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6章 誘う、森の民が住まう大樹へ

114話 賽ノ河原の石のように崩される意志

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 先程まで人の営みを感じるような喧騒が聞こえていたが、少し前に騒がしくなったと思ったら誰もいなくなったかのように静けさに包まれていた。

 誰も住んでない建物を勝手に拝借して私は椅子に腰かけている。

「姫、もうモンスターを阻む城壁はもう持ちません。今なら私が道を切り開いてみせます。直ぐにもここを発ちましょう」

 私、専属の武、魔とも優れたとエルフ国でも指折りの女騎士のミザリーが私に言ってくる。

 しかし、私は首を横に振る。

「いえ、ユグドラシルが見せた予知では、ここで出会う人物がいなければ我らの国は滅ぶと伝えてきてます。その為の私の身が危険に晒されるぐらいなんでもありません」

 新緑色の髪を後ろで束ね、地面に着きそうな長さで、まだ女性としての成長は始ってない幼い体に育ちの良いところの子が冒険者の格好をしてます、といった格好をしてるせいもあり、少年と見間違う者もいるだろう。しかし、顔を見れば愛らしさから少年と思う者はいず、更に左右の瞳の色が違い、髪と同じ新緑色と金色のオッドアイが少女の神秘性を高めるかのように煌めいている。

 私はティテレーネ。エルフ国の第1王女であるが国ではそっちの身分で紹介される事は少ない。

 ユグドラシルの宣託の巫女と呼ばれる事が多い。宣託の巫女と呼ばれる者には共通点があった。緑の髪をし、左右の瞳の色が違うというのが証拠と言われている。
 だから私は生まれた時から神の代弁者の如く祀られてきた。

 確かにユグドラシルからの予知という形で宣託はある。だから、その予知を代弁するのはいい。それで誰かが幸せになるのであればと思っている。

 しかし、宣託の巫女とレッテルが私と他の者との距離が開く原因になっているのが辛い。それは他人だけに関わらず、家族すらである。
 今、目の前にいるミザリーはその中でもマシなほうではあるが、それも職務に忠実さからきてるだけである。

 そんな寂しさに包まれる日々を送っていると予知が降る。今までの予知は曖昧さがあったが今回の予知はより強くユグドラシルの意思を感じた。

 エルフ国の滅亡へのカウントダウンを知らせる予知。そして、それを止める事のできるユグドラシルの使者が1カ月後にエコ帝国との国境沿いの村が地図から消えそうな出来事のなか出合うと予知してくる。

 そして、それはこの先が私の心に刻まれた予知だ。

 その使者は救うのは国だけに非ず。アローラを救い、そして、汝の心をも救うであろう。
 ユグドラシルはその使者が私の導きだと伝えてきている。どうしても会わなければならない、いや、会いたい!

 そして、今日がその1カ月後だ。

 村の結界が軋むような音のようなものが聞こえる。モンスターの数が増えているのかもしれない。

 しかし、私の心は揺れない。

 ユグドラシルの予知で知らせた使者がきっと近くにきていると信じているのだから……

 耳元で騒ぐミザリーの言葉を聞き流し、その時を待ち続けた。





 俺は魅惑のビキニアーマーを求め、もとい、取り残された2人を救出する為に疾走する。

 その背後を追いかけるようにしてやってくるルナ達が更に加速して俺に並走すると慌てた顔をして言ってくる。

「トオル君、時間が思ったよりないかもしれません!」
「徹、モンスターが戻って来て城壁の限界が早まってるの!」
「どれくらい持ちそうか分かるか?」

 言いぶりからなんとなく把握してそうなルナに問いかける。

「持って2時間、でも1時間しか持たないと思ったほうがいいほど怪しいの。モンスターもどんどん増えてきてるみたいだから」


 ゆっくり探索してる訳にはいかないようだ。ただ、気になってきただけにどこから手を付けたらいいものだろうか。


 思案しながら辺りを見渡すとビキニアーマーではなく、ゴシックロリータといった格好をした小柄な白髪の髪を腰まで降ろしてる可愛らしい女の子が広場の真ん中で周りを見渡しているのが目に入る。


 前を向いて走ってたけどあんな子さっきいたか? と思ったがこんな状況で放置する気にもならず、嫌な予感はするが飲み込んで近づく事にした。


「君、こんなところにいたら危ないよ。すぐここの城壁も破壊されてモンスターが流れ込んでくるよ? 向こうに男前なオジサンがいるから一緒に連れて……」

 そう俺は声をかけ、同じように心配したルナ達がその子に近づこうとした時に俺のうなじに静電気が走るような感覚に襲われる。

 そして、考える前に意識に2人を自分のほうに引き寄せた。

 引き寄せる前に2人がいたところを剣が空ぶる。


 あぶねぇ!! あのままいたら、ルナと美紅なら避けそうな気もするが最悪の可能性もあったぞ!


 目の前の少女はどこから出したか分からないが真っ黒なカトラスのような剣を握っていた。

「あら、カンのいいお兄さんですね。うまくいけば2人が戦線離脱になっていたのに」

 俺は何も言わず、カラスを上段から叩きつけるように斬りつける。


 ヤバい、こいつはヤバい!


 俺は自分のカンと目の前の少女が発する狂気じみた殺気に背を押されて飛び出したが、少女の剣に滑らされるようにして流される。

 あっさり流されて驚くが手数で勝負と思い斬りつけるが全て流される。流される中、合間を挟むように斬りつけられる浅い傷が俺に作っていく。

「お兄さんのように直情的な方はやり易くて助かります。でも、お兄さんにとって私は相性最悪の相手のようで同情いたしますわ」

 クスクスと笑う白髪の少女に浅い切り傷を量産される。


 くっ、確かにやりにくい相手だと自分でも認める。ああも流されるとそのうちでっかいカウンターを食らいそうだ。


 攻めあぐねてる俺の肩を叩く者がいた。

 美紅だ。

「トオル君、この子の相手は私に任せてください。誰かを捜してるんでしょ? この子と戦う為にダンさんに後を任せた訳じゃないんですから」

 そういうと俺の前に美紅が出る。

 確かに目の前の女の子も気になるが俺が捜しているのは置き去りにされた2人であって見知らぬ白髪の少女と戦う事じゃない。

「すまん、任せていいか? 俺は捜してくる」
「はい、トオル君がやるべき事をやってきてください」

 顔だけ俺に向けてにっこりと笑う。少しだけトラウマが疼くが頼りになる笑顔であった。


 うん、もしかしなくとも美紅には俺が飛び出した理由を感づかれてるかもしれない。


 俺はおそらくまだ気付いてないルナと頷き合うと後は美紅に任せて村の奥へと走りだした。





「ああ、お兄さんいっちゃった。結構タイプだったんだけどな」

 そういうと白髪の少女はクスクスと笑う。

 しかし、美紅は剣を抜く以外の反応を示さない。

「ああいう、お兄さんが絶望に包まれて泣いてるとこ見るのが私は大好きなの。さっさと貴方を倒して追いかけなきゃ」

 美紅は剣を地面に叩きつける。

「黙れ」
「あら、貴方も直情的なタイプ? しかも武器からして一撃系みたいだけど貴方もお兄さん同様、私との相性最悪ね」

 目の前の少女は楽しそうに笑う。それに引き換え、美紅の心はどんどん冷えていくのを本人も実感する。

 目の前の者からモノに代わるのに時間はかからなかった。

「お前にトオル君を語る資格はない。二度と口にするな」
「あら、私が愛しいお兄さんを語って……」

 美紅は腕だけで振る剣で少女を斬りつける。慌てて受け止めるが衝撃を受け損ねたのか後ろに飛ばされる。

「さっき私に相性がどうとか言ってたけど、どうなのかしら? 昔、小さい頃に聞いた言葉に柔よく剛を制すという言葉があるんだけど強い力に技で対抗して勝つとかいう意味らしいんだけど」
「ま、まさに私と貴方の関係じゃない。貴方は私に勝てないわ。あのお兄さんも……」

 受け流し切れなかったせいか動揺気味の少女が自分の優位性を訴えてくるが徹の事を言いだした直後、また腕だけの剣を少女に振るう。先程より受け流し切れなかったのか、更に飛ばされる。

 美紅は走らず、歩きながら近づきながら続きを話し出す。

「私はあの言葉に疑問を感じてた。力だろうが技だろうが勝ったほうが強いんじゃないのかと……どんな素晴らしい技があろうともそれを超える力に潰されるのが真理じゃないかと私は思う」

 逆も然りと美紅は静かに告げる。

「そんな事はないわ。どんな力も流されたらないのと同じ。技が優れたほうが勝つ! さあ、さっさと決着を着けてお兄さんを追いかけないといけないのだから」

 少女は自分を奮い立たせる為に吠える。

 それを美紅は汚物を見るような目をして見つめる。

「そのセリフは私を倒してから言いなさい」

 そう言って初めて剣を構えた美紅の瞳が妖しく紅くなっていく。

 その様子を見てビクつく少女。

 無表情の美紅が女に斬りかかる為に飛び込む。斬りかかられる剣戟を受け流そうとするが押し潰されるようにしてやっと逃れる。

 少女はヒッと言いつつ恐怖に歪んだ顔をして美紅から距離を取ろうとするが美紅は逃げた距離分追い付いてみせ、紅く煌めく瞳で覗きこむようにして女に言う。

「貴方は私には勝てません。そしてトオル君にも勝てなかったでしょう」
「あんなクソみたいな男にまで負けるとか有り得ません! どうして貴方はあんな男の為にそこまで怒れるのです!」

 美紅は結界の中、手を差し出して笑ってくれた徹を思い出す。

 仲良くなったレッドドラゴンを師、兄のように感じていたロキに殺されて心を痛める徹。そして、あの時、短い時間であったが意識があった時にロキに泣きそうな顔をして美紅達を守ろうと戦う姿を……

 今まで接してきた普段の徹の顔が美紅の心を占める。

「貴方みたいな人には一生分からないでしょう!」

 初めて腰が入った剣戟を上段から放つ。女は受け流そうと剣を構えるがそれを粉砕して真っ二つにする。

 勝ったと美紅が確信した瞬間、白髪の少女の姿が霞み、耳元で少女の声がする。

「勝ったと思ったでしょ?」
「――ッ!」

 咄嗟に美紅は横に自分の剣を挟みこむ。

 挟み込まれた剣に強い力が叩き込まれる。

 その力に吹き飛ばされながら美紅ははっきりと感じる。今のはワザと美紅の剣に攻撃を加えて命を取らなかっただけで身を守れた訳じゃない事に……

 吹き飛ばされ、前転して体勢を整えた先にはカトラスではなく、漆黒の鎌を構える白髪の少女が楽しそうにクスクスと笑っていた。

 背筋に冷たい汗が流れる美紅に白髪の少女が話しかける。

「なるほど、貴方が最後の勇者の少女ですか……」
「ど、どうしてそれを!」

 美紅の反応が楽しいのか、上機嫌な白髪の少女が饒舌に語る。

「轟君、ああ、貴方達にはロキと言ったほうが分かるかしら? その轟君が執着する少年、そして、その傍にいる轟君と同じ勇者と呼ばれる貴方とかに興味があって……でも、貴方は期待外れだったけどね」
「あ、貴方は何者なのですかっ!」

 言いたい事を言うと背を向けて去ろうとする白髪の少女に美紅が叫ぶ。

 明らかに自分の体格より大きな鎌を片手で肩に載せる白髪の少女が小さい笑みを浮かべて振り返る。

「貴方と轟君との違いが同じの者と言えば分かるかしら?」
「ま、まさか……」

 絶句する美紅に屈託なさを超えて邪悪さを滲ませる笑みを浮かべる白髪の少女が鎌を地面に突き刺してスカートの端を抓んでお辞儀をしてくる。

「自己紹介させて頂きます。私は魔神の加護を受けし4人の1人、セレスティア、セレスとお呼びくださいな。1人はあのお兄さんにやられて3人ですけどね?」

 目を見開いて固まる美紅を無視して踵を返す白髪の少女、セレスティアが思い出したように首だけで振り返る。

「そうそう、貴方を見逃す理由ですが……あのお兄さんが絶望するのを助けられずに悔し泣きする貴方を見たいから。せいぜい、その時、いい顔してくださいね?」

 楽しそうにクスクスと笑うセレスティアが溶けるように消えるのを茫然と見送り、いなくなると同時にわなわなと震え出す。

 下唇を血が出る程に噛み締めた美紅が地面を力一杯叩き、陥没させる。

「私にはトオル君の傍にいる資格……いやぁ……」

 ロキに存在を否定され、セレスティアには玩具扱いされた美紅はポロポロと涙を地面に落とす。
 地面に滲む涙を見つめる美紅は更に下唇を噛み締めて自分を力強く抱き締めて声なき慟哭を上げた。
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