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事後承諾もない分かち合い

5話 私は美味しいモノがあれば幸せなのですぅ

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 次の日、購入した家にやってきた2人は鍵を廻して中に入る。

 中に入ると2人はカビ臭い匂いに顔を顰める。

「シホーヌ、とりあえず、まずは窓を開けて廻りましょう。空気の入れ替えをしないとホコリと空気が悪過ぎて落ち着かないわ」

 シホーヌもキツイと感じているようで、ホコリを払うようにしながら、「分かったのですぅ」と言うと近くの部屋からと窓などを開けに向かう。

 それを見送ったホルンは逆に遠い場所から開けて廻る為に奥を目指して歩き始めた。


 窓を開け終わり、合流した2人は、空気の入れ替わりが始まりホコリ臭さが収まり、ホッとする。
 ホルンは、視線でグルッと辺りを見渡し、眉を寄せる。

「いつから空き家になってたか分からないけど、これは掃除をするだけでも骨ね……」
「じゃ、私は見廻りを兼ねた地理把握をする為に周辺調査に行ってくるのですぅ」

 普段はだらしなく垂れた眉をキリッと上げて、敬礼しながらホルンの横を横切ろうとするシホーヌを力みのない目で見つめる。

「そうね、それも大事ね。いってらっしゃい」

 ホルンの言葉に瞳を輝かすシホーヌは鼻歌を歌いそうになるのを鼻息を荒くする事で耐える。
 まさにシホーヌの思惑通りに進むかと思われた。だが、通り過ぎようとしたところでホルンの手が神速の動きを見せる。
 モチのようによく伸びるシホーヌの頬を摘まみ持ち上げる。

「イ、イタタ、なのですぅ。ホルン、何をするのですぅ!」

 シホーヌがつま先立ちできる高さを読み切ったかのような妙技を見せるホルンは、呆れた目をシホーヌに向ける。

「アンタね? 罰掃除が辛いからって私に泣き付いてきて何度似たような手で逃げようと私に押し付けようとしたか……いい加減通じないと理解しなさいっ」

 ホルンは、一房だけ長い髪を撫でながら溜息を吐く。

 シホーヌは、ホルンに策略?を見破られた事を理解して、涙を流し「私が悪かったのですぅ、だから、お願いですぅ、手を離して欲しいのですぅ」と必死に嘆願してくる。

 ホルンは肺にある息を全部吐き出すように溜息を吐く。

 真っ赤になった頬を摩りながら、涙目でホルンを睨むシホーヌが武力で勝てないとばかりに口撃に切り替える。

「鬼、悪魔、ヨルズ! 次の身体測定で、体重が0.5k増えるといいのですぅ!」

 両手の掌をホルンに向けて、むむむっ、と眉を寄せて呪いをかけるように頑張るシホーヌ。
 半眼の瞳でシホーヌを見つめるホルンは、「その怖いモノ知らずなところは、ノルン様と同様である意味尊敬するわ」と言いつつ、腕を上げると指をしならせて、デコピンをする。

 痛がるシホーヌの頭に掌を置いて話しかける。

「そういうセリフは、せめて手が届かない距離を取ってから言いましょうね? いい加減、掃除をしましょう」

 そういうとシホーヌの胸元を弄るホルンは手を引き抜くとシホーヌのカミレットを取り出す。

「あっ、私のを何するのですぅ!」
「正確に言うならアンタが、ちょろまかした物よね? 掃除道具をアンタのお小遣いで買う為よ」

 慌てたシホーヌが、「買いたい物が一杯あるのですぅ! そんなものに使わないで欲しいのですぅ……」と取り返そうとするシホーヌを頭を左手で抑えながら、テーブルにカミレットを置きながら操作する。

 すると、ホルンの周りに掃除一式が現れるのを見たシホーヌは汚れる事も気にした風もなく膝を着いて項垂れながら泣く。

「私の甘いモノ、さようなら、なのですぅ……」

 この泣いている姿だけを見れば、「大丈夫?」と言いたくなるようなシホーヌであるが、勿論、内情を理解するホルンの瞳には同情の色はなかった。

「はい、はい。馬鹿やってないで、さっさと掃除しちゃうわよ」

 ホルンは、シホーヌを立ち上がらせると、ハタキとホウキを手渡す。

「まずはハタキで高い所からホコリを落として、履き掃除よ」

 掃除の基本は高い所から始める、と説明するホルンにシホーヌは、「お婆ちゃんの知恵袋なのですぅ!」と言い放ち、ホルンに脳に響くチョップを食らって頭を抱えてしゃがむ。

「さあ、掃除を始めるわよっ!」

 据わった目見つめるホルンに怯えたシホーヌは、ハタキとホウキを握り締めて手近な部屋へと走っていく。
 それを見送っていたホルンは、溜息を吐き、「本当に手がかかる子だわ」と肩を竦めるとシホーヌとは違う部屋へと道具を持って移動を開始した。


 掃除を始めて、3つ目の部屋に移動をしたホルンは、その部屋の机の上に日記帳らしきものがあるのに気付き、なんとなく手に取った。

 だいぶホコリを被っていたので、払ってから始めのページを開く。

『ついに、僕達の家が建ち、住み始めた今日が記念日だ。きっとこれを機に良い方向にきっと繋がるはずだ。血は繋がらなくても大事な家族と未来を切り開いていこう』

 これから訪れるだろうと信じる希望を感じさせる文章がつらつらと書かれていた。
 ホルンは、読み進めて行く。初めのほうは四苦八苦しながらも楽しげな文章が続き、思わず、頬を緩めていたが中盤にいくと少しづつ表情が消えていく。

『どうしてだ、僕達を捨てた者達が、裏から手を廻して邪魔をしてくる? 家族の資金源の一つの海鮮物を売っていた小さな露店なのに潰してくる。始めは性質の悪い相手に目をつけられたと思っていたが、家の子の酒場で働いている子が、酒に酔った露店を荒らしていた、荒くれ者が僕達を捨てた者の1人の貴族に依頼されたと言う話を自慢げに語っていたそうである。真っ当に生きようとし、決して裕福な暮らしをしてたどころか、ギリギリの生活をしている僕達に何故、そんな事をしてくるのだろうか……』

 そこから、あらゆる手を使われ、徐々に追い込まれて、生きて行くのが辛い内容が書き込まれていく。

 ホルンは、下唇を噛み締めて続きを読み解いていく。

『ついに、妨害してくる貴族の中に僕を捨てた者まで介入をしてきた。1日1食も取れない日も出てくるほど、困窮に瀕していた。最初は、同情から手を貸してくれてた者もいたが、周りからの圧力に屈し、僕達に悔しそうに「すまん」と謝ってくれた。勿論、それを責める気などありはしない。今まで、ありがとう、という言葉以外なかった。もう、僕達は色々、限界にきていた。明日、僕を捨てた貴族の下へと行こう。生きて帰れないかもしれないが、このままでも先が知れている』

 ホルンは、次のページを開くと、筆圧が強過ぎるのか、よれよれの字でインクが水滴で滲んだようになる続きの文章があるのを見て、一瞬、目を伏せるが続きに目を走らせる。

『僕は、命を捨てる覚悟の下、生まれた家に向かった。勿論、真正面から入れると思わなかった僕は塀を越えようとしたが、あっさり見つかり、連行され、会おうと思っていた人物の前に連れ出される。過程はどうであれ、目的を果たした僕は、何故、邪魔をしてくるのかを問う。すると、虫を見るような目を向けると、「虫けらが、人間様になろうとしてたら、潰すだろう?」と当然のような目をして言ってくる。僕達は虫じゃない、ただ、貴族の基準で魔力が乏しかっただけだ。そう叫ぶ僕をくだらないモノを見るような目で溜息を吐くと、この街から出て行くなら、もう放置してやると言い、手切れ金代わりに街の外の小屋にあるものを持って出て行け、と言われる。やっと手に入れた家は惜しいが、生きて行く為と涙を飲んで頷いて僕は指定された場所へと向かった』

 そこまで、筆圧や文字崩れはあれど、罫線通りに書かれていた文字が、それを無視して書き始められる。

『行った先では、僕の家族達がいた。だが、決して僕に語りかけたり、笑いかけてくれない。床に首から上だけの姿で並べられていたのだから。ここまでやるのか? ただ、僕達は真っ当に生きたいと思っていただけなのに、捨てた者達が幸せを掴むのがそれほど許されないのか? 僕は、家族達を土に埋葬すると、僕達の家に僕だけが戻る。力がないから悪いのか? 力がないと真っ当に生きる事すら許されないのが僕達なのだろうか……もう、僕にはどうする事もできない、生きてる事すら辛い。どうか誰か、僕達、僕達のような運命を背負う者達を救える強き者よ。僕達、ストリートチルドレンに未来を、そして、僕達のような者が生きていける優しい場所を作ってください』

 日記はここまでである。最後のところで水滴とは思われない、インクとは違う沁みを見つめた後、ホルンは日記を閉じる。

 この家を建てた住人の思いを思うと胸を締め付けられる。女神として、こういう子達を見逃している事に悔恨の思いであるが、残念ながら全てに目を行き渡らせる事は、神とて無理な話である。

 突然、扉が開き、ビクッと肩を竦めるホルンは振り返り、扉の前で布巾で口元を覆っているシホーヌが、「ホルンがサボってるのですぅ」と叫ぶ姿があった。
 両拳を突き上げて、怒るシホーヌを見つめるホルンは、この日記の事実を伏せる事にする。この子達には悪いが、これから新しい生活をするシホーヌと双子、そして、可哀相にもシホーヌの相方を勤める子の重しにしてはいけないと日記を懐に仕舞う。

「ごめんなさいね、シホーヌがここまできたってことは、掃除も一段落着いたってことでしょうし、時間もいい感じだし、お昼を食べに行きましょう?」

 誤魔化す為にお昼に誘うと、あっさり引っかかるシホーヌは目を輝かす。

「時間は有限なのですぅ。ご飯が美味しいと笑顔が溢れて幸せ一杯なのですぅ」

 シホーヌの言葉を聞いて、ホルンは、本当にそうね、と思う。せめて、シホーヌの相方は、ここで住む者達を笑顔にしてくれるような人である事を願う。
 それが少しでも、あの子達の救いになる事を祈りつつ、シホーヌに背中を押されながら、家を後にした。
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