくるくるとクリームが回り、バニラと柑橘の香りに混じって、甘いミルクの香りが立った。
「どうぞ、ごゆっくりお召し上がりください」
「はーい。いただきます」
彼方が飲み始めるのを確認してから、彼方はココットを冷凍庫にしまいに行く。
さて、今日はどんな話を聞かせてくれるのかな? そんな事を思いながら店内へと戻り、自分のカップを手に持って椅子に座る。
今日も、穏やかな時間が流れていた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
ネットで小説ですか?
のーまじん
ライト文芸
3章
ネット小説でお金儲けは無理だし、雄二郎は仕事始めたし書いてなかったが、
結局、名古屋の旅行は行けてない。
そんな 中、雄二郎が還暦を過ぎていたことが判明する。
記念も込めて小説に再び挑戦しようと考える。
今度は、人気の異世界もので。
しかし、書くとなると、そう簡単でもなく
【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます
猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」
「いや、するわけないだろ!」
相川優也(25)
主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。
碧スバル(21)
指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。
「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」
「スバル、お前なにいってんの……?」
冗談? 本気? 二人の結末は?
美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。
同期の御曹司様は浮気がお嫌い
秋葉なな
恋愛
付き合っている恋人が他の女と結婚して、相手がまさかの妊娠!?
不倫扱いされて会社に居場所がなくなり、ボロボロになった私を助けてくれたのは同期入社の御曹司様。
「君が辛そうなのは見ていられない。俺が守るから、そばで笑ってほしい」
強引に同居が始まって甘やかされています。
人生ボロボロOL × 財閥御曹司
甘い生活に突然元カレ不倫男が現れて心が乱される生活に逆戻り。
「俺と浮気して。二番目の男でもいいから君が欲しい」
表紙イラスト
ノーコピーライトガール様 @nocopyrightgirl
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる