えっ? 平凡ですよ??

月雪 はな

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4巻

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   第一章 秘密を隠す者と貪婪たんらんな知識欲を抱く者


 冬も過ぎ去り、眠っていた動物達が目を覚ました。花々は美しく咲き乱れ、暖かな春風が池の水面みなもでてキラキラと輝かせる。
 気持ちの良い春うららかな日和ひよりです。
 だけど、私の心はのどかな春とは対照的にくもっていた。

「どうして、私には魔法の才能がないのぉーー!」

 私は、やりきれない気持ちを澄み渡る青空に向かって吐き出した。

「魔法の才能はあります。ないのは魔法の制御能力です」

 隣にいたシリウス先生が、冷静に切り返す。
 そう、私は今、家から程近い森でシリウス先生と一緒に魔法の練習をしていたんだ。

「うぅ、シリウス先生。とどめをさすのはやめてください」

 先生に悪気がまったくないのはわかっています。
 ですが、さすがの私も傷つきますよ。たとえ、それが図星だったとしてもね。
 私は自らの境遇を思い返し、遠い目をして空を眺めた。
 私はリリアナ・ラ・オリヴィリア、十二歳。
 そして過去に、もう一つの名前がありました。
 その名は、たちばなゆかり。日本という国で、女子高生として生きていました。
 だけど交通事故にってしまい、気づけば赤ちゃんになっていたんだから驚きだよね。
 そう、どうやら私、転生したみたいなんです。
 しかもここは、地球と似ているようで異なる世界……魔法が使えて精霊も存在する、異世界セイルレーン。
 そんな異世界のシェルフィールド王国オリヴィリア領にて、私は新たな生を受けたのだった。
 最初は、戸惑いの連続。それも当然だよね。何せ、元・女子高生がいきなり赤ちゃん……強制的に授乳やオムツの……いやいや、思い返しちゃいかん。うん、黒歴史。そこには決して触れてはいけません。
 転生後、問題は盛りだくさんだった。
 セイルレーンで使用されている言語は地球と異なっていたため、習得するのも一苦労だったのです。
 そして何より大変だったのは、こちらの世界の生活水準が中世ヨーロッパレベルだったこと。現代の日本で生きていた私にしてみれば、不便きわまりない世界だったのです。
 さらに、私が生まれたオリヴィリア家は、家計が火の車な貧乏伯爵家。
 領主をやっているお父様と、おっとりしたお母様。二人とも領民達のことを第一に考えていて、贅沢ぜいたくな暮らしなんてできません。
 だけど、私はそこで活路かつろを見出したの!
 せっかく転生前の知識があるのに、かさない手はないでしょ。
 私は大切な家族のために生活を向上させるべく、元・日本人としての知識を活用することにしました。
 地球にあった料理を作ったり、ドレスをデザインしたり、スゴロクみたいな遊び道具を作ったり……
 うん、たいしたことはしてないよね。
 私は、ずっとそう思っていた。
 でも、その認識はどうやら大間違いだったようです。
 私が九歳のとき、オリヴィリア領に『瘴気しょうき』というやまいが襲いかかりました。今では、その年のことを『災厄さいやくの年』と呼ぶ者もいる。
 何せ瘴気は、薬も魔法もかず、死者が出るほどの病だったのだから。
 瘴気が発生すると、お父様はすぐさまオリヴィリア領に箝口令かんこうれいを敷きました。
 だけど、人の口に戸は立てられぬ、とは上手く言ったもの。箝口令を敷いたにもかかわらず、瘴気のうわさは人々の不安をあおるみたいに広がっていってしまったの。
 不安に駆られた領民達は言いました。
 今まで、たくさんの知識や技術を世に広めてきた私になら、奇跡を起こせるはず。何より、私は神々の一族の末裔まつえいなのだから、と。
 そのとき、私ははじめて己がしてきたことの意味を知った。
 そう。私は、あまりにも前世と同じ感覚で行動しすぎていたのです。
 それに、問題は他にもありました。
 私の生まれたオリヴィリア家は、なんと美と愛と豊穣ほうじょうの女神様がご先祖様なのだそうです!
 はるか昔、美と愛と豊穣の女神様は、双子を生んだ。
 やがて双子は成長し、一人はシェルフィールド王国を建国して始祖様に、もう一人はアルディーナ大公爵家の祖となった。
 オリヴィリア家は、このアルディーナ大公爵家の分家にあたるのだそうです。
 だから領民達は、私のことを神々の一族の末裔だと言ったんだね。
 小さく息をついて池に近寄ると、水面みなもに私の姿が映し出される。
 お母様ゆずりの銀髪に、お父様譲りの紫水晶アメジスト色の瞳をした少女。水面に映った私は、複雑そうに顔をゆがめていた。
 まだ何も知らなかった頃、大好きな両親の色をそれぞれ受け継ぐことができて、とても嬉しかった。すべてを知った今は、単純に喜べなくなってしまったけど。
 銀髪に紫水晶色の瞳を持つ者は、セイルレーンが誕生してから二人しかいなかったという。
 ……ううん、二人というのには、語弊ごへいがあるかな。
 だってそれは、この世界を創ったセイルレーン創造神様と、美と愛と豊穣の女神様の娘アルディーナ様なのだから。
 その話を聞いてようやく、人々が私を神々の一族の末裔まつえいと呼んだ理由がわかりました。
 神様と同じ、特別な色を持って生まれた私。だけど私はただの人間でしかないし、できることが限られている。
 瘴気しょうきに苦しむ人達を前に色々と悩んだ私だったけど、自分にできることをしようと決めた。
 滋養じようのある食事を作ったり、部屋の換気を徹底したり、マスクを作ったり……
 やがて瘴気は収束したけれど、オリヴィリア領に多くの犠牲者ぎせいしゃと悲しみをもたらした。
 その後、私はある決意をしました。
 それは、平凡に生きていくこと!
 前世の感覚で生きてきた私には、今までいろんな火のが降りかかってきた。
 でも、もし大切な人を巻きこんでしまったら?
 私のせいで皆が傷つくのは、とても辛い。もしそんなことになったら、自分を許せない。
 ずっと私を守ってくれた、大事な人達。今度は私が皆を守るため、目立たず、地味で平凡な人生を歩んでいこう。
 ――なんて決意したものの、厄介なのが私の外見ルックス
 一目見ただけで、神々の一族の末裔だとバレバレなんだよね……
 とはいえ、ここは魔法が使えて精霊が存在する異世界セイルレーン。
 そう、魔法で外見を変化させればいいんです!
 さっそく髪と瞳の色を変える練習をはじめた私だったんだけど……その持続時間は、なんとたったの数分。一日二十四時間のうち数分の変化では、お出かけもままなりません。
 これも、すべては私の魔力のせい。
 実は私、普通の人よりも魔力が高いみたいなんです。
 それゆえに、制御コントロールが難しくて……。さっきシリウス先生にも『魔法の才能はあります。ないのは魔法の制御能力です』って言われちゃったしね。
 数年前、旧領主城を倒壊させた過去もあるくらい……アハハ……
 そんな私を見かねた、お父様とお母様。
 ある日、二人は、私にある仮面の話を聞かせてくれた。
 セイルレーンには、シェルフィールド王国の王家とアルディーナ家以外にも、神様の血筋だと言われている家がある。
 その一つは、炎と鍛冶かじの男神様の血を引く、カイウェル王国のプロイス家。
 このプロイス家のグエルさんという男性が、身につけた者の望む姿に外見を変化させられる『幻影げんえいの仮面』を造り出したのだという。
 なんと素敵なことでしょう!
 つまりその仮面さえあれば、私の髪と瞳の色もサッと誤魔化ごまかせるってことだからね。
 私は、すぐさま仮面を欲しがった。
 ただその仮面は神様が地上にのこした聖遺物せいいぶつとして、すでにセイルレーン教会が回収しちゃったみたい。
 しかし、天は私を見捨てませんでした!
 なんと、幻影の仮面を造ったグエルさんが、シェルフィールド王国の王都ローレリアに滞在していたんです。王太子様の魔剣を造るために、しばらくはローレリアにいるとのこと。
 もちろん、私は王都に向かいました! 新たな幻影の仮面をグエルさんに造ってもらうためにね!!
 だけど、そう上手く話は進まなかった。幻影の仮面の製作を断られてしまったの。
 今では、それも致し方なかったのだと理解しています。
 だって、私は自分の望みをただ一方的に押しつけただけ。グエルさんに、すごく失礼なことをしてしまったのですから。
 私は自らの浅はかな行動のおびに、侍女見習いとして、グエルさんのお手伝いをすることにしました。
 そんなある日、なんと教会の息がかかったぞくに、製作途中の魔剣を盗まれちゃったの!
 なんとかこの事件が解決した後、どさくさにまぎれて、幻影の仮面は私の手に渡りました。
 もちろん、私がこの仮面を持つ許可はグエルさんにいただいているんだけど……
 私は王都に滞在していたときのことを思い出し、大きなため息をついた。
 本当に、いろんなことがあったなぁ。あれから半年以上が経ちました。

「今日の訓練はここまでにしましょう」

 シリウス先生は静かにそう言い、幻影の仮面を私に差し出してくる。
 仮面の額部分には紅水晶ローズクォーツに似た淡い薔薇ばら色の大きな石がはめこまれ、細部にまで美しい模様がほどこされている。

「シリウス先生、幻影の仮面を預かっていただきありがとうございます。でも、もうちょっと訓練をしたいです……ダメですか?」

 私は、小首をかしげてシリウス先生に問いかける。
 仮面の力でいつでも変身できるようになったからといって、グエルさんのご厚意に甘えてばかりいてはいけない。この仮面はいただきものではなく、あくまでも預かりもの。いつかは返さなくちゃならないのです。
 だから私は、毎日シリウス先生と一緒に魔法の練習をしています。
 その甲斐かいあって、以前は二、三分しか髪と瞳の色を変えられませんでしたが、今はなんと五分も持続するように!
 ……あんまり変わってないだなんてツッコミは禁止ですよ。自分自身がよくわかっていますから。
 がっくりと肩を落とせば、私の気持ちを映したみたいに陽の光がかげっていく。
 シリウス先生は空を見上げた後、ため息をついた。

こんを詰めすぎるのもよくありません。今日はこのぐらいにしておきましょう。少しずつではありますが、日々進歩しているのですから。また明日、頑張ればいいのです」
「……わかりました。明日は記録更新できるように頑張りますね」

 そうだよね。日々頑張れば、結果はおのずとついてくる。
 昨日より今日。今日より明日ってね。
 私の気分が浮上すると、雲間からも太陽の光が現れる。
 私はシリウス先生から幻影の仮面を受け取り、もう一人の自分を想像しながらそれを被った。
 次の瞬間、身体が炎に包まれたように熱くなったものの、その熱はすぐさま過ぎ去った。

「よし、変身完了!」

 再び池の水面みなものぞきこむ。そこに映っているのは、雪みたいな白金プラチナ色の髪に、淡い薔薇ばらの花に似た淡紅たんこう色の瞳を持つ少女。表情は、少し不安げだ。

「うん、リリアナ・ラ・オリヴィリアの姿ですね」

 自らの姿をいつわらなくちゃいけないのは、ちょっとさびしい。
 けれど、それも仕方がないこと。
 だって、銀髪と紫水晶アメジスト色の瞳のままでいるのは危険だから。
 とはいえ、チクリと心は痛む。
 私はシリウス先生に水面を見られる前に、手でバシャリと水をかきまぜて映った姿を消す。

「お待たせしました、シリウス先生。さぁ、おうちに帰りましょうか!」

 それから私は、シリウス先生の魔法講座を受けつつ帰宅した。


「ただいま戻りました!」
「おかえり、リリアナにシリウス君」

 元気よく領主館の扉を開けると、目の前にお父様がいた。その手には、紙が握られています。
 これは……

「もしかして、お手紙ですか?」
「あぁ、そうだよ。私も今、視察から戻ってね。視察先でちょうどリーシェリ商会の者と会って、我が家宛の手紙を預かったんだ。ちょうど受取人が目の前に現れたね」

 お父様は、三通の手紙をひらひらと振る。
 リーシェリ商会っていうのは、大商人ジルさんがまとめ上げているとっても大きな組織。オリヴィリア家とも、懇意こんいにしていただいています。
 それにしても受取人が現れたって、もしかして私宛の手紙なの?
 私は自分を指差して首をかしげた。
 するとお父様はにこやかにうなずき、一通の手紙を差し出してくる。

「はい、リリアナにお手紙だよ」

 受け取った手紙には、差出人の名前が二つ書かれていた。

「うわぁ、グエルさんとアオイ先輩からだ! お父様、ありがとうございます!!」

 幻影の仮面を造ったグエルさんと、その侍女のアオイ先輩。
 思わぬ人物からの手紙に、私は思わず飛びはねて喜んだ。
 手紙には何が書かれているんだろう。楽しみだな。
 私は我慢ができず、さっそく封を切る。
 封筒には、グエルさんとアオイ先輩それぞれの手紙が入っていた。
 グエルさんからは、『アオイと夫婦になるために結婚式を挙げた』と簡潔に書かれた一枚の便箋びんせん
 一方のアオイ先輩は、便箋が三枚。
 旅の途中で、聖域と呼ばれるセイルレーン教会の総本山そうほんざんに立ち寄ったこと。そこで結婚式を挙げたこと。グエルさんの簡潔な言葉を埋めるように、丁寧ていねいな字が並んでいる。
 そしてしたっていたグエルさんと結婚することができたのは私のおかげだと、感謝の気持ちがたくさんつづられていた。
 うん、手紙の内容にも人柄って出るものなんだね。
 何より、ご結婚おめでとうございます! お二人はとってもお似合いだと思うよ。
 私はほおを緩めながら大切な手紙をたたみ、ポケットにしまう。

「グエルさんとアオイ先輩は、旅の途中で立ち寄った聖域で、結婚式を挙げたそうです。幸せそうな様子が手紙からも伝わってきました」
「それは良かった。あの二人ならば、とてもお似合いの夫婦になるだろうね。……そうだ。シリウス君、君にも手紙が来ているんだ」

 お父様は微笑ほほえみながら、手にしていた二通の手紙のうち、一通をシリウス先生に差し出した。
 シリウス先生は、いぶかしげな表情でそれを受け取る。

「手紙……。珍しい」

 先生、自分で珍しいとか言わないでください。自虐じぎゃくネタすぎて、つっこめないよ。

「ご家族の方ではないのですか?」

 私が尋ねると、先生はすぐさま否定した。

「いえ、そんなはずはありません。家族に居場所を知らせていませんから」

 そうか、シリウス先生はご家族に居場所を……って、ちょっと、それって逆にどうなんですか!?
 愕然がくぜんとしている私の隣で、シリウス先生は手にしていた手紙をビリビリと開封する。そして封筒から取り出した手紙に藍色の目を向けて、けわしい表情を浮かべた。

「シリウス先生、そんな難しい顔をしてどうしたのですか?」
「嵐が来る……」

 シリウス先生は、ポツリとつぶやいた。

「嵐、ですか?」


 先ほど見た空は見渡す限りの青空で、とても嵐が来る気配はありませんでしたが……

「いえ、天候のことではなく――」

 シリウス先生が言葉を紡ごうとしたとき、玄関の扉がドンドンと強く叩かれた。

「おや、お客様のようだね」

 首をかしげたお父様が扉に手をかけた瞬間――突風が吹き、扉はバターン! と大きな音を立てて勢いよく開け放たれた。
 私は目を開けていられず、両腕で顔をかばう。
 やがて、風は徐々じょじょに弱まっていった。

「リリアナ、大丈夫かい?」
「リリアナ様、お怪我けがはありませんか?」

 おそるおそる目を開けると、目の前にはお父様とシリウス先生が立っていた。
 お父様とシリウス先生が突風から守ってくれたんだね!

「怪我はありません。ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げた私に、シリウス先生が口を開く。

「それは何よりです。ただ問題は、そこにいる元凶げんきょうです」

 元凶?
 お父様とシリウス先生がいて前が見えなかった私は、二人の間からひょっこり顔を出して玄関の扉を見やる。
 そこには、藍色の外衣ローブに身を包んだ、八十歳くらいのご老人の姿があった。
 短く切りそろえた白い髪に、細められた山吹やまぶき色の目。優しげな雰囲気のご老人は、顔に喜色きしょくを浮かべていた。

「ルイス様、シリウス、お久しぶりです」
「まさか、オリヴィリア領にいらっしゃるとは思いませんでした! お久しぶりですね!!」

 お父様が嬉しそうに言う。

「おや、お二人に手紙を出したのだが届かなかったようだな。申し訳ない」
「手紙は無事に届いていますよ。ただ、つい先ほど受け取ったばかりで、私はこれから読むところだったのです。それにしても、道理でシリウス君が『嵐が来る』と言ったわけだ。意味がわかりましたよ」

 なるほど、お父様とシリウス先生が手にしている手紙の差出人は、このご老人だったんですね。
 そして確かに、お父様が扉に手をかけた瞬間、嵐みたいな風が吹きました。
 お父様の今の言葉といい、あの突風は日常茶飯事にちじょうさはんじなのかな……

「それにしてもシリウス、お前が人をかばうとは……。お前はいつだって自分の興味があるものにしか心が動かず、己に対してすら無関心だったのに……」

 しみじみとつぶやいたご老人は、お父様とシリウス先生の間から顔をのぞかせる私に気づき、興味深げに見つめてきた。

「そんなにまじまじとリリアナお嬢様を見るのはやめてください。変質者扱いされますよ」
「いいじゃないか。減るもんじゃないだろうに」
「いいえ、減ります。それに、先ほどの突風はなんなのですか? 怪我けががなかったとはいえ、手荒い挨拶あいさつですね。が言うことを聞くような存在ではないとわかっていますが、もう少しなんとかしてほしいものです」
「仕方がないじゃないか。君は特別に好かれる何かを持っているのだろう。君に会えて、風はとても嬉しそうだ。断じて私の意思ではない」
「私は別にそれを望んではいません。そもそも私には、ただでさえ扱いにくいのがいているのですから」

 先生がそう口にすると、玄関に置かれていた花瓶から水がびちゃびちゃとあふれ出した。さっきの突風でも倒れなかったのに……

「なっ、怪奇現象ですか!?」

 魔法を使ったときのような違和感もなかったよね? なんで!?
 もしかして、足がなくてきとおってえるという、『ゆ』ではじまって『い』で終わるやつですか!
 嫌だぁーーーーーー!!
 ご老人の言っていた、シリウス先生を好いているアレはそれなんですか!?
 怖さのあまり、私はシリウス先生からじりじりと距離を取る。
 先生の近くにいて、恐いアレに嫉妬しっとされて呪われでもしたら笑えないですからね。安全地帯に避難させていただきます。
 私が怖がっているのを察したのか、シリウス先生は不機嫌そうな声を上げた。

「外でやれ」

 すると、外から嵐でも来たかのような轟音ごうおんが鳴り響き――すぐに静かになった。
 何、なに、もしかしてシリウス先生は幽霊をあやつれちゃったりするんですか!?
 ミステリアスすぎるよ!!
 衝撃を受けて、思わず震えてしまう。ご老人はそんな私にそっと近寄ってきて、ひざを折った。

「ご挨拶あいさつが遅れて申し訳ありません、リリアナお嬢様。私はジェレミー・アストリア。過去、リリアナお嬢様の父君に学問を教えていました。そしてシリウスもまた、私の不肖ふしょうの弟子」

 えっと、シリウス先生が弟子ってことは……

「えぇーーーーーー! 先生のせんせいってことですかーーーーーー!?」
「そうです。認めたくはありませんが私のです」

 シリウス先生は淡々と言い、うなずいた。

「シリウス先生の師……。つまり、ジェレミーお師匠様ですね!」

 そういえば、お父様はシリウス先生の兄弟子あにでしだと聞いたことがあります。
 私の言葉を聞いたお父様は、何やら面白そうに微笑ほほえむ。

「ジェレミーお師匠様?」
「はい。ジェレミーさんはお父様の先生で、私の家庭教師シリウス先生の師でもあるのですから、私がお師匠様と呼んでもおかしくはないと思うのです。弟子の弟子ってやつですね。ダメですか?」

 私は了承を求めて、ジェレミーさんに尋ねる。

「これはこれは、まるで可愛い弟子が増えたかのようだな。そう呼んでいただいてかまいません」

 ジェレミーさん、あらためお師匠様は、相好そうごうを崩して言った。

「良かった。領主館によくおいでくださいました、ジェレミーお師匠様!」
「それはそうと、なぜオリヴィリア領に?」

 せっかくお師匠様が来てくださったのに、その言い方はいくらなんでも冷たいですよ、シリウス先生。
 そんなシリウス先生の態度にはかまわず、お師匠様はにっこりと微笑んだ。

「あの事件以降、オリヴィリア領に身を隠した愛弟子まなでしがなんの便りもよこさないから、様子を見に来た。手紙にも、そう書いただろうに」

 あの事件って、もしかして――

「シリウス先生、あの事件って――世界セイルレーンは太陽を中心に回っているっていう、あの説……えっと……」
旋回説せんかいせつです」

 そうだ、旋回説!
 地球で言うところの地動説のことです。
 シリウス先生はその旋回説をいたことにより、王都にいられなくなった。
 神話には、世界のすべてはセイルレーンを中心にまわっているとの記述がある。それをくつがえしてしまう説を発表したシリウス先生は、セイルレーン教会から反逆者の扱いを受けたみたい。
 やがて王都にいられなくなり、お師匠様のすすめもあって、兄弟子であるお父様のいるオリヴィリア領にやってきたのです。
 教会の扱いには許しがたいものがあるけれど、その事件のおかげでシリウス先生は私の家庭教師になった。シリウス先生と出会えて、私はとっても嬉しく思っています。でも、複雑ですね。

「リリアナお嬢様があの事件について知っているとは驚いた。それは、シリウスが語ったのですか?」
「はい、そうです」

 正確には、この世界にはない地動説を私がうっかり口にしちゃったことで、話を聞くことになったんだけど……
 正直に言えば面倒なことになるのは目に見えています。わざわざ自爆しないでいいよね。

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