シムヌテイ骨董店

藤和

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2008年

52:生クリームを浮かべて

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 すっかり暖かくなり、桜の花も散った頃。その日は曇天で、少し薄暗かった。窓から差し込む光も少なく、穏やかな空気の中、真利はいつもの椅子に座ってお茶を飲んでいた。今日のお茶は、バニラと柑橘系の香りが漂う、甘い物だ。
 三杯目をティーカップに注ぐと、ティーポットの中が空になった。口を付けると、甘い香りとは裏腹に、渋みが口の中に広がった。

「うーん、この香りだと、甘い方が良いんだけれど」

 そう呟いて、真利はバックヤードへと入る。バックヤードにある冷蔵庫の、冷凍の棚から小さなココットを取りだし、給湯施設に立てかけてある食器立てから小さなトングを取り、店内へと持っていく。レジカウンターに置かれた紅茶の中に、ココットの中身を一つつまんで入れる。それは絞り出して凍らせたホイップクリームで、温かい紅茶の中で、ゆるゆると溶けていった。ココットの中のクリームが溶けてしまうと困るので、またバックヤードへと入り冷凍庫にしまう。店内にまた戻ってきて紅茶のカップを見ると、中でクリームがくるくると周りながら溶けている。それを見て真利はくすりと笑った。
 倚子に腰掛け、クリームの混じったお茶を飲む。渋さの中に、優しい甘みが混じっていた。
 ゆったりとお茶を楽しんでいると、店の扉が開いた。

「いらっしゃいませ」

 そう声を掛けて入ってきたお客さんを見ると、襟ぐりが大きく空いた春物のニットとジーンズを着て、根元から毛先にかけて青から桃色にグラデーションになっている髪を、ゆるいフィッシュボーンにしている女性だった。

「真利さんおひさー」
「彼方さんもお久しぶりです。
先日、アート系のイベントに出展されたと伺いましたが、如何でしたか?」

 真利の問いに、彼方は困ったように笑って答える。

「写真とか小物とか、そう言うのは売れたけど、お人形を買おうってとこまで行く人は居なかったなー。
やっぱ、初参加だし仕方ないか」
「そうなんですね。
確かに、お人形は高価な物ですし、事前情報がないとお金の準備も難しいでしょうし」

 きょろきょろと周りを見渡し、少し落ち着かない様子の彼方を見て、真利が言う。

「よろしければお茶を一杯如何ですか?
甘い香りのお茶があるので、それを淹れますよ」

 すると、彼方はにっと笑って答える。

「お願いできる? 今日は話がしたくて来たんだよね」
「おや、そうなのですね。
では、こちらにお掛けになってお待ちください」

 レジカウンターの裏から木製の折りたたみ椅子を取りだして広げ、彼方に勧める。彼方が座ったのを確認して、真利はティーポットをバックヤードへと持っていく。給湯施設で出がらしの茶葉を捨て、軽く洗う。しっかりとティーポットを拭いて店内へと持っていく。レジカウンターの裏にある棚から茶葉と、パッションフラワーの柄のカップを取り出す。茶葉をティースプーンでティーポットに入れ、お湯を注ぐ。甘いバニラと柑橘の香りが立った。

「あー、今日のお茶は随分と甘い匂いなんだね」

 彼方がティーポットを見ながらそう言うと、真利がにこりと笑って返す。

「そうなんです。なので、甘くして飲むと美味しいですよ」
「甘くするのかぁ。やっぱ砂糖とミルクが合う感じ?」

 待ち遠しいと行った様子の彼方に、真利はバックヤードを指して言う。

「裏に置いてある冷凍庫に、ホイップクリームを凍らせた物を作って置いてあるんですよ。それを入れると美味しいですよ」
「え? それ入れても良いの?」
「もちろん、よろしいですよ」

 真利の言葉に、彼方はガッツポーズを取る。

「やったぜ。めたくそ甘くして飲もう」
「ふふっ、余り入れすぎると、冷めてしまいますけれどね」

 蒸らした紅茶をカップに注ぎ、真利はバックヤードからホイップクリームの入ったココットと、小さなトングを持ってくる。パッションフラワー柄のティーカップを彼方に渡してからココットを手に持って訊ねる。

「クリームは、何個お入れしますか?」

 彼方はココットの中身をぢっと見て、答える。

「そうだなぁ、四個くらい入れたいな」
「かしこまりました」

 真利は小さなトングで、凍ったホイップクリームを一個ずつ、彼方が持っているカップに入れていく。カップの中ではくるくるとクリームが回り、バニラと柑橘の香りに混じって、甘いミルクの香りが立った。

「どうぞ、ごゆっくりお召し上がりください」
「はーい。いただきます」

 彼方が飲み始めるのを確認してから、彼方はココットを冷凍庫にしまいに行く。
 さて、今日はどんな話を聞かせてくれるのかな? そんな事を思いながら店内へと戻り、自分のカップを手に持って椅子に座る。
 今日も、穏やかな時間が流れていた。
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