シムヌテイ骨董店

藤和

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2005年

13:甘酒と新春

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 年が明けて暫く。相も変わらず寒い日が続き、この日も良く晴れているのに底冷えしていた。
 シムヌテイ骨董店の中央に置かれただるまストーブの上には、小鍋が置かれていて、それを真利がおたまでかき混ぜている。中身が揺れると、まるい甘い香りが鍋から立った。

「偶には甘酒も良いねぇ」

 そう呟いて、愛用のマグカップに甘酒を注ぐ。この甘酒は、林檎が分けてくれた物だ。酒粕をよく溶かし、砂糖を加えた物。真利は米麹の甘酒の方が親しみがあるのだが、林檎が好きなのは酒粕の甘酒なのだそうだ。
 家で沢山作ってしまって飲みきれないからと、開店前に大きな水筒に入った物を受け取った。

「水筒は後で、洗って返さないとね」

 レジカウンターの裏に置いた水筒のことを考えながら、甘酒に口を付ける。舌の上に少しざらつきが残るけれども、微かに感じられる酒の香りは、気分をよくしてくれた。
 暫くゆっくりと甘酒を楽しんでいると、扉を開く音がした。

「いらっしゃいませ」

 マグカップをレジカウンターに乗せて挨拶をする。入ってきたのは、見覚えの有る背の低い男性だった。
 彼は確か、錬金術の本を買っていった方だっけ。真利がそんな事を思い出していると、男性が声を掛けてきた。

「お久しぶりです。先日戴いた本、なかなかに楽しめていますよ」
「そうですか、それは良かったです」

 ある程度外国語がわかる真利でも読めなかったあの本を、彼は読めているのかと思うと、一体どれほどの教養があるのかと驚いてしまう。

「今日は、おひとりなんですね」

 前回来たときに一緒に居た華奢な男性が居ないので、少し気になった真利が背の低い男性に言う。彼はにこりと笑って返した。

「はい。いつも僕の都合に付き合わせてばかりは居られませんから。
少し、お店を見させてもらいますね」
「はい。どうぞ、ごゆっくり」

 男性は、棚に並べられた品物を一つ一つ丁寧に見ていく。時に気になっているのは、博物画とプレパラートのようだった。博物画は、とても精緻な植物の絵が多い。植物の花と、葉と、種を丁寧に描いた白黒の絵で、おそらく銅版印刷された物だろう。プレパラートも植物の物が多い。輪切りにされた茎、細かい種や根っこのヒゲ、そんな物が入っている。

「このプレパラートは、実際に顕微鏡で見られますか?」

 男性が一枚のプレパラートを窓からの光に透かしながら、真利に訊ねた。確かに、茶ずんでしまっているそのプレパラートは、一見するとそのまま覗くことが出来るかどうか疑問だろう。

「もちろん、そちらのプレパラートは顕微鏡でご覧になって戴けます。
少々、組織が痛んでいるかも知れませんが」
「なるほど、そうなんですね」

 真利の言葉に、彼はまじまじとプレパラートを数枚手に取って見ている。それから、二枚ほど選び取って真利の元へ持って来た。

「この二枚をいただきたいのですが」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」

 プレパラートを受け取り、電卓に合計金額を打ち込んで男性に提示する。彼が会計の準備をして居る間に、真利はプレパラートを丁寧に一枚ずつ、茸の絵が刷られたペーパーナプキンで包み、それをクラフト紙の袋に入れる。封をするのは、『C』の文字が入った封蝋風のシールだ。
 会計を済ませ、男性に紙袋を渡しながら真利が訊ねる。

「ところで、この後お時間ありますでしょうか? 良かったら甘酒を如何ですか?」

 すると男性は、にこりと笑って答える。

「ご馳走になって良いのですか?
それでは、お言葉に甘えて」
「はい。只今倚子をご用意致します」

 男性が持っていた鞄に紙袋をしまっている間に、真利は古びた木製の折りたたみ椅子を取り出して広げる。それを、だるまストーブの前に置いた。

「どうぞ、お掛け下さい」
「はい。それでは、失礼して」

 男性が椅子に座るのを確認し、真利はレジカウンターの裏にある棚から蓮の花の描かれたカップを取りだし、それにゆっくりと甘酒を注いだ。男性にそれを渡すと、暖まるように両手でカップを包んでいる。

「だるまストーブは今時珍しいですけれど、暖かいですね」
「そうですね。やはりエアコンだけでは暖まりきらないことがあるので、思い切って入れたんです。
煙突が邪魔だと思うことは、偶にありますけれど」

 ふたりでゆっくり話をしながら、甘酒を飲む。甘酒が沸く音が、静かに聞こえてくる。

「このお店は、長いんですか?」

 男性が訊ねる。

「そうですね、今年の春で、五年目になります」

 感慨深そうに真利が答える。
 この四年間、何も無かったようで、色々有ったような気がする。出会いはもちろんあったし、別れも有った。ふと、真利の脳裏に、もうここに来られないと言っていた修のことが浮かんだ。

「失礼ですが、お名前を伺ってよろしいですか?」

 確か、この男性は随分と忙しいと言うのを前に来たときに聞いた記憶がある。もしかしたら、ちょっとしたきっかけでもう会えなくなるかも知れない。そう思ったら、名前を訊ねずには居られなかった。

「僕の名前ですか?
僕はハルと言います。あなたは?」

 にこりと笑ってハルと名乗った彼に訊ねられて、真利も微笑んで答える。

「僕は真利と申します。以後お見知りおきを」
 お互い名乗り合って、たわいもない話をして、寒いけれども暖かい新春の一日を過ごした。
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