嫌犬2nd

藤和

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第三章 高校の友達

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 年も明け暫く経ったある日曜日のこと、悠希が投稿用の小説を書いていると、携帯電話が鳴り始めた。
 誰かと思って発信元を見ると、高校時代に同じ部活だった友人の名前が表示されていた。
 高卒で就職したその友人は、今は仕事で忙しいだろうのにわざわざかけてきてくれるなんて。少し嬉しく思いながら、電話に出る。
「はい、もしもし。
うん。蔵前君も久しぶりだね。何か用事があるのかな?」
 そう話していると、友人の蔵前は、来月有給を数日取ったから、その時に部活の面子で旅行に行かないかという誘いだった。
「うん。良いよ。どこに行くの?」
『実は、前から行ってみたいと思ってた所が有ってさ。
島根の石見銀山なんだけど、どう?』
「石見銀山?」
 かなり遠方の案を出されたけれども、実は、悠希にとって石見銀山は思い入れのある場所だった。
 もう一度訪れたいと前から思って居たけれど、なかなか実現できずに居たのだが、ここで蔵前の誘いに乗ればもう一度行くことが出来る。
 悠希は、詳しい話を聞いて、誘いを受ける事にした。

 そして旅行当日。流石に鎌谷は連れて行けないので実家に預けてきたのだが、先日のG20の時も一緒に居たのに、今回は居ないことに少しだけ不安と寂しさを感じていた。
 しかしそれも、新幹線の中で見知った顔と話しているうちに、だんだんと落ち着いてきた。
 今回旅行に行くのは四人。悠希と、企画主の蔵前と、部活の後輩である葛西と大島だ。
 実は悠希は、大島とは時折会っていたりしているのだが、久しぶりに会った大島を含めた三人は、学生の時とは違って社会人らしい雰囲気になっていた。
 二人がけの席二つの内、前列の方を後ろ向きに回し、四人で腰掛けて話をする。
 前列の席に座っている葛西が、隣に座っている蔵前にこんな事を訊ねた。
「そう言えば蔵前先輩、なんでいきなりみんなで旅行なんて話を出したんです?」
 すると、蔵前は照れたように頬を掻きながら、こう答える。
「実は、今付き合ってる彼女と今度結婚することになってさ。
それで、結婚した後だと、なかなかこういう面子では旅行行きづらいなって思って、それで企画してみた」
 悠希としては蔵前に彼女が居たこと自体が驚きなのだが、ここはそう言う事は言わない方が良いだろうと、にこにこしながらペットボトルのジャスミンティーを飲む。
 すると、悠希の隣に座っている大島が、いつも通りのしれっとした顔で言った。
「蔵前先輩に彼女が居たこと自体が驚きですが、ご結婚おめでとうございます」
 思っていたけれど言わないでいた事を、そっくりそのまま大島に言われ、悠希は思わず鼻からお茶を噴きそうになる。しかしなんとか持ちこたえ、お茶を飲み込んで悠希も言葉を続ける。
「うん。今度結婚するんだ、おめでとう。
相手はどんな人なの?」
「蔵前先輩の事だから、妹さんに似た人。とかですか?」
 蔵前がやや所では無くシスコンなのを知っている葛西が冗談交じりに訊ねると、蔵前はこう返した。
「妹に似てるかって聞かれると、どうなんだろうな。
少なくとも見た目は似てないんだよ。背が高いし、その他も、まぁ」
「その他? 胸のサイズとかですか?」
「葛西、後で一発殴るからな」
 殴ると言いつつも冗談交じりに聞こえる事を言う蔵前に、今度は大島が訊ねる。
「では、性格が似ているとかでしょうか?
蔵前先輩は見た目よりも性格を重視する傾向があるので」
「性格……どうなんだろうな。
真面目なところは似てるっちゃ似てるかもだけど、彼女の方がおおらかと言うかなんというか。
でも、すぐにいろんな事に興味持つのは似てるな。確かに」
 彼女の話だからなのか妹の話だからなのか両方の話だからなのか、些かデレデレしながら、蔵前はしばらく話をする。
 葛西はポテトスナックをかじりながら、大島はペットボトルの成分表示を眺めながら、悠希はにこにこしながら話を聞いて、蔵前がひとしきり話し終わったところで、悠希が蔵前に言う。
「そうなんだ。彼女さんも妹さんも、素敵な人なんだね」
 すると、蔵前は正面に座っている悠希に掴みかかる勢いで食いついてくる。
「そうなんだよ、ほんと良いやつなんだよ!
でもお前に妹はやらないからな!」
「それはわかってるから安心してね?」
 そんな話をしつつ、新幹線は着々と島根に近づいていくのだった。

 岡山で一旦新幹線から乗り換え、電車で出雲に降り立ち、四人は蔵前が運転するレンタカーに乗り込んだ。
 車の中でも、電車に乗っていた時のように近況の話や、思い出話をしながら、寂れているように見える街中を行く。
 出雲から石見銀山の近くにある旅館へと向かい、車を停めてチェックインしてから、早速石見銀山の観光に行こうという話が出た。
 既に石見銀山の話で持ちきりの中、ふと、後部座席に乗っている大島がこう言った。
「蔵前先輩、観光に行くのは良いのですが、長時間電車に乗っていましたし、車の運転で疲れているでしょう。
予定では二泊する事になっていますし、他を見る予定もありませんし、今日は無理をせずに宿でゆっくりするのが良いのでは無いですか?」
 それを聞いて悠希も、朝がそれなりに早くて、電車での移動で自分が疲れている事に気がついた。
「そうだね。あんまり無理しちゃうと帰りに事故とか起こしやすくなっちゃうし、今日は休んだ方が良いのかな?」
 大島と悠希の言葉を聞いた蔵前も、あっ。と声を上げて言う。
「そうだな。言われてみるとこのまま観光とかつらい感じは有る。
温泉でも入ってゆっくりした方が良いかな?
葛西はどうしたい?」
 ハンドルを握る蔵前の隣でカーナビを見ていた葛西も、まばたきをしながら答える。
「そうですね。確かに疲れてるかも。
今無理をして帰った後仕事に支障出ると困りますから、今日はゆっくりしますか」
 宿に着いた後ゆっくり出来ると言う事に、悠希は安心し、ふと思った。
 ここで無理したら、また鎌谷と聖史と妹の匠に怒られると。
 友人達の決定が気遣いなのか、本当に疲れているだけなのかはわからなかったけれど、きっかけを作ってくれた大島に心の中で感謝した。

 旅館でゆっくりとお湯に浸かり、美味しい食事を食べて、たわいのない話の続きをして、ぐっすり眠った翌日。四人は石見銀山に訪れた。
 鉱物に元々興味のある蔵前が、鉱山内の詳しい話を知りたいと、資料館へ足を向ける。
 葛西も、大島も、それに続いた。
 悠希も、一緒に資料館を見ようかと思ったけれども、ふと思い出す物が有り、一言、ちょっと一人だけで鉱山の入り口を見に行きたいと、断りを入れて資料館から離れた。
 一人で鉱山の入り口を訪れたい理由は、小学生の頃に家族でここを訪れた時の話に遡る。
 かつて夏休みに一度ここを訪れた時に、悠希は不思議な体験をしていた。
 家族が資料館を見ている間に、何を思ったか一人だけ鉱山の中へと入って行ってしまったのだ。
 一人で入った鉱山の中は、暗いだけかと思いきや、輝く鉱石で満たされていて、まるで星空のようだった。そこで、悠希は不思議な人物と出会ったのだ。
 ランプを持って、黄色いフード付きのマントを着ていたその人物。その人は鉱山の中で、悠希に石の事を沢山教えてくれた。そして、二人で友達になろうと、そんな話をした。
 今思うと、鉱山の前で倒れていたという話も後に聞いたし、あれは夢だったのかも知れない。それでも、悠希はあの出来事をただの夢として軽く扱う事は出来なかった。
 鉱山の入り口に立つと、そこは昔とは違い、柵がかけられていて中には入れないようになっていた。
 悠希は、柵に近づき、昔会ったあの人の名前を呼び、お久しぶりです。と言った。
 すると、暗い坑道の奥で、黄色いマントが翻るのが一瞬見えた気がした。
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