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第十八章 仮装ハロウィン
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『新橋君……マスケラって作れる……?』
そろそろ秋になろうかというある日、短大時代に同じ文芸部だった友人から着信が有ったので、久しぶりだなと思いながら電話に出ると、突然そんな事を言われた。
「いや、そもそもなんで市ヶ谷君は僕がマスケラ作れると思ったの?」
『新橋君は調べ物が得意だから……作り方を知らなくても調べられるかなって』
なんとなく無茶なことを言われたような気がするが、そもそも何故、市ヶ谷がそんな事を訊くのか。不思議に思った悠希が訊ねると、今度職場でハロウィンパーティーをする事になったそうなのだが、市ヶ谷は刺繍科だったとは言え美大卒なので、他の人とは一線を画した仮装が出来るのだろうと、期待されているらしい。
「ああ、うん。大変だね。
でも、市ヶ谷君はあくまでも刺繍科だったって押し通せないかなぁ」
『押し通そうとしたけど……みんな聞かなくて』
「あと、マスケラだけ凝ってても、他をなんとかしないとやっぱ納得しない気がするよ? その感じだと」
『他の部分は、実はもう用意してあるんだ……でも、良さそうなマスケラが見付けられなくて』
こうなってくると、悠希としては断りづらい。多分、市ヶ谷も相当自分でマスケラを探した上でこう言っているのだろうし、出来れば友人の力になりたい。しかし、マスケラなんてどう作れば良いのか……
そこまで考えて、ふとカナメの顔が浮かんだ。彼はコスプレイヤーで、確か自作のマスケラを持っていたはず。カナメに訊けば、なんとかなるかもしれない。そう思った悠希は、市ヶ谷に訊ねる。
「わかった。やってみるね。
それで、デザインとかどんな感じにしたいのか訊きたいんだけど」
『そう……? ありがとう。
デザインは……ミミズクをイメージして、羽で蔽われた物が良いな』
「なるほど。納期はいつ頃?」
『パーティーが今月末だから……来週末くらいかな』
確かに、ハロウィンとなったらそれくらいの納期にはなるだろうが、やはり急な話だなと、悠希は思う。しかし、なんだかんだで悠希は高等遊民だ、二週間もあればなんとか出来るだろう。
「わかった。でも、もし出来なさそうだったら早めに連絡するから、その時は諦めてね」
『うん、わかった……じゃあ、よろしくね』
そうして通話が切れて、今度はカナメのPHSに電話をかけた。
電話でカナメにマスケラの作り方を訊ねたところ、羽で装飾するのであれば紙を何重にも重ねて作る張り子という手法で作ると良いと言われた。
確かに、張り子なら悠希でもなんとか出来そうなので、悠希は近所の文房具屋に和紙と糊を買いに行き、制作に取りかかった。
「それにしてもさ」
「なぁに? 鎌谷君」
「その、マネキンヘッドっていうのか?
それにラップ巻いてあるとちょっとした事件の香りするよな」
「うん、生首だもんね」
マネキンヘッドはカナメから借りた物なのだが、しっかりとメイクが施されている物なので、リアルとまでは行かない物の、これが夜中枕元にあったら怖いだろうという物だった。けれども、目の位置がわかりやすいので、張り子をしてマスケラを形成するのには向いている。
和紙をちぎり、水で溶いた糊を塗って、ラップを巻いたマネキンヘッドに張っていく。それを繰り返し、和紙一枚分がなくなったところで、厚みも十分になったようだし、乾燥させる事にした。
気がつけば時刻は夕食時。悠希はマネキンヘッドを棚の上に立てて置いて、鎌谷に夕食の犬缶を用意しに行った。
その翌日、マスケラの乾燥待ちをしながら、悠希は装飾用の羽を買いに新宿を訪れた。
鎌谷と一緒に店内を周り、羽を買う。用事が済んだ後、ふと鎌谷が言った。
「折角ここまで来たんだから、用事だけ済ませて帰るのも味気ないだろ。
飯食ってこうぜ」
その言葉に、悠希は躊躇う。
「え? でも、時間かかっちゃうし、家に帰ってからでも良いよ」
少し俯いてしまった悠希に、鎌谷が肉球を押しつけてから、袴を引っ張る。
「別に時間かかったって俺は構わないぜ。
それよりお前だって、偶には普通の飯食う練習しないとな」
時間が掛かっても構わない。そう言われて、悠希のお腹が小さく鳴った。
「じゃあ、オムライス食べていい? 美味しいオムライス屋さんがあるんだ」
「おう、じゃあそこ行こうぜ」
どこにオムライス屋さんがあるか、そんな話をしながら、悠希は鎌谷と並んで、街の中を歩いて行った。
それから数日後、無事にマスケラを作り上げた悠希は、それを手渡すために市ヶ谷と会うことになった。
浅草橋のレストランで、お茶を飲みながら話をする。
「新橋君、急な依頼でごめんね……でも、依頼を受けてくれて、ありがとう」
「うん、急な事でびっくりはしたけど、なんとか出来上がったから。
こんな感じになったんだけど、良いかな?」
そう言って、悠希が取り出し、蓋を開けた箱の中に入っているのは、白と焦げ茶色の羽で蔽われ、少し耳のような形の羽もあるマスケラだ。羽で蔽われているだけでなく、アイホールの下瞼部分にはクリアカラーのラインストーンがあしらわれ、頬の部分からはカナリアイエローのカットガラスが下げられている。
「すごい、僕が考えてたのよりいい感じだ……」
「そう? 気に入ってくれたなら良いんだけど」
少し驚いた顔でマスケラを手に取る市ヶ谷の様子を見て、悠希はつい照れてしまう。
すると、市ヶ谷がこんな事を訊いてきた。
「それで、新橋君……このマスケラのお代はいくら……?」
「う~ん、材料費が、いくらだったかなぁ」
「材料費だけじゃなくて、手間賃も入れてね……」
「えっ?」
まさか材料費だけでなく手間賃も出して貰えるとは思っていなかったので驚いたが、確かに、以前あまり安く品物を出す人が居ると困ってしまう人が居る。と言う話を聞いたし、ここは素直に手間賃も含めた値段を提示するべきだろう。
「えっ……と、結構材料費もかかっちゃったから、一万五千円くらい?」
流石にこれは高額すぎるか。そう思ったけれども、市ヶ谷はにこりと笑って財布を取り出す。
「新橋君がそれで良いというのなら、その値段で良いけれど……もっとするかと思ったよ」
「そ、そう?」
一体どんな価格を想定していたのだろう。それが疑問でもあり少しこわくもあったけれど、無事にお代を貰えたし市ヶ谷も満足しているようなので、深くは訊かない。
マスケラの受け渡しが終わって、暫くその場で話をする。
「新橋君、最近調子はどう……?」
「うーん、特に変わりは無いかな。市ヶ谷君は、仕事が忙しかったりしない?」
「そうだね……たまに無茶なことをいうクライアントが居るみたいで、忙しくなることはあるけど……休みは取れてるよ」
「そっか、良かった」
会っていなかった間の積もる話をして、それから、夕食時より少し前に、お互い夕食の用意が有るからと、店を出て別れた。
そろそろ秋になろうかというある日、短大時代に同じ文芸部だった友人から着信が有ったので、久しぶりだなと思いながら電話に出ると、突然そんな事を言われた。
「いや、そもそもなんで市ヶ谷君は僕がマスケラ作れると思ったの?」
『新橋君は調べ物が得意だから……作り方を知らなくても調べられるかなって』
なんとなく無茶なことを言われたような気がするが、そもそも何故、市ヶ谷がそんな事を訊くのか。不思議に思った悠希が訊ねると、今度職場でハロウィンパーティーをする事になったそうなのだが、市ヶ谷は刺繍科だったとは言え美大卒なので、他の人とは一線を画した仮装が出来るのだろうと、期待されているらしい。
「ああ、うん。大変だね。
でも、市ヶ谷君はあくまでも刺繍科だったって押し通せないかなぁ」
『押し通そうとしたけど……みんな聞かなくて』
「あと、マスケラだけ凝ってても、他をなんとかしないとやっぱ納得しない気がするよ? その感じだと」
『他の部分は、実はもう用意してあるんだ……でも、良さそうなマスケラが見付けられなくて』
こうなってくると、悠希としては断りづらい。多分、市ヶ谷も相当自分でマスケラを探した上でこう言っているのだろうし、出来れば友人の力になりたい。しかし、マスケラなんてどう作れば良いのか……
そこまで考えて、ふとカナメの顔が浮かんだ。彼はコスプレイヤーで、確か自作のマスケラを持っていたはず。カナメに訊けば、なんとかなるかもしれない。そう思った悠希は、市ヶ谷に訊ねる。
「わかった。やってみるね。
それで、デザインとかどんな感じにしたいのか訊きたいんだけど」
『そう……? ありがとう。
デザインは……ミミズクをイメージして、羽で蔽われた物が良いな』
「なるほど。納期はいつ頃?」
『パーティーが今月末だから……来週末くらいかな』
確かに、ハロウィンとなったらそれくらいの納期にはなるだろうが、やはり急な話だなと、悠希は思う。しかし、なんだかんだで悠希は高等遊民だ、二週間もあればなんとか出来るだろう。
「わかった。でも、もし出来なさそうだったら早めに連絡するから、その時は諦めてね」
『うん、わかった……じゃあ、よろしくね』
そうして通話が切れて、今度はカナメのPHSに電話をかけた。
電話でカナメにマスケラの作り方を訊ねたところ、羽で装飾するのであれば紙を何重にも重ねて作る張り子という手法で作ると良いと言われた。
確かに、張り子なら悠希でもなんとか出来そうなので、悠希は近所の文房具屋に和紙と糊を買いに行き、制作に取りかかった。
「それにしてもさ」
「なぁに? 鎌谷君」
「その、マネキンヘッドっていうのか?
それにラップ巻いてあるとちょっとした事件の香りするよな」
「うん、生首だもんね」
マネキンヘッドはカナメから借りた物なのだが、しっかりとメイクが施されている物なので、リアルとまでは行かない物の、これが夜中枕元にあったら怖いだろうという物だった。けれども、目の位置がわかりやすいので、張り子をしてマスケラを形成するのには向いている。
和紙をちぎり、水で溶いた糊を塗って、ラップを巻いたマネキンヘッドに張っていく。それを繰り返し、和紙一枚分がなくなったところで、厚みも十分になったようだし、乾燥させる事にした。
気がつけば時刻は夕食時。悠希はマネキンヘッドを棚の上に立てて置いて、鎌谷に夕食の犬缶を用意しに行った。
その翌日、マスケラの乾燥待ちをしながら、悠希は装飾用の羽を買いに新宿を訪れた。
鎌谷と一緒に店内を周り、羽を買う。用事が済んだ後、ふと鎌谷が言った。
「折角ここまで来たんだから、用事だけ済ませて帰るのも味気ないだろ。
飯食ってこうぜ」
その言葉に、悠希は躊躇う。
「え? でも、時間かかっちゃうし、家に帰ってからでも良いよ」
少し俯いてしまった悠希に、鎌谷が肉球を押しつけてから、袴を引っ張る。
「別に時間かかったって俺は構わないぜ。
それよりお前だって、偶には普通の飯食う練習しないとな」
時間が掛かっても構わない。そう言われて、悠希のお腹が小さく鳴った。
「じゃあ、オムライス食べていい? 美味しいオムライス屋さんがあるんだ」
「おう、じゃあそこ行こうぜ」
どこにオムライス屋さんがあるか、そんな話をしながら、悠希は鎌谷と並んで、街の中を歩いて行った。
それから数日後、無事にマスケラを作り上げた悠希は、それを手渡すために市ヶ谷と会うことになった。
浅草橋のレストランで、お茶を飲みながら話をする。
「新橋君、急な依頼でごめんね……でも、依頼を受けてくれて、ありがとう」
「うん、急な事でびっくりはしたけど、なんとか出来上がったから。
こんな感じになったんだけど、良いかな?」
そう言って、悠希が取り出し、蓋を開けた箱の中に入っているのは、白と焦げ茶色の羽で蔽われ、少し耳のような形の羽もあるマスケラだ。羽で蔽われているだけでなく、アイホールの下瞼部分にはクリアカラーのラインストーンがあしらわれ、頬の部分からはカナリアイエローのカットガラスが下げられている。
「すごい、僕が考えてたのよりいい感じだ……」
「そう? 気に入ってくれたなら良いんだけど」
少し驚いた顔でマスケラを手に取る市ヶ谷の様子を見て、悠希はつい照れてしまう。
すると、市ヶ谷がこんな事を訊いてきた。
「それで、新橋君……このマスケラのお代はいくら……?」
「う~ん、材料費が、いくらだったかなぁ」
「材料費だけじゃなくて、手間賃も入れてね……」
「えっ?」
まさか材料費だけでなく手間賃も出して貰えるとは思っていなかったので驚いたが、確かに、以前あまり安く品物を出す人が居ると困ってしまう人が居る。と言う話を聞いたし、ここは素直に手間賃も含めた値段を提示するべきだろう。
「えっ……と、結構材料費もかかっちゃったから、一万五千円くらい?」
流石にこれは高額すぎるか。そう思ったけれども、市ヶ谷はにこりと笑って財布を取り出す。
「新橋君がそれで良いというのなら、その値段で良いけれど……もっとするかと思ったよ」
「そ、そう?」
一体どんな価格を想定していたのだろう。それが疑問でもあり少しこわくもあったけれど、無事にお代を貰えたし市ヶ谷も満足しているようなので、深くは訊かない。
マスケラの受け渡しが終わって、暫くその場で話をする。
「新橋君、最近調子はどう……?」
「うーん、特に変わりは無いかな。市ヶ谷君は、仕事が忙しかったりしない?」
「そうだね……たまに無茶なことをいうクライアントが居るみたいで、忙しくなることはあるけど……休みは取れてるよ」
「そっか、良かった」
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