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第六章 血の代償
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パターンを引く合間に、今日も渋いお茶を飲む。
この、根を詰めすぎてしまう癖は直した方が良いと思うのだけれど、なかなか直らないね。困った物だ。
人肌ほどの紅茶を飲み干し作業に戻ろうとしたその時、スマートフォンがメールを着信した。
誰からかと思ったら、送信元はハルだ。
今回も迷える子羊を導く仕事か。そう思いながらメールを開くと、どうにも様子が違った。
なんでも、ハルの知り合いの内科医が、退魔師を探しているのだという。
何故内科医が? その疑問を抱えながらメールを読み進めると、最近ひどい貧血に悩まされているある患者が、これは悪霊の仕業だと、そう言っているのだそうだ。
内科医ははじめ、それは思い過ごしだと言い聞かせようとしたらしいのだが全く聞き耳を持たれず、このまま変な宗教や悪徳商法に引っかかる前に、専門の退魔師から何事も無いと説明して欲しい。と言う事でハルが相談を受けたようだ。
なるほど。医者もなかなかに大変な物だな。
その仕事を受けることは出来るけれども、相談料はいただくよ。と言う旨をメールにしたため、返信した。
数日後、正式に依頼を受け依頼人の家へと向かった。
その家は都内では有るけれど長閑なところにあって、古くて大きかった。
依頼主に案内され家の中へお邪魔すると、悪寒がした。これは依頼主の思い過ごしでは無く、本当に悪霊が憑いているのかも知れない。
居間に通され話を聞くと、依頼人の貧血がひどくなったのは、ここ最近のことらしい。
話を聞きながら、家の中に居るであろう悪霊の気配を探す。すると微かに、生者では無い物の声が聞こえた。
こっそりとポケットからロザリオを取り出し、握りしめる。すると、依頼人の背後に大きな影が現れた。
「……血の欠片を返せ……」
影はそう言って、依頼人の首筋に爪を立てる。
血の欠片とは一体何だ? 実際に生物の血液だったとしたのなら、布に染みているとかでも無い限り、つい最近まで現存していたことは考えづらい。そして、布に付いた血液は普通『欠片』とは言わないだろう。
依頼人の話を聞きながら、考えを巡らせる。そしてふと、思い当たった。『血』の名を冠した宝石が有った筈。
宝石であるとしたら、最近までこの家に現存していた可能性は高いし、不用意に売り払ってしまうことも考え得る。
僕は依頼人に訊ねた。
「最近、質に出したり、誰かに譲ったりした宝石はありませんか?」
すると依頼人は答える。先日掃除をしたときに棚の中から赤い石が出てきたのだけれど、どういう物なのかわからないし興味も無い物だったので、少しでもお金になればと質に出したらしい。
宝石の話が出た途端、影は依頼人に食らいつこうとしたので、それを止めるように念を送る。元の宝石を見付けるのは難しいが、代わりになる物を探してくるので、それで許してくれないか。と。
すると影は、震える声でこう言った。我が子を念うための依り代となる物を用意するなら許してやろう。ただし、必ず血の名を冠した物でなければいけないぞ。そして、言葉の後に涙を零した。
影とやりとりをした後、依頼人に事情を話し、相談料以外に実費で支払って貰うことになるけれど、悪霊が交換条件としている宝石をこちらで用意すると言う旨を伝えた。
すると、それで何とかなるのなら頼みたいが出せる金額には限度があると返された。
自分で蒔いた種なのに虫のいい話だとは思ったけれども、僕だって経済活動をして生活をしている人間だ。お金が無限にでてくる物では無いというのはわかっている。
取り敢えず出せる金額の上限を訊ね、その範囲内で探してくると言うことで、この日は依頼人の家を後にした。
しかし、血の名を冠した宝石を、どこで入手するか。最近流行りのパワーストーンの店では扱っていないだろう。かと言って、ジュエリーになった物を買うのは効率が悪すぎる。
そう言えば、悠希の実家が宝石店を営んでいるから、相談してみるか。宝石店と言うくらいだからジュエリーになった物で無いと売って貰えないかも知れないが、もしそうでも石だけで買える店を紹介して貰えるだろう。
『え? 血の名前が付いた宝石?』
悠希に電話をかけ訊ねると、悠希はジュエリーとしての加工は必要か否か。石だけの状態で良いのかと言うことを訊ねてきた。
「ジュエリーにはなっていなくて良いんだ。
もし悠希の家に有ったら、石だけで買えるかな?」
『え? 買っちゃうの? 本当に大丈夫?』
ん? どういう事だ? 不思議に思ったけれども、取り敢えず何という名前の石で、いくらくらいなのかを訊かなくては。
「一体どんな石なんだ?
もしかして希少な石……とか?
価格も教えてくれると助かる」
すると悠希は一旦口ごもって、おずおずと答えた。
『希少と言えば、今は希少な石だね。
ルビーの中でも最上級とされるピジョン・ブラッドって言うのが今在庫であるけど、それが確か一個二百万円くらいだったかな』
無理だ。
依頼人から提示された金額と二桁は違う。僕のポケットマネーから出せなくは無いけれど、生憎、退魔の仕事は慈善事業では無い。ここで僕が大赤字を出すわけには行かないのだ。
「あの、悠希。
流石にそのピジョン・ブラッドというのは高価すぎる。もっとこう、庶民でも手が出せそうな石で無いか?」
背中に嫌な汗をかきながらそう問いかけると、悠希は電話の向こうで唸っている。
もしかして他には無いのか? 僕が赤字を被るしか無いのか? 赤字は困るが依頼人を見捨てるわけにはいかない……
不安で頭痛を感じながら悠希の返事を待っていると、明るい声が聞こえてきた。
『あ、他にもあるね。
血赤珊瑚って言う真っ赤な珊瑚があって、今ではそれも希少だけど、ピジョン・ブラッドよりはだいぶ値段下がるよ』
「そうなのか? い、いくらくらいなんだ?」
悠希は石に関しては少し金銭感覚がずれているので、値段が下がると言われても予算を越える金額を出される可能性がある。
爆ぜそうな動悸を感じながら、悠希の言葉を待つ。そして提示された金額は。
『うちに有るのは一番良いやつでも三万円くらいかな? あんまり大きくないけど』
予算内だ! これが先に売れてしまっては困るので、すぐさま悠希に取り置きを依頼して、悠希の父親が経営している宝石店へと向かう準備をした。
それから数日後、依頼人に血赤珊瑚を渡すと、あの影は満足したようで身を潜めた。
あの影は悪い物では無いように思えたけれども、またこの石を何処かへやってしまったら、害をなすこともあるだろう。
クレームを付けられても困るので、この石を大切に家に置いている限りは悪い物は寄ってこないだろうと、そう依頼人に告げて仕事は終了した。
後日、ハルからメールが届いた。あの依頼人の血液検査をしたところ、貧血が治っていたというのだ。
『まさか本当に霊に悪さをされていたとはね。
君に頼んで良かったよ』
ふむ、いくらハルでも、あの価格の石を依頼人に売りつけたら僕のことを詐欺師呼ばわりするかと思っていたのだけれど、随分とすんなり霊の存在を受け入れてくれた物だ。
神の存在を信じる医者は、沢山居る。だけれども、悪霊の存在を信じる医者は、殆ど居ないだろう。
ハルは何故、医者という科学に裏付けられた職業で有りながら、霊の存在を受け入れ、退魔師を受け入れるのか。
それは気になるけれど、余り気にしても仕方ないね。胡散臭い輩だと糾弾してこない事に感謝しよう。
この、根を詰めすぎてしまう癖は直した方が良いと思うのだけれど、なかなか直らないね。困った物だ。
人肌ほどの紅茶を飲み干し作業に戻ろうとしたその時、スマートフォンがメールを着信した。
誰からかと思ったら、送信元はハルだ。
今回も迷える子羊を導く仕事か。そう思いながらメールを開くと、どうにも様子が違った。
なんでも、ハルの知り合いの内科医が、退魔師を探しているのだという。
何故内科医が? その疑問を抱えながらメールを読み進めると、最近ひどい貧血に悩まされているある患者が、これは悪霊の仕業だと、そう言っているのだそうだ。
内科医ははじめ、それは思い過ごしだと言い聞かせようとしたらしいのだが全く聞き耳を持たれず、このまま変な宗教や悪徳商法に引っかかる前に、専門の退魔師から何事も無いと説明して欲しい。と言う事でハルが相談を受けたようだ。
なるほど。医者もなかなかに大変な物だな。
その仕事を受けることは出来るけれども、相談料はいただくよ。と言う旨をメールにしたため、返信した。
数日後、正式に依頼を受け依頼人の家へと向かった。
その家は都内では有るけれど長閑なところにあって、古くて大きかった。
依頼主に案内され家の中へお邪魔すると、悪寒がした。これは依頼主の思い過ごしでは無く、本当に悪霊が憑いているのかも知れない。
居間に通され話を聞くと、依頼人の貧血がひどくなったのは、ここ最近のことらしい。
話を聞きながら、家の中に居るであろう悪霊の気配を探す。すると微かに、生者では無い物の声が聞こえた。
こっそりとポケットからロザリオを取り出し、握りしめる。すると、依頼人の背後に大きな影が現れた。
「……血の欠片を返せ……」
影はそう言って、依頼人の首筋に爪を立てる。
血の欠片とは一体何だ? 実際に生物の血液だったとしたのなら、布に染みているとかでも無い限り、つい最近まで現存していたことは考えづらい。そして、布に付いた血液は普通『欠片』とは言わないだろう。
依頼人の話を聞きながら、考えを巡らせる。そしてふと、思い当たった。『血』の名を冠した宝石が有った筈。
宝石であるとしたら、最近までこの家に現存していた可能性は高いし、不用意に売り払ってしまうことも考え得る。
僕は依頼人に訊ねた。
「最近、質に出したり、誰かに譲ったりした宝石はありませんか?」
すると依頼人は答える。先日掃除をしたときに棚の中から赤い石が出てきたのだけれど、どういう物なのかわからないし興味も無い物だったので、少しでもお金になればと質に出したらしい。
宝石の話が出た途端、影は依頼人に食らいつこうとしたので、それを止めるように念を送る。元の宝石を見付けるのは難しいが、代わりになる物を探してくるので、それで許してくれないか。と。
すると影は、震える声でこう言った。我が子を念うための依り代となる物を用意するなら許してやろう。ただし、必ず血の名を冠した物でなければいけないぞ。そして、言葉の後に涙を零した。
影とやりとりをした後、依頼人に事情を話し、相談料以外に実費で支払って貰うことになるけれど、悪霊が交換条件としている宝石をこちらで用意すると言う旨を伝えた。
すると、それで何とかなるのなら頼みたいが出せる金額には限度があると返された。
自分で蒔いた種なのに虫のいい話だとは思ったけれども、僕だって経済活動をして生活をしている人間だ。お金が無限にでてくる物では無いというのはわかっている。
取り敢えず出せる金額の上限を訊ね、その範囲内で探してくると言うことで、この日は依頼人の家を後にした。
しかし、血の名を冠した宝石を、どこで入手するか。最近流行りのパワーストーンの店では扱っていないだろう。かと言って、ジュエリーになった物を買うのは効率が悪すぎる。
そう言えば、悠希の実家が宝石店を営んでいるから、相談してみるか。宝石店と言うくらいだからジュエリーになった物で無いと売って貰えないかも知れないが、もしそうでも石だけで買える店を紹介して貰えるだろう。
『え? 血の名前が付いた宝石?』
悠希に電話をかけ訊ねると、悠希はジュエリーとしての加工は必要か否か。石だけの状態で良いのかと言うことを訊ねてきた。
「ジュエリーにはなっていなくて良いんだ。
もし悠希の家に有ったら、石だけで買えるかな?」
『え? 買っちゃうの? 本当に大丈夫?』
ん? どういう事だ? 不思議に思ったけれども、取り敢えず何という名前の石で、いくらくらいなのかを訊かなくては。
「一体どんな石なんだ?
もしかして希少な石……とか?
価格も教えてくれると助かる」
すると悠希は一旦口ごもって、おずおずと答えた。
『希少と言えば、今は希少な石だね。
ルビーの中でも最上級とされるピジョン・ブラッドって言うのが今在庫であるけど、それが確か一個二百万円くらいだったかな』
無理だ。
依頼人から提示された金額と二桁は違う。僕のポケットマネーから出せなくは無いけれど、生憎、退魔の仕事は慈善事業では無い。ここで僕が大赤字を出すわけには行かないのだ。
「あの、悠希。
流石にそのピジョン・ブラッドというのは高価すぎる。もっとこう、庶民でも手が出せそうな石で無いか?」
背中に嫌な汗をかきながらそう問いかけると、悠希は電話の向こうで唸っている。
もしかして他には無いのか? 僕が赤字を被るしか無いのか? 赤字は困るが依頼人を見捨てるわけにはいかない……
不安で頭痛を感じながら悠希の返事を待っていると、明るい声が聞こえてきた。
『あ、他にもあるね。
血赤珊瑚って言う真っ赤な珊瑚があって、今ではそれも希少だけど、ピジョン・ブラッドよりはだいぶ値段下がるよ』
「そうなのか? い、いくらくらいなんだ?」
悠希は石に関しては少し金銭感覚がずれているので、値段が下がると言われても予算を越える金額を出される可能性がある。
爆ぜそうな動悸を感じながら、悠希の言葉を待つ。そして提示された金額は。
『うちに有るのは一番良いやつでも三万円くらいかな? あんまり大きくないけど』
予算内だ! これが先に売れてしまっては困るので、すぐさま悠希に取り置きを依頼して、悠希の父親が経営している宝石店へと向かう準備をした。
それから数日後、依頼人に血赤珊瑚を渡すと、あの影は満足したようで身を潜めた。
あの影は悪い物では無いように思えたけれども、またこの石を何処かへやってしまったら、害をなすこともあるだろう。
クレームを付けられても困るので、この石を大切に家に置いている限りは悪い物は寄ってこないだろうと、そう依頼人に告げて仕事は終了した。
後日、ハルからメールが届いた。あの依頼人の血液検査をしたところ、貧血が治っていたというのだ。
『まさか本当に霊に悪さをされていたとはね。
君に頼んで良かったよ』
ふむ、いくらハルでも、あの価格の石を依頼人に売りつけたら僕のことを詐欺師呼ばわりするかと思っていたのだけれど、随分とすんなり霊の存在を受け入れてくれた物だ。
神の存在を信じる医者は、沢山居る。だけれども、悪霊の存在を信じる医者は、殆ど居ないだろう。
ハルは何故、医者という科学に裏付けられた職業で有りながら、霊の存在を受け入れ、退魔師を受け入れるのか。
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