えっ? 平凡ですよ??

月雪 はな

文字の大きさ
表紙へ
上 下
54 / 153
4巻

4-3

しおりを挟む

「うーん、だけど何に変身すればバレないかな」

 まず図書室に入る方法を考えなくちゃ。
 窓はあるものの鍵がしまっているし、外からは侵入できないでしょ。
 そうなると、やっぱり扉を使うしかない。
 だけど、堂々と入ったらジェレミーお師匠様に気づかれちゃうよね。
 扉と床の隙間すきまから侵入するとなると……うん、ありくらいのミニミニ小人サイズになれば、きっと通れそう。
 無事、図書室に入った後は、またサイズを変えなきゃ。
 だってミニミニ小人サイズのままじゃ、目的の日記がある棚に行くまで時間がかかる。何より力が足りなくて、日記を回収できないものね。
 よし、小動物くらいの小人サイズになろう。
 日記を回収したら、急いでまた扉の下から……ううん、ダメだ。
 日記は厚みがあるし、たぶん通れない。
 となると、窓の鍵を開けて外に日記を落とすとか? そして鳥になれば、日記を回収して飛んで逃げられるよね。
 いや、でも窓を開けるとき、小人サイズのままじゃ難しい。もっと大きくならなくちゃ。
 その場合、ジェレミーお師匠様に気づかれてしまう可能性が高いんだよね。何せ、あんなに勘がするどいんだもの。
 うぅ、幻影の仮面で変身すれば楽勝だと思ったのに……
 図書室からの日記奪還ミッションは、思いのほか難易度が高いかもしれない。
 どうにかして、普通に侵入できればいいんだけど……
 ――あっ、そっか。違う人に変身すればいいんだね!
 私は幻影の仮面を手に、ある人の姿を思い描く。
 すると、炎に包まれたような熱さが全身を襲った。だがそれも一瞬のことで、すぐさま熱は過ぎ去っていく。
 よし、変身完了。
 どれどれ、上手く変身できたかな?
 私は、ドキドキしながら姿見の前に立つ。
 そこに映し出されたのは、からす色の髪に、深海のような藍色の瞳を持つ男性。表情からは、どこか冷たい印象を受ける。

「やった! ちゃんとシリウス先生の姿になってる! 成功ですね!!」

 嬉しさのあまり満面の笑みを浮かべると、姿見にもにっこり笑ったシリウス先生が映る。

「うわぁ、先生がにこにこすると、こんな表情になるんだ。大発見」

 本物じゃないけれど、シリウス先生の満面の笑みが見られるなんて……すごく貴重ですよね。
 だけど、いつもの私みたいにへらへら笑っていては、ジェレミーお師匠様にあやしまれるだけ。
 何せシリウス先生は、無表情が標準装備ですからね。気をつけなくっちゃ。
 無表情、無表情、無表情――
 呪文じゅもんのように心の中で繰り返すと、鏡の中のシリウス先生は、やがて表情をなくしていった。

「よし、作戦決行です!」

 私は部屋を出て、図書室に向かう。
 なるべく足音を立てないようにしながら歩き、やがて目的地に辿たどりついた。
 緊張しつつ、鍵穴にそっと鍵を差しこむ。ゆっくり回したら、ガチャリと音が鳴った。
 ……結構、音が響くね。
 たぶん、もう気づかれているんだろうな。
 だけど、慌てても仕方ない。ここは正々堂々と、落ち着いて行動しなきゃね。
 何せ、今の私はなりきりシリウス先生なんだから。
 私はドアノブに手をかける。扉は、ギィーと音を立てながら開いた。
 室内には先ほどのように、ゆらゆら揺れる光の球が浮いている。
 その光の側には、案の定、胡坐あぐらをかきながら本を読んでいるジェレミーお師匠様の姿があった。
 うん、お師匠様のいる位置からして、まだ私の日記がある棚まで進んでいないみたい。

「どうした、シリウス?」

 お師匠様は、本から目を動かさずに尋ねてくる。
 少しもこちらを見ないけど、きっとこの部屋に入ったときからシリウス先生の姿をとらえていたんだろうな。
 私は気づかれないように小さく息を吐いた後、答えた。

「リリアナ様が、やはり先ほどの本を読みたいとおっしゃられたので、取りに来たのです。私のことは気にせず、そのまま書物をご覧ください」

 私の名誉のため言わせていただきますが、本当は読まないよ。
 だけどそうでもしないと、上手く誤魔化ごまかせないと思う。
 シリウス先生が恋愛関連の本棚に用があるなんて、あやしすぎますからね。
 ただ、これでお師匠様には完全に誤解されちゃったな。
 うぅ、ミッションに多少の犠牲ぎせいはつきものですよね。

「うむ、わかった」

 どうやら、お師匠様はすんなり信じてくれたみたい。
 ふぅ、第一関門クリア。不審に思われず良かったです。
 私は喜びが表情に出ないよう気をつけながら、目的の棚の前に辿たどりつく。
 さて、まずはこの本を取って――と。
 ……あれっ?
 さっき本を置いたとき、私、こんなに綺麗に並べたっけ?
 からかわれているような雰囲気が嫌で、むしろ乱雑にしまった気がするのに。……いやいや、気のせいだよね。
 綺麗に並べられた本に手をかけたとき、お師匠様が声を上げた。

「なぁ、シリウス。あの話、どう思った?」
「あの話、ですか?」

 それ、なんのことですかーー!?
 もっとヒントをください!!

「手紙に書いただろ」

 手紙って……本物のシリウス先生が読んでいたアレのことですか!?
 私は偽者にせもので、手紙を読んでいないからまったくわかんないよ。
 うぅ、進退きわまったかも……
 冷や汗をかいていると、お師匠様が口を開いた。

「シリウスが王都にいられなくなったのは、神話を根底からくつがえすような旋回説をいたからだ。あのまま王都にとどまれば、異端審問にかけられて、下手をしたら命はなかっただろう。しかし、今はもうあの時とは違う。それにお前、半年ほど前に王都へ出向いたそうじゃないか。ここへ来る前に王都に立ち寄ったが、知り合いがお前を見たと言っていたぞ」

 半年ほど前といえば――幻影の仮面を手に入れるため、王都ローレリアに行ったときのことだ。
 確かに、シリウス先生にも同行してもらったよね。

「お前のことだ、自ら危険に飛びこむ真似まねはすまい。王都に行ったのは、確かめたかったからだろう。あれから五年――自分の存在が教会の標的になったままなのかどうか。確認するには、ちょうどいい頃合いだった。だからこそ、ルイス様も止めなかったのだろう」

 そういえば、シリウス先生は王都でたびたび留守にしていました。
 私は呑気のんきに、昔のお友達に会いに行っているのかと思ってたけど――
 かつて先生が王都を追われたこと、すっかり失念していたよ。
 もしあのとき、シリウス先生の身がセイルレーン教会に渡っていたら……
 私はできるだけ無表情でいようとしたが、身体が小さく震えてしまう。
 私、自分のことだけじゃなくて、もっと人のことまで気遣える人間にならなきゃ。

「無事、確認はできたようだな。お前が王都にいても、教会は動かなかった。これが答えだよ。……同じ頃、王都の教会上層部で何やらめ事があったらしいから、それどころではなかっただけかもしれないがな。加えて、聖域にはいわくつきの精霊巫女せいれいみこ様がいる。俗世ぞくせのことにあれこれ口出しされて、教会は手を焼いているようだ。きっと、シリウスにかまっている暇などないだろう」

 教会上層部での揉め事――きっと、あのことだ。
 私も運悪く巻きこまれてしまった、王太子様の魔剣盗難事件。
 その黒幕は、王都ローレリアの教区を受け持っていた司教だった。
 シェルフィールド王国の王族は、神の血を引いている。そのため他国以上に民が王族をあがめる傾向にあり、教会はそれが気に食わなかった。そこでローレリア司教は、王宮と教会を表立って対立させようとしたんです。
 だけど結局、事件はおおやけにならず、内々で処理された。犯人のローレリア司教は教会から破門され、聖域にある重罪人のろうに収容されているみたい。
 この事件の真相を知っているのは、ほんの一握り。
 もしシリウス先生が教会に連行されることがあったら、この事件を取引材料にして解放してもらいますね。本当はそんなことしたくありませんが、背に腹はかえられません!
 それにしても、いわくつきの精霊巫女様ってどういう意味だろう?
 聞いてみたいけど、もしそれがこの世界の常識だったら不審に思われちゃうよね。我慢、我慢。
 今の私は、なりきりシリウス先生なんだから!

「あのときは、王都にいられなかった。だが、今は違う。どこにも自由に行ける身――シリウス、家庭教師を辞めて、王都に戻ってはどうだろうか?」

 シリウス先生が家庭教師を辞めるなんて……嫌だよ!!

「そんな!」

 私は想像もしていなかった展開に、思わず声を上げてしまう。
 でも、ジェレミーお師匠様は違う意味に取ったみたい。

「シリウス。私の知っている五年前のお前とは、少し変わったようだな。リリアナお嬢様のそばは、よほど心地よかったのだろう。だが、お前は探究心が強い。オリヴィリア領が以前より発展したとはいえ、学問の中心地はやはり王都だ。それに、多くの情報だって集まる。お前ほどの人間を、ここでくすぶらせておくのはもったいない。私は、お前がここで終わるような人物ではないと確信しているんだ」

 オリヴィリア領ここで終わるような人物ではない……
 そんなこと、私が一番わかっています。でも……

「私はな、お前の兄弟子あにでしであるルイス様が王都を出られたときに、随分ずいぶんと後悔したのだよ。彼は優秀な弟子で、アルディーナ大公爵家の継嗣けいしだった。間違いなく、国を背負っていく人物の一人。周囲もそれを望み、ルイス様にはそれにこたえるだけの力があった。しかし大公爵夫人がご令嬢を生んだとたん、追い出されるように様々な権利を放棄させられ、辺境の地オリヴィリアへ追いやられた……あのときのルイス様は、いっそ清々すがすがしそうでもあったがな。とはいえ、ルイス様が大公爵位を継がれていれば、今のアルディーナ家の腐敗ふはいもなかっただろう。現大公爵も、かつては聡明で将来を嘱望しょくぼうされていたというのに……」

 以前、お父様から聞いたことがあります。アルディーナ家の嫡子ちゃくしだったが、妹の誕生をきっかけに、すべての権利を放棄して、彼女に譲渡したと。
 だけど今の話だと、自らの意思ではなく、周囲に翻弄ほんろうされた上、オリヴィリア領を継いだように聞こえた。
 ……そういえば王都に滞在していたとき、国王陛下の生誕祭で、アルディーナ家だと思われる女性と女の子を見ました。
 そのときお父様は、今まで見たことがないくらいの憎悪ぞうおを浮かべていた。やっぱりあのときの表情には、色々な事情があったんだね……
 思わず考えこんでいると、ジェレミーお師匠様は続けた。

「私は、非常に後悔している。あのとき、一介いっかいの学者にすぎない私にできることは、ほとんどなかった。しかし今回は違う。シリウスが王都に戻るのを手助けできる。人には、適材適所があるんだ。ルイス様がアルディーナ大公爵家に戻るのは難しい。だが、シリウスはいつでも戻れるということを忘れないでほしい」

 ……本当は行ってほしくありません。
 でもシリウス先生は、いつまでもこんな田舎いなかにいていい人じゃない。
 それは、痛いほどよくわかっています。
 私も大人にならなくてはいけませんよね……

「……わかりました」

 私は重々しく、了承の言葉を吐き出した。
 先生なら、間違いなくそう言うに違いないから……
 すると、暗闇から安堵あんどのため息が聞こえてくる。

「そうか。わかってくれたようで何よりだ」

 私は一刻も早くここから逃げ出したくて、棚のいたスペースに手を突っこむ。
 指先に触れた本を掴んで引っ張り出すと、表紙には『リリアナの日記』とセイルレーンの文字で書かれている。
 よし、目標物発見。
 私は日記が見つからないように、恋愛に関する本と本の間に挟んだ。

「では師よ、目的の本があったので失礼します」

 走り出したい気持ちをおさえ、私は足早に図書室を後にした。
 自室に戻る際、私が歩いた廊下には涙のしずくが点々と落ちていた。


 一睡もできなかった私は、翌朝、涙で赤くれてしまった目元をぐいぐいこする。

「まぁ、リリアナちゃん。一体どうしたの? 目の調子が悪いの?」

 朝から目元を冷やしてみましたが、腫れは全然引きませんでした。
 だけど、心配させちゃいけないよね。
 いつもの自分をイメージして幻影の仮面を被っているから、皆には腫れのない淡紅たんこう色の瞳に見えているはず。

「いえ、なんでもありません。ただ、目にゴミが入ってしまっただけです」
「そう、ならいいのだけれど……」

 お母様は朝食のパンを口に運びながら言う。

「ねぇ、姉さま。聞いてもいいですか?」
「聞いてもいい?」

 今度は、可愛い私の弟妹ていまい達――双子のラディとレティが尋ねてくる。
 ちょっと前までは舌足したたらずなしゃべり方をしていたのに、いつの間にかすっかり上手に話せるようになりました。成長が早くてびっくりします。

「二人とも、一体どうしたの?」
「昨日の夜、姉さまと一緒に寝ようと思って、レティとお部屋に行ったんです。そしたら、姉さまのお部屋からシリウス先生が出てきたんです」

 ラディの言葉に、お父様は口にしていたスープを勢いよく噴き出した。お母様は、ごほごほっとむせている。
 そんな二人にはかまわず、今度はレティが続けた。

「そうなの。そのあとお部屋に入っても、姉さまはいなかったの。どこに隠れていたの?」

 それって、もしかしなくてもあれですよね。
 昨晩、日記回収のために幻影の仮面を使って変身し、図書室に向かったときのこと。
 まさか、見られていたなんて……
 それにしてもラディにレティ、どうして起きているんですか? 良い子はもう寝ている時間でしょ!!

「シッ、シリウス君どういうことだ!? 事と次第によっては決闘も辞さないぞ!!」

 お父様は勢いよく立ち上がる。椅子がガタンと大きな音を立ててひっくり返った。
 一方のシリウス先生は、冷静な様子で食事を続けている。
 シリウス先生、身に覚えがないからだろうけど、それにしたってきもわりすぎですよ。

「昨日の夜は……自室にて本を読んでいたので……身に覚えがありません」

 シリウス先生は、なぜか少し言葉を切って無罪を主張した。
 どうしたんだろう?
 ……ううん、今はそれより、この場をなんとかしなくちゃ。
 そう思った私は、慌てて口を開く。

「昨日の夜、シリウス先生は訪ねてきていませんよ。ただ、夜にのどが渇いたので水を飲みに行きました。二人は、きっと見間違えたのだと思います」

 うぅ、ごめんねラディ、レティ。
 嘘つきなお姉ちゃんを許して。
 人間、ときには嘘をつかなくてはいけないこともあるんだよ。

「でも……シリウス先生……。うーん、姉さまがそう言うってことは、見間違えたのかも」

 どこか釈然しゃくぜんとしない表情のラディに、レティが声をかける。

「うん、きっと見間違えちゃったんだよ。だって姉さまは嘘をついたことがないもん」

 二人の先ほどの言葉が真実なだけに、ズバズバと胸を刺しますね。ごめん、お姉ちゃんはたった今、嘘をついたよ。

「うぅ……」

 私は痛む胸を手で押さえた。

「うふふ。良かったわね、ルイス。今日という日があやうく血塗ちぬられた惨劇さんげきの一日となるところだったわ」

 お母様は、ころころ笑いながら恐ろしい言葉を口にする。

「すまなかった、シリウス君。私の勘違いだったようだ。……ただもし同じようなことがあれば、何かしらの対処をしなくてはいけないので覚悟しておきたまえ」

 謝罪しつつも、牽制けんせいの言葉を吐くお父様。
 シリウス先生の命……いえ、名誉のためにも、今後は変身するときに気をつけなくてはいけませんね。まぁ、先生に変身することはそうそうないと思いますが。
 乾いた笑いが響く中、食堂の扉が勢いよくバタンと開かれた。
 扉の前には、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうなおじいさん、ジェレミーお師匠様の姿があった。

「ジェレミーお師匠様!?」

 図書室すべての本を読み終わるまで出てこないと宣言していたお師匠様が出てきたということは……まさか!?

「オリヴィリア家の皆様、おはようございます」
「ジェレミーお師匠様、もしかして図書室すべての本を読みつくしたのですか?」

 おそるおそる尋ねると、お師匠様は事もなげにうなずく。

「ええ」

 そんな!
 図書室にはかなりの書物があります。すでに読んだことのある本を別にしたとして、早すぎませんか!?

「だから言ったではありませんか。師の知識への欲求は、常人に理解しがたいものなのです」

 シリウス先生はブラックコーヒーを飲みながら、さらりと言う。
 いやいや、シリウス先生。それまったくフォローになってないですから。

「すごい! 筋肉のおじいさまだ!!」
「うわぁ! 筋肉モリモリー!!」

 はじめてジェレミーお師匠様と会ったラディとレティは、感嘆かんたんの声を上げて走り寄る。
 お父様は、優しい表情で二人を紹介した。

「師よ、私の双子の子供達、ラディウスとレティシアです。二人ともご挨拶あいさつは?」
「はじめまして、ラディウスです。ラディと呼んでください」
「はじめまして、レティシアです。レティと呼んでください」

 可愛らしい二人の挨拶に、お師匠様も微笑ほほえましそうだ。

「はじめまして。私はお二人のお父様の家庭教師をしていたジェレミー・アストリアと言います。ぜひ好きなように呼んでください」
「「じゃあ、筋肉おじいちゃん!」」
「ラディ、レティ、それはいくらなんでも失礼ですよ」

 直接的すぎる表現をたしなめた私だったけれど、お師匠様は左右に首を振る。

「リリアナお嬢様、別に構いませんよ。ほれっ、腕に掴まってみなさい」

 お師匠様の言葉に、ラディとレティはそれぞれ左右の腕に掴まる。すると、お師匠様は軽々と腕を持ち上げた。
 二人は腕にぶら下がったまま宙に浮いているのが楽しいようで、キャッキャと歓声を上げている。
 その様子を見たお母様は、にっこりと微笑んだ。

「まぁ、ジェレミー師、お久しぶりです。さっそく子供達と遊んでくださってありがとうございます」
「おぉ、これは黄の……いえ、リディストラ侯爵令嬢、お久しぶりです」

 今、何か言いかけなかった?
 不思議に思って二人を見上げると、お母様は一瞬だけすごく怖い顔をしていた。
 ……リディストラ侯爵令嬢。
 お父様だけじゃなくて、お母様も生家の話を避けている。
 だから私は、お母様の実家の名前や爵位も知らなかったけど、侯爵家ってかなり上位の家柄では……? 
 気になるものの、踏みこんではいけないとお母様の表情が語っている。
 何せ、お師匠様が家の名前を出しただけで、いつも笑顔のお母様が見たこともないようなけわしい顔つきになったんだもの。

「あらっ、ジェレミー師ったら嫌ですわ。ルイスと結婚して、私はアリス・ラ・オリヴィリアになりました。それ以外の何者でもありませんのに、そんな呼び方をなさるなんて――アリスかオリヴィリア夫人と呼んでいただけると嬉しいですわ」

 お母様はにっこり笑うけれど、その目は笑っていません。

「……これは失礼いたしました。最後にお会いしたのはご結婚前でしたので、そのときのくせが……お許しいただけますか、アリス様?」
「ええ、許して差し上げますわ、ジェレミー師」

 お師匠様の謝罪に、お母様は茶目ちゃめたっぷりの表情で笑った。

「ねぇ、ねぇ、筋肉のおじいちゃん。お外で一緒に遊ぼうよ!」
「そうだよ! レティ達と一緒に遊ぼう!!」

 腕から下ろされたラディとレティは、お師匠様の両手を握ってぐいぐいと引っ張る。

「こらっ、ラディにレティ、ジェレミーお師匠様を困らせてはいけません。お師匠様はひどくお疲れなのですから、寝台でぐっすり休んでいただかなきゃ」

 おそらく、図書室の蔵書をすべて読むために一睡もしていないに違いありません。
 お年を召しているのだから、徹夜てつやはさすがに辛いはず。
 私だって眠気には勝てないから、徹夜をしようとは思えないもん。
 可愛い小悪魔達からお師匠様を救い出すべく、フォローの言葉を口にした私だったけれど……

「リリアナお嬢様、お気遣いありがとうございます。ラディ様にレティ様、遊ぶのではなく、このオリヴィリア領にあるという学校に案内してくれませんか?」
「「学校案内?」」

 ラディとレティはそろって小首をかしげた。やがて意味を理解すると、ぱぁっと表情を明るくする。
 お師匠様、完徹かんてつしたのに、休むことなく出かける体力まであるのですか!
 その筋肉、伊達だてじゃないようですね。

「シェルフィールド王国には貴族の子弟していが通う学校しかなかったので、商家出身の私は学問を許されなかった。そこで、聖賢せいけんの国ノルディスの学校で学んだのです。しかし今、オリヴィリア領には誰もが学べる学校があると聞きました。ぜひとも見てみたい。リリアナお嬢様とシリウスも同行していただけると嬉しいのですが……」

 確かに、オリヴィリア領には誰もが学べる学校があります。
 学ぶ権利は、皆平等に持っているのだから。
 ジェレミーお師匠様のような方に興味を持っていただけて、とても嬉しいです。
 お師匠様がオリヴィリア領を去るのは明日。そのとき、きっとシリウス先生もついていくことになるよね。
 そうなると、最後の思い出を作れるのは今日だけ……
 了承を求めてお父様を見上げると、にっこり笑ってうなずいてくれた。

「わかりました! では、ジェレミーお師匠様とシリウス先生、ラディ、レティ、私の五人で学校見学をしましょう!!」


しおりを挟む
表紙へ

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

異世界転生はうっかり神様のせい⁈

りょく
ファンタジー
引きこもりニート。享年30。 趣味は漫画とゲーム。 なにかと不幸体質。 スイーツ大好き。 なオタク女。 実は予定よりの早死は神様の所為であるようで… そんな訳あり人生を歩んだ人間の先は 異世界⁈ 魔法、魔物、妖精もふもふ何でもありな世界 中々なお家の次女に生まれたようです。 家族に愛され、見守られながら エアリア、異世界人生楽しみます‼︎

残り一日で破滅フラグ全部へし折ります ざまぁRTA記録24Hr.

福留しゅん
恋愛
ヒロインに婚約者の王太子の心を奪われて嫉妬のあまりにいじめという名の悪意を振り撒きまくった公爵令嬢は突然ここが乙女ゲー『どきエデ』の世界だと思い出す。既にヒロインは全攻略対象者を虜にした逆ハーレムルート突入中で大団円まであと少し。婚約破棄まで残り二十四時間、『どきエデ』だったらとっくに詰みの状態じゃないですかやだも~! だったら残り一日で全部の破滅フラグへし折って逃げ切ってやる! あわよくば脳内ピンク色のヒロインと王太子に最大級のざまぁを……! ※Season 1,2:書籍版のみ公開中、Interlude 1:完結済(Season 1読了が前提)

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。

亜綺羅もも
ファンタジー
旧題:「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。今更戻って来いと言われても旦那が許してくれません! いきなり異世界に召喚された江藤里奈(18)。 突然のことに戸惑っていたが、彼女と一緒に召喚された結城姫奈の顔を見て愕然とする。 里奈は姫奈にイジメられて引きこもりをしていたのだ。 そんな二人と同じく召喚された下柳勝也。 三人はメロディア国王から魔族王を倒してほしいと相談される。 だがその話し合いの最中、里奈のことをとことんまでバカにする姫奈。 とうとう周囲の人間も里奈のことをバカにし始め、極めつけには彼女のスキルが【マイホーム】という名前だったことで完全に見下されるのであった。 いたたまれなくなった里奈はその場を飛び出し、目的もなく町の外を歩く。 町の住人が近寄ってはいけないという崖があり、里奈はそこに行きついた時、不意に落下してしまう。 落下した先には邪龍ヴォイドドラゴンがおり、彼は里奈のことを助けてくれる。 そこからどうするか迷っていた里奈は、スキルである【マイホーム】を使用してみることにした。 すると【マイホーム】にはとんでもない能力が秘められていることが判明し、彼女の人生が大きく変化していくのであった。 ヴォイドドラゴンは里奈からイドというあだ名をつけられ彼女と一緒に生活をし、そして里奈の旦那となる。 姫奈は冒険に出るも、自身の力を過信しすぎて大ピンチに陥っていた。 そんなある日、現在の里奈の話を聞いた姫奈は、彼女のもとに押しかけるのであった…… これは里奈がイドとのんびり幸せに暮らしていく、そんな物語。 ※ざまぁまで時間かかります。 ファンタジー部門ランキング一位 HOTランキング 一位 総合ランキング一位 ありがとうございます!

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

天才になるはずだった幼女は最強パパに溺愛される

雪野ゆきの
ファンタジー
記憶を失った少女は森に倒れていたところをを拾われ、特殊部隊の隊長ブレイクの娘になった。 スペックは高いけどポンコツ気味の幼女と、娘を溺愛するチートパパの話。 ※誤字報告、感想などありがとうございます! 書籍はレジーナブックス様より2021年12月1日に発売されました! 電子書籍も出ました。 文庫版が2024年7月5日に発売されました!

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。