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5巻
5-1
しおりを挟む第一章 はじまりを奏でる者と秘密を抱く者
穏やかな昼下がり――
オリヴィリア領の領主館に、天上の調べが響きわたる……はずだったんだけど。
今、響いているのは天上の調べとは無縁な音色。
「リリアナちゃん……」
お母様は表情を曇らせ、ため息を漏らした。
「うぅ、ごめんなさい。お母様」
チェンバロの鍵盤から指を離して、見慣れない楽譜をじっと眺める。五線譜に慣れ親しんだ私には、この世界の楽譜がしっくりこないよ。
――かつて私は、橘ゆかりという名前の女子高生でした。
日本で、平凡ながらも穏やかに暮らしていたんだけど……
交通事故で命を落とし、気がつけば、オリヴィリア伯爵家の娘リリアナ・ラ・オリヴィリアとして、新たな生を受けていました。いわゆる転生ってやつですね。
前世の記憶がある分、はじめはかなり戸惑いました。
なぜならここは、地球とは異なる世界……異世界のセイルレーン!
魔法が使えたり、精霊がいたりするファンタジー世界なんです! ファンタジー万歳!!
……どうせなら、魔法で楽譜も読めるようになったらいいのに。
(いやぁーー! もっと弾いてよぉーーーーーー!!)
チェンバロの演奏をやめた私のまわりを、小さな女の子がくるくると飛びまわる。
大きな金色の瞳に、ふわふわした金色の髪。
とっても可愛らしい彼女は、光の精霊ルーチェ。
私に祝福を授けてくれた精霊です。
見た目は二歳くらいで言動もまだ幼いんだけど、ときどき、鋭い突っ込みが飛んできたりします。
甘やかしすぎなのか、現在、我儘娘に成長中です。
(そんなこと言われても……私だって、弾けるもんなら弾いてますよ)
私は長いため息をつき、目の前のチェンバロを睨んだ。
音楽は、成人するまでに、貴族の子息令嬢が身に付けておかなくちゃいけない教養のひとつです。
他にも、文法、論理、修辞、算術、幾何、天文を修める必要があるんだって。音楽を含めたこれらは、自由七科と呼ばれています。
この世界では、十六歳で成人とみなされる。私は十四歳なので、あと二年しかない。
……それまでに、すべて身に付けられるかな。不安です。
「リリアナちゃんにも苦手なことってあるのね。他の科目は優秀なのに」
お母様がしみじみと呟いた。
ちなみに、他の科目は家庭教師のシリウス先生に教わっています。
ただ、さすがの先生も音楽だけは苦手みたい。うん、確かに、シリウス先生が歌ったり楽器を奏でたりしている姿は、想像できません。
そんな中、名乗りを上げたのがお母様。
――私は淑女の中の淑女になるべく、血の滲むような教育を受けた身。リリアナちゃんのことも、この私が淑女の中の淑女にしてあげるわね。
にっこり笑顔で、そう宣言されてしまいました。
お母様、意外と教育ママだったみたいです。
個人的には、淑女の中の淑女になりたいとは思わない。ボロが出ない程度に教えてもらえたらいいんだけどな……
私が項垂れていると、お母様は言葉を続ける。
「縫いものや刺繍だって最初からできたし、家事のお手伝いも完璧。お料理だって得意でしょう。使用人達への指示も的確よね。女性は、時に夫の留守を預かる身。家に関わることはどれもすごく重要だけど、できない子って多いのよ。なのに、まさか音楽で躓くとは思わなかったわ」
前世では、自称主婦でしたからね。転生した今も、家事・裁縫は得意です!
ズルをしているような気がして、ちょっと複雑ですが。
お母様は、不思議そうな表情を浮かべて首を傾げる。
「あら。でも、歌の時は大丈夫だったわよね? 楽器になったとたん、失敗が増えちゃうなんて……リリアナちゃんが前にいた世界に、楽器はなかったの?」
両親には、私に前世の記憶があることを話しています。
私は首を横に振って答えた。
「いいえ、お母様。地球にも、たくさんの楽器がありました」
歌の練習からはじまった、お母様の音楽の授業。
確かに最初は、順調そのものだった。……チェンバロが我が家にやってくるまではね!
どうやらお母様が、音楽の授業に必要だのなんだのと言って、ジル曾お祖父様にチェンバロの手配を頼んだみたい。そうしたら、ジル曾お祖父様がプレゼントしてくれたんです。
……お母様、まさかと思いますが、遠回しにたかったりしてませんよね?
ジル曾お祖父様は、大商人。リーシェリ商会という大きな組織を纏め上げているだけあり、楽器の手配だってお手のものなのかもしれません。だけど、きっと楽器は高額なはず。
本当の曾孫のように私を可愛がってくれますが、ジル曾お祖父様とは血が繋がっていません。プレゼントは嬉しいのですが、あまり高いものだと、気が引けてしまうのも事実。
うぅ、ジル曾お祖父様、ありがとうございます! 大事に使わせていただきますね!!
私はチェンバロの表面をそっと撫でて、再び鍵盤に指を置いた。そして目の前の楽譜を見ながら演奏をはじめたものの――
「……リリアナちゃん、前にいた世界で楽器に触れたことはなかったのかしら?」
響きわたった無残な音色に、お母様が苦笑する。
「……いえ、音楽の授業だってありました。チェンバロにそっくりな楽器を弾いたこともあります」
チェンバロの見た目は、ピアノにそっくり。
前世で仲の良かった従姉のお姉ちゃんは、ピアノを習っていました。そんなお姉ちゃんにくっついて、私もピアノを習いに行っていた時期があります。
問題は、そこじゃないんです。
「うぅ、お母様。古神語で書かれた文字譜は、難易度が高すぎます!」
そう、問題は楽器じゃなくて楽譜。
この世界では、五線譜じゃなくて文字譜が使われているんです! さらに、記されている文字は古神語!!
私の言葉を聞き、お母様はぽんと手を叩いて言った。
「リリアナちゃん、楽器が苦手なわけじゃなくて文字譜が読めなかったのね? でも、まだはじめたばかりじゃない。音を上げるのは早いわよ」
(早いわよ!)
お母様の口調を真似て、頬を膨らませるルーチェ。私を叱っているつもりなのかな。怖いどころか、ただ可愛いだけですけどね。
ちなみにルーチェの姿は、私とお母様、双子の弟妹達にしか視えません。そしてルーチェの声が聞こえるのは、祝福を授けられた私だけ。普段は、心の中で直接会話をしているんだけどね。これは、心話って言うみたい。
ルーチェは続けて、めっ! と私を指差した。
うぅ、音を上げたくもなりますよ!
だって、見たこともない文字で楽譜が書かれているんですよ!!
文字譜というのは、音楽の旋律を文字で表記した楽譜のこと。それだけでも難解なのに、使われているのは古神語……
この世界では、言語が教会によって統一されています。大陸にあるすべての国で同じ言語が用いられているんです。
遥か昔――人と神々がともにあったとされる、神暦の時代。
このシェルフィールド王国では、古神語と呼ばれる言語が使われていました。
今では、教会以外の場所で目にしたり耳にしたりする機会はほとんどないと聞いていたのですが……まさか楽譜に使われているなんて! なんだか、納得がいきません。
転生したばかりの頃、日本語とはまったく違う言語にさんざん苦労したというのに、再び言語の壁にぶつかるとは。
「お母様。以前、古神語は教会以外では使われていないと聞いたことがあります。ですが、文字譜を読むために皆勉強するものなのでしょうか?」
「いいえ、普通のお嬢さん達が古神語を勉強する機会は、ほとんどないと思うわ。リリアナちゃんの言う通り、古神語は教会でしか使われていないもの。歌の授業で使った紙には、セイルレーンの言葉で歌詞が書かれていたでしょう。歌は、身分に関係なく幅広く親しまれるものだから。普通のお嬢さん達の音楽の授業は、それで終わり。でも、リリアナちゃんの場合はそれだけじゃ許されないのよね……」
確かに歌を教わった時、歌詞の書かれた紙を渡されました。それを見て歌詞を覚えて、音程はお母様の歌を真似しながら練習したんです。
……それより今、不穏な言葉が聞こえた気がします。
他の人たちは、まるで歌以外は勉強していないような――
「おっ、お母様。確認なんですが、皆、楽器の練習をするんですよね?」
「あら、全員が練習するわけじゃないわよ。普通のお嬢さんだったら、歌さえできれば音楽は合格だもの。もちろん、男の子たちもね」
なんですとー! だったら私も、歌は完璧に覚えたので合格ですよね!? 上手い下手は別として!!
「お母様! だったら、どうして私は楽器の練習までしているんですか!?」
思わず声を荒らげると、お母様はにっこり微笑んだ。
「忘れんぼうさんね、リリアナちゃん。言ったでしょう? リリアナちゃんを淑女の中の淑女にしてあげるわねって。そのためには、楽器も完璧に演奏できないといけないのよ」
お母様、別に私は淑女の中の淑女を目指していません。
むしろそれって、私が目指している平凡から程遠い存在ですよね……
私は遠い目をしつつ、気になったことを尋ねてみる。
「淑女の中の淑女は、どうして楽器まで演奏できなくてはならないのですか?」
「昔、音楽は神々へ捧げるものとされていたのよ。楽器も歌も、神聖なものだったの。教会で歌われていた聖歌は、やがて街中でも歌われるようになって、人々の娯楽になっていったわ。歌は、旋律さえ覚えたら歌えるものね。親の口ずさんだ歌を子供が覚えて、それをまた自分の子供に教える……そうやって伝わっていったから、同じ歌詞なのに、地域によって少し旋律が違うこともあるのよ。だけど、手軽な歌に比べて楽器は高価じゃない? 教会以外に、なかなか浸透しなかったの」
やっぱり、楽器は高いんですね!
このチェンバロは、いくらするんだろう……
まじまじチェンバロを見つめていると、お母様が言葉を続ける。
「かつては、セイルレーン教会の聖楽団しか楽器を使えなかった。だから多くの楽曲は教会で生まれて、文字譜は古神語で書かれたの。最近は、ようやく私達も楽器を手にできるようになったわ。もっとも古神語の楽譜が難しくて、あまり広まってはいないのだけれど」
ふぅん、そうだったんですね。
今の説明で、楽譜に古神語が使われる理由はわかりました。でも、淑女の中の淑女が楽器を練習する理由はわかりませんでしたよ?
お母様は、私の考えていることなどお見通しだというように、にっこり笑った。
「ねぇ、リリアナちゃん。楽器を演奏できるようになることって、とても大切なのよ。その曲をより理解できるし、社交の場で踊る時にも表現の幅が広がるわ。それに近い将来、高貴な方々がリリアナちゃんの身内になるかもしれないでしょう。こういった教養を身に付けておいて、損はないわ」
高貴な方々が身内になる……それって、アルディーナ大公爵家の人々のことでしょうか?
いやいや、でも大公爵家の方々はすでに身内なはずだよね?
私達が暮らす、シェルフィールド王国。この国の始祖様は、美と愛と豊穣の女神様の血を引いています。そして始祖様の双子の妹姫が興した家こそ、アルディーナ大公爵家。
私の生まれたオリヴィリア家は、なんとアルディーナ大公爵家の分家にあたるのだそうです!
以前、お父様と一緒に王宮を訪れた時、大公爵家の方々をチラリと拝見しました。五十歳くらいの女性と、十五歳くらいの少女でした。女性は凜とした美人でしたが、ちょっぴり近寄りがたい雰囲気だったのを覚えています。
現在、大公爵家との交流は一切ありません。とはいえ、油断するのはよくないかも。ふとしたきっかけで、密なお付き合いがはじまる可能性だって捨てきれません。お母様が言いたかったのも、そういうことじゃないかな。
いざ交流するようになったとき、私が何かミスをして、大公爵家の方々から睨まれることにでもなったら……
妙な想像をしてしまい、ぶるりと身体を震わせる。うん、なんだか怖い。人生、何があるかわからないものね。ここは、もしものときのためにも、真面目に授業を受けましょう。
「お母様、私のためを思ってのことだったんですね。ありがとうございます!」
「わかってもらえたようで、よかったわ。さぁ、授業を再開しましょう」
お母様は、私の頭を優しく撫でてくれる。心が温かくなり、私はふわりと微笑んだ。
さぁ、やりますよ!
私は決意も新たに、文字譜に向き直った。
……うぅ。
やっぱり、この文字譜はわかりづらいよーー!
あれからしばらく練習しているんだけど、依然として無残な音が響きわたるばかり。
どうにかして、わかりやすくできないかな?
再び頭を抱えたところで、あるアイディアが浮かんだ。
そうだよ! わからないんだったら、わかりやすいようにするまで!!
私は椅子から立ち上がり、近くに置いてあった紙とペンをたぐりよせた。
お母さまが目を丸くして尋ねてくる。
「いきなりどうしたの、リリアナちゃん!?」
「えへへ。いいことを思いついたので、ちょっと待っててくださいね、お母様」
私は紙に横線を五本書き、一定の間隔で縦線を引いていく。そして目の前の文字譜とにらめっこしながら、五線の上に黒い丸をいくつも載せる。
お母様は、興味深そうに私の手元を覗き込んできた。
「ねぇ、もしかしてこれ、リリアナちゃんが前にいた世界の……?」
「そうです! 私のいた世界で使われていた楽譜です!!」
いつもならば、前世のものを迂闊に広めてしまわないよう注意している私。
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でも、今回みたいに私しか使わないものであれば問題ないよね。五線譜の楽譜が流出しないよう、しっかり管理するだけですから。
それから時間はかかったものの、なんとか冒頭の旋律を五線譜に書き直すことができました。うん、ばっちり!
こうして古神語の文字譜を五線譜に直していこう。そうすれば、もっと練習がはかどるはず。
私は、物珍しそうに楽譜を眺めるお母様に説明した。
「この黒い丸は音符といって、音の長さや高さを表します。音符を順番に辿っていくと、旋律になるんです」
私はさっそく、五線譜を頼りに演奏してみました。
……こういう曲だったんだね。文字譜を見ながら弾いていたときには、さっぱりわからなかったよ。
「すごいわ、リリアナちゃん! さっきまでは全然弾けなかったのに」
目を丸くするお母様に、私は胸を張った。
うふふ。五線譜さえあれば、問題なしです!
「リリアナちゃんは、チェンバロも上手だったのね。もっと弾いてほしいわ」
お母様の言葉に、私はう~んと唸る。文字譜を五線譜に直すのは、時間がかかるしなぁ。
あ、そうだ!
前世でもよく弾いていた曲を弾くのはどうかな?
あまり難易度の高い曲だと失敗しそうだし……ここは、あの曲にしよう!
私はチェンバロの鍵盤に指を滑らせ、演奏をはじめた。
すると、退屈そうに宙を漂っていたルーチェがぱっと顔を輝かせ、楽しそうにくるくる踊り出す。
お母様も、驚いたような表情で身体を揺らしている。
最後まで弾き終えた私に、お母様は拍手をしてくれた。
「とっても楽しそうな曲だったわね。なんて曲名なのかしら?」
「今の曲は、『猫ふんじゃった』と言います!」
私が胸を張って言うと、お母様は「えっ」と低い声を上げて困惑した表情を浮かべた。
「お母様、一体どうしたんですか?」
私は、小首を傾げて尋ねる。
「だって素敵な曲なのに、猫を……ふんじゃう曲なの?」
お母様は表情を曇らせて、悲しげに言う。
……うん。前世では慣れ親しみすぎて気づかなかったけれど、改めて考えてみると、猫が可哀想な曲名ですよね。なのに、胸を張って答えてしまいました……。このままじゃ、残酷な子というレッテルを貼られてしまうかも!!
「えっと、お母様、聞き間違いですよ! 私は、猫をふっ、フッ……フラダンスって言ったんです!」
「フラダンス? フラダンスって何かしら、リリアナちゃん?」
お母様は興味深そうに尋ねてくる。
……フラダンスって!
とっさに思い浮かんだのが、どうしてフラダンス! お母様の疑問をそのまま自分に投げかけたいよ!!
「えっと、フラダンスは踊りの種類のことで……そう、私は猫の踊りって言いたかったんですよ!!」
さらには、猫の踊りってなに!?
でも、お母様に残酷な子だと思われるよりは断然ましです。ここは猫の踊りということで、貫き通しましょう。
「猫の踊りなのね? 私の聞き間違いだったのかしら」
にこにこして言うお母様に、私は全力で頷く。
「はい、お母様!」
「そうよね。リリアナちゃんは『猫ふんじゃった』なんてひどいこと、笑顔で言う子じゃないものね」
うっ、実は言いましたが……もう引き返すことはできません! 私には退路なしです!!
(えぇー。ルーチェも『猫ふんじゃった』って聞こえたんだけどなぁ?)
心話で話しかけてきたルーチェに、私は慌てて答える。
(ルーチェも、踊るのに夢中になって聞き間違えたんですよ!)
(ふーん。まぁ、そういうことにしておいてあげるよ。ルーチェさんは大人ですからね)
上から目線で、そう告げるルーチェ。
うん、微妙に誤魔化せていない気もしますが、ここで余計なことを言えば不利な状況になるのは間違いなし。流すのが一番です!
一方のお母様は、楽しそうに口を開く。
「リリアナちゃんのいた世界には、素敵な音楽があるのね。きっと、まだ他にもあるのでしょう? 今日はいつもの練習をお休みして、リリアナちゃんの知っている曲を演奏してくれないかしら? ぜひ、いろんな曲を聴いてみたいもの」
お母様の提案を聞いて、ルーチェも嬉しそうに両手を叩く。
(わぁい! リリアナ、もっといっぱい聞かせて!!)
そんなふうに言われては、断るわけにもいきません。
今日は地球の曲を発表しましょう! リサイタルです!!
――それからしばらくの間、領主館には懐かしい音色が響き渡ったのでした。
◇ ◆ ◇
私の名前はルーチェ。
神様の血を引く光の精霊。
なので、私は偉いんです。えへん!
なのに、精霊の祝福を授けたリリアナは、私のことを『甘えんぼうさん』とか『我儘娘』って子供扱いするの。
確かに、私はまだ生まれたばかりの精霊だけど、子供じゃないもん! 一人前の立派な精霊様だよ!!
リリアナより、よっぽど淑女なんだから。
それに、知っているんだからね。私を子供扱いするリリアナこそ、まだまだ半人前の子供だって。
でも、リリアナはあと二年で、大人にならなくちゃいけないらしい。
大人になるためには、たくさん勉強する必要があるんだって。
人間ってめんどくさいんだね。
淑女な私は優しいから、リリアナのお勉強にも付き合ってあげているんだ。
つまらないことばかりやってて、いつも眠たくなっちゃうけど。
あれって、魔力かな?
精霊の私に眠りの効果を及ぼすなんて、やるね。
そうそう、そんなリリアナのお勉強の中で、唯一眠くならない授業があるの!
それが、音楽!!
音楽は聴いていて楽しいし、なんだか元気が出てくる。
リリアナの母親アリスは、『音楽は神々へ捧げるもの』と言っていたけど、神様の血を引く精霊も音楽が大好きなんだよ。
精霊は長い長い時を過ごす中で、退屈しのぎに人を祝福する。
……私の場合はちょっと違うけれど、大抵の精霊はそうなの。
音楽は、退屈しのぎにもってこい! だから、音楽家を祝福する精霊も多いんだって。
私も皆と同じで、音楽が好き。
特にリリアナの奏でる曲は、はじめて聞くものばかりで楽しいの。
音色につられてやってきた他の精霊達も、聞いたことがない曲だって言っていた。
楽しくて少し不思議なその音色は、人だけじゃなく、多くの精霊達をも魅了してるんだ。
今日も、リリアナは綺麗な音色を領主館に響かせていた。
私はリリアナの奏でる音に合わせて、いつものようにくるくる踊る。
そのとき、机に向かってなにか書いているアリスの姿が目に入った。
なにを書いているんだろう?
私は好奇心に勝てず、彼女のスカートの裾をくいっと引っ張った。
「あらっ、光の精霊様。どうなさったのですか?」
彼女は人。
私は精霊。
本来、私の姿は祝福を授けた人間にしか視えない。
けれど、彼女は不思議な目を持っているので私の姿が視える。
どうせなら、声も聞こえたらいいのにね。
アリスの手元を見つめて首を傾げると、私の言いたかったことが伝わったみたい。アリスは、二枚の紙を見せてくれた。
一枚目の紙に並んでいたのは、セイルレーンの文字。
ふふん、文字だって読めるよ。神様の血を引く光の精霊だからね。えへん!
ええと、内容は……誰かへの手紙かな? とても親しげな文面で、リリアナのことが書かれていた。
もう一枚の紙に目を向けると、五本の線の上に黒い丸がいっぱい並んでいる。これって、リリアナがこの前書いていた楽譜だよね。確か……五線譜って言ってた気がする。
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