猫のお知らせ屋

もち雪

文字の大きさ
上 下
29 / 37
夏休み

漢字の風景

しおりを挟む
  みずほちゃんが、今日も2階にいる。でも、来週から新学期……。

  ずっと遅い時間まで、帰らない日々が、また始まっててしまう。

「みずほちゃんも、お父さんみたいに家に居て欲しいなぁ――」

 ひらがなのドリルをやりながら、僕はあずき先輩を見つめて言った。

「お父さんもお祓いで、よそに行ったりしてるぞ。お母さんもいろいろ顔を出しているし、そもそも俺達自身も出掛ける仕事だろう?」

 あずき先輩は、今日は習字紙に字を書いている様だけど、手を止めて僕に話す。

「そっか……、みずほちゃんも僕が居なくて、寂しいのかもしれない……。お家からみんなにお知らせって出来ないなぁ……」

「家で、やれるお知らせ屋はいいなぁ……なんか、ハッカーぽくて、でも、パソコンを習う所からか.……。ないな」

 あずき先輩は、頬に筆をそえて考えていたが、すぐに諦めた様だ。

「あずき先輩、ところで何を書いているの?」

 あずき先輩の今日の習字は、いつもと違いうねうねと続いていてなんか変だ。

「これか? 稲穂いなほが今書いているひらがなの書き方が、楷書かいしょで、行書ぎょうしよ」という書き方もあって、その書き方は文字の一画いっかく……えっと、ドリルには書く順番がふってあるだろう? 例えば、3番、4番なんかを、一度に続けて書く時がある書き方なんだ」

「それで?」
 僕は、首をかしげて聞く。

「なんか、凄くかっこいい……」

 あずき先輩は、目に力を込めて言った。

「あ……かっこいいは、大切だよね」

 そう言って僕は、ドリルの『さ』の例で書かれた、『さっぱり』を上からえんぴつでなぞる。

稲穂いなほ、あまり興味ないのか? お前、興味ない時は、話を合わせてやりすごすよなぁ? この現代っ子、猫が……」

 僕は、バッと顔を上げてあずき先輩を見た。あずき先輩はそんのな僕の様子に、顔がきょとんてしている

「現代っ子、猫って何? かっこいいの?」

「どうだろう? お前が格好良……ければ、かっこいい言葉になるから頑張れ」

「そうやって、なんか誤魔化すの良くない」

 現代っ子、猫…………子猫が、付いているだけで凄くかっこ良くて、かわいい。きっと。

 そしてあずき先輩は、また漢字を書く勉強に戻った。

「じゃあ、これはどうだ? 風林火山ふうりんかざん昔の日本の武将の武田信玄の軍の旗についた漢字らしいが、もとは孫子そんしって言うよその国で書かれた書物しょもつから来てるらしい、なんか格好いい漢字達だ」

 見てるといきなり風の文字の上に、くるくる丸みをおびたみ部分のある横線が出てくる。それは、しの文字を寝かして、最後にくるくるってさせたみたいな線。そのしの様に見える線達の間を葉っぱがさまよい踊る、手を近づけてみたけど、手に風は感じない。

 その風を表しているだろう線と葉は、下の林の木々を揺らしに行く。昔話に出てくる様な木達は、静かに揺れる。

 そこに雷が落ち、わずかに木と葉を赤く染るが、木の赤はすぐに黒く墨になってしまったのに、風に乗って舞い上がってしまった葉は、まるで鬼火の様に赤く燃えて火の文字にたどり着く。

 そうすると火の大きな文字の上に、炎と書かれ周りが切り取られた和紙が、バシッ、バシッ、バシッと次々と何枚も貼られ、やがてさっきよりもっと大きな、さまざまな赤の色が使われた火の字になる。

 火の文字から小さな火種の様な火と書かれた和紙が飛び出して、まわり張られその周りをそっと明るく照らすが、いつか見た花火の様にそれは時間とともに消えてしまう。

 それでも最後の火種だけはなんとか、下の山の山頂部分にたどり着く。それは灰色の煙になって、白くたなびく……。

 いつもの雲がその煙から生まれ、その雲も白い雪を生み出すと雪は、山を白く、白く染めあげていった。

 山の頂上から流れる細い煙りが、雪の間に見え隠れしていたが……。

 やがて、あの最後の火種は、深い雪に埋もれてしまったのか、煙は途絶えてしまった……。

「何これ?」ぼくは、机に手をかけて立ち上がると、そのままぴょんぴょんとしていた。

「知らん! が……なんか出来た! ある日、凄く上手く書けた日があって……、こう両手で持ち上げて、眺めてたんだ。そして『おうぎこれ凄くないか?』って見せたていたらこうなっていた……」

「僕もやる! 僕も書く! 貸して! 貸して!」
 って僕は、今度はあずき先輩の周りを飛びまわった。

「稲穂!どんどんしたゃだめだ! それに基本が大事だっておじぃちゃんも言ってたから、稲穂は漢字ドリルを頑張れなっ」
 あずき先輩は、そう言った。そうか……基本が大事なんだよね……。僕は頑張る。

 僕はゆっくりと自分の椅子へ座ると、机に乗せた手にそっとあごを乗せてあずき先輩を見たが、そんな僕をあずき先輩は知らんふりで漢字をまた書き始めてしまった。だから……僕は……。

 ……でも、ちょっと書かしてくれても良くない?と凄く思った。

 おわり
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

処理中です...