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第一章 退魔師
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陽も落ち薄暗い裏路地。
背の高いビルに挟まれ、威圧感を感じるその細い道の奥に、羽を四枚持った大きな蝙蝠が居た。
この蝙蝠は、人の心を惑わし、仲違いを助長させる悪魔だ。今日はこの悪魔を祓う仕事を受けてやって来た。
緑色の中に黄金色が浮かぶロザリオを手首に巻き、十字架の部分を手のひらに垂らして蝙蝠の頭を掴む。
羽をばたつかせ、甲高い声を上げる蝙蝠を押さえつけ、聖なる言葉を唱える。
「Ne kredu Suspektas Ne lasa iri de la lasera!」
蝙蝠はばたつかせていた羽をだらりと下げ、ふるふると震えながら、塵になっていく。
そして最後に、こつりと地面に濁った色の、石のような物を落として消えた。
僕は懐から、きつくコルク栓で蓋をされた試験管を取り出し、その中身を蝙蝠が落とした石のような物にかける。
すると、石のような物は小さな泡を出して、溶けていく。
この石のような物は悪魔の核で、この様に聖水をかけると、溶けて消えるのだ。
悪魔の核が完全に消えたのを確認し、スマートフォンを取り出してメールを送る。
依頼主に退魔完了のお知らせをするためだ。
僕の仕事は基本前金制で、退魔のための料金はもう払って貰っている。なので、このメールを送信したところで、僕の仕事は終わりだ。
もうすっかり陽も落ちて、ビルの隙間から見上げると、狭い空に星が輝いている。
仕事が終わったら、一緒に夕食でも食べないかと、同業の知人達に誘われていたな。
彼らが店を押さえてくれていると言っていたから、どこに居るのかを確認しなくては。 持っていたままのスマートフォンで、電話をかける。
「もしもし。
ああ、終わったよ。今どこに居るんだい?
……秋葉原か、わかった。
ここからだと二十分か三十分くらい掛かるが、待っていてくれ。
場所はいつもの所で良いのだよね?
ああ、それじゃあ」
通話を切り、スマートフォンを内ポケットにしまい、路地から出るために歩き始める。
ああ、自己紹介が遅れていたね。僕の名前はジョルジュ・ド・三堂(どう。父なる神を信奉するクリスチャンで、退魔師だ。
電車に乗り、秋葉原に立つ。
知人達がいつも使っているレストランというか、飲み屋。そこは駅からほど近い、ホテルの二階に店を構えている。
個室が用意されている店なので、店の前に着いたところで、知人に電話をかけ、案内を頼む。
店から出てきたのは、僕より幾分背が低く、年下の、人なつっこい顔をした男性。
「イツキ、もう食事を始めていたのかい?」
「いんにゃ、ジョルジュが来るまでソフトドリンクだけで待ってた。
お店にも後でもう一人来るって言ってあったから」
「そうか、気を遣わせてしまって悪いね」
彼の名前は泉岳寺イツキ。僕と同じく退魔師をしているのだけれど、どうにも何を信奉しているのかがわからない、謎が残る人物だ。
除霊の時に、何を使って行っているのかもわからないしね……
イツキに案内され、店内にあるうちの一つの個室に入る。するとそこには、僕と同い年くらいの、少しきつめの表情はしているけれども、頼りがいのありそうな男性が一人、待っていた。
「よう、ジョルジュ。今回の仕事は上手くいったか?」
「ああ、おかげさまで上手くいったよ。
勤は最近、仕事の方はどうだい?」
「俺? 俺は一昨日仕事一件やっつけたけど、まぁ、上手くは行ってるな」
テーブルにセットされている椅子に座りながら、話をする。
彼の名前は、寺原勤。仏教系の退魔師なのだが、偶に陰陽道関連の仕事も来るらしく、僕達の中では、おそらく一番仕事が多いだろう。
僕と、イツキと、勤でテーブルに着き、メニューを開いて何を食べるかを決める。
僕はいつも、家では洋食を食べることが多いので、こういった所で和の物を食べるのは結構楽しみだったりする。
ふむ、コース料理も良いけれど、他の二人の懐具合はどうなのだろう?
飲み屋に来てはいるけれど、実は僕と勤はそこまで酒を飲む質では無いし、飲み放題にするとイツキが際限なく飲んで潰れるので、なるべくそれは避けたい。なので、飲み放題が付いているコースは避けたいところなのだが。
「あー、オレしゃぶしゃぶ食べたい」
「しゃぶしゃぶ? これ二人前からじゃん」
イツキの提言に勤が少し困ったような顔をして、ちらりと僕の方を見る。
「イツキがしゃぶしゃぶにするなら、僕もそれで構わないよ」
ステーキは家で焼くのはそこまで難しくないけれど、しゃぶしゃぶを家でやるのはなかなか難しいからね。偶にはこういう所で食べたい物だ。
僕の言葉に、勤もメニューに手を置いて言う。
「それじゃ、俺もしゃぶしゃぶにするわ。
飲み物どうする?」
「オレ芋焼酎がいい!」
「僕は梅酒が良いな」
「じゃあ俺柚子サワーで」
全員のメニューが決まったところで店員を呼んで、それぞれに注文をして、その日は楽しい夕食時を過ごしたのだった。
家に帰り、自室で今日使ったロザリオと試験管の手入れをする。
机の横にある棚には、二十数本ほどの、聖水が入った試験管が、試験管立てに立てられている。
これだけ有れば、今年度いっぱいは聖水が足りるだろうか。
聖水は、司祭様にしか作れない物なのだが、余り頻繁にお願いしに行くのも気が引ける。
なるべく纏めて作って貰うようにはしているけれども、僕の仕事を教会の神父様がご存じでなかったら、こんなに沢山は聖水を分けては貰えなかっただろう。
始め、神父様に退魔師の仕事のことを告げるのは、迷いがあった。
そんな胡散臭い仕事などするべきでは無いと、そう言われる気がしたのだ。
けれども、神父様は僕の言葉を受け入れてくれた。なんでも、僕がそう言う仕事をしていると言う事を、夢の中で天使様から告げられたという。
実は、僕も幼い頃に、夢に現れた天使様からお告げを受け、この道を歩もうと思ったので、そう言う巡り合わせだったのかも知れない。
空になった試験管を逆さまにして試験管立てに刺し、コルク栓もその隣に置いて乾燥させる。
ロザリオは、珠に曇りが無いようにしっかりと磨く。
磨くといっても、この後寝る前のお祈りをするのにどうせ指で手繰って触るのだけれど、退魔をした後は、一度きれいに磨いた方が落ち着くのだ。
眼鏡拭きで一珠ずつ磨いていき、最後に先端に下がっている十字架を磨く。
このロザリオを使い始めて、どれだけ経ったのだろう。十字架にあしらわれているキリストの像は、もうだいぶ摩耗してしまっていた。
「……洗礼を受けてから、もうだいぶ経ったな……」
僕が洗礼を受けたのは高校生の頃。幼い頃に夢で天使様を見て以来、神様は絶対に存在する物だと信じているし、敬愛するべき方だと、思っている。
クリスチャンだと言う事を学校で言うと、それを茶化されたり、なじられたりすることも少なくなかった。
けれども、これは僕の信じる物であるし、曲げる気は一切無い。
正直言って、信じる物を茶化されて辛い思いをしたことは何度もある。このまま自分の信仰を否定されて生きていくのかと思い、泣きたくなった事もあった。
その辛さを拭ってくれたのは、勤やイツキのような同業者だ。それに加えて、大学時代に出会った友人が、僕がクリスチャンであると言うことを笑わずに受け入れてくれたのが、どうしようも無く嬉しかったのを覚えている。
その友人は今厳しい立場にいるけれども、今度は僕が、その友人を支える一助になれればと、そう思っている。
ロザリオを磨き終わって、時計を見るともう深夜だ。
僕はロザリオの輪の部分を握り、一珠ずつ手繰って祈りを始めた。
背の高いビルに挟まれ、威圧感を感じるその細い道の奥に、羽を四枚持った大きな蝙蝠が居た。
この蝙蝠は、人の心を惑わし、仲違いを助長させる悪魔だ。今日はこの悪魔を祓う仕事を受けてやって来た。
緑色の中に黄金色が浮かぶロザリオを手首に巻き、十字架の部分を手のひらに垂らして蝙蝠の頭を掴む。
羽をばたつかせ、甲高い声を上げる蝙蝠を押さえつけ、聖なる言葉を唱える。
「Ne kredu Suspektas Ne lasa iri de la lasera!」
蝙蝠はばたつかせていた羽をだらりと下げ、ふるふると震えながら、塵になっていく。
そして最後に、こつりと地面に濁った色の、石のような物を落として消えた。
僕は懐から、きつくコルク栓で蓋をされた試験管を取り出し、その中身を蝙蝠が落とした石のような物にかける。
すると、石のような物は小さな泡を出して、溶けていく。
この石のような物は悪魔の核で、この様に聖水をかけると、溶けて消えるのだ。
悪魔の核が完全に消えたのを確認し、スマートフォンを取り出してメールを送る。
依頼主に退魔完了のお知らせをするためだ。
僕の仕事は基本前金制で、退魔のための料金はもう払って貰っている。なので、このメールを送信したところで、僕の仕事は終わりだ。
もうすっかり陽も落ちて、ビルの隙間から見上げると、狭い空に星が輝いている。
仕事が終わったら、一緒に夕食でも食べないかと、同業の知人達に誘われていたな。
彼らが店を押さえてくれていると言っていたから、どこに居るのかを確認しなくては。 持っていたままのスマートフォンで、電話をかける。
「もしもし。
ああ、終わったよ。今どこに居るんだい?
……秋葉原か、わかった。
ここからだと二十分か三十分くらい掛かるが、待っていてくれ。
場所はいつもの所で良いのだよね?
ああ、それじゃあ」
通話を切り、スマートフォンを内ポケットにしまい、路地から出るために歩き始める。
ああ、自己紹介が遅れていたね。僕の名前はジョルジュ・ド・三堂(どう。父なる神を信奉するクリスチャンで、退魔師だ。
電車に乗り、秋葉原に立つ。
知人達がいつも使っているレストランというか、飲み屋。そこは駅からほど近い、ホテルの二階に店を構えている。
個室が用意されている店なので、店の前に着いたところで、知人に電話をかけ、案内を頼む。
店から出てきたのは、僕より幾分背が低く、年下の、人なつっこい顔をした男性。
「イツキ、もう食事を始めていたのかい?」
「いんにゃ、ジョルジュが来るまでソフトドリンクだけで待ってた。
お店にも後でもう一人来るって言ってあったから」
「そうか、気を遣わせてしまって悪いね」
彼の名前は泉岳寺イツキ。僕と同じく退魔師をしているのだけれど、どうにも何を信奉しているのかがわからない、謎が残る人物だ。
除霊の時に、何を使って行っているのかもわからないしね……
イツキに案内され、店内にあるうちの一つの個室に入る。するとそこには、僕と同い年くらいの、少しきつめの表情はしているけれども、頼りがいのありそうな男性が一人、待っていた。
「よう、ジョルジュ。今回の仕事は上手くいったか?」
「ああ、おかげさまで上手くいったよ。
勤は最近、仕事の方はどうだい?」
「俺? 俺は一昨日仕事一件やっつけたけど、まぁ、上手くは行ってるな」
テーブルにセットされている椅子に座りながら、話をする。
彼の名前は、寺原勤。仏教系の退魔師なのだが、偶に陰陽道関連の仕事も来るらしく、僕達の中では、おそらく一番仕事が多いだろう。
僕と、イツキと、勤でテーブルに着き、メニューを開いて何を食べるかを決める。
僕はいつも、家では洋食を食べることが多いので、こういった所で和の物を食べるのは結構楽しみだったりする。
ふむ、コース料理も良いけれど、他の二人の懐具合はどうなのだろう?
飲み屋に来てはいるけれど、実は僕と勤はそこまで酒を飲む質では無いし、飲み放題にするとイツキが際限なく飲んで潰れるので、なるべくそれは避けたい。なので、飲み放題が付いているコースは避けたいところなのだが。
「あー、オレしゃぶしゃぶ食べたい」
「しゃぶしゃぶ? これ二人前からじゃん」
イツキの提言に勤が少し困ったような顔をして、ちらりと僕の方を見る。
「イツキがしゃぶしゃぶにするなら、僕もそれで構わないよ」
ステーキは家で焼くのはそこまで難しくないけれど、しゃぶしゃぶを家でやるのはなかなか難しいからね。偶にはこういう所で食べたい物だ。
僕の言葉に、勤もメニューに手を置いて言う。
「それじゃ、俺もしゃぶしゃぶにするわ。
飲み物どうする?」
「オレ芋焼酎がいい!」
「僕は梅酒が良いな」
「じゃあ俺柚子サワーで」
全員のメニューが決まったところで店員を呼んで、それぞれに注文をして、その日は楽しい夕食時を過ごしたのだった。
家に帰り、自室で今日使ったロザリオと試験管の手入れをする。
机の横にある棚には、二十数本ほどの、聖水が入った試験管が、試験管立てに立てられている。
これだけ有れば、今年度いっぱいは聖水が足りるだろうか。
聖水は、司祭様にしか作れない物なのだが、余り頻繁にお願いしに行くのも気が引ける。
なるべく纏めて作って貰うようにはしているけれども、僕の仕事を教会の神父様がご存じでなかったら、こんなに沢山は聖水を分けては貰えなかっただろう。
始め、神父様に退魔師の仕事のことを告げるのは、迷いがあった。
そんな胡散臭い仕事などするべきでは無いと、そう言われる気がしたのだ。
けれども、神父様は僕の言葉を受け入れてくれた。なんでも、僕がそう言う仕事をしていると言う事を、夢の中で天使様から告げられたという。
実は、僕も幼い頃に、夢に現れた天使様からお告げを受け、この道を歩もうと思ったので、そう言う巡り合わせだったのかも知れない。
空になった試験管を逆さまにして試験管立てに刺し、コルク栓もその隣に置いて乾燥させる。
ロザリオは、珠に曇りが無いようにしっかりと磨く。
磨くといっても、この後寝る前のお祈りをするのにどうせ指で手繰って触るのだけれど、退魔をした後は、一度きれいに磨いた方が落ち着くのだ。
眼鏡拭きで一珠ずつ磨いていき、最後に先端に下がっている十字架を磨く。
このロザリオを使い始めて、どれだけ経ったのだろう。十字架にあしらわれているキリストの像は、もうだいぶ摩耗してしまっていた。
「……洗礼を受けてから、もうだいぶ経ったな……」
僕が洗礼を受けたのは高校生の頃。幼い頃に夢で天使様を見て以来、神様は絶対に存在する物だと信じているし、敬愛するべき方だと、思っている。
クリスチャンだと言う事を学校で言うと、それを茶化されたり、なじられたりすることも少なくなかった。
けれども、これは僕の信じる物であるし、曲げる気は一切無い。
正直言って、信じる物を茶化されて辛い思いをしたことは何度もある。このまま自分の信仰を否定されて生きていくのかと思い、泣きたくなった事もあった。
その辛さを拭ってくれたのは、勤やイツキのような同業者だ。それに加えて、大学時代に出会った友人が、僕がクリスチャンであると言うことを笑わずに受け入れてくれたのが、どうしようも無く嬉しかったのを覚えている。
その友人は今厳しい立場にいるけれども、今度は僕が、その友人を支える一助になれればと、そう思っている。
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