ファンタジー小説集

もち雪

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カテゴリー『恋愛』

夜を切り裂く

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 真夏の夜、僕は誰も居ない街を歩く。
 都会のビル群は、墓標の様にきれいに鎮座している。
 その中で、荒れてしまった道路の草花だけが生命を謳歌おうかする。

 この前まで、うるさかった車のクラクションはもう息絶え、今ではもう懐かしいものになってしまった。

「ルカそこに居るの? 」
 この暗い世界で、僕とともにこの死んでしまった夜を数夜過ごした彼女はそこに居た。
 だが、僅かの光の中で、映し出されていた彼女の漆黒の夜の様に黒く艶やかな長い髪も、はにかむようなその笑顔も……。
 墓標達の陰《かげ》にある、この暗闇が覆い隠してしまい今は、見る事は出来ない。
「居るよ、アリサ」

「そばに行っていい?」

「もうだめ、そばに来ないで」
 彼女の返事は、氷の様に冷たいものだった。
 この暗い世界で、ただ一人見つけた希望の光。

 その光が、今、暗い暗黒の世界へ今まさに、落ちて行こうとしていることを僕は感じ取っていた。
「ルカ、そこに座って」

「あぁわかったよ」

「いつもの様に空を見ましょう」
 僕達の遙か向こうには、沢山の星が今にも落ちそうなほどに輝く。
 星は、いつもそこにあって夏に出会った僕達は、いつも夜それを見つめていた。

 何故、いつも一緒にいなかったんだろう……。
 今更ながら後悔するが、僕達はもう一緒に居た人々が心のないうつろな物に、変わっていく事に疲れすぎてしまっていた。

「ルカは、この後どうするの? 」

「僕は、もう疲れてしまったから……」
「君のそばに、行ってもいい? 」

 彼女の長い沈黙の間、僕は星を見て過ごした。
 彼女のすすり泣く声が聞こえる。

 僕は、静かに立ち上がり、彼女の方へと足を進める。
「だめ!だめ……ルカ来ないでお願い……」
 大きな声を出した、彼女の呼吸音が乱れる。

「ルカに生きて欲しい……」
 
「それにルカにはこんな姿、見られたくない……」

「今まで、ありがとう」

「わたしいくね」
 最後まで彼女を見送ると……ビル群を抜けた時、月明かりに照らされる最後の彼女の姿を見た。

 月明りに照らされる彼女は、足を引きづりブリッチへと歩いて行く。

 きっとそこが彼女の終焉の場所なのだろう。

 でも、その願いが叶うのかは僕にはわからない。

 ――その時――。

 ブゥ――――! ブゥ――――――――――――――!
 夏の暑さと、その暑さによって生み出されたうごめくもの達によって終焉をもたらされ動く事ないと思っていた。

 動く墓標となった自動車の中のゾンビ。
 彼の生存を知らせるクラクションが真夏の夜と僕の心をも切り裂く。

 少し懐かしさに、ほっとした気持ちとそれを上回る悲しみの中、もう僕もそろそろ出発しなければならない。
 
 それにルカにはこんな姿、見られたくない……。

 僕の恋心にも似た気持ちを共有した彼女の為に。


         おわり
 
 
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