シムヌテイ骨董店

藤和

文字の大きさ
上 下
15 / 75
2005年

15:バターと小麦粉と

しおりを挟む
 その日はシムヌテイ骨董店の定休日で、真利は朝からキッチンで作業をして居た。

「うーん、粉を振るうのも大変なんですねぇ」

 台の上に乗せたボウルに、小麦粉を降り積もらせる。小麦粉は、真利が右手に持っている把手付きの金属の器から出て来ている。把手に付いたレバーをカシャカシャと握ると、網が張ってある器の底から、サラサラになった小麦粉が落ちてくるのだ。
 大変と言いながらも、特に疲れた様子も見せずに真利は粉を振るう。そうしている内に、器の中の小麦粉は空になった。
 その小麦粉に、常温にして練ったバターを入れ、卵を入れ、砂糖を入れて良く練り合わせる。初めはぽろぽろして居たけれども、次第に手で練ることが出来るようになった。手に薄手の手袋を着け、生地を纏めるように練る。それから、ぴったりとラップをして、ボウルごと冷蔵庫に入れた。

「さて、何をして待ちましょうかね」

 生地を寝かせている間は、特にやる事がない。取り敢えず、もう用が済んだ調理器具を洗っておく事にした。

 生地を冷蔵庫で寝かせている数時間の間、真利はゆっくりと本を読んでいた。今読んでいるのは、神保町の古書店で買ってきた学術書だ。日本国の美術と宗教、その関わりを論じた論文で、その切り口は実に多彩だった。

「……こういう本を読むと、学生時代にきちんと日本史をやっておけば良かったと思うねぇ」

 壁に掛けた木製の時計に目をやり、しおりを挟んで本を閉じる。生地を寝かせる時間は、もう十分に取った。
 ベッドが置かれたワンルームに、折りたたみ式のテーブルを広げ、天板の上に大きなシートを敷き、蔵庫からボウルを取りだしてシートの上に小麦粉をふるう。その上にラップを剥がした生地を乗せ、麺棒で平たく伸ばした。
 そして取り出したのは、普段食事の時に使っている鉄製のナイフ。それを使って、生地の四隅を切り、四角く整える。整えた生地を、大体同じ大きさの長方形に切っていった。

「さて、オーブンの予熱は出来ているはずだし」

 オーブンの下から取り出したプレートを軽く濡れティッシュで拭き、クッキングシートを敷く。それから、少しずつ間を開けて、長方形の生地を並べていく。

「薄く伸したから、十五分で良いかな?」

 熱を持ったオーブンの中に、プレートを入れて、タイマーをセットする。これからまた焼き上がるまで暫く暇だ。オーブンが正常に動いているのを確認した真利は、ベッドに腰掛けて再び本を開いた。
 それを繰り返すこと四回。生地の切れ端も含めて、全部焼き上がった。ロットごとに焼き上がりは若干違うけれども、焼けた切れ端を試しに食べると、軽い歯触りで口の中でほろりと崩れた。

「うん、これだけ出来れば上等かな?」

 くすりと笑って、真利は冷蔵庫に向かう。中から取りだしたのは、ピンク、水色、白、茶色の、四色のチョコレートペンだ。
 四本セットで袋に入ったチョコレートペンの使い方を見ると、温めてから使うようにと書いてある。

「おや、温めないと使えないのか。
まぁ、チョコレートだしそれもそうだね」

 納得した様に呟いた後、温め方を確認して、袋を開けた。

 それから数日後、シムヌテイ骨董店を開けた真利は、早速隣のとわ骨董店へと入る。

「林檎さん、お邪魔します」
「あらいらっしゃい。
今日はどんな話が有るのかしら」

 香炉に火をくべながら林檎が笑う。雲母の板の上で燻る香は、どうやら白檀のようだ。
 真利が手に持っていたワックスペーパーの袋を林檎に差し出して言う。

「先日戴いたオランジェットのお礼です。
受け取っていただけますか?」

 それを聞いた林檎は、素直にワックスペーパーの袋を受け取る。

「あらありがと。
木更さんと理恵さんの分のお礼はあるの?」
「もちろんです。
別に包んで分けてありますよ」
「そっか。それじゃあ遠慮無くいただいちゃって良いわね。
あ、真利さんも食べていく? 良かったらお茶淹れるけど」
「良いんですか? それじゃあお言葉に甘えて」

 林檎がレジカウンターに袋を置き、いつも使っている丸いスツール以外に、裏から折りたたみ式の木の倚子を出す。真利はそれに腰掛けた。それから、林檎はレジカウンターの裏の棚から瀬戸物のカップをふたつ出し、ポットから急須にお湯を注いで、少し蒸らしてカップにお茶を注いだ。

「少し渋めにしたわよ」
「はい、ありがとうございます。
甘いお菓子ですから、渋いお茶が合うと思いますよ」

 真利がお茶の入ったカップを受け取った後、林檎がワックスペーパーの袋を開ける。中に入っているのは、カラフルなチョコレートで模様が描かれたクッキーだった。
 林檎が一枚取りだし、真利も一枚取り出す。さくっとした音を立てて囓ると、焼きたてとはまた違う味がした。

「随分とたっぷりバターが入ってるのね」
「そうですね。バターは少し多めの方が、口当たりが良いですから」

 バターと小麦粉と、チョコレート。それを味わいながら、今日は理恵と木更のふたりは来るのかなどと言う話を、真利と林檎のふたりでしたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

とわ骨董店

藤和
ライト文芸
とある骨董店と、そこに訪れる人々の話。 日常物の短編連作です。長編の箸休めにどうぞ。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

兄の悪戯

廣瀬純一
大衆娯楽
悪戯好きな兄が弟と妹に催眠術をかける話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...