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夏休み
漢字の風景
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みずほちゃんが、今日も2階にいる。でも、来週から新学期……。
ずっと遅い時間まで、帰らない日々が、また始まっててしまう。
「みずほちゃんも、お父さんみたいに家に居て欲しいなぁ――」
ひらがなのドリルをやりながら、僕はあずき先輩を見つめて言った。
「お父さんもお祓いで、よそに行ったりしてるぞ。お母さんもいろいろ顔を出しているし、そもそも俺達自身も出掛ける仕事だろう?」
あずき先輩は、今日は習字紙に字を書いている様だけど、手を止めて僕に話す。
「そっか……、みずほちゃんも僕が居なくて、寂しいのかもしれない……。お家からみんなにお知らせって出来ないなぁ……」
「家で、やれるお知らせ屋はいいなぁ……なんか、ハッカーぽくて、でも、パソコンを習う所からか.……。ないな」
あずき先輩は、頬に筆をそえて考えていたが、すぐに諦めた様だ。
「あずき先輩、ところで何を書いているの?」
あずき先輩の今日の習字は、いつもと違いうねうねと続いていてなんか変だ。
「これか? 稲穂が今書いているひらがなの書き方が、楷書で、行書」という書き方もあって、その書き方は文字の一画……えっと、ドリルには書く順番がふってあるだろう? 例えば、3番、4番なんかを、一度に続けて書く時がある書き方なんだ」
「それで?」
僕は、首をかしげて聞く。
「なんか、凄くかっこいい……」
あずき先輩は、目に力を込めて言った。
「あ……かっこいいは、大切だよね」
そう言って僕は、ドリルの『さ』の例で書かれた、『さっぱり』を上からえんぴつでなぞる。
「稲穂、あまり興味ないのか? お前、興味ない時は、話を合わせてやりすごすよなぁ? この現代っ子、猫が……」
僕は、バッと顔を上げてあずき先輩を見た。あずき先輩はそんのな僕の様子に、顔がきょとんてしている
「現代っ子、猫って何? かっこいいの?」
「どうだろう? お前が格好良……ければ、かっこいい言葉になるから頑張れ」
「そうやって、なんか誤魔化すの良くない」
現代っ子、猫…………子猫が、付いているだけで凄くかっこ良くて、かわいい。きっと。
そしてあずき先輩は、また漢字を書く勉強に戻った。
「じゃあ、これはどうだ? 風林火山昔の日本の武将の武田信玄の軍の旗についた漢字らしいが、もとは孫子って言うよその国で書かれた書物から来てるらしい、なんか格好いい漢字達だ」
見てるといきなり風の文字の上に、くるくる丸みをおびたみ部分のある横線が出てくる。それは、しの文字を寝かして、最後にくるくるってさせたみたいな線。そのしの様に見える線達の間を葉っぱがさまよい踊る、手を近づけてみたけど、手に風は感じない。
その風を表しているだろう線と葉は、下の林の木々を揺らしに行く。昔話に出てくる様な木達は、静かに揺れる。
そこに雷が落ち、わずかに木と葉を赤く染るが、木の赤はすぐに黒く墨になってしまったのに、風に乗って舞い上がってしまった葉は、まるで鬼火の様に赤く燃えて火の文字にたどり着く。
そうすると火の大きな文字の上に、炎と書かれ周りが切り取られた和紙が、バシッ、バシッ、バシッと次々と何枚も貼られ、やがてさっきよりもっと大きな、さまざまな赤の色が使われた火の字になる。
火の文字から小さな火種の様な火と書かれた和紙が飛び出して、まわり張られその周りをそっと明るく照らすが、いつか見た花火の様にそれは時間とともに消えてしまう。
それでも最後の火種だけはなんとか、下の山の山頂部分にたどり着く。それは灰色の煙になって、白くたなびく……。
いつもの雲がその煙から生まれ、その雲も白い雪を生み出すと雪は、山を白く、白く染めあげていった。
山の頂上から流れる細い煙りが、雪の間に見え隠れしていたが……。
やがて、あの最後の火種は、深い雪に埋もれてしまったのか、煙は途絶えてしまった……。
「何これ?」ぼくは、机に手をかけて立ち上がると、そのままぴょんぴょんとしていた。
「知らん! が……なんか出来た! ある日、凄く上手く書けた日があって……、こう両手で持ち上げて、眺めてたんだ。そして『扇これ凄くないか?』って見せたていたらこうなっていた……」
「僕もやる! 僕も書く! 貸して! 貸して!」
って僕は、今度はあずき先輩の周りを飛びまわった。
「稲穂!どんどんしたゃだめだ! それに基本が大事だっておじぃちゃんも言ってたから、稲穂は漢字ドリルを頑張れなっ」
あずき先輩は、そう言った。そうか……基本が大事なんだよね……。僕は頑張る。
僕はゆっくりと自分の椅子へ座ると、机に乗せた手にそっとあごを乗せてあずき先輩を見たが、そんな僕をあずき先輩は知らんふりで漢字をまた書き始めてしまった。だから……僕は……。
……でも、ちょっと書かしてくれても良くない?と凄く思った。
おわり
ずっと遅い時間まで、帰らない日々が、また始まっててしまう。
「みずほちゃんも、お父さんみたいに家に居て欲しいなぁ――」
ひらがなのドリルをやりながら、僕はあずき先輩を見つめて言った。
「お父さんもお祓いで、よそに行ったりしてるぞ。お母さんもいろいろ顔を出しているし、そもそも俺達自身も出掛ける仕事だろう?」
あずき先輩は、今日は習字紙に字を書いている様だけど、手を止めて僕に話す。
「そっか……、みずほちゃんも僕が居なくて、寂しいのかもしれない……。お家からみんなにお知らせって出来ないなぁ……」
「家で、やれるお知らせ屋はいいなぁ……なんか、ハッカーぽくて、でも、パソコンを習う所からか.……。ないな」
あずき先輩は、頬に筆をそえて考えていたが、すぐに諦めた様だ。
「あずき先輩、ところで何を書いているの?」
あずき先輩の今日の習字は、いつもと違いうねうねと続いていてなんか変だ。
「これか? 稲穂が今書いているひらがなの書き方が、楷書で、行書」という書き方もあって、その書き方は文字の一画……えっと、ドリルには書く順番がふってあるだろう? 例えば、3番、4番なんかを、一度に続けて書く時がある書き方なんだ」
「それで?」
僕は、首をかしげて聞く。
「なんか、凄くかっこいい……」
あずき先輩は、目に力を込めて言った。
「あ……かっこいいは、大切だよね」
そう言って僕は、ドリルの『さ』の例で書かれた、『さっぱり』を上からえんぴつでなぞる。
「稲穂、あまり興味ないのか? お前、興味ない時は、話を合わせてやりすごすよなぁ? この現代っ子、猫が……」
僕は、バッと顔を上げてあずき先輩を見た。あずき先輩はそんのな僕の様子に、顔がきょとんてしている
「現代っ子、猫って何? かっこいいの?」
「どうだろう? お前が格好良……ければ、かっこいい言葉になるから頑張れ」
「そうやって、なんか誤魔化すの良くない」
現代っ子、猫…………子猫が、付いているだけで凄くかっこ良くて、かわいい。きっと。
そしてあずき先輩は、また漢字を書く勉強に戻った。
「じゃあ、これはどうだ? 風林火山昔の日本の武将の武田信玄の軍の旗についた漢字らしいが、もとは孫子って言うよその国で書かれた書物から来てるらしい、なんか格好いい漢字達だ」
見てるといきなり風の文字の上に、くるくる丸みをおびたみ部分のある横線が出てくる。それは、しの文字を寝かして、最後にくるくるってさせたみたいな線。そのしの様に見える線達の間を葉っぱがさまよい踊る、手を近づけてみたけど、手に風は感じない。
その風を表しているだろう線と葉は、下の林の木々を揺らしに行く。昔話に出てくる様な木達は、静かに揺れる。
そこに雷が落ち、わずかに木と葉を赤く染るが、木の赤はすぐに黒く墨になってしまったのに、風に乗って舞い上がってしまった葉は、まるで鬼火の様に赤く燃えて火の文字にたどり着く。
そうすると火の大きな文字の上に、炎と書かれ周りが切り取られた和紙が、バシッ、バシッ、バシッと次々と何枚も貼られ、やがてさっきよりもっと大きな、さまざまな赤の色が使われた火の字になる。
火の文字から小さな火種の様な火と書かれた和紙が飛び出して、まわり張られその周りをそっと明るく照らすが、いつか見た花火の様にそれは時間とともに消えてしまう。
それでも最後の火種だけはなんとか、下の山の山頂部分にたどり着く。それは灰色の煙になって、白くたなびく……。
いつもの雲がその煙から生まれ、その雲も白い雪を生み出すと雪は、山を白く、白く染めあげていった。
山の頂上から流れる細い煙りが、雪の間に見え隠れしていたが……。
やがて、あの最後の火種は、深い雪に埋もれてしまったのか、煙は途絶えてしまった……。
「何これ?」ぼくは、机に手をかけて立ち上がると、そのままぴょんぴょんとしていた。
「知らん! が……なんか出来た! ある日、凄く上手く書けた日があって……、こう両手で持ち上げて、眺めてたんだ。そして『扇これ凄くないか?』って見せたていたらこうなっていた……」
「僕もやる! 僕も書く! 貸して! 貸して!」
って僕は、今度はあずき先輩の周りを飛びまわった。
「稲穂!どんどんしたゃだめだ! それに基本が大事だっておじぃちゃんも言ってたから、稲穂は漢字ドリルを頑張れなっ」
あずき先輩は、そう言った。そうか……基本が大事なんだよね……。僕は頑張る。
僕はゆっくりと自分の椅子へ座ると、机に乗せた手にそっとあごを乗せてあずき先輩を見たが、そんな僕をあずき先輩は知らんふりで漢字をまた書き始めてしまった。だから……僕は……。
……でも、ちょっと書かしてくれても良くない?と凄く思った。
おわり
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