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第十章 絵で喰ってくのは楽じゃない
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街の空気もすっかり冷たくなり、外出をするのに外套が欲しくなった頃。悠希の元に一枚のはがきが届いた。
そのはがきには暗い色調ながらも繊細なタッチで描かれた油絵が載っていて、宛名面には地図も載っている。
「鎌谷君、白岡君から個展のお知らせ来たよ。
今度行く?」
「んあ? あいつまた個展やんの?」
「いつも通り千駄木でやるって」
個展のお知らせを送ってきた白岡という人物は、悠希の短大時代からの友人で、学生の頃は同じ文芸部に所属していた。短大卒業後就職をせずにアルバイトをしながら絵を描き、個展やグループ展を開催して絵を売るという事をしているのだが、展示会の度にお知らせを送ってきてくれるので、行くか行かないかは別として生存確認は取れている。
悠希は鎌谷を連れて何度か白岡の個展に行っているのだが、初めて白岡に鎌谷を紹介した時、とても驚かれた物だった。
それでも、鎌谷と気が合わないと言う事はないらしく、悠希が鎌谷を連れて行くと、その度に鎌谷をなでくり回している。
「どうせ行くんだったら在廊してる時が良いよな」
「そうだね、二日くらい在廊してる日があるみたいだから、その時に行こうか」
はがきに書かれている在廊日時を確認して、悠希は手帖を開いて予定を書き込んだ。
そしてやって来た個展。駅からそこまでは離れていないが、入り組んだ路地の中にある、小さなカフェ。そこはカフェとギャラリーを兼ねている所で、気軽に入りやすいと言う事と、飲み物を飲みながらゆっくり作品を見る事が出来ると言う事で、白岡が良く使う場所だ。
カフェのドアを開け中に入ると、狭い店内の壁には暗い色調で描かれた幻想的で耽美な絵が飾られ、テーブル席とカウンター席があった。
カウンター席に、ラフな格好をした大柄な男性が座っている。悠希はその男性に声を掛けた。
「白岡君、久しぶり。元気してた?」
「よう新橋、来てくれたんだな。
鎌谷君も久しぶりだなー」
声を掛けると、カウンター席で赤いソーダを飲んでいた白岡が悠希達の元に来て、早速鎌谷のほっぺたをむにむにとつまみ始めた。
「お前さ、俺が来るといつもこれやっけど、飽きないのか?」
「俺は犬派だ。しかも、こんな風に触れる事は滅多に無いからな」
そんな事を言いはする物の、鎌谷も嫌そうな顔はしていない。
白岡の歓迎を受けたところで、まずは作品を見ようと、悠希と鎌谷は店の壁面に目を向けた。
じっくりと、暫く絵を堪能した後、悠希と鎌谷もカウンター席に座り、飲み物を注文して白岡と話をする。
「ところで白岡よぉ、絵の売れ行きはどうなんだ?」
日本酒を飲みながらそう訊ねる鎌谷に、悠希はそんな事を訊いていいのかと思ったが、訊かれている本人の白岡は時に気にした様子も無く、グラスに刺さったストローから口を離して答える。
「そうだなぁ、最近ようやく個展やってもトントンになるくらいにはなったな。
流石に、まだバイトはしてないと食ってけないくらいだけど」
それを聞いた悠希は、思い出したように訊ねる。
「でも、前に絵のお仕事貰ったって言ってなかった?
確か小説の表紙と挿絵って聞いたけど」
すると、白岡は頭を抱えてしまった。
何か悪い事を言ってしまったのだろうか。悠希はついそう思ってしまって焦る。
すると、白岡は呻くような声でこう言った。
「その小説なんだけど、出版社が潰れて仕事無くなった」
「えええ……」
白岡が請け負った絵の仕事は、シリーズ物の小説に付ける物なので、暫くは絵の仕事で収入があると思っていたらしい。しかし、本が途中まで発行されたところで出版社が潰れてしまったのだという。
せめて完結まで出版されてから潰れたのならまだ気持ちに整理は付くが、途中となるともんやり感が拭えないし、現実問題として収入が無くなると、白岡は嘆く。
「でもよ、お前今まで何度か小説の挿絵の仕事貰ってんだろ? また探せば見つかるんじゃねーの?」
鎌谷の言葉に、白岡は頬杖を突きながらこう説明する。
「いや、今まで貰ってた絵仕事、全部同じ小説のやつなんだよ」
「え?」
一体どういう事なのか。詳しく話を聞くと、白岡が今までに挿絵を担当した小説は、色々な出版社を渡り歩き、その度に完結前に出版社が潰れているのだという。
他社に渡った後も絵仕事を回して貰えるのは嬉しいのだが、こう毎回毎回出版社が潰れるなどと言う事が有ると、その小説家か白岡が描いた物を出版すると潰れるというジンクスでも有るのでは無いか。白岡はそう言った。
その話を聞いて、悠希はなんとなく嫌な予感がした。
「えっと、その、潰れちゃった出版社さんの名前って、聞いても支障無い?」
「え? 問題ないけど、えーっと……」
悠希の質問に、白岡は幾つか出版社の名前を挙げていく。その出版社の名前は、悠希も知っている物だった。
顔から血の気が引く思いをしながら、悠希はちらりと鎌谷を見る。すると鎌谷は、やっぱりな。と言った顔をしていた。
実は、悠希は今までに沢山の出版社の小説大賞に応募して、いくつも賞を貰っている。その賞金である程度生活をしているというのは有るのだが、それはそれとして、悠希の作品を選び、賞金を払い、これから出版しましょう。と言う話が出たところで、いつも出版社が倒産しているのだ。
前に誰かから聞いたのだが、老舗の出版社の間では、悠希の作品を出版しようとすると会社が潰れると言うジンクスが流れているほどだらしい。
そして、今白岡が挙げた出版社は、ここ数年で悠希が小説を投稿して、その作品を出版しようという話を持ちかけてきていた所ばかりだったのだ。
さすがに、これには悠希も気まずい思いをする。
けれども、ここで自分のせいかもしれないと言うのもなんとなく自意識過剰な気がしたので、ただ頷きながら白岡の話を聞く。
気まずい空気を感じながら炭酸水を飲んでいると、カフェの扉を開く音がした。
他のお客さんが来たのかと思い入り口の方を向くと、ひとりの女性が立っていた。
「あ、知り合いが来たからちょっと失礼するな」
今までの陰鬱な雰囲気はどこへやら、白岡は入ってきた女性の元に行き、話をして居る。
もしかしたら常連さんなのかも知れない。そう思った悠希は、そろそろお暇しようと、白岡に軽く声を掛けてカフェの外へ出た。
そのはがきには暗い色調ながらも繊細なタッチで描かれた油絵が載っていて、宛名面には地図も載っている。
「鎌谷君、白岡君から個展のお知らせ来たよ。
今度行く?」
「んあ? あいつまた個展やんの?」
「いつも通り千駄木でやるって」
個展のお知らせを送ってきた白岡という人物は、悠希の短大時代からの友人で、学生の頃は同じ文芸部に所属していた。短大卒業後就職をせずにアルバイトをしながら絵を描き、個展やグループ展を開催して絵を売るという事をしているのだが、展示会の度にお知らせを送ってきてくれるので、行くか行かないかは別として生存確認は取れている。
悠希は鎌谷を連れて何度か白岡の個展に行っているのだが、初めて白岡に鎌谷を紹介した時、とても驚かれた物だった。
それでも、鎌谷と気が合わないと言う事はないらしく、悠希が鎌谷を連れて行くと、その度に鎌谷をなでくり回している。
「どうせ行くんだったら在廊してる時が良いよな」
「そうだね、二日くらい在廊してる日があるみたいだから、その時に行こうか」
はがきに書かれている在廊日時を確認して、悠希は手帖を開いて予定を書き込んだ。
そしてやって来た個展。駅からそこまでは離れていないが、入り組んだ路地の中にある、小さなカフェ。そこはカフェとギャラリーを兼ねている所で、気軽に入りやすいと言う事と、飲み物を飲みながらゆっくり作品を見る事が出来ると言う事で、白岡が良く使う場所だ。
カフェのドアを開け中に入ると、狭い店内の壁には暗い色調で描かれた幻想的で耽美な絵が飾られ、テーブル席とカウンター席があった。
カウンター席に、ラフな格好をした大柄な男性が座っている。悠希はその男性に声を掛けた。
「白岡君、久しぶり。元気してた?」
「よう新橋、来てくれたんだな。
鎌谷君も久しぶりだなー」
声を掛けると、カウンター席で赤いソーダを飲んでいた白岡が悠希達の元に来て、早速鎌谷のほっぺたをむにむにとつまみ始めた。
「お前さ、俺が来るといつもこれやっけど、飽きないのか?」
「俺は犬派だ。しかも、こんな風に触れる事は滅多に無いからな」
そんな事を言いはする物の、鎌谷も嫌そうな顔はしていない。
白岡の歓迎を受けたところで、まずは作品を見ようと、悠希と鎌谷は店の壁面に目を向けた。
じっくりと、暫く絵を堪能した後、悠希と鎌谷もカウンター席に座り、飲み物を注文して白岡と話をする。
「ところで白岡よぉ、絵の売れ行きはどうなんだ?」
日本酒を飲みながらそう訊ねる鎌谷に、悠希はそんな事を訊いていいのかと思ったが、訊かれている本人の白岡は時に気にした様子も無く、グラスに刺さったストローから口を離して答える。
「そうだなぁ、最近ようやく個展やってもトントンになるくらいにはなったな。
流石に、まだバイトはしてないと食ってけないくらいだけど」
それを聞いた悠希は、思い出したように訊ねる。
「でも、前に絵のお仕事貰ったって言ってなかった?
確か小説の表紙と挿絵って聞いたけど」
すると、白岡は頭を抱えてしまった。
何か悪い事を言ってしまったのだろうか。悠希はついそう思ってしまって焦る。
すると、白岡は呻くような声でこう言った。
「その小説なんだけど、出版社が潰れて仕事無くなった」
「えええ……」
白岡が請け負った絵の仕事は、シリーズ物の小説に付ける物なので、暫くは絵の仕事で収入があると思っていたらしい。しかし、本が途中まで発行されたところで出版社が潰れてしまったのだという。
せめて完結まで出版されてから潰れたのならまだ気持ちに整理は付くが、途中となるともんやり感が拭えないし、現実問題として収入が無くなると、白岡は嘆く。
「でもよ、お前今まで何度か小説の挿絵の仕事貰ってんだろ? また探せば見つかるんじゃねーの?」
鎌谷の言葉に、白岡は頬杖を突きながらこう説明する。
「いや、今まで貰ってた絵仕事、全部同じ小説のやつなんだよ」
「え?」
一体どういう事なのか。詳しく話を聞くと、白岡が今までに挿絵を担当した小説は、色々な出版社を渡り歩き、その度に完結前に出版社が潰れているのだという。
他社に渡った後も絵仕事を回して貰えるのは嬉しいのだが、こう毎回毎回出版社が潰れるなどと言う事が有ると、その小説家か白岡が描いた物を出版すると潰れるというジンクスでも有るのでは無いか。白岡はそう言った。
その話を聞いて、悠希はなんとなく嫌な予感がした。
「えっと、その、潰れちゃった出版社さんの名前って、聞いても支障無い?」
「え? 問題ないけど、えーっと……」
悠希の質問に、白岡は幾つか出版社の名前を挙げていく。その出版社の名前は、悠希も知っている物だった。
顔から血の気が引く思いをしながら、悠希はちらりと鎌谷を見る。すると鎌谷は、やっぱりな。と言った顔をしていた。
実は、悠希は今までに沢山の出版社の小説大賞に応募して、いくつも賞を貰っている。その賞金である程度生活をしているというのは有るのだが、それはそれとして、悠希の作品を選び、賞金を払い、これから出版しましょう。と言う話が出たところで、いつも出版社が倒産しているのだ。
前に誰かから聞いたのだが、老舗の出版社の間では、悠希の作品を出版しようとすると会社が潰れると言うジンクスが流れているほどだらしい。
そして、今白岡が挙げた出版社は、ここ数年で悠希が小説を投稿して、その作品を出版しようという話を持ちかけてきていた所ばかりだったのだ。
さすがに、これには悠希も気まずい思いをする。
けれども、ここで自分のせいかもしれないと言うのもなんとなく自意識過剰な気がしたので、ただ頷きながら白岡の話を聞く。
気まずい空気を感じながら炭酸水を飲んでいると、カフェの扉を開く音がした。
他のお客さんが来たのかと思い入り口の方を向くと、ひとりの女性が立っていた。
「あ、知り合いが来たからちょっと失礼するな」
今までの陰鬱な雰囲気はどこへやら、白岡は入ってきた女性の元に行き、話をして居る。
もしかしたら常連さんなのかも知れない。そう思った悠希は、そろそろお暇しようと、白岡に軽く声を掛けてカフェの外へ出た。
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