嫌犬3rd

藤和

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第十一章 共に歩くというのは

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 アレクと一緒に秋葉原で語らって数日、カナメの挙式も近づいてきた頃のこと。悠希は小説の仕事の合間に、結婚するというのはどのようなものなのだろうと時折考えるようになった。
 両親に結婚するというのはどういうことなのか聞いても良い気はしたけれど、両親はこの道数十年のベテラン夫婦だ。既に肝が据わっていて、まだ結婚についてなにもわからない、悠希の不安だかなんだかわからないものを解消するような話が聞けるかどうかはわからない。
 そう、多分悠希は、不安の共有をしたいのだと思った。アレクが悠希に話したように、不安を共有して、その中でもなにか希望となるような、そんな話を聞きたいのだと感じたようだった。
 いままで、不安なときに真っ先に頼っていたのは、今は散歩に出ている鎌谷だ。けれども、鎌谷にはこの話をしてもきっと困ってしまうだけだろう。
「うーん、どうしよう……」
 悠希は携帯電話を開いて、連絡先一覧を見る。その中には既に結婚した友人の連絡先も複数登録されている。この中の誰かに、出来れば会って直接、話を聞いて貰うのが良いだろう。
 でも、誰に? みんなそれぞれに仕事をしていて、予定を合わせるのはなかなかに難しい。その中で、ひとつの連絡先が目に留まる。それはジョルジュのものだった。彼なら、在宅の仕事だし、同じく在宅仕事の悠希との日程のすり合わせをしやすいかも知れない。そう思った悠希は、ジョルジュ宛のメールを打った。
 メールの返信はすぐにきた。丁度ジョルジュは仕事の波が去ったばかりのようで、日程にはゆとりがあるので会って話さないかとのことだった。その言葉に甘えて、悠希の都合の良い日を提示すると、その日で大丈夫だという返事が来たので、待ち合わせ時間の相談に入った。

 それから数日後、悠希は鎌谷と一緒に秋葉原の電気街口の前で待っていた。
「なんか、アレクの時のこと思い出すな」
 そう言って悠希に手を握られている鎌谷。けれども、今回不安を抱えているのは、これから来るジョルジュではなく悠希の方だ。それが、アレクの時との違いだろうか。
 悠希が携帯電話で時間を確認する。もうそろそろ待ち合わせの時間だ。携帯電話を肩掛け鞄にしまい、改札口を見る。すると間もなく、いつものように上品な仕草で手を振るジョルジュの姿が見えてきた。
「やあ悠希、お待たせ。
今日は鎌谷君も来てくれたんだね」
「ジョルジュも久しぶり」
 軽く挨拶をして、鎌谷がジョルジュの方へ顔を向ける。
「よう久しぶり。揉んでも良いぜ」
「えっ? 鎌谷君は何を言っているんだい」
 鎌谷の言葉が予想外だったのだろう、ジョルジュが驚いたような声を出す。それを聞いた悠希は、少し困ったように笑って説明する。
「鎌谷君と会うと、鎌谷君のほっぺた揉む人が多いから、それでだと思う」
「ああ、そういうことなのか。それじゃあ遠慮無く」
 にっこりと笑ったジョルジュが、両手で鎌谷の頬を揉んだり延ばしたりする。こうされるのは嫌ではないようで、鎌谷は尻尾を振っている。
 ひとしきり鎌谷を揉んだところでジョルジュが言う。
「それで、今日は話がしたいんだろう?
どこか喫茶店でも入ろう」
 それを聞いて悠希は、駅ビルの上の方を指さす。
「それじゃあ、このビルの上の方にパティスリーがあるから、そこでいい?」
「ああ、そのパティスリーは僕もよく行くところだよ。そこでかまわない」
「そっか、よかった」
 入る店が決まったところで、三人は駅ビルの中に入りエスカレーターを上っていった。

 パティスリーに入り、各々注文をしてから話を始めた。
「それで、悠希は結婚について聞きたいんだよね。
まずどう言うところを聞きたいのか教えておくれ」
 ジョルジュの問いに、悠希はもじもじと手元を動かしながら、少し考え込んでいる。なにから話すべきかを決めようとしているのだろう。
 少し口を噤んでから、悠希が頼りなさそうにこう訊ねた。
「まず、ジョルジュが奥さんと結婚してどんな風に生活が変わったか知りたいな」
 それを聞いて、ジョルジュはぱっと笑顔になる。
「そうだね、どう変わったかと言われれば、まずは毎日一緒に食事ができるというのは嬉しいものだよ。それに、一緒に過ごす時間が長くなったのももちろん良い変化だ。
ただ、いつも一緒だとさすがに疲れるということに気づいたって言うのは、結婚前にはわからなかった変化だね」
「そうなんだ」
 嬉しい変化があるのは想像出来ていたけれども、いつも一緒にいると疲れてしまうと言うのは、悠希にとって意外なことだった。
 ふと、鎌谷の方に悠希が目をやる。悠希は鎌谷と毎日一緒にいるけれども、それが嫌だと思ったことはない。でも、よく考えると、鎌谷はひとりでどこかへ散歩に行ってしまうこともあるし、悠希も鎌谷を置いてどこかへ出かけることもある。それでバランスが取れているのだろうかと、悠希は少し思う。
「たまに別々に過ごすのも、メリハリを付けるのに大事だね」
「なるほど。でも、それはなんとなくわかる気がする」
 ジョルジュの言葉に納得したように、悠希が鎌谷の頭を撫でる。そうしていると、飲み物とケーキが運ばれてきた。
 紅茶のカップに口を付けてひとくち飲んで、ジョルジュが溜息をつく。
「でも、僕は結婚してしあわせだけれども、世の中には結婚してしあわせになった人ばかりではないからね。そこが難しいところだ」
「確かに、それはあるよね」
 悠希が少ししょんぼりしてハーブティーに口を付けると、ジョルジュがじっと悠希を見てこう訊ねた。
「でも、急になんでこんな話を聞きたいと思ったんだい? もしかして、意中の方がいるとか?」
 思いも寄らない言葉に悠希は頭を振る。
「違うよ。あの、ジョルジュも前に会ったことあるよね? 僕の友達のカナメさんが、今度結婚するんだ。それで、ちょっと前にカナメさんの弟さんから不安だって話を聞いて、それで、その時は僕はお祝いしたいって言ったんだけど、改めて考えると僕も不安になっちゃって」
「ああ、なるほど。そういうことだったのか」
 少し漠然としているその説明を、ジョルジュはうまく捉えられたようだ。頷いてからこう言った。
「あの人がどんな人か、僕はまだ掴み切れていないけど、しあわせになって欲しいな」
「僕も、同じ気持ちだよ」
 そのやりとりを聞いていた鎌谷が、困ったような顔をして口を開く。
「でもさ、悠希はいつも他のやつのしあわせばっかり考えて、自分のことは後回しなんだよな」
 ジョルジュはまた頷いて、鎌谷の言葉に続ける。
「そうだね。悠希はそう言うところがある。
もっと自分のしあわせについて考えても良いのだよ」
 予想外の方向に話が飛び、悠希は困ったように笑う。自分が今、しあわせではないとは全く思っていないので、そんな風に見られていたとは考えもしなかったのだ。
「僕は今、友達もいっぱいいるし、小説家になる夢も叶ってしあわせだから、なんだろう、うまく言えないなぁ」
 うまく言えない。と言った悠希の言葉を、ジョルジュはどうくみ取ったのだろうか。それは察せられなかったけれども、悠希と鎌谷に交互に視線を送っている。
「自分ひとりでなく、誰かと一緒にしあわせになるのも、いいものだよ」
 それを聞いて、悠希は思わず鎌谷の頭を撫でた。少なくとも今は、鎌谷と一緒でしあわせなのだ。その気持ちがわかっているのか、鎌谷は尻尾を振っている。けれども、それでも敢えて言いたいことがあるのだろう。
「悠希、俺と一緒なのは良いけどさ、いつまでも俺ばっかり構ってるようじゃだめだからな。
いざという時に心配だろ」
 鎌谷の言葉に悠希は俯く。鎌谷が言っているいざという時というのがなんなのか、いたいほどよくわかるのだ。
 その時は必ず来る。しかもきっと、そんなに遠くない未来でのことだ。その時、鎌谷が安心出来るように、他のことにも目を向けないといけないと、悠希は目を潤ませた。
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