えっ? 平凡ですよ??

月雪 はな

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3巻

3-3

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「そして、私がリリアナお嬢様の話を断るのには、もう一つ理由があります」
「もう一つ?」

 他に、どんな理由があるのだろう?
 思い当たることがなくて、私は首をかしげた。

「それは人の気持ちを力でねじ伏せようとする、その心根こころねがいただけなかったからです」

 人の気持ちを力でねじ伏せようとする?
 一体、どういう意味ですか?
 アルディーナ大公爵家の話を出したから、私が家の力でグエルさんをどうにかしようとしていると勘違いされてしまったんでしょうか!?

「グエルさん、誤解です! そんなことは、ありません!!」

 私はアルディーナ大公爵家の方々と面識がないから、親戚だと思えないくらい遠い存在だよ。
 それは、大公爵家の人達だってそうだろう。
 グエルさんが私のお願いをきいてくれなかったからといって、どうこうしようとするなんてことはありえない。
 オリヴィリア家にだって大きな力はないし、そんなこと、しようとも思いません!
 だけど、グエルさんは眉をひそめて首を横に振った。

「とにかく、私の意思は変わりません。絶対に、なにがあろうとも」

 えぇーーーーーー! 交渉決裂ってことですか!?


 私がだらんと机に突っ伏していると、明るい声が聞こえてきた。

「ねぇ、リリアナちゃん、気分転換にお出かけしない?」

 私は、のろのろと顔を上げて横を見る。そこには、気遣うような笑みを浮かべたミーナちゃんが立っていた。

「そうですよ。ぜひ、王都観光に行きませんか? おまかせください。王都は私の生まれ故郷。どんなに広くとも、私にしてみれば庭みたいなものですから。きっと楽しいですよ」

 今度は、アレスさんがミーナちゃんの後ろから声をかけてくれる。
 気を遣わせてしまってますね。ごめんなさい、ミーナちゃん、アレスさん。
 が家は貧乏伯爵家だけど、王家の方からいただいた小さなお屋敷が王都にある。お父様がこちらで仕事をすることもあるからね。
 グエルさんに仮面造りを断られた私は、その屋敷の一室に引きこもり中です。
 だって、私の望みはついえてしまいましたからね……
 お父様は、仕事に出かけました。まだたくさんの用事があるみたいで、すぐオリヴィリア領に帰るわけにはいかないそうです。
 仮面を造ってもらうために、長期滞在する予定だったからね。
 お父様は、「すまないね」とそれは申し訳なさそうに謝ってくれました。
 だけど、謝るべきは私のほう。王都にまで連れてきてもらったのに、なんの成果も得られなかったんだから……
 そもそも、そこまでしなくちゃならない私の外見が悪いんです。
 今だって、皆に気を遣わせてしまって……
 うぅ、ダメっぷりに拍車がかかっていく。
 わかってはいるけれど、この気持ちは簡単に浮上しそうにありません。

「ごめんなさい。私はここにいるので、二人で遊びに行ってきてください。ミーナちゃんは初めて王都に来たんだし、アレスさんは顔馴染かおなじみの方もいらっしゃるでしょう?」

 私がいないほうが、楽しめるよ。
 出かけている最中に、魔法が解けるなんていうリスクがなくなるんだから。
 遠慮せずに、楽しんできてね。そのほうが、私もうれしいです。

「リリアナちゃんが一緒じゃないと、楽しくないよ……」
「ミーナちゃん……」

 ミーナちゃんは切なそうに顔をゆがめて、瞳をうるませる。
 気まずい空気に包まれる中、扉からノックの音が聞こえてきた。

「アレス様、例のお客様がいらっしゃいました。ご指示通り、お嬢様のお部屋にお通ししてよろしいでしょうか?」

 ノックのあとの使用人の声に、アレスさんは顔を輝かせる。

「あっ、来たようだな。通していいよ!」
「ちょっと、アレスさん!」

 例のお客様って、誰のことですか!?
 しかも、勝手に部屋への入室許可を出してるし!
 今はかつらを被っていないし、瞳の色だってもとのまま。
 それなのに、誰かに入ってこられたら困ります!
 私が慌てていると、アレスさんは胸を張って言った。

「仲間を呼んだんですよ」
「……仲間?」

 なんの仲間を呼んだって言うんですか、アレスさん?

「そうです。リリアナ様をここから引きずり出すための仲間です」

 私を引きずり出す?
 天岩戸あまのいわとに引きこもった天照大神あまてらすおおみかみじゃないんですから……
 確かに、この世界の神様の血は引いていますが、私はただの女の子ですよ!

「一体、アレスさんは誰を呼んだんだろうね、リリアナちゃん」

 ミーナちゃんも知らなかったようで、不思議そうに首をかしげている。
 あ、そうだよ! お客様!!
 アレスさんに気を取られていました。
 こうしちゃいられません。とにかく変装しなきゃ。
 この間にも、どなたか知りませんが、お客様がこちらに向かっているんだから。
 私の鬘はどこだ!
 鬘を取り出して被ろうとしていると、ノックもなしに凄い勢いで扉が開かれた。
 振り返ると、男装した少女が仁王立ちしている。

「リリアナお嬢様、お久しぶりですね。ご無礼をお許しくださいませ」
「ヴィオ!?」

 それは、友達のヴィオレッタ・リーシェリ――ヴィオだった。
 ヴィオは、ジルさんの曾孫ひまごにあたります。
 ジルさんは、隊商をまとめ上げている大商人。リーシェリ商会のトップに立つ、凄い人なんです。
 私は幼い頃、偶然にもジルさんと知り合った。
 以降、私と血縁ではないけれど、親しみを込めてジルひい祖父じい様と呼ばせてもらっている。
 オリヴィリア家はリーシェリ商会と懇意にしていて、その縁もあり、ヴィオと出会った。
 ヴィオは出会った頃から男装をしていて、当時はてっきり男の子だと勘違いしちゃったんだよね。あとから女の子だと知ったときは、衝撃的だったよ。今ではいい思い出です。
 今日のヴィオは、大きなセーラーカラーの服にスカーフを結び、ズボンを穿いていた。頭にはセーラー帽を被って、夕日のように鮮やかな赤い髪は緩く三つ編みにしている。

「リリアナ様、お久しぶりです。お元気でしたか? 私、リリアナ様がお元気かどうか、いつも気になっていました。だから、お会いできてうれしいです。でも、リリアナ様は薄情なんですね」

 ヴィオは笑みを浮かべながら、私に近づいてくる。

「リリアナ様、王都に来たのであれば、きちんと知らせてください。アレス様からの手紙で、リリアナお嬢様が王都に来ていると知ったときの私の心境がわかりますか? 半信半疑で来てみれば、本当にいらっしゃるし」

 あっ、私、自分のことで精一杯で、王都に来たことをヴィオに知らせていませんでした!
 これじゃ、ヴィオも怒るよね。
 私だって、ヴィオがオリヴィリア領に来ているのに、顔も見せずに帰っちゃったらショックですもん。
 しかも、それを人から聞かされるなんて……ショックも二倍なはず。
 ヴィオは私の目の前に立つと、顔を寄せてささやいた。

「なぁ、俺のこと、すっかり忘れていただろ? 俺なんか、会うにあたいしないということなのか? 随分ずいぶん、ひどい話だよな」

 出たぁーーーーーー! ブラックヴィオ!!
 ヴィオは、私以外の人の前だとしゃべり方も丁寧。
 なのに、私の前だと本来のブラックヴィオが降臨しちゃうんだよね。
 それだけ心を許してもらっていると思えば、うれしい限り。口は悪いですけどね。
 今は、相当おいかりモードだよ。
 アレスさんやミーナちゃんがいるのに、小声とはいえブラックヴィオが降臨しているんだから。
 おそるおそるヴィオの顔を見れば、印象的な黒曜石こくようせき色の大きな瞳が、怒りに燃えていた。

「私が一体、どんな思いでいたと思いますか?」

 ヴィオは一歩下がると、少し悲しそうな声でそう言った。

「ごめんなさい、ヴィオ! 私、自分のことに精一杯で、まわりに気を遣えなかっただけなんです! だから、決してヴィオの存在を軽んじたわけじゃないの!!」

 私は、頭を下げてヴィオに謝る。
 友達を不快な気持ちにさせるなんて、最低だよね……
 なんの言い訳もできません。

「私だけじゃありません。ジル大祖父おおじい様だって、リリアナお嬢様が王都にいることを知れば、会いたがりますよ」

 うぅ、そうですよね。不義理をしてごめんなさい。ジルひいお祖父様には、いつもよくしてもらっているのに……

「ごめんなさい。私……」

 ここは、きちんと誠意を見せなくてはいけませんよね。
 私は再び頭を下げながら言った。

「ヴィオの納得する方法で、おびをします。ジル曾お祖父様にも、こちらからきちんとご挨拶あいさつにうかがいますね」
「よし! 言質げんちは取った!!」

 えっ? 言質? どういうこと!?
 ヴィオの発言に驚いて、私は頭を勢いよく上げた。
 すると、ヴィオはしてやったりといわんばかりの表情を浮かべている。
 なんだろう、嫌な予感しかしません。
 もしかして私、はめられた?

「えっと……ヴィオ、一体どういうことですか? 怒っていたんじゃなかったんですか?」
「怒っていたのは確かです。けれど、リリアナ様の考えていることもわかりますから。どうせ、見た目がどうだとか気にして、頭がいっぱいだったのでしょう。そんなの、些細ささいな問題なのに」

 些細な問題って、そんな言い方はひどいです。私は真剣に悩んでいるのに。
 まぁ、今の私は文句を言える立場ではありませんが……
 ヴィオはニヤリと笑って、両手を叩いた。

「入っていいぞ!」

 ヴィオの合図とともに、見覚えのあるお姉さん二人が現れた。

「「お久しゅうございます、リリアナお嬢様!」」

 チーム・ベルサイユの皆さん!?
 前にヴィオと衣装対決をしたときに、私がデザインした服を作ってくれたお針子はりこのお姉さん達です。あのとき私が作った服は、リボンやレースをふんだんに使った豪奢ごうしゃなドレスでした。
 思わずベルサイユみたいだとつぶやいたら、お姉さん達は、ベルサイユ、ベルサイユと騒いでいたっけ。あれからもう三年近くが過ぎました。

「お姉さん達、お久しぶりですね!」

 うれしくて、私の顔は自然とほころぶ。

「「はい! お会いできて、うれしゅうございます!!」」

 お姉さん達は綺麗なお辞儀をしながら、笑顔を返してくれる。

挨拶あいさつはそこまで。連行!」

 ヴィオは会話をさえぎるように、指をぱちんと鳴らして指示を出す。
 お姉さん達はそれに従って、それぞれ私へと手を伸ばした。
 気づけば私はガッチリと腕をつかまれている。
 なに、この状況! 
 まるで、捕獲された宇宙人みたい。
 随分ずいぶんと息の合った連携プレーですね!!

「ヴィオ、お姉さん方、なんですかこれは? 連行って、なにをするんですか!?」

 ヴィオは、ニヤリと笑う。

「フッフッフッ、悪いようにはしないから安心してください」

 いやいや、安心できないよ。その台詞せりふは、完璧に悪役じゃないですか。

「あっ、ミーナ。あなたもリリアナ様についていって」

 えっ! ミーナちゃんも道連れなの!?
 私は不安でいっぱいの目をミーナちゃんに向ける。だけどミーナちゃんは、楽しそうに笑いながらこちらにやってきた。
 陰謀いんぼうに気づいて、ミーナちゃん!

「「さぁさぁ、まいりましょう、お嬢様方!」」

 私はお姉さん達に引きずられて、部屋から出る。
 そんな私に向かって、ヴィオとアレスさんは笑顔で手を振った。
 その様子……二人はグルですね!
 しかし私が文句を言う前に、無情にも部屋の扉は閉められる。
 お姉さん達は私の腕をがっちりつかんで廊下を進んでいき、ある部屋へ入ると手を離した。

「一体、ここでなにをするんですか?」
「リリアナお嬢様には、このお召し物を着ていただきたいのです」
「服、ですか?」

 どんな無理難題をつきつけられるかビクビクしていたのに、服を着るだけだなんて、意外と簡単なことだったんですね。
 私は拍子抜けしてしまい、思わずぽかんとしてしまう。

「はい、こちらでございます」

 お姉さんは、どこから取り出したのか、綺麗にたたまれた服を手にしている。

「では、お着替えいたしましょう」

 そして、にこにこしながら私の服を脱がせようとした。
 まさか、二人が私を人形のように着せかえるんですか!?
 お姫様や貴族の令嬢れいじょうの着替えシーンは、映画なんかで見たことがある。確かに、侍女さんが着替えさせていたけれど、私には不要だよ。
 が家には使用人が必要最低限しかいないから、私の着替えなんかに人手はけない。
 自分のことは自分でやってきました。

「お姉さん方! 私は一人で着替えができますし、大丈夫ですよ!!」

 大声で、そう主張したんだけど……

「いいえ、お手伝いさせていただきますわ。こんなに楽しいこと、なかなかありませんし!」

 お姉さん、後半、本音がだだれですが!?
 もう一人のお姉さんが、手にしていた洋服を広げる。

「お姉さん! その服!!」

 まさか、それを着ろって言うんじゃないですよね?
 私は救いを求めるようにお姉さん達を見上げる。
 でも、二人はにこやかな笑みを浮かべるだけだ。
 その無言の圧力に、おねえさんとの力の差を感じる。
 さすがは、あのヴィオも恐れるお針子はりこのお姉さん達。やりますね。
 ……結局、私は抵抗の甲斐かいもなく、その服に着替えさせられてしまった。

「まぁまぁ、ピッタリですわね」
「さすがはヴィオ様。リリアナお嬢様のことなら、なんでもお見通しですわね」

 お姉さん達は、口々にそう言う。

「わぁ、リリアナちゃん、そういう格好も似合うね!」
「……ありがとう。ミーナちゃんは、とっても可愛いね」

 私とお姉さん達の攻防戦が繰り広げられている間、ミーナちゃんも服を受け取った。私とは違って、あっさり自分で着替えていたけど。
 可愛らしい服を着たミーナちゃんは、頬を薔薇ばら色に染めて微笑ほほえんだ。

「「さぁさぁ、皆様が首を長くしてお嬢様方をお待ちですわ」」

 来たときと同じく、私はガッチリと両腕を拘束こうそくされて、もとの部屋まで連れていかれた。
 どうしよう。逃げ出したくてしょうがない。
 お姉さん達は、それを許してはくれませんが。
 一人のお姉さんが、扉をコンコンとノックした。

「お待たせいたしました。お嬢様方のご準備が終わりました」

 もう一人のお姉さんも、続けて言う。

「さぁ、どうぞお嬢様方お入りください!」

 お姉さん達は満面の笑みを浮かべながら、私達をうながす。

「嫌です。恥ずかしいので、許してください」

 私がそう言うと、隣に立っていたミーナちゃんに手を握られる。

「ねぇ、リリアナちゃん。一緒に部屋に入ろう?」

 ミーナちゃんは、可愛らしく小首をかしげた。
 ぐはっ、相当のダメージをらいました。ミーナちゃん、やりますね。
 でも、やっぱり恥ずかしいから却下です。心がかなりぐらついたのは、内緒ですよ。

「もぅ、そんなに恥じらって、可愛らしいですわね。えいっ!」

 お姉さんは私が油断している隙に、サッと扉を開いて背中を押してきた。
 ちょっ、不意討ちは卑怯ひきょうですよ!
 私はバランスを崩しながら、部屋に入った。
 アレスさんとヴィオ、そしてさっきまではいなかったシリウス先生が一斉にこちらを見た。

「おぉ、随分ずいぶんと男前に仕上がりましたね、リリアナ様!」

 アレスさんが手を叩きながら言う。
 私が着ているのは、黒の燕尾えんび服に黒いズボン。白いシャツにベストを合わせて黒いネクタイをつけ、手には真っ白な手袋をはめている。
 頭には、肩までの長さの金髪のかつらを被っています。
 ……つまりは、男装。
 しかもこれは執事の服……いわゆるコスプレってやつです。
 なんだろう。前にもこんなことがあったような気が……いいえ、きっとデジャビュだよね。この鬘、もの凄く見覚えがあるけど!


 まさか、男装をさせられるとは思ってもみなかった。
 アレスさん、男前って言われても、複雑な気分ですよ。
 それって、め言葉なんですかね?

「ミーナちゃんは、さらに可愛くなったね。この侍女の服装は……メイド服と言うんでしたっけ、リリアナお嬢様?」

 アレスさんは首をかしげて尋ねてくる。
 ミーナちゃんは、黒いドレスに、フリルがふんだんにあしらわれた白いエプロン姿。加えて、丸くふくらんだ縁をレースで飾ったモブキャップを被っている。
 そう。私が執事服で、ミーナちゃんはメイド服を着用しています。

「正解です、アレスさん……」
「フッフッフッ、やっぱり似合いますね。私の見立てに間違いありません」

 ヴィオは、自慢気に胸を張っている。
 やっぱりこの見立ては、ヴィオでしたか。
 以前、領主館にヴィオが遊びにきたとき、使用人達のために、メイド服と執事服を作ってもらったんです。
 こちらの世界には、お仕着せのような制服がなかったんだよね。使用人達の服装は、清潔であればよしって感じで、普段着だった。
 だけど、どうせならメイド服や執事服を着てみてほしい。そして、それを生で見てみたい。
 そこで、服のスペシャリストであるヴィオに相談したんだ。
 そしたら見事に再現された服が完成しました。使用人の皆は喜んで着てくれている。
 制服ができたあと、オリヴィリア家で働きたいという人が増えたんだって。制服効果って、凄いね。今ではメイド服と執事服が広がって、王宮でも用いられるようになった。
 ヴィオの営業力はあなどれません。
 そして、こんな形で私が執事服を着ることになるなんて……

「ヴィオ、なんで私は男装なんですか? 変装なら、メイド服でもいいと思うんですが」

 ミーナちゃんとおそろいのほうが自然じゃないかな……。いや、決してメイド服を着たいわけではないけどね。

「リリアナお嬢様がこの王都に来ていることは、リーシェリ商会の情報網にも引っかからなかった。つまりは、お忍びということですよね?」

 ヴィオはなにかを確かめるように、アレスさんを見つめて言う。

「……ええ。その通りです。ヴィオレッタ嬢は、噂にたがわない方のようですね」

 アレスさんの言葉に、ヴィオはにっこり笑った。

「そう言っていただけると、うれしい限りです」

 二人は視線を合わせながら、含み笑いする。
 えっ? なになに?
 私が王都に来ていることが、リーシェリ商会の情報網に引っかからなかった……
 つまり、私が王都に来ていることは誰も知らないってこと?
 だけど、それが男装とどう結びつくんだろう。
 私が首をかしげていると、ヴィオが口を開いた。

「リリアナお嬢様。王都でメイド服を着ているのは、どんな人達だと思いますか?」

 王都でメイド服を着ているのは、王宮で働いている人か、爵位の高い貴族に仕えている人。彼女達は、行儀見習いとして家を出た良家の令嬢れいじょう達だ。
 あっ、そうか。私がメイド服を着たら、まず貴族だってバレちゃう。
 さっきのヴィオの話だと、今回の王都訪問はお忍びということになっているらしい。
 きっと、噂が広まらないように、お父様が手をまわしてくれたんだね。
 普段、私がオリヴィリア領で着ているのは質素な服だから、それでもバレないとは思う。
 だけど男装していれば、私が伯爵令嬢だなんて誰も思わないだろう。念には念を……ってことかな。
 あぁ、私はまたも知らない間に、皆に守られていた……
 心の中で、うれしい気持ちとやるせない気持ちが混ざり合う。
 ヴィオ、私が浅慮せんりょでした。せっかく執事服を用意してくれたのに、難癖なんくせつけてごめんなさい。

「ヴィオ、ごめん……いいえ、ありがとうございます!」
「ふふ、どういたしまして。本当は、ただ着せてみたかっただけ……いや、なんでもない」

 ……今のは、聞かなかったことにしておきますね。
 ヴィオにはいっぱいお世話になっているからね。
 ヴィオの優しさには、ちゃんと気づいているよ。

「私、ヴィオには本当に感謝しているんですよ」

 私がにっこり笑って言うと、ヴィオは首をかしげる。

「なにがですか?」
「この服を用意してくれたこと。それに帽子を流行はやらせたのは、ヴィオだよね?」
「なっ!?」
「帽子があれば、簡単に髪と顔を隠せるもんね」

 以前、ジルひいお祖父様がオリヴィリア領に来たとき、こっそりと教えてくれました。
 ヴィオが帽子の販売に、なによりも力を入れていることを。
 自惚うぬぼれかもしれませんが、その話を聞いて、あたたかい気持ちでいっぱいになったのを覚えています。
 ヴィオは照れくさいのか、そっぽを向いている。
 でも、照れているのはバレバレだよ。耳が、真っ赤ですから。
 ヴィオは、相変わらずツンデレだね。

「とっ、とにかく執事服を着ていれば、どこかの屋敷の使いの者だと思われるでしょう。その服がお仕着せだという認識も、王都で根づいてきていますし。性別も誤魔化ごまかせます」

 私は自分の格好をあらためて見下ろす。その違和感のなさに、ちょっと落胆した。
 執事服を着こなしている私を見て、貴族の令嬢れいじょうだと思う人はいないでしょうね……
 うれしいような、悲しいような、複雑な乙女心です。

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