平家日章は沈まず

Ittoh

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伊豆源氏の惣領姫

斜陽の平家と希望

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「講談師、見てきたように嘘を吐く」ではありますが、真実があってこその嘘であります。
 源頼朝が挙兵し、石橋山の合戦で頼朝を破った大庭景親は、船で逃れた安房から房総の諸豪族を味方に付けて再起すると、和田義盛、三浦義澄と共に、頼朝の傘下に加わって、富士川の合戦を戦い、宗実が兄の平維盛を散々に打ち破っていた。結果として、源氏が勢いづいていたのでありました。

 下田の八幡館では、戦乱深まる各地の情勢に関係なく、藤原経宗が猶子平宗実は、藤原経宗の猶子ということもあって、伊豆国府に納めた租税が、富士川の合戦以降は、京洛ではなく、頼朝へと流れていたとしても気にすることなく、一姫との間に生まれた由依や千丸と一緒に、幸せに暮らしていました。



あたしは、結衣や千丸を抱きながら、大庭景親を迎えていた。宗実が傍らに控えていた。
「まぁさ、お伽噺なら、めでたしめでたしなんだろうねぇ。鎌倉がなんか言って来たのかい」
あたしが、幸せそうに、子らを眺めながら、景親に愚痴ると。
「は、鎌倉殿は、宗実殿がことというよりも、お方様を気にされているご様子にございました」
「ふん。男に溺れている女なんか気にするなって言ってやれ」
景親は、あたしの傍らに控える、宗実を気にしながらも、
「宗実様は、いかがでありましょうや」
と訊いてきた。
「宗実はあたしのつまだが、八幡衆ではないぞ。為頼が、平家に味方することは無い」
あたしは、そう言いきった。
 景親は、平伏しながらも、すまなそうに言ってきた。
「鎌倉殿は、御方様が怖いのだと思います。御方様へ理不尽な命となれば、この大庭景親。鎌倉殿へ弓引くやも知れぬと申しました」
その言葉を聞いて、あたしは、眉を顰めて、
「景親。何か言われたのかや」
訊いた。
「は。鎌倉殿が、嫡男頼家と御方様が嫡女由依様を許嫁として、鎌倉へ迎えたい。そのように、和田殿や三浦殿と一緒に言われました折、そのようにお答え申しました」
「鎌倉殿は、なんと言われた」
「まこと、嫡男が嫁御として迎えたいのだと、、、よしなにお伝えしてくれと」
あたしは、
「ふぅーん、、、」
しばらく考え込んでしまった。頼朝は、由依を人質としたいらしい。それは、論外。だが、それを拒絶するのは、伊豆七党の立場を危うくするということか。



しばらく考えた後、傍らの宗実を振り返って、
「宗実はどうしたい。あたしは、お前が兄や一族を慕って、平家に味方したいならば、茜の帆無八丈に乗って、福原へ参陣しよう。そうなれば、伊豆七党もあたしへ弓を引くことができる」
景親が慌てたように、
「御方様ッ」
と叫んだ。
あたしは続けて、
「さすれば、鎌倉殿も悩むことも無くなる。景親達は為頼と共に、あたしと宗実を敵として討てば良い」
そう、言い切った。
「御方様ッ。それは」
景親が、慌てて頭をあげて、詰め寄ってくる。そんな景親に向かって、
「ははは、景親。父為朝を罪人とした、清盛が一族に味方するは、八幡衆への裏切りじゃ。あたしに堂々と戦を挑めば良い」
言ってやって、
「あたしとて、全力でその方らを戦場にて討ち果たすだけよ。どうする、宗実」
そのように言い切って、宗実に訊いた。
宗実は、決意したように、
「俺は、戦に参陣する気は無い。だが、鎌倉へ人質が必要であれば、この宗実がッ」
あたしは、宗実の言葉を止めて
「駄目じゃ、人質など出さぬ。人質を出すくらいなら、父上のように国を離れる。景親。そのように鎌倉殿にはお伝えいたせ」
景親は平伏し、
「はは。承りました」
そのように言って、下がっていく。



 景親が下がった後で、あたしは、宗実に向かって、
「本当に、良かったのか、宗実」
もう一度、確認するように訊いた。
「あたしは、お前をつまに迎えた。宗実に望みがあれば、平家を勝たせることは難しいが、兄達を救うくらいのことならばできよう」
あたしの言葉に、宗実は少し間をおいて、
「兄上達には、兄上達の生き様がある。ただ、俺は、それを見届けたい。だが、俺は、八幡衆の邪魔はしたくない」
そう言ってきた。
 あたしは、宗実に向かって笑って言った。
「ならば、心配はいらぬ。あたし達は、帆無八丈「癸巳きし」で、難波湊へ向かおう」
宗実は、驚いたように、
「そんなことをして大丈夫なのか。一」
心配そうに訊いて来る。そんな宗実へ、安心させるように、
「あぁ、宗実。大庭、三浦、和田の三党は、頼朝の弟範頼に従って、兵を起こす。八幡衆は、その支援に就く。鎌倉殿への味方だ。心配はいらぬ」
そう告げて、宗実に口づけを交して、
「さぁ、行くぞ。宗実」
由依と千丸を抱いて、船へと向かう。
「一。由依や千丸も連れていくのか」
「帆無八丈「癸巳きし」は、あたしの家だよ」
あたしの家は、茜を船長とする帆無八丈、八丈24メートルの大船「癸巳きし」だ。愛宕衆や稲荷を含めた八幡衆三十六騎を乗せ、総勢百余名が搭乗する戦闘艦であり、標準積載重量弐萬貫(75トン)の輸送艦でもあった。

 湊へ向かうと、為頼の八丈大船「丙申へいしん」を中心に唐船や関船が集結していた。
  範頼を大将とする本隊は、東海道を西へ進んで京洛へと向かう。八幡衆は、本体の動きに合わせ、東国にて兵粮を集め、伊勢の安濃津や尾張の津島港へ送り届けていた。飢饉等の影響もあって、兵粮の集まりが悪く、進軍の遅れから源義仲の上洛を頼朝は許すこととなった。
 しかしながら、義仲の上洛は、京洛に乱暴狼藉を生み出し、結果的に範頼へ義仲追討の命令が、鎌倉より下ることとなった。



安濃津の湊で、あたしは宗実に褥の中で、
「これは、好機だよ。義仲は、京洛で手勢を維持できない。平家へ挑む義仲に勝てれば、平家は、福原や大輪田泊を取り返すことができる」
そう言って、宗実をギュッとしていた。宗実は、黙ってあたしを抱き突き抜いていった。
「む、あぁっ、宗実ッ」
あたしは、宗実に身を預けながら、問いかける。
「、、、」
言葉は還らず、ただ、宗実の想いに突き抜かれて、あたしは喘ぎ、昂ぶり、イく程に溺れていった。
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