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第十六章 梅雨寒の乗りきり方
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梅雨の時期に入り、雨が降っていることが多くなった頃、悠希は相変わらず、家のパソコンに向かって小説を書いていた。
そろそろ夏に向かって気温が上がってくる頃なのに、妙に肌寒い。布団の上で丸まっていた鎌谷が、悠希の側に来た。
「なんか妙に寒くね? クーラーはつけてないよな?」
「うん。クーラーはつけてないけど、確かに寒いなぁ」
「なんか温まるもんないか? 熱燗とか」
「そんな昼間から飲んでばかりいないでね?」
鎌谷の背中をさすりながらそんな話をしていると、悠希の携帯電話が鳴り始めた。
誰からの着信だろうと思ったら、どうやら同じアパートの同じ階に住んでいる、カナメからのようだった。何かと思って電話に出ると、クッキーを焼いたから食べに来ないかと言う誘いだった。
『美夏は暫く出張してるから居ないけど、良かったらどう?』
「いいの? じゃあこれからちょっとお邪魔しようかな」
『うん。お茶の準備して待ってるね』
そう言って通話を切って、悠希はパソコンで開いていたテキストエディタに保存をかけ、電源を落とす。
「鎌谷君、一緒にカナメさんの部屋行く? クッキー焼いたんだって」
「まじか。それじゃあ俺も行くわ」
それから、悠希は着ている浴衣を少し整えて、携帯電話と鍵を持ち、鎌谷と一緒に部屋を出た。
カナメの部屋に付くと、ハイネックのカットソーの上にカーディガンを羽織り、ショートパンツを穿いたカナメが出迎えてくれた。
「いらっしゃい。取り敢えず中入って。
今、お茶淹れるのにお湯湧かしてるから、少し待っててね」
そう言って悠希達を部屋の奥に通したカナメは、キッチンでお湯を沸かしている鍋を見ている。
クッキーの盛られたお皿が載っているちゃぶ台の前に悠希と鎌谷が座っているのだが、どうにも悠希がちらちらとカナメの方を見ては視線を外してと言うのを繰り返している。
「どうしたんだよ」
「え? う、ううん。なんでもないよ」
怪訝そうにしている鎌谷にそう返すが、実際の所、悠希はカナメの脚がやたらと目に付いてしまい、目のやり所に困っているのだ。
やや男性的だけれども、すらりとした白い脚。細くはあるものの、太ももの辺りなどは柔らかそうで、つい触ってみたくなる。
カナメには美夏という彼女が居るし、何より男だ。その事を思い返し、邪(よこしま)なことを考えないようにしようとするけれども、やはり気になってしまう。
そんな悠希の心うちを知ってか知らずか、鎌谷が悠希の膝の上に乗る。
「ん? どうしたの、鎌谷君」
「床よりこっちの方がぬくい」
「もう、しょうがないなぁ」
しょうがないと言いながらも、乗られている悠希は満更でもない様子。なんとなく、鎌谷のお腹を撫でているうちに、先程まで考えていたことは頭から抜けていた。
そうしている間にもお茶が入ったようで、カナメがガラスのティーポットとガラスのティーカップを三つ持ってやって来た。
「おまたせ。鎌谷君は少し冷ましてからの方が良いのかな?」
「そうだな、ちょっと冷めるまで待つわ」
ティーポットの中に入っているのは真っ青なお茶。それをカナメは、ティーカップに注いでいく。
「カナメさん、もしかしてこれ、マロウブルーかな?」
悠希の問いに、カナメはふわりと笑って答える。
「うん、そうだよ。レモンも有った方が良いかな?」
「うん、有ると嬉しいかも。でも、レモンなんて有る?」
「レモン果汁があるってくらいだけど。冷蔵庫から出すね」
そう言ってカナメがすぐ側にある冷蔵庫から取り出したのは、レモンの形の小さな容器。
蓋を開け、カナメは自分の分の青いお茶に一滴、レモン果汁を垂らした。すると、見る見るうちに青かったお茶が桜色に変わった。
悠希も、カナメから容器を借りて一滴カップに垂らす。するとやはり、青から桜色へと変わった。
「鎌谷君はレモンどうする?」
カナメがそう訊ねると、鎌谷は悠希の膝の上で尻尾をぱたりぱたりと動かす。
「俺はいいや。あんま酸っぱくしたくない」
全員のお茶がセッティングされたところで、いただきますと言ってから、クッキーを食べ始める。
細長い長方形で少し焦げ目の付いたそのクッキーは、まだ温かく芳醇なチーズの香りがした。
「おー、美味いな。カナメはこういうお菓子作りとか結構やんのか?」
両手でクッキーを持ってサクサク囓る鎌谷に、カナメもクッキー片手に返す。
「実は、製菓はあまり得意じゃないんだけど、このチーズクッキーは美夏が好きだから、よく作るよ」
「へぇ、美夏さんこのクッキー好きなんだ」
今ここに居ない、出張できっと大変な仕事をしているだろう美夏のことに、思いを馳せる。軍の仕事が大変なのは、悠希も聖史から聞いているので知ってはいる。厳しい軍の仕事をこなす美夏を、こうやってカナメが支えているのかと思うと、その関係が少し羨ましく感じられた。
クッキーを食べ終わって、何度かお茶も淹れて、二人と一匹はたわいのない話をしていた。
「そう言えば、今日なんか妙に寒いね。梅雨寒かな?」
カナメが太ももをさすりながら言うので、悠希も鎌谷のお腹を揉みながら言う。
「うん、寒いよね。
でも、カナメさんがお茶淹れてくれたから、少し温まったかも」
「そう? 良かった」
そうしている間にも、悠希の膝の上で鎌谷がうとうとしはじめた。
「鎌谷君、眠い?」
「眠くは無いけど、布団には入りたいな」
「うん、眠いんだね」
鎌谷が寝る体勢に入り始めたので、悠希は鎌谷を抱え、そろそろお暇しますね。とカナメに言って立ち上がる。
「悠希さん、またね」
「うん。今日はありがとう。
それじゃあ、お邪魔しました」
玄関から外に出て、ドアが閉まるのを見てから、悠希は鎌谷を抱えたまま自分の部屋へと戻る。
「もしかして、また毛布出した方が良いかなぁ? しまっちゃったけど」
洗濯したばかりの毛布のことを考えながら、鍵を開けて、自分の部屋へと入っていった。
そろそろ夏に向かって気温が上がってくる頃なのに、妙に肌寒い。布団の上で丸まっていた鎌谷が、悠希の側に来た。
「なんか妙に寒くね? クーラーはつけてないよな?」
「うん。クーラーはつけてないけど、確かに寒いなぁ」
「なんか温まるもんないか? 熱燗とか」
「そんな昼間から飲んでばかりいないでね?」
鎌谷の背中をさすりながらそんな話をしていると、悠希の携帯電話が鳴り始めた。
誰からの着信だろうと思ったら、どうやら同じアパートの同じ階に住んでいる、カナメからのようだった。何かと思って電話に出ると、クッキーを焼いたから食べに来ないかと言う誘いだった。
『美夏は暫く出張してるから居ないけど、良かったらどう?』
「いいの? じゃあこれからちょっとお邪魔しようかな」
『うん。お茶の準備して待ってるね』
そう言って通話を切って、悠希はパソコンで開いていたテキストエディタに保存をかけ、電源を落とす。
「鎌谷君、一緒にカナメさんの部屋行く? クッキー焼いたんだって」
「まじか。それじゃあ俺も行くわ」
それから、悠希は着ている浴衣を少し整えて、携帯電話と鍵を持ち、鎌谷と一緒に部屋を出た。
カナメの部屋に付くと、ハイネックのカットソーの上にカーディガンを羽織り、ショートパンツを穿いたカナメが出迎えてくれた。
「いらっしゃい。取り敢えず中入って。
今、お茶淹れるのにお湯湧かしてるから、少し待っててね」
そう言って悠希達を部屋の奥に通したカナメは、キッチンでお湯を沸かしている鍋を見ている。
クッキーの盛られたお皿が載っているちゃぶ台の前に悠希と鎌谷が座っているのだが、どうにも悠希がちらちらとカナメの方を見ては視線を外してと言うのを繰り返している。
「どうしたんだよ」
「え? う、ううん。なんでもないよ」
怪訝そうにしている鎌谷にそう返すが、実際の所、悠希はカナメの脚がやたらと目に付いてしまい、目のやり所に困っているのだ。
やや男性的だけれども、すらりとした白い脚。細くはあるものの、太ももの辺りなどは柔らかそうで、つい触ってみたくなる。
カナメには美夏という彼女が居るし、何より男だ。その事を思い返し、邪(よこしま)なことを考えないようにしようとするけれども、やはり気になってしまう。
そんな悠希の心うちを知ってか知らずか、鎌谷が悠希の膝の上に乗る。
「ん? どうしたの、鎌谷君」
「床よりこっちの方がぬくい」
「もう、しょうがないなぁ」
しょうがないと言いながらも、乗られている悠希は満更でもない様子。なんとなく、鎌谷のお腹を撫でているうちに、先程まで考えていたことは頭から抜けていた。
そうしている間にもお茶が入ったようで、カナメがガラスのティーポットとガラスのティーカップを三つ持ってやって来た。
「おまたせ。鎌谷君は少し冷ましてからの方が良いのかな?」
「そうだな、ちょっと冷めるまで待つわ」
ティーポットの中に入っているのは真っ青なお茶。それをカナメは、ティーカップに注いでいく。
「カナメさん、もしかしてこれ、マロウブルーかな?」
悠希の問いに、カナメはふわりと笑って答える。
「うん、そうだよ。レモンも有った方が良いかな?」
「うん、有ると嬉しいかも。でも、レモンなんて有る?」
「レモン果汁があるってくらいだけど。冷蔵庫から出すね」
そう言ってカナメがすぐ側にある冷蔵庫から取り出したのは、レモンの形の小さな容器。
蓋を開け、カナメは自分の分の青いお茶に一滴、レモン果汁を垂らした。すると、見る見るうちに青かったお茶が桜色に変わった。
悠希も、カナメから容器を借りて一滴カップに垂らす。するとやはり、青から桜色へと変わった。
「鎌谷君はレモンどうする?」
カナメがそう訊ねると、鎌谷は悠希の膝の上で尻尾をぱたりぱたりと動かす。
「俺はいいや。あんま酸っぱくしたくない」
全員のお茶がセッティングされたところで、いただきますと言ってから、クッキーを食べ始める。
細長い長方形で少し焦げ目の付いたそのクッキーは、まだ温かく芳醇なチーズの香りがした。
「おー、美味いな。カナメはこういうお菓子作りとか結構やんのか?」
両手でクッキーを持ってサクサク囓る鎌谷に、カナメもクッキー片手に返す。
「実は、製菓はあまり得意じゃないんだけど、このチーズクッキーは美夏が好きだから、よく作るよ」
「へぇ、美夏さんこのクッキー好きなんだ」
今ここに居ない、出張できっと大変な仕事をしているだろう美夏のことに、思いを馳せる。軍の仕事が大変なのは、悠希も聖史から聞いているので知ってはいる。厳しい軍の仕事をこなす美夏を、こうやってカナメが支えているのかと思うと、その関係が少し羨ましく感じられた。
クッキーを食べ終わって、何度かお茶も淹れて、二人と一匹はたわいのない話をしていた。
「そう言えば、今日なんか妙に寒いね。梅雨寒かな?」
カナメが太ももをさすりながら言うので、悠希も鎌谷のお腹を揉みながら言う。
「うん、寒いよね。
でも、カナメさんがお茶淹れてくれたから、少し温まったかも」
「そう? 良かった」
そうしている間にも、悠希の膝の上で鎌谷がうとうとしはじめた。
「鎌谷君、眠い?」
「眠くは無いけど、布団には入りたいな」
「うん、眠いんだね」
鎌谷が寝る体勢に入り始めたので、悠希は鎌谷を抱え、そろそろお暇しますね。とカナメに言って立ち上がる。
「悠希さん、またね」
「うん。今日はありがとう。
それじゃあ、お邪魔しました」
玄関から外に出て、ドアが閉まるのを見てから、悠希は鎌谷を抱えたまま自分の部屋へと戻る。
「もしかして、また毛布出した方が良いかなぁ? しまっちゃったけど」
洗濯したばかりの毛布のことを考えながら、鍵を開けて、自分の部屋へと入っていった。
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