魔王がやって来たので

もち雪

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前日譚 

ある青年の思い出 壱

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「魔王が来たので」の前日譚
前日譚の主人公は、本編の主人公とは別の人物です。

  ☆★☆★☆★☆彡

 魔王の居る魔界にいて、僕らはその商才を買われ人間界にほど近い場所でひっそり寄せ集まり生きていた。

 狐によく似た三角の耳と、ふさふさの尻尾。でも、それ以外は人間界の弱い人間達に、僕達はよく似ている。

 魔物達は僕達の商才の才能を利用するだけ、利用して、力のない僕らを表立って馬鹿にする。

 そんな時、祖父は「面白いじゃないですか、初めてた食べ物から魔物たちは私達を利用する。ですが、みなと今では、あの魔王まで私たちの店に顔を出す。経済を操るという事は知らぬ内に魔物も弱体させ、私たちの前にひれふさせる事が出来る事です。魔物が力を振るうなら、もっと上の魔物を金で買えばいい。物には興味は無くても、色に興味ない魔物はそう居ませんしね」

 そう言う母がたの祖父は、少し苦手だった。

 その逆に体が弱くても、心優しい父が僕は好きだった。だからそんな父のそばに居たいと、僕は幼くして母の実家にはあまり出向く事は無くなった。

 でも実は僕らには秘密がある。僕らは弱い。そんな僕らは実は魔法を使える。しかし人前で使うのはタブーになっていた。弱い得物でも、相手の隙と急所を狙えば相手は殺せるから。

 しかし一握りの狐は、凄い魔力を持っている事は秘密にしていても知れ渡ってしまっていた。

 それが白銀しろがねの毛並みを持つ一部の本家の者たち。

 だから半分だけ白銀の僕はきっと普通の狐と変わらないのだ。だから僕は出来るだけ力を隠した。


 僕の本家の血は父譲り、母は祖父に似て商才はあった。

 しかし父は純粋な血ゆえ体が弱く。父のに代わり、母は仕事に打ち込んだが、帰ると寄り添う様に父のそばから離れない。 

 しかし父の事が大好きな母の気持ちは僕にはよく分かった。

 でも、遅い夜に父の部屋を通ると、父の看病をする母の声がしても僕はその薄い障子の前で父母を見る事しか出来ない時が多くあった事を覚えている。

 その時は、いつも僕の影に父が気付いて僕を「湊、そこにいるんだろう? 入っておいで」と、父が呼んでくれた。母、「そこに居たなら、遠慮などせずに入ってくればいいのよ」って言って僕の頭をなでてくれていたのに。

 僕は母に気付いて貰いたかったかもしれない。父より僕に……。

                    ☆

 
 ある年の正月、それまでは、正月くらいは無理をしても仕事を休んでいた母が、どうしてもその年は仕事が休めないらしく。

 白銀しろがねの家の本家である僕の伯父の家に、お手伝いの綾とふたりで行く事になった。
 
 父は「みなと、僕の分まで楽しんでおいでよ」そう言って僕を見送ってくれた。

 お正月のその時位は、父とだけとでも一緒に居たかったが何故かそれは言えなかった。

 僕と綾は長い山への道のりを二人で歩いた。一人で野山を駆けまわっていた僕と、住み込み働きで、家事仕事の追われていた綾とでは、僕の方が、幾分体力がまさっていたようだ。

 最後には彼女のあたたかく柔らかな手を、僕が引っ張って歩いた。

 伯父の家に着くと、伯父と伯母に優しく出迎えてくれた。

 その後ろに可愛いらしい尻尾が、見え隠れしながら。

 その可愛らしい尻尾は、伯父に押し出される様に、前へ出され僕に挨拶した。

 彼女の名はフィーナ。

 僕と同じ年頃の従妹で、伯父譲りの白銀しろがねの髪、黄金こがね色の瞳をしていた。

 母似の赤茶色の瞳の僕だけれど、なんとなく僕と彼女はよく似ていた。


 お正月以外にもその家には同じ年頃の子狐たちが、仕事の合間に多く預けられていた。

 そんな環境は僕には初めてでとても居心地の良いその家に、習い事や勉強の無い日は、家から30分かけてお手伝いの綾と遊び行っていたものである。
  
 綾もそうだが白銀家の家系の子供は昔からよく本家に遊びに行く。大人たちが本家の仕事場で働いている間、子供たちは年長の子ども達の言う事をよく聞き。時に、お手伝いに来た里の者におやつをねだる、そんな日々を僕らは過ごしていた。
 
 優しい伯母の手作りのお菓子を食べ、手の空いた伯父達ともによく山や川へとみんなで遊びまわる。僕の父も体が比較的に楽な時にはそれに加わる、僕の釣った魚や取った木の実などを見て父はよく褒めてくれた。父も伯父達と同じ白銀の髪、黄金色の瞳だが、しっかり者の伯父と違って父は優しく笑う。

「こんなに大きく新鮮な魚は見たことがないよ」

「そうなの? 伯父さんと一緒に魚釣りとかしなかったの?」

「そうなんだ……僕の体が弱いのは赤ちゃんの時からだからね」

「でも……お母さんのお薬のおかげで、最近になって外に出歩ける様になったんだよ」

「そっか、やっぱりお母さんは凄いんだね」
 
「うん、凄いよ、でも、もしお母さんが一緒に居ない事で何か困った事があったら、お父さんにすぐに言ってな」

「言ってもいいの? 」

「うん、いいよ」

「そっか……いいのか」
 僕は、少し安心していた。それに気づいただろう父は、尚も話しつづけた。

 「僕もみなとの為に頑張るけど、お母さんも湊の為に頑張ってくれる。お母さんは、そういう人だから湊も遠慮せずに、なんでも言うんだよ」

 僕は、それに答える代わり両手を広げ抱っこをせがむ。

 父は、体の線が細い人だったけれど、それでも僕を抱きしめ抱っこをしてくれた。

「そうは言っても、湊もお母さんもふたりともよく似ていて、頑張りすぎてしまうからお父さんは少し心配かな……」

 僕を抱っこしながら、耳元で僕達の心配を語る父の声を、まじかで聞きながら目を閉じる。優しく笑う父が好きだった。父の鼓動も優しく安心させてくれる。

 そんな父と父の代わりに、本家で働き父の為の薬作りに励む母、そんな母の話を僕たちを思いやりながら話す父。幼い頃は、伯父と伯母に囲まれて暮らす従妹をうらやんだりしたけれど、成長する内にそんな気持ちはなくなっていた。


 そんな父も僕が7歳の時に、流行り病の風邪であっけなく死んでしまう。

 僕が7歳の冬、狐の里に流行り病が流行った。その頃には、父は回復し床で横になっている時間も少なり、起きて軽い作業などをこなせるまでに健康になってきていた。

 ある日、父の体調が目に見えて悪く、家の者みんなが父を心配するなか父は床についた。次の日、起き上がれなくなった父の為に、医者が呼ばれる。
 
 日頃、仕事で居ない母が家に居て、医者と長い事話をしていた。僕は、母と医者の居る、父の部屋の隣の書斎の前でふたりが出てくるのを座って待っていたが……。

「湊さん、風邪をひきますよ」と綾にとがめられ台所へ行き、綾の入れてくれた生姜湯を飲んだ。

「旦那様も、きっとすぐよくなります」
 
 綾は、僕を励ますように、綾自身が願うようにそう言った。僕は、父の瞳の様な色の生姜湯をみつめながら、「うん」と言う事しかできなかった。

 流行り病か移ると言う配慮から父や母に会う事も出来ず、従妹の家へ行く事も出来ずお手伝いの綾さん達と不安な日々を過ごした。
 それから母は、仕事を休み付き切りで父の看病をしていた。
 
 時々、母に会うとあれだけ小奇麗にしていた母が、幽鬼の様なたたずまいでそこにいた。しかし僕に目にを止めるといつもの母にもどり――。

「湊、おはよう」

「おはよう、お母さん」

「ごめんなさいね、湊にまで心配や不自由をかけてしまって」
 
「何か、困った事はない?」

「大丈夫だよ、お母さん……お父さんにはいつ会える?」

「そっか……良かった」

「少し時間はかかるかもしれないけれど、ちゃんと良くなるから大丈夫……いずれ会えるわ」
 僕の背の高さに合わせる様に、座り僕にそう言う母。

「お母さんは、大丈夫? 」

「お母さんは大丈夫、お母さんは強いもの」

「そうか……良かった」

 その時、台所から僕を見に来た、割烹着を付けた綾が僕をいざない台所へ連れていく。

「お母さん、僕も強いから、困った事があれば何でも言ってな」

 台所に着くと、綾が僕の前に料理を並べる。

「綾、お父さんは良くなっているんだって」
 そう言うと、綾は一瞬手を止めて。

「そうですか、本当に良かったですね。湊さん」と、言ってくれた。


 それから三日目の朝。

 一昨日までの少しあった暖かさが、昨日から力を失い、朝には霜柱が降りるまでになっていた。
 そして今日の寒さは、それを一段と増し温かい布団から出ると、出る息が白くなるまでになっていた。
 まうすぐ、この辺りも白い冬景色になるだろう……。

 そんな凍てつく、寒さを一足先に届ける様に突然、伯父がやってきて僕の部屋のふすまを開けた。
 戸惑う僕の目線に合わせる様に、伯父は座る。日頃、父と違い血色の良い伯父であるが、今日は急いでこの部屋まで来たのだろう。寒い冬の中で、顔を上気させる。

「いいかい、これからお父さんの部屋へ行くから、やまいよけの呪いまじないをかけるよ」

「伯父さん、お父さんに会えるの? 」

「お父さんは元気になったの? 」
 その言葉に伯父は、押し黙ってしまう。

 僕は静かに、知らずに掴んでいた伯父の着物から手を離した。それが合図の様に伯父は、病よけの祈祷をあげる。

「これで完全に病から身を守る事は出来ないが、元気なお前なら例えやまいにかかっても大丈夫だろう……」
 そう静かに言った……。

 父の寝ている部屋に入ると、見違えるようにやっれた母が、座椅子へもたれかかる様にすわっている父の手を握っている。僕が近くに行くまでただ母は、父をみつめていた。
 
みなと……」
 父は、そう言うと母は、初めて僕と伯父の存在に気が付いた様で信じられないというような顔をした。
 
「湊を何故この部屋に? やまいで湊まで倒れてしまったどうするおつもりですか!?」

 母はそう伯父に罵声を浴びせたが伯父は黙っていた。母の罵声を聞きながら僕は二人に近づき、決して離されなかった二人の手に僕の手を置いた。母はそんな僕に涙し、父は僕の頭を優しくなでた。
 
「ごめんね……しらゆきさん僕が兄さんと湊を呼ぶように先生に頼んだんだ……」
 
「貴方、あまり話さないでお身体にさまります」

 
「ぼくは聞いてしまったんだ……先生と君との話をだから君が居ない時に……。だから……兄と先生を責めないで、ははは……しらゆきさんには笑っいてほしいな」
 すっかりやせ細ってしまった父が、力なく笑う。
 
 父は僕に顔を向ける、いつもの優しい笑顔だった。
「湊……お母さんを頼んだよ……。でも……少し心配かな? 君たちは頑張り過ぎてしまうから……。もう、二人とも力を抜いていいんだよ、ぼくはいつでも君達を見守っているからね……」

「お父さん……」
 父さんは、こんな時まで限られた力で僕達を心配していた。

 父の死、それは知らず知らずの内に、僕の心の中にあり、それに気づかぬふりをして生きてきた。
 それをおおい隠していたベールがはぎ取られた今、とても悲しく、耐えられないほど辛かった。
 心をナイフを深く、深く刺されるように。でも、そのナイフは幼い時から身の内にあったもので、僕の感情は慣れ切ってしまったのだろう。僕は、母の様に泣く事がなかった。
 
「兄さん……ありがとうございます、しらゆきさんと湊を頼みます」
 そう言って伯父に深々と頭を下げ、伯父は目頭を押さえるようにして何度もうなずいていた。
 
「しらゆきさん……」
 そう言うと父は、母に耳打ちして話す。
 
 話し終えた父は『まぁ聞かれて悪い事ではないけど、恥ずかしからね』と静かに笑った。
 母は、子供の様に『ダメダメっおいていかないで……』と父の膝の上で泣いていた……。
 
「じゃ……疲れたし少し寝るね……おやすみなさい」
 
 それが最後の言葉になり、父は帰らぬ人となった。
 
 葬式の間中、母の姿は幽鬼の様であった、僕の前でもそれは取りつくろわれる事はなかった。
 いくら伯父が僕たち親子を守ってくれていても……口さがない親戚はそんな母を見てさえ『成り上がりの一族の娘がとうとう本家に近しい分家を乗っ取った』と罵るののしる声は僕の耳に届く。
 当然、喪主となった母にどれほどその声が届いたのかは僕にはとても計り知れない。

 親戚達から離れて、父の姿の父と最後の別れをする建物の外で僕は、煙突からのぼる最後の父の思い出を眺めていた。僕の手をにぎる、従妹と僕達の後を追って歩く女の子の手がとても暖かくって、僕はそこで初めて泣いた。

 二人は僕が泣き止むまで、ただよりそいそばにいた。僕は、それで十分だった。
 

 それから父の葬儀が終わると、母はより一層仕事に打ち込むようになる。
 そしてぼくはフィーナの家へ遊びに行く事が、よりいっそうが増えたのだった。

 つづく
 
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