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3章 頑張る冒険者家業

55話 下級悪魔インプの契約

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 奥へ奥へと走り続ける俺達3人は、途中に散発的に現れるスケルトンを蹴散らしながら先を急いだ。

 遂に行き止まりにあるドアの前でルナと美紅が前に出て振り返って言ってくる。

「あの気持ち悪い感じと強い力がここから感じます」
「ビンビンに感じるの!」
「お前等2人がそう言う場所に用がなければ近寄りたくない、というのが本音だけどな?」

 ルナ達を下がらせて、俺がゆっくりドアを開く。

 中を覗くと中央の魔法陣のような真ん中にショートソードぐらいの長さの剣とナイフより長くてショートソードより短いという微妙な片刃の剣が交差するように突き刺さっていて力の奔流がその剣を包むように目で見える形で渦巻いていた。

 俺達は目配せをして、ゆっくりと中に入っていく。

 中に入った俺達が更に間近で見つめる。

「気持ち悪い力は取り巻くようにある奔流がそうみたいですね……」
「もう一つの強い力はあの両刀から発せられてるの。もしかして、あれが初代勇者の武器?」
「半分アタリで半分ハズレさ? 君なら知ってるはずだよね、ルナマリア?」

 突然、後ろから俺達以外の声がする。

 弾かれるように俺達3人は後ろを向く。そこには赤ん坊ぐらいの大きさの蝙蝠の羽根が生えたような紫の気色悪い肌の色したモノがいた

「下級悪魔のインプ!?」

 咄嗟に身構える俺と美紅、ルナは「えっ?」と言って固まる。

「そうさ、その通り。お兄さんとお嬢さん、身構えるの止めてよね。インプは魔法使わないなら人間の子供にも殺されかねないぐらい弱いんだ。この距離なら魔法使おうとしたら素手で僕は殺されるよ」


 おいおい、どこから現れた? インプってそこまで近くに寄られたら絶望的に弱い生き物なのか分からない俺には何を信じていいか……


 そんな俺の葛藤を見抜いたのか、率先するように武器を仕舞いながら美紅が言ってくる。

「トオル君、このインプの言う通り、この距離ではインプに勝ち目はありません。正直、目の前の奔流と剣の力に意識を取られてたので、不意打ちしたい放題だったのにも関わらず、こうしてるのには意味があるようです」

 美紅がそう言ってくるのを聞いて、こっそりと胸を撫で下ろして頷く。


 じゃ、わざわざ危険を承知で近寄ったんだ?


 疑問に首を傾げながらも、俺が話しかけようとする前に驚きから解凍されたルナが俺より前に出てインプに詰め寄る。

「ルナマリアって誰なの!? 私はルナ!」
「えっ? 何を言ってるんだい……?」

 いきなり詰め寄られてビックリしたインプであったが、訝しげにルナを見つめると何かに気付いたようでイヤラシイ笑みを浮かべる。

「そうかい、君はまだなんだね? どうして、そんな中途半端でここにいるか分からないけど?」
「どういう事なの! 私は誰なの!!」

 興奮状態になったルナがインプを掴みにかかり、インプが苦しそうにしてるのを見て背後からルナを羽交い締めにして引き離す。

「落ち着け、ルナ! 興奮してインプを殺す気か?」
「ごめん、徹……」

 熱くなってた事を自覚して落ち着きを取り戻したが、逆に落ち込み始めたのを見た美紅がルナを引き取って抱き締めた。


 このインプ、色々、知ってるようだ……どうやって聞き出そう?


 ルナに掴みかかれて痛かったのか摩りながらも、俺の考えを見抜いているのかイヤラシイ笑みを再び浮かべる。

「それで、お兄さん達は何をしに来たんだい?」
「俺達は呪いに掛けられた姉を助けて欲しいという依頼を受けた。ここに呪いの元凶があると知って来たんだが、おそらくソレらしい」

 俺が力の奔流を指差すとインプが「なるほど」と頷いてくる。

 インプは俺達を見つめて言ってくる。

「確かに、そういう存在だよ。このオルデールは」


 こちらの見立ては間違ってなかったようだが、聞きたい事は他にもある。


 そう思って口を開こうとしたが先に美紅に言われる。

「ルナマリアとは何なんですか? それがルナさんとどう関係が?」
「それに初代勇者が死んだ場所が何故、禁忌とされる。英雄が死んだ場所となれば聖地と扱われてもおかしくないだろう? もう1つ、初代勇者の武器として半分アタリと半分ハズレとはどういう意味だ!」
「クックク、聞きたい、知りたいで一杯で疑心暗鬼になってるお兄さん達の負の感情が楽しいから引っ張りたいけど殺されかねないから……」

 殺されそうと言う割に余裕を滲ませた表情でタメを作る。


 ああっ! こっちが知りたい事が一杯あると知って足下見てきやがる!!!


「そのお兄さん達に話せる範囲で、昔話をしようか?」

 ふざけるな、とばかりに飛び出して掴みにかかろうとした時、「こちらも契約で話せる事と話せない事がある」と言ってくる。

 飛び出しかけて、たたら踏む俺は悔しげに唸ってインプを睨む。


 くそう! 害意はないが、からかう気はあると言う事か、全部聞き出したらグーで殴ってやる!


 憤りを隠して、俺は美紅を顔を見合わせると頷き合い、意思を同じくしたところでインプに頷き、先を促す。

 インプは俺達の意図に気付いているようだが、肩を竦めると話し始めた。





 オルデールという魔導師は元々は学者というか発明家という才能溢れた男がいた。

 15歳で結婚して2年後に子供を得て幸せとしか言えない人生を謳歌していた。
 しかし、それも長くは続かなかった。

 母子は流行病にかかった。しかも治療法が確立されていない。不治の病であった。

 オルデールは自分の分野の打てる手を必死に探すがないと分かると医学、薬学、思いつく限りの分野に手を伸ばし、妻と子を助けるために知識をがむしゃらに吸収する。

 元々、優秀な男ではあったが異常といえる学習能力であった。これが愛の力と良い結果で終わればハッピーエンドだったのだが、オルデールの頑張りは実を結ばず、母子はこの世の人ではなくなった。

 嘆き苦しんだオルデールは至ってはならない考えをする。人の限界を超えれば全てをチャラにできるのではないのかと……

 それが神になるという結論に至るのに時間はかからなかった。

 神の事を調べ、理解するとこから始まり、神の殺し方から全てを、そう全てを知る為に人の命すら材料としか見れなくなるまで狂気の実験が繰り返された。

 そんな中、母子の命を奪った流行病の特効薬が生まれる。病にかかった者がカビが生えた食べ物をヤケになって食べたところ、緩和したという偶然から生まれた薬らしい。

 しかし、それを聞いたオルデールはピクリとも反応を示さなかった。もうこの時には手段が目的になってしまっていた。





 あらゆる知識、あらゆる魔法を極めたと言われたオルデールは老人になっていた。
 もう何十年、研究と実験をどれだけの数をやってきたのか分からない日々を送っていたある日、初代勇者とオルデールは出会う。

 オルデールも初代勇者が魔神封印に成功したという話は聞いて、1度会ってみたいと思っていた。

 魔神の話と初代勇者に加護を与えてる女神などの話を聞いて研究に役立てたいという思いからである。

 その初代勇者が向こうから会いに来た。

 オルデールは何十年ぶりにか、研究以外に興味を覚えた。何故、初代勇者は自分の元に訪れたのかと。

 初代勇者は射抜くような視線を向けてくるがオルデールには暖簾倒しに終わる。
 無駄と知ってホッとしたような諦めたかのような複雑な表情をして口を開き、語りだす。

「神を殺す力を超える、神の因果を断ち切る力を作って欲しい」

 オルデールの口がこれもまた何十年ぶりに笑みを作る。本来なら対極にいるべき2人の協力関係が生まれた瞬間であった。


 それから、初代勇者の手引きで女神の神殿に作られた隠し部屋に案内される。

 ここを研究室にするつもりらしい。

 神のお膝元でやろうなんて初代勇者は肝が太い。初代勇者と関わるようになってから歪ではあったがオルデールの感情が動くようになってくる。
 神になるという手段が目的になった思いも色付き始める。

 初代勇者から魔神を封印した時の話を聞いて、オルデールの研究に拍車がかかる事になる。何故ならーーーーーーーーであるからである。

 神というのはそういうーーーーーーーーで回っているのかと色々知っていく。

 加護の秘密、あれはエグイ。加護を受ける者には良い事づくめだが与える側のリスクというかペナルティはオルデールの感情が爆発しそうになるほど狂喜に包まれる。

「なんと救われない世界、そして愚かな神々。私が神となってその因果から解放してやろう」

 だから、救えなかった、と呟いた一瞬だけ理性の火がオルデールの瞳に揺らめいたがすぐに虚無に戻る。





 それから2年後に初代勇者の協力の力が大きく、試作品ができる。

 2本の剣が生まれる。初代勇者は長いほうをカラス、短い方をアオツキと名付けた。カラスは思念の強さが力になる剣、アオツキは思念を打ち消す力になる剣と説明した時の初代勇者の違うといった顔をしたが説明する気はないようだ。

「お前が求めた力だ、使いこなせるものなら使ってみろ」

 初代勇者は剣を取って解放しようとする。それを見てオルデールはニヤリとする。

 あの剣を解放しようとすると、触れている者の心の闇と向き合う事になる。人の闇に打ち勝つのが勇者と一般人は言うだろう。

 だが、しかし、勇者とはいえ、1人の人間。自分の闇と向き合った時、目を反らしてきた、逃げてきたモノが一斉に襲いかかる。勇者となると大を救う為に小を切り捨てたりする罪悪感を飲み込み進んできたりしただろう。

 さて、見物だ。

 初代勇者はどれくらい持つのであろう。限界を迎えたらその時には初代勇者の体を奪い、神への階段を登り始める。

 初代勇者は剣を取ると解放するための集中に入る。カラスの刀身は真っ黒になり、アオツキはくすんだ蒼色になる。

 解放した直後から苦しみ出す。初代勇者を見てオルデールは笑う。

 その状態になって5分もしない内に初代勇者は片膝を着くが剣の制御には至らない。どんどん消耗する初代勇者を見て、今か、今かとタイミングを計っている。

 ついに両膝を着いた初代勇者を見て、時が来たと思い、この日のために生み出していた自分の体から魂を抜きだす魔法を唱える。

 体を奪うために抜き出た魂で初代勇者に襲いかかる。勝利を確信していたオルデールだったが初代勇者も最後の力を振り絞り、カラスとアオツキを使ってオルデールを地面に串刺しにする。

「時間稼ぎしただけだ。すぐ傍で逝くお前の体をゆっくり奪ってやるから安心するといい」
「お前の思い通りになると思うな」

 最後の捨て台詞を言い切ると再び膝をつく。

 そうすると初代勇者の影があった場所から下級悪魔、インプが出てくる。

「インプよ、契約を履行しろ」
「君はーーーーーーになり、悠久の時の苦しみを味わう事になるかもしれない。再度確認するよ? 本当に契約するんだね?」

 くどい! と力強い目力でインプに行動を促す。

「何をするつもりだ! 勇者!」
「お前が裏切る可能性は高いと分かっていて何も手を打ってないと思ったか。お前の狙いは加護を受けた俺の体だろうとは予測は付いてた。俺の体は隠させて貰う。お前はそこに縫い付けられてどれだけの時間、自我を保ってられるかな?」

 死相が浮かんで凄味が増した初代勇者はオルデールに笑いかける。

 そしてインプが魔法を唱え出し、初代勇者の体が光に包まれ始める。それを見て、オルデールは悟る。

 勇者の体をどこかに飛ばすつもりだと。

「足掻くな、勇者、私の最後のチャンスなんだ! おとなしくその体を寄こせ――!」
「ふざけんなよ、俺の髪の毛1本まで先約がいるんだ、なんで爺にやらにゃならんのだ」

 ニヤリと笑いながら仰向けに倒れる。

「-----、すまない、約束もお前も守れなかったよ。願わくば、俺の意思をついでくれる奴が現れる事を祈る」

 初代勇者の瞳から一滴流れると光と共に転移した。

 それからそれほど長い時はもたず、オルデールの自我は崩壊する。

 ただ、神へ、元の人へとなることの欲望だけが残り、力を蓄える為に人の恨みに反応し、願いを叶えて代償を取り続けた。





「これが僕と初代勇者との契約を結ぶまでの話で話す事が許されたほとんどだよ?」
「……それでルナマリアというのは何なの? 今の中に説明らしい言葉はなかったの……」

 下唇を噛み締めてインプを見つめるルナの瞳には焦りと渇望が見えた。

 それを嘲笑うかのようにインプは直接的な表現を避ける。

「その答えに至る一歩目があの剣を抜く事、そして、初代勇者の足跡を追う事で知る事になるよ」
「何を言うんです。今、先程、貴方がした話が本当ならその両刀を抜く試練があり、そのうえ、そこに漂うオルデールに襲われる。そんな危険な事が一歩目と言うのですか!?」

 インプは、「そんな事は知らない、そういう契約だから」と嘯く。


 イヤラシイ奴だ、下級とはいえ、やはり悪魔か!


 苛立つ俺の横目で悲壮な覚悟を宿らせたルナが剣の方へと向かうのが見えて焦るが俺が止める前にインプが止めてくる。

「ごめんね? 君はあれを抜く資格がないんだ。この場にいるお兄さんとそちらの黒髪のお嬢ちゃんだけなのさ?」
「なら俺ならいいんだな?」

 悔しそうにするルナ。

 だが、俺としては助かったと思う。

 あの状態のルナが先程聞いた話が本当なら初代勇者の二の舞だけでなく、オルデールにとりつかれる恐れがあったので胸を撫で下ろす。

「そうだよ、でも、抜く為に代償を貰うよ? 僕も遊びでしてる訳じゃない。ああ、命とかそんな重いモノじゃなくて、君達にとってはとても大事な物品を奪うだけだよ」
「その物品とは?」

 目を細める美紅がそう言うと「人それぞれだから、答えようがないよ?」と肩を竦めると短い詠唱後、俺を指差してくる。

「この剣を抜く代償が払えるのは、お兄さんだけだよ?」
「どうして、トオル君なんですか!?」
「だって、君、物欲なさ過ぎるよ。お金にも執着ないし、下着を奪っても恥ずかしがるだけで下着そのものを大事にしてる訳じゃないからね?」

 下着と言われて顔を真っ赤にさせる美紅。


 ああ……確かに美紅って物欲ないよな……下着も倫理的に嫌なだけで思い入れはないのか……


 世にはそれが至高と騒ぐ輩がいるほどなのに……と思う。


 俺が至高だと思うのはオッパイだけでブラジャー見てもときめかないぞ? 着けているオッパイに、ときめくんだ!


 俺は熱い思いを心の中でシャウトしているとインプに見つめられる。


 あれ? 考えてる事が駄々漏れですか?


 ちょっと焦っているとインプが質問してくる。

「で、どうする? お兄さんなら代償を支払うなら抜けるようにするけど?」


 ふぅ、どうやら見抜かれた訳じゃないようだ!


 気を取り直した俺は頷いてみせる。

「前に進まないと分からない事だらけだからな?」
「よし、代償を貰うよ?」

 インプは先程より長い詠唱をすると俺に指を突き付ける。

 心配したルナと美紅が俺に話しかける。

「徹、大丈夫なの!?」
「何を奪われたのですか?」
「とりあえず、体には異常はなさそうだけど……」
「言ったでしょ? 物品だと?」

 心外だとばかりに拗ねた素振りを見せるインプの言葉を信じて荷物や身の回りを調べて、腰の辺りを調べた時、大きな違和感に気付く。


 えっ? まさか……?


 腰のペタペタと触るがあるはずの感触がない。

 挟んでいたのがずり落ちた形跡もなく、辺りを見渡しても落ちてるようには見えない。

「何を奪われたか分かったかい?」

 放心状態の俺が面白いのか、イヤラシイ笑みを浮かべるインプに振るえる指を突き付ける。

「まさか、本当にアレを奪ったのか……」
「これの事かい?」

 インプがそう言うと背後から持ち出したのは、ヨレヨレになっているがA5サイズぐらいのモノが入っていそうな紙袋であった。

 指だけでなく体までガタガタと震え出す俺を心配したルナと美紅が声をかけてくる。

「大丈夫ですか、トオル君!」
「辛いならいいの! 取り返すの!」

 2人の言葉も耳に入ってない俺は幽鬼のようにフラリと一歩前に出ると魂からのシャウトをする。

「俺の春奈ちゃんを返せぇぇぇぇ!!!!」
「「えっ!?」」

 俺の熱い迸りを間近で見た2人は放心したように俺を見続けた。
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