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第十九章 雪さんぽ
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ある雪の日のこと、悠希は台所でお湯を沸かし、お茶を淹れていた。淹れているのは、蒼い宝石のような花弁が入った、アールグレイだ。茶葉を入れると、鍋の中で対流し、茶葉が舞う。すぐさまに蓋をして、砂時計で三分計る。玄関から入ってくる冷気を足下に感じながら砂が落ちるのを見届け、蓋を開ける。すると、華やかな香りが台所に広がった。すぐさまに茶こしで漉しながら耐熱ガラスのピッチャーにお茶を移す。それから、それをさらに細身の魔法瓶に注いだ。
残ったお茶はマグカップに注ぎ、部屋のちゃぶ台へと持っていく。
「鎌谷君、これ飲み終わったらお散歩行くけど、鎌谷君は留守番してる?」
こんな雪の日に散歩に行くのか。そう思ったようで、少し面倒くさそうに鎌谷は悠希に訊ねた。
「お前が散歩に行くなんて珍しいな。もしかして雪が降ってはしゃいでんのか?」
「うーん、それはあるかもしれないけど、なんとなく」
ぼんやりと、きらきらと降る雪を眺めている悠希に鼻を押し当てて、鎌谷は言う。
「まぁ、散歩行くってんなら付き合うよ」
自分を気遣う鎌谷の頭を撫でながら、悠希はお茶を飲む。熱いお茶に温められた息は、部屋の中なのに白く見える気がした。
紅茶を入れた魔法瓶を鞄に入れて、悠希は鎌谷と一緒に、誰も居ない町中を歩く。雪が浅く積もり、足跡が残っていく。
「どこまで行く?」
「土手の辺りかな?
あそこなら屋根付きのベンチがあるし」
言葉少なに、細い路地を通っていく。路地を抜けると、そこは参道だった。去年の夏、花火大会があった時は人で溢れていただろうこの参道も、こんな雪の日では、流石に人がまばらだ。
参道を抜け、寺の周りの道を歩き、土手を目指す。坂を上り、その上には小さな公園があって、屋根付きのベンチが設置されていた。
ベンチに座り、悠希は魔法瓶を取り出して蓋を開ける。魔法瓶の口から広がった華やかな香りで、一瞬降っている雪が宝石のように見えた。
「鎌谷君には話したっけ?」
「何をだ?」
「石見銀山に行った時のこと」
「去年の話か? それとも、昔の話か?」
訊ねはしたけれども、きっとどちらの話でも聞くつもりなのだろう、鎌谷はベンチの上に乗り悠希に寄りかかる。
「鉱山の中に入ったら、暗いはずの坑内が、きらきら光る鉱石でいっぱいで、そこで不思議な人に会ったって」
「ああ」
この話は、今までに何度か悠希から聞いている。そして、この話の締めくくりはいつも同じだ。
「あの人は、本当に居るのかなぁ」
その言葉に、鎌谷は何も返さない。居るか居ないかがわからない、居ない可能性の方が居る可能性よりもずっと大きいその人物を、悠希は居ると思いたいのだ。
けれども、鎌谷はその実在を確認していない。だから、気休めでもいい加減なことは言えないようだ。
「去年、石見銀山に行った時、挨拶しに行ったんだ。そうしたら、一瞬だけその人が見えたような気がして」
「ああ」
それから暫く、悠希はお茶を飲みながら、取り留めのない話をしていた。悠希の言っているあの人というのが、本当に居るかどうかについて、結論は出ない。しかし、結論は出なくても良いのだろう。端から聞いているだけでは信じがたい話だけれども、悠希が大切にしている思い出だと言う事にはかわりがない。
ふと、鎌谷の頭にきらりと雪が乗った。
それを見て悠希はくすりと笑う。
「鎌谷君、雪が頭に乗ってる」
「おう。俺犬だから平気だぜ」
「雪の結晶、宝石みたいだよ」
「そうか。見えないのが残念だな」
鎌谷の頭に乗った雪が溶けるのを見届けて、悠希は立ち上がる。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
「おう。帰ったら焼酎のお湯割り飲みたいな」
「しょうがないなぁ。帰ったらお湯沸かそうか」
それだけ話して、悠希と鎌谷は来た時と同じように、言葉少なに、また雪の上に足跡を残していった。
残ったお茶はマグカップに注ぎ、部屋のちゃぶ台へと持っていく。
「鎌谷君、これ飲み終わったらお散歩行くけど、鎌谷君は留守番してる?」
こんな雪の日に散歩に行くのか。そう思ったようで、少し面倒くさそうに鎌谷は悠希に訊ねた。
「お前が散歩に行くなんて珍しいな。もしかして雪が降ってはしゃいでんのか?」
「うーん、それはあるかもしれないけど、なんとなく」
ぼんやりと、きらきらと降る雪を眺めている悠希に鼻を押し当てて、鎌谷は言う。
「まぁ、散歩行くってんなら付き合うよ」
自分を気遣う鎌谷の頭を撫でながら、悠希はお茶を飲む。熱いお茶に温められた息は、部屋の中なのに白く見える気がした。
紅茶を入れた魔法瓶を鞄に入れて、悠希は鎌谷と一緒に、誰も居ない町中を歩く。雪が浅く積もり、足跡が残っていく。
「どこまで行く?」
「土手の辺りかな?
あそこなら屋根付きのベンチがあるし」
言葉少なに、細い路地を通っていく。路地を抜けると、そこは参道だった。去年の夏、花火大会があった時は人で溢れていただろうこの参道も、こんな雪の日では、流石に人がまばらだ。
参道を抜け、寺の周りの道を歩き、土手を目指す。坂を上り、その上には小さな公園があって、屋根付きのベンチが設置されていた。
ベンチに座り、悠希は魔法瓶を取り出して蓋を開ける。魔法瓶の口から広がった華やかな香りで、一瞬降っている雪が宝石のように見えた。
「鎌谷君には話したっけ?」
「何をだ?」
「石見銀山に行った時のこと」
「去年の話か? それとも、昔の話か?」
訊ねはしたけれども、きっとどちらの話でも聞くつもりなのだろう、鎌谷はベンチの上に乗り悠希に寄りかかる。
「鉱山の中に入ったら、暗いはずの坑内が、きらきら光る鉱石でいっぱいで、そこで不思議な人に会ったって」
「ああ」
この話は、今までに何度か悠希から聞いている。そして、この話の締めくくりはいつも同じだ。
「あの人は、本当に居るのかなぁ」
その言葉に、鎌谷は何も返さない。居るか居ないかがわからない、居ない可能性の方が居る可能性よりもずっと大きいその人物を、悠希は居ると思いたいのだ。
けれども、鎌谷はその実在を確認していない。だから、気休めでもいい加減なことは言えないようだ。
「去年、石見銀山に行った時、挨拶しに行ったんだ。そうしたら、一瞬だけその人が見えたような気がして」
「ああ」
それから暫く、悠希はお茶を飲みながら、取り留めのない話をしていた。悠希の言っているあの人というのが、本当に居るかどうかについて、結論は出ない。しかし、結論は出なくても良いのだろう。端から聞いているだけでは信じがたい話だけれども、悠希が大切にしている思い出だと言う事にはかわりがない。
ふと、鎌谷の頭にきらりと雪が乗った。
それを見て悠希はくすりと笑う。
「鎌谷君、雪が頭に乗ってる」
「おう。俺犬だから平気だぜ」
「雪の結晶、宝石みたいだよ」
「そうか。見えないのが残念だな」
鎌谷の頭に乗った雪が溶けるのを見届けて、悠希は立ち上がる。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
「おう。帰ったら焼酎のお湯割り飲みたいな」
「しょうがないなぁ。帰ったらお湯沸かそうか」
それだけ話して、悠希と鎌谷は来た時と同じように、言葉少なに、また雪の上に足跡を残していった。
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