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5章 竜が見る夢

97話 ムズ痒い思いと不安

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 逃げるように冒険者ギルドを飛び出して『マッチョの集い亭』帰ってきた俺はミランダに出して貰った朝食の一品のスープを溜息を吐き、ゆっくりスプーンでかき混ぜていた。

 それを見ている美紅には眉を寄せられ、近くでテーブルを吹いていた双子の姉の方、ライラに「お行儀が悪いんだ!」とお姉さん面して言われていた。


 分かってるって……分かってるんだけど落ち着かないんだって。


 一応、何故落ち着かないかは自分自身で自覚はある。

 それはダンさんに感慨深げに「頑張ったな?」と言われて激しく動揺してしまったからだ。

 今までも頑張ったな? と言われる事はあった。

 しかし、それは兄貴分としての喜びが前面に出た言葉で俺も素直に喜べた。

 勿論、今回の事についても兄貴分としての喜びが含まれてたとは思う。

 ただ……

 ダンさんが俺を見つめる瞳が誰かと見比べ、そして、そのうえで褒められた気がした俺はいつも以上に嬉しさもあったが、同時に誰と比べられたのだろうと俺を不安にさせられた。

 それがその者への嫉妬しているのかもと思ってしまうと酷く自分が矮小にも感じるし、こういう事を考えている事が情けない気持ちにさせられ、俺を落ち着かない気持ちにさせる。

 普段であればすぐにお小言を言ってくる美紅だが、俺が逃げ出したタイミングなどからそれとなく理解しているらしく眉を寄せるだけで見逃して貰えていた。

 ちなみにルナは初めて出された桃のジュースの美味しさを作ってくれたミランダに必死に食レポ中である。


 こいつはいつもブレないぁ……


 そんなルナに笑みを浮かべて頷くミランダが時折、俺をチラチラ見て、何か言いたそうにしている事に気付いている俺が目を逸らす先には双子の妹の方のマイラが水晶を片手に俺をジッと見つめ思い詰めたような表情をしていた。

「ん、どうした?」
「……ううん、何でもない」

 お小言を言うのを耐える美紅となんとなく関わりを避けたいと思えるミランダから逃げるようにマイラに声をかけるが力弱く首を横に振られる。

 どうしたんだろう? と首を傾げる俺から離れ、裏口の方に歩いていくを見送った俺は出て行くマイラに便乗するようにこのいたたまれない空間から脱出を試みる。

「さてと……コルシアンさんの所に行く準備の再確認してくるかな?」

 御馳走様、とミランダに告げ、再び、逃げるように席を立つ俺。

 思わず、声をかけようとした美紅と苦笑するミランダに見送られるようにして俺は自分の部屋がある場所を目指して歩き出した。


 準備するものも確認するようなものもないんだけどね?


 まるで食卓で「期末テストの結果はどうだった?」と聞かれて逃げるように自分の部屋へ行く敗北感のようだと考えた俺は苦笑いを浮かべて頬を掻きながら階段を登っていった。





 部屋に戻った俺は律儀にカバンの中の確認と整理をしていた。


 まあ、大丈夫だとは思ってたけどね?


 案の定、想像通りにちゃんと必要なものはあり、何より使った物の補充をしただけで特別に用意するようなものはない。

 逃げるように部屋にやってきた情けない自分に嘆息して俺はベットに腰を落ち着ける。

 出発するまで、どうしよう? と考えているとドアをノックされる。

「ミランダよ。少しいい?」

 一瞬、居留守を使おうかと悩んだり、間男のように窓の淵に足をかけて逃げようという考えが過る。


 俺、何を考えてるんだ?


 ミランダは俺がいる事を知っているから誤魔化しようがない。

 無駄なあがきをするのを止めた俺は自分からドアを開けにいくと優しい笑みを浮かべるミランダを招き入れる。

「何かあった?……えっと、今月の宿賃は払ってるよな?」
「うふふ、そうね、ちゃんと頂いてるわよ。その話じゃなくて……聞いたわよ? ダンに褒められて逃げてきちゃったらしいわね?」

 なんとなく話を逸らそうとする俺を嬉しそう、いや、楽しそうに笑うミランダの言葉に思わず赤面する。


 く、くそう、誰だ? ミランダに話したのは……


 美紅か? とも思ったがルナかもしれないと思い始めている。

 ルナは帰って来るまでにあった事を日記に付けてるつもりかな? と思うようにミランダに聞かせるのが恒例であった。

 そんな事を考えている事を読み切ったらしく、笑みを苦笑に切り替えたミランダが俺と目線を合わせるようにして見つめてくる。

「誰かと見比べられてると思った?」

 いきなり核心を突かれた俺の頬が引き攣るのが分かる。まさか、そこまで内心を読み切られるとは思ってなかった為であった。

 俺の表情から図星だと汲み取ったミランダが俺から目を逸らして窓を見つめながら言ってくる。

「私はダンじゃないから違うかもしれない。でもね、ダンがしたのは見比べじゃない。昔を懐かしんだ、と思うの。多分ね?」
「懐かしんだ?」

 そう言う俺の言葉に頷くミランダは再び、俺を見つめてくる。

「そう、ダンがガムシャラに夢を追いかけてた若い頃をトールと重ねたんだと思うわ」

 言われた言葉を反芻するようにして目を瞑り、冒険者ギルドで俺を見ていたダンさんを思い出す。

 確かにそう思うとシックリときてホッとする俺がいた。


 良かった……誰かと見比べられてた訳じゃなかった。


 正確に言うならダンさんと見比べられてたとも言える事に気付くと今度は変な恥ずかしさに身悶えしそうになる。

 恥ずかしさを持て余す俺にミランダはナデナデしてきて、思わず俺の背筋がピンと伸びて恥ずかしさがどこかに吹き飛ぶ。

「だから、トールは胸を張っていいのよ?」
「ありがとう……それからミランダ?」

 俺のお礼に嬉しそうに頷いた後、首を傾げるミランダが俺の言葉を待つ。

「撫でるなら頭にしてくれない? お尻じゃなくてね?」
「あら……いつの間に? 悪い子ねぇ、私のおてて」

 オーバーリアクションで驚いてみせるミランダはホホホと小指を立てながら笑って誤魔化しを計る。


 ちょっと良い人だと思わせて油断を誘うとは……


 半眼で見つめる俺の視線から逃げるようにミランダは部屋から出て行った。





 それから時間が経ち、コルシアン邸に向かう為に徹とルナ、美紅の3人はミランダ達に見送られていた。

 手を振って意気揚々と出かける徹達の後ろ姿を終始辛そうに見つめるマイラは徹達に聞こえない距離を確認するように間を取った後、独り言を洩らす。

「今ならまだギリギリ間に合う……本当は止めたい、でも約束をしてしまった」

 マイラは姉を助ける為にしてしまった約束に小さな胸を圧迫させられるような幻痛を感じてるように胸を押さえる。

 そんなマイラの様子にライラが慌て出すが隣にいるミランダは悲しそうに目を細めてマイラの背を優しく撫でる。

「マイラ、貴方が何を知っているかは聞かない。貴方だけが罪悪感を感じる必要はない。私も同じだから……」

 いつもの優しげな瞳を歴戦の戦士を思わせる視線に変化させ、空をキッと睨むミランダ。

 ついに耐えられなくなった様子のマイラが涙を流しつつ、見えなくなりつつある徹達に向けて深々と頭を下げる。

「私の事を恨んでくれていい……お願いだから、生きて、いつものお兄さんで帰って来て……」

 立ってられなくなったマイラが膝を付くのを見て更に慌て出すライラの2人を包むように抱き締めるミランダは見えなくなった徹達が向かった先を見つめながら小さく口を動かす。

 声を発せずに語られたミランダの言葉を知るのは声を出す事を選択しなかったミランダ本人のみであった。
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