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祟り神

稀代の陰陽師、安倍保名

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 さて、講談師、真実を語るということも、ままあるものでございます。
 謡曲に謡われる、葛葉伝承、その真実とはいかに。
「妾が殺したんや、保名をな」
「えっ。そんな馬鹿な」
遠く遠く、そんな遠くを見つめる目をしながら、語り始めたのであります。
「陰陽師としての保名はな、ほんに凄い才の持ち主であった。三十を越えて始めた陰陽師の修行で、陰陽の術、修験の術をすべて修めてしもうた」
「さすがに、父上やな。師匠からも聞いていたけど、凄いものや」
安倍保名は、ほとんどの人間が、子供の頃から初めて、数十年でようやく修められる術のすべてを数年で会得するなど、人間とは思えないくらいの陰陽師であったのであります。
「その陰陽の術を使ってな、妾に封印を施したのよ」
「封印、なんの封印や。母上」
「祟り神」
ただ一言が重く響いた。
あやかしひとならざるものが瘴気にまみれ、喰われることで顕現する魔物の中の魔物。それが、祟り神タタリガミと呼ばれる、堕ちた神であります。この日ノ本は、怨念を持って死んだ魂は、時に凄まじいまでの瘴気を取り込んで、祟り神となります。これは、人であれ、あやかしひとならざるものであれ、変わりません。
「祟り神って、母上」
「愚か者達が、子を盾にして、妾を殺そうと、修験者を集めてな、呪詛を仕掛けたのじゃ」
「わてが人質かい。しかし、母上に呪詛って、なんて無謀な」
数百年を超える時を生きて、修験の術や陰陽の術を含めて呪詛を知るあやかしひとならざるものに対して、呪詛を仕掛けるなど、身の程知らずもいいところでありました。
「愚か者というのは、どこまでも愚かな者でしかないのじゃ。子を盾にして、瘴気で縛り、動けんようにすれば、殺せると思ったんやろな」
「だけど、できなかった」
「愚かな者にはそんなことはわからぬよ、瘴気で縛り、恨みを募らせていけば、我はただ狂う祟り神となる。そして死せる子を抱いて泣くだけなのだと。そんな簡単なことすら、理解できていなかったのじゃ。まして、瘴気を使って縛るとはな」
「瘴気は、祟り神の力を強くするだけやなぁ、ほんに大馬鹿者やな」
「ほほほ。おかしかったぞ。この肌も髪も黒く闇に染まりて、祟り神となった妾には、人如きの術など何も効きはせぬ。子が自分の子であることすらわからぬ。怒りのままに、恨みのままに暴れるただの厄災じゃ。京洛はおろか、山城の大地すらも砕ける力があるというのにな」
「それを封じたのか、父上が」
「そうじゃ。保名にしかできぬ、呪法。しかも妾相手にしか使うことができぬ呪法じゃ」
「どんなに狂うた相手であっても、届くことができれば効く呪法やな、母様」
「知っておるのかや」
「なんでもできるが、何も力を持たぬ呪法。そう記されていた」
「そうじゃ、どんな望みでも叶う呪法。されど、何も力を持たぬ呪法。言霊ことだまと想い。すべての術の基本にしてすべてじゃ、晴明」
「想いのすべてを賭けて、言霊とし、我の瘴気をすべて祓いきり、妾を白狐へと戻したのじゃ」
 語り掛けるように、言霊を紡いで、繋いで、瘴気を祓う。陰陽師として安倍保名の命を賭けた術ではない、ただの願いの前に、祟り神となった葛葉に巣食う瘴気を祓いきったのであります。
「そのことを相手は知らないのか、母様を殺せば、祟り神を解き放ち、国が亡びるというのを」
「主上は知っておる、当時の仕掛け人は、主上が祖父じゃからな。
 だからかの。主上は、逢うとな、いつも済まぬと言うのじゃ、祖父のしたことを悪かったとな」
「じゃぁ、誰が・・・」
「おるよ。誰よりも権力を持ちながら、誰よりも怯えて生きるのが、真の権力者じゃからな」
「今の平安で、最大の権力を持って怯える者ですか、困ったもんやなぁ」
「まぁ、しばらくは様子見じゃ、晴明。妾がおとなしうしていて収まるならばな、そう荒立てることもあるまい」
 現在の藤原家さきの関白師輔。葛葉は、一つの決意を秘めて、茶を飲み干すのでございました。

 宵闇の静寂に、今宵は十六夜の月がうかんでおりました。
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