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2巻
2-3
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私は二人の手を引き、樹木が生い茂る森を目指して進んだ。私達の後ろから、皆がついてくる。ラディとレティは、シェリーさんが抱えてくれていた。
そして森の前まで到着すると、お父様が不安そうな表情になった。
「随分と離れたところまで来たんだね」
「はい。木の根っこで足場が悪いので、気をつけてください」
案内しながら歩を進めると、先ほど見つけたあの木が目に入った。
「ありました。お父様、お母様、あの木を見てください」
私は二人から手を離して、目的の木を指差す。
「珍しい木だわ。別々の二本の木が絡み合って、一本の木になっているのね」
「はい、それを連理の木といいます。まるで、お父様とお母様のようだとは思いませんか?」
「そう言われると、なんだかくすぐったいね」
実は、前世で暮らしていた家の近所に、連理の木が御神木になっている神社がありました。縁結びや夫婦和合の木って呼ばれていて、カップルに人気だったんですよね。
あっ、いけない。私には、まだやらなきゃいけないことが残っていた。
お父様とお母様が感心している隙に、私は魔法を使うため集中する。
大丈夫。さっきこの木を見つけたあとに、シリウス先生と特訓したじゃないか。そのときは上手くいったんだから、絶対に成功する!
私は花冠を作った花畑を思い描きながら、イメージを膨らませて強く願う。
「お願いします! 空から素敵な贈り物が降りますように!!」
すると、色とりどりの花々が、雪のように舞い落ちてきた。
「幻想的な光景だね」
「まるで、この木に祝福されているみたいだわ!」
お父様とお母様は目を丸くしながら、ひらひらと舞う花々に手を伸ばしている。
やった! 魔法が成功したよ!!
それじゃあ、大きな声で、せーの!
「お父様、お母様、結婚記念日おめでとうございます!」
「結婚記念日おめでとうございます!」
笑顔で拍手をしながら、皆でお祝いの言葉を贈った。
皆さん、タイミングバッチリです。
結婚記念日大作戦は成功だね!
「「結婚記念日?」」
お父様とお母様は、結婚記念日というものを知らないせいか、不思議そうに首を傾げている。
うぅ、無理もないよね。
「結婚記念日は、お父様とお母様が結婚した日のことですよ。その日を記念して、お祝いをするんです。お父様、お母様、少ししゃがんでもらえますか」
私は籠に隠していた花冠を取り出した。そして、私の背の高さに合わせてかがんでくれたお父様とお母様の頭に、それを載せる。
「おめでとうございます。皆からの贈り物です」
二人は、どこか照れくさそうに頬を染めた。
「私達のために皆で祝ってくれて、ありがとう」
「うふふ、素敵な花冠ね。とってもうれしいわ。ありがとう」
喜んでもらえたようで良かったよ。頑張った甲斐がありました。
作戦成功でちょっとホッとしていると、お父様がポツリと呟いた。
「じゃあ、次は彼の番だね……」
お父様の視線が私の後ろに向けられた。
うん? 一体、誰を見ているんだろう?
気になって振り返ると、そこにはシリウス先生がいた。
「シリウス先生?」
「今日はシリウス君の誕生日だから、彼の祝いもしないとね。おめでとう、シリウス君」
「お誕生日おめでとう。リリアナちゃんも、おめでとうは?」
ん? お父様にお母様、今なんと?
「お心遣い、感謝いたします」
シリウス先生はいつもの無表情で、頭を下げる。
「ええぇーーーーーー!?」
私は驚きを隠せず、思わず大声を出してしまった。
「どうしたの、リリアナちゃん!? なにがあったの!!」
お母様が心配そうに眉を寄せる。
「確認ですがシリウス先生、今日がお誕生日なんですか!?」
「そうです」
知りませんでした!!
今にして思えば、ピクニックに行くことが決まったとき、二人は辞退するシリウス先生を熱心に誘っていました。
ふっ、不覚。今日がシリウス先生の誕生日だったなんて……
「まさか、リリアナは知らなかったのかい? 去年はシリウス君が来たばかりで――どたばたしていて祝えなかったから、今年は気合いを入れてピクニックに行こうと言い出したのだと思っていたよ」
いえ、今日はお父様とお母様の結婚記念日だけだと思っていました。あぁ、できれば、もうちょっと早くその情報が欲しかった。
まずい……私、なんの贈り物も用意していないよ。
「私、知りませんでした。ごめんなさい、シリウス先生」
日頃からお世話になっている大切な人の誕生日も知らないなんて、最低です、私。
両手でスカートをギュッと握りしめて、私はうなだれた。
するとシリウス先生が地面に膝をついて、声をかけてきた。
「リリアナ様は、おめでとう、とは言ってくださらないのですか?」
あっ! 私はお祝いの言葉さえも言っていないよ!!
私は勢いよく顔を上げ、シリウス先生と目を合わせる。
「シリウス先生、お誕生日おめでとうございます!」
「ありがとうございます、リリアナ様。それにしても、なにを落ちこんでいらっしゃったのですか?」
先生は穏やかな表情をしている。
「私、シリウス先生にお誕生日の贈り物を用意できませんでした」
私がしょんぼりしながら言うと、先生はゆっくりと首を左右に振った。
「いいえ、おめでとうの言葉だけで充分です。それに昼食は美味しかったですし、校外学習も楽しかった。それが、なによりの贈り物です。ありがとうございます、リリアナ様」
「うぅ、シリウス先生!」
なんて優しい人なんだ!
私は思わずシリウス先生に抱きついてしまった。首筋に顔を寄せると、先生の身体は少し硬直した。だけど徐々に力が抜けていき、先生は大きな手で頭を撫でてくれる。
「うふふ、微笑ましいわ。ねぇ、ルイス」
「あぁ、そうだね、アリス。リリアナはまだ幼い。だから抱きつかれた彼を許してあげよう。これが年頃だったら、シリウス君は即抹殺だな」
「ルイス、親バカが過ぎるわよ。それに子供の成長は早いのよ、特に女の子はね」
「リリアナは、まだ九歳だ」
「あら、もう九歳よ。あと七年も経てば、リリアナちゃんは十六歳になって成人するわ。そうしたら、すぐに結婚するかもね。ルイス、今から覚悟を決めておいた方が良いわよ」
「十六歳で結婚なんて早すぎる! このオリヴィリア領で、リリアナは私達と一緒にずっと暮らせばいいんだ!!」
二人とも、大袈裟ですよ……私は小さく息を吐いた。
その日の夜、私は自室で悩んでいた。
先生はああ言ってくれたけれど、やっぱりなにか贈り物をしたかったな。
でも、子供の私が大人のシリウス先生にあげられるものなんて、ほとんどない。どうしよう……
私は頭を抱えながら、部屋の中をぐるぐる歩きまわる。ふと、机の上に置かれた紙とペンが目に入った。
あっ、アレなんていいかも!
私はすぐさま机の上のペンを握って、紙にさらさらと文字を書く。
うん、これならきっと喜んでくれるよね。
私は書き終えた紙を両手で広げ、にんまりと笑った。
そして先生の部屋へ向かうべく、自室をあとにした。
目の前のドアをトントン、と叩く。
起きてるかな? 寝てたらどうしよう。今日のピクニックで、いつもより疲れているかもしれないし……
だけど、すぐに先生の声が聞こえた。
「誰だ?」
良かったよ。起きてる。
「シリウス先生、リリアナです。今、よろしいですか?」
すると扉がゆっくりと開いた。
「リリアナ様、こんな夜遅くにどうしたのですか?」
開いたドアから、夜着を纏ったシリウス先生が顔を出す。
おぉ、大人のお色気ムンムンですね。
「夜分遅くにごめんなさい」
「いえ、まだ起きていたので構いませんが……。リリアナ様、幼いとはいえ、女性がこんな時間に異性の部屋を訪ねるのは感心できませんね」
「ごめんなさい。これからは気をつけます。でも、どうしても今日中にお渡ししたい物があって……」
「渡したい物?」
「シリウス先生、お誕生日おめでとうございます!」
私は手に握りしめていた紙を差し出した。先生は紙を受け取ると目を丸くする。
「『なんでもする券』……。なんですか、これは?」
フッフッフッ、見たことも聞いたこともないでしょう、先生。
『シリウス先生専用リリアナがなんでもする券』と書かれた三枚綴りのチケットです。日本では、子供が母の日や父の日などのイベントで作ることはあるけど、セイルレーンでは聞いたことないもんね。
「その券を使っていただければ、私が先生のしてほしいことをなんでもやります! 肩叩きからお掃除まで、どんと来いです!!」
「これは、良いものをいただきました。大切に使わせてもらいます。ありがとうございます、リリアナ様」
喜んでもらえて良かった。さぁ、大切な言葉を伝えよう。
「シリウス先生、生まれてきてくれてありがとうございます。先生に出会えた幸運に感謝します」
今日は思い出がいっぱいつまった、忘れられない一日になりました。
◇ ◆ ◇
私の名前は、アリス・ラ・オリヴィリア。
本当はアリスは略称だし、正式には生家の名前も入るのだけれど、ルイスと結婚してからはこの名で通している。
だって、貴族丸出しの長ったらしい名前なんですもの。少しくらい楽をしてもいいじゃない。
私は生まれたときから、蝶よ、花よ、と育てられた。
そんな私が、今では辺境の地で三児の母をしているのだから、人生なにが起こるか分からないものだわ。
でも、それは私が自ら選び取った人生。とても気に入っているの。
ルイスのもとに押し掛けて、初めて家事に挑戦したときは、やることなすこと散々な結果だった。
だけど前領主の非道な行いのせいで、館に勤めてくれる人は誰もおらず、私は家事を続けざるをえなかった。料理をすれば火事になり、魔法で鎮火。洗濯をすれば、生地がボロボロになるか汚れたまま。掃除をすれば要領が悪くて、家中の物を壊してばかり。
そんな私を見かねたのか、いつしか領民達がお手伝いしてくれるようになった。そのときは、皆との距離が縮まったような気がして本当にうれしかった。その後、私の家事の腕は少しずつ上達していって、大変だけど面白く感じられるようになったわ。
やがて、私は愛するルイスの子供を身籠った。
私のお腹の中にいたときから、子供は精霊に愛されていた。
私には、生まれつき『ある力』が備わっている。
それは、真実の眼。
その力を使うと、目の色が赤くなる。そして、魔法による変身を見破ったり、探し物のありかが分かったり、未来を知ったりすることができる。他にも同じ力を持った人はいるけれど、人によって、能力の形はそれぞれ。私の真実の眼の力は、大したことがない。精霊に祝福を授けられた者にしか視えない精霊の姿が視えるだけで、それ以外の能力はない。
だから気づいたのだけれど、私のお腹に命が宿ってからというもの、精霊達は私から離れようとしなかった。まるで、子供の成長を見守っているように。
そして出産のとき、生まれ落ちた子が息をしていなかったため、治療師のレオーネは必死になって処置をしてくれた。私がふと気づくと、精霊達はいなくなり、子は息を吹き返していた。
その子が、愛する我が娘リリアナちゃん。
きっと、精霊達が力を使って彼女を助けてくれたのだろう。そして力を使い果たし、消えてしまったに違いない。それからというもの、リリアナちゃんのまわりに精霊を視ることはなかった。
生まれたばかりの頃、リリアナちゃんは泣いてばかりいた。私達夫婦がいつも睡眠不足だったのも、今では良い思い出ね。
だけど、あるときからまったく手のかからない子供になった。目を離しても、危ないことはしない。夜泣きもしない。お腹が空けば声を出す。そして、なぜかオムツを汚したときには声を出さず、交換しようとすると軽く暴れる。恥ずかしかったのかしら?
初めての子供だったので、子供とはそんなものだとばかり思っていた。
だけど、双子を生んでから思うのは、子供って愛しい反面、育てるのはとても大変だということ。リリアナちゃんの子育てがいかに楽だったか、痛感しているわ。
今日はリリアナちゃんの発案で、ピクニックに行ってきた。
遠出は、ひさしぶり。帰宅後、身体にはほどよい疲労感が広がっていた。ルイスと二人、自室で椅子に座り、ゆったりとくつろぐ。
「今日は楽しかったわね。リリアナちゃんが私達の結婚した日を祝ってくれるなんて、思ってもみなかったわ」
私は、リリアナちゃんからもらった花冠を膝に載せ、そっと触れる。
「あぁ、とてもうれしかった」
ルイスの顔に笑みが浮かぶ。
「ねぇ、ルイス。私達の結婚は、祝福されたものではなかったわ。でもね、今日、あの木の前に立って花が舞い落ちてきたとき、思ったの」
私は目を閉じて、その光景を思い出す。
「あぁ、私達はようやく祝福されたのだと」
目を開けるとルイスがすぐ傍に立っていて、私を優しく抱きしめてくれた。
「たくさん苦労をさせて、すまない」
ルイスの鼓動を聞きながら、私は頭を横に振る。
確かにたくさんの苦労があったけれど、私は自分が選んだこの人生に満足しているわ。
誰よりも優しい夫、聡く美しい娘、可愛い双子の赤ん坊。
素敵な家族に囲まれて、私は幸せ者よ。
◇ ◆ ◇
オリヴィリア領主夫妻は、結婚した日を結婚記念日と称して、毎年その日にはピクニックに出かけるようになった。
行き先には、絡まり合って一本に見える二本の木――連理の木がある。
やがて領民達は結婚記念日というものを面白がり、領主夫妻の真似をするようになった。
それは徐々に広がっていき、いつしか結婚記念日は世に定着した。
そしてオリヴィリア領の連理の木もまた、乙女達の間で縁結びの木として有名になっていく。次第に他国からも人が訪れるようになり、恋愛に効果のあるパワースポットとして持て囃されることとなった。
第二章 美の探究者と愛を希う町娘
ある日、私は久しぶりに『必殺技』を使うことにした。
「お父様に、お願いがあるんです」
休憩中のお父様の前に立ち、両手の指を組んで顎の下に添えると、上目使いでお父様を見つめた。
このお願い攻撃に、お父様は弱いのです。
案の定、お父様は顔を綻ばせる。
「お願いとはなんだい?」
「お風呂を作ってほしいんです」
「お風呂? いつも湯浴みをしているじゃないか」
お父様は私の言葉の意味が理解できないようで、困った表情を浮かべる。私は力いっぱい言った。
「あれは、お風呂じゃありません!」
セイルレーンにはお風呂がありません。いや、あるにはあるんだけど、人が一人入れるくらいのたらいを部屋に運び、そこに湯水を入れて湯浴みをするだけ。まるで子供用プールだよ。
そんなのお風呂じゃなーーい!
たっぷりのお湯に浸かることで身体が芯からポカポカして、リフレッシュできる素敵なもの――それがお風呂でしょう。たらいなんかじゃ、浸かるなんて夢のまた夢だよ。前世では、お風呂が大好きだったのに……
今までなんとか耐えてきたけど、もう我慢の限界です。
「お風呂じゃない? それならリリアナの言うお風呂とは、一体どんなものなんだい?」
食いついてくれました。あとは、私のプレゼンテーション次第ですね。頑張らなくては。
「お父様、ペンと紙を貸してください」
「もちろんだよ。さぁ、おいで」
お父様は笑いながら私を手招きした。椅子に座っているお父様に近づくと、両脇に手を入れられて身体がふわりと浮く。気がついたときには、お父様の膝の上に乗せられていた。
お父様は机の上に広げていた書類を端へ移すと、まっさらな紙とペンを用意してくれる。
「ほら、書いてごらん」
「ありがとうございます、お父様」
さて、お風呂の絵を描くぞ!
私は渡されたペンを握りしめて、気合いを入れた。
「領主様、前もって言っておきます。リリアナ様と少しでも長くいたいからといって、休憩時間を延ばすことはできませんからね」
私がペンを動かしていると、アレスさんの呆れたような声が聞こえてくる。そうでした、アレスさんもいたのです。
「アレス、私がそんなことをするように見えるかい?」
うぅ、嘘臭いですよ、お父様。こう言ってしまっては身も蓋もありませんが、親バカなお父様ですから。でも、私がきちんと時間を守るので安心してくださいね、アレスさん。
そうこうしているうちに、お風呂の絵は完成した。
「できました!」
私がそう言うと、お父様が覗きこんでくる。身体を洗って流すための浴室エリアと、お湯を張った小さめの浴槽。そして、外には大きな浴槽。そこで人がお湯に肩まで浸かっている様子を描いた。いわゆる露天風呂ってやつです。
「リリアナ、こんなに大きいと室内へ持ち運べないんじゃないかい? それに私の勘違いでなければ、外で湯浴みをしているように見えるのだが……」
「はい、外に置かれているのだから当たり前です」
「えっ?」
お父様は驚きの声を上げた。
湯浴みのときは、たらいを室内に運んで……という認識があるから、意外だったんだろうな。
「このお湯が張られているものを浴槽といいます。浴槽は固定されているので動かせません。そして、この浴槽が備わった部屋を浴室といいます」
本当は温泉があったら最高だけど、地質の問題があるし、調査や掘削には時間とお金がかかってしまう。そこまで高望みはしないので、お湯がいっぱい入る浴槽だけでもお願いします。
「浴室については分かった。しかし、なぜあえて外で湯浴みをするんだい。不埒な輩が出たら危ないじゃないか」
お父様は、険しい表情で紙を見つめている。
「外にあるお風呂を露天風呂と言います。この露天風呂は景色を眺めながら入浴できるので、気分も最高です。お父様は不埒な輩……つまり覗きを心配しているようですが、この領主館は小高い丘の上にあるので、周囲に家はありません。だから見られることもないかと思います。館で一生懸命働いてくれている皆さんの中に、そんな方がいるはずありません」
「……リリアナは、まだ分かっていないね……わざわざ覗きに来る輩だって……いや、まぁ、その件はこちらでなんとか対処するよ」
お父様は心配そうに言ったあと、そういえば、と首を傾げた。
「リリアナは、なぜそこまでして浴室や浴槽が欲しいと思ったんだい?」
よくぞ聞いてくれました、お父様。
「肩までゆっくりお湯に浸かるのは最高なんですよ、お父様! 全身が温まりますし、お肌もスベスベになります。むくみの解消や疲労回復など身体に良い効果もたくさんあるんです!!」
私はここぞとばかりに熱弁をふるう。
「たらいと浴槽では、天と地ほども異なるのです!」
ふぅ、私の思いは全て伝えきったよ。あとは、お父様の判断次第。お願いします、お父様……
「その熱意に負けたよ、リリアナ。よし、思い切って浴室とやらを作ってみようか。リリアナの言葉が本当ならば、健康にも良さそうだしね」
「やったぁ! ありがとうございます、お父様!!」
私はうれしさのあまり、振り向いてお父様に抱きついた。
さすがはお父様、話が分かります。えへへ、これで夢のお風呂へ一歩前進だよ。
「そうそう、リリアナは明日、お友達に会いに行くんだったね」
急に話を変えたお父様。私はお父様の首にまわしていた手を離し、身体を少しずらして座り直した。
「はい。お友達のエレンやカイル、アル君と遊んで来ます」
以前、魔力の高い子供達が狙われて起きた誘拐事件。エレン達とは、旧領主城で監禁されているときに知り合った。事件解決後、私達は友達になり、時々遊んでいるのだ。
「リリアナのお願いを聞いてあげたかわりに、私のお願いも一つ聞いてほしい。女の子のお友達は良いけれど、男の子のお友達とは仲良くしない方がいいんじゃないかな」
お父様は、笑顔でそんなことを言った。
「どうしてですか?」
私が首を傾げていると、アレスさんは勢いよくお父様に意見する。
「領主様、見苦しいですよ! 奥方様もよくおっしゃっていますが、リリアナ様がお嫁に行く日が来たらどうするのですか。今からそれでは、先が思いやられます」
そして森の前まで到着すると、お父様が不安そうな表情になった。
「随分と離れたところまで来たんだね」
「はい。木の根っこで足場が悪いので、気をつけてください」
案内しながら歩を進めると、先ほど見つけたあの木が目に入った。
「ありました。お父様、お母様、あの木を見てください」
私は二人から手を離して、目的の木を指差す。
「珍しい木だわ。別々の二本の木が絡み合って、一本の木になっているのね」
「はい、それを連理の木といいます。まるで、お父様とお母様のようだとは思いませんか?」
「そう言われると、なんだかくすぐったいね」
実は、前世で暮らしていた家の近所に、連理の木が御神木になっている神社がありました。縁結びや夫婦和合の木って呼ばれていて、カップルに人気だったんですよね。
あっ、いけない。私には、まだやらなきゃいけないことが残っていた。
お父様とお母様が感心している隙に、私は魔法を使うため集中する。
大丈夫。さっきこの木を見つけたあとに、シリウス先生と特訓したじゃないか。そのときは上手くいったんだから、絶対に成功する!
私は花冠を作った花畑を思い描きながら、イメージを膨らませて強く願う。
「お願いします! 空から素敵な贈り物が降りますように!!」
すると、色とりどりの花々が、雪のように舞い落ちてきた。
「幻想的な光景だね」
「まるで、この木に祝福されているみたいだわ!」
お父様とお母様は目を丸くしながら、ひらひらと舞う花々に手を伸ばしている。
やった! 魔法が成功したよ!!
それじゃあ、大きな声で、せーの!
「お父様、お母様、結婚記念日おめでとうございます!」
「結婚記念日おめでとうございます!」
笑顔で拍手をしながら、皆でお祝いの言葉を贈った。
皆さん、タイミングバッチリです。
結婚記念日大作戦は成功だね!
「「結婚記念日?」」
お父様とお母様は、結婚記念日というものを知らないせいか、不思議そうに首を傾げている。
うぅ、無理もないよね。
「結婚記念日は、お父様とお母様が結婚した日のことですよ。その日を記念して、お祝いをするんです。お父様、お母様、少ししゃがんでもらえますか」
私は籠に隠していた花冠を取り出した。そして、私の背の高さに合わせてかがんでくれたお父様とお母様の頭に、それを載せる。
「おめでとうございます。皆からの贈り物です」
二人は、どこか照れくさそうに頬を染めた。
「私達のために皆で祝ってくれて、ありがとう」
「うふふ、素敵な花冠ね。とってもうれしいわ。ありがとう」
喜んでもらえたようで良かったよ。頑張った甲斐がありました。
作戦成功でちょっとホッとしていると、お父様がポツリと呟いた。
「じゃあ、次は彼の番だね……」
お父様の視線が私の後ろに向けられた。
うん? 一体、誰を見ているんだろう?
気になって振り返ると、そこにはシリウス先生がいた。
「シリウス先生?」
「今日はシリウス君の誕生日だから、彼の祝いもしないとね。おめでとう、シリウス君」
「お誕生日おめでとう。リリアナちゃんも、おめでとうは?」
ん? お父様にお母様、今なんと?
「お心遣い、感謝いたします」
シリウス先生はいつもの無表情で、頭を下げる。
「ええぇーーーーーー!?」
私は驚きを隠せず、思わず大声を出してしまった。
「どうしたの、リリアナちゃん!? なにがあったの!!」
お母様が心配そうに眉を寄せる。
「確認ですがシリウス先生、今日がお誕生日なんですか!?」
「そうです」
知りませんでした!!
今にして思えば、ピクニックに行くことが決まったとき、二人は辞退するシリウス先生を熱心に誘っていました。
ふっ、不覚。今日がシリウス先生の誕生日だったなんて……
「まさか、リリアナは知らなかったのかい? 去年はシリウス君が来たばかりで――どたばたしていて祝えなかったから、今年は気合いを入れてピクニックに行こうと言い出したのだと思っていたよ」
いえ、今日はお父様とお母様の結婚記念日だけだと思っていました。あぁ、できれば、もうちょっと早くその情報が欲しかった。
まずい……私、なんの贈り物も用意していないよ。
「私、知りませんでした。ごめんなさい、シリウス先生」
日頃からお世話になっている大切な人の誕生日も知らないなんて、最低です、私。
両手でスカートをギュッと握りしめて、私はうなだれた。
するとシリウス先生が地面に膝をついて、声をかけてきた。
「リリアナ様は、おめでとう、とは言ってくださらないのですか?」
あっ! 私はお祝いの言葉さえも言っていないよ!!
私は勢いよく顔を上げ、シリウス先生と目を合わせる。
「シリウス先生、お誕生日おめでとうございます!」
「ありがとうございます、リリアナ様。それにしても、なにを落ちこんでいらっしゃったのですか?」
先生は穏やかな表情をしている。
「私、シリウス先生にお誕生日の贈り物を用意できませんでした」
私がしょんぼりしながら言うと、先生はゆっくりと首を左右に振った。
「いいえ、おめでとうの言葉だけで充分です。それに昼食は美味しかったですし、校外学習も楽しかった。それが、なによりの贈り物です。ありがとうございます、リリアナ様」
「うぅ、シリウス先生!」
なんて優しい人なんだ!
私は思わずシリウス先生に抱きついてしまった。首筋に顔を寄せると、先生の身体は少し硬直した。だけど徐々に力が抜けていき、先生は大きな手で頭を撫でてくれる。
「うふふ、微笑ましいわ。ねぇ、ルイス」
「あぁ、そうだね、アリス。リリアナはまだ幼い。だから抱きつかれた彼を許してあげよう。これが年頃だったら、シリウス君は即抹殺だな」
「ルイス、親バカが過ぎるわよ。それに子供の成長は早いのよ、特に女の子はね」
「リリアナは、まだ九歳だ」
「あら、もう九歳よ。あと七年も経てば、リリアナちゃんは十六歳になって成人するわ。そうしたら、すぐに結婚するかもね。ルイス、今から覚悟を決めておいた方が良いわよ」
「十六歳で結婚なんて早すぎる! このオリヴィリア領で、リリアナは私達と一緒にずっと暮らせばいいんだ!!」
二人とも、大袈裟ですよ……私は小さく息を吐いた。
その日の夜、私は自室で悩んでいた。
先生はああ言ってくれたけれど、やっぱりなにか贈り物をしたかったな。
でも、子供の私が大人のシリウス先生にあげられるものなんて、ほとんどない。どうしよう……
私は頭を抱えながら、部屋の中をぐるぐる歩きまわる。ふと、机の上に置かれた紙とペンが目に入った。
あっ、アレなんていいかも!
私はすぐさま机の上のペンを握って、紙にさらさらと文字を書く。
うん、これならきっと喜んでくれるよね。
私は書き終えた紙を両手で広げ、にんまりと笑った。
そして先生の部屋へ向かうべく、自室をあとにした。
目の前のドアをトントン、と叩く。
起きてるかな? 寝てたらどうしよう。今日のピクニックで、いつもより疲れているかもしれないし……
だけど、すぐに先生の声が聞こえた。
「誰だ?」
良かったよ。起きてる。
「シリウス先生、リリアナです。今、よろしいですか?」
すると扉がゆっくりと開いた。
「リリアナ様、こんな夜遅くにどうしたのですか?」
開いたドアから、夜着を纏ったシリウス先生が顔を出す。
おぉ、大人のお色気ムンムンですね。
「夜分遅くにごめんなさい」
「いえ、まだ起きていたので構いませんが……。リリアナ様、幼いとはいえ、女性がこんな時間に異性の部屋を訪ねるのは感心できませんね」
「ごめんなさい。これからは気をつけます。でも、どうしても今日中にお渡ししたい物があって……」
「渡したい物?」
「シリウス先生、お誕生日おめでとうございます!」
私は手に握りしめていた紙を差し出した。先生は紙を受け取ると目を丸くする。
「『なんでもする券』……。なんですか、これは?」
フッフッフッ、見たことも聞いたこともないでしょう、先生。
『シリウス先生専用リリアナがなんでもする券』と書かれた三枚綴りのチケットです。日本では、子供が母の日や父の日などのイベントで作ることはあるけど、セイルレーンでは聞いたことないもんね。
「その券を使っていただければ、私が先生のしてほしいことをなんでもやります! 肩叩きからお掃除まで、どんと来いです!!」
「これは、良いものをいただきました。大切に使わせてもらいます。ありがとうございます、リリアナ様」
喜んでもらえて良かった。さぁ、大切な言葉を伝えよう。
「シリウス先生、生まれてきてくれてありがとうございます。先生に出会えた幸運に感謝します」
今日は思い出がいっぱいつまった、忘れられない一日になりました。
◇ ◆ ◇
私の名前は、アリス・ラ・オリヴィリア。
本当はアリスは略称だし、正式には生家の名前も入るのだけれど、ルイスと結婚してからはこの名で通している。
だって、貴族丸出しの長ったらしい名前なんですもの。少しくらい楽をしてもいいじゃない。
私は生まれたときから、蝶よ、花よ、と育てられた。
そんな私が、今では辺境の地で三児の母をしているのだから、人生なにが起こるか分からないものだわ。
でも、それは私が自ら選び取った人生。とても気に入っているの。
ルイスのもとに押し掛けて、初めて家事に挑戦したときは、やることなすこと散々な結果だった。
だけど前領主の非道な行いのせいで、館に勤めてくれる人は誰もおらず、私は家事を続けざるをえなかった。料理をすれば火事になり、魔法で鎮火。洗濯をすれば、生地がボロボロになるか汚れたまま。掃除をすれば要領が悪くて、家中の物を壊してばかり。
そんな私を見かねたのか、いつしか領民達がお手伝いしてくれるようになった。そのときは、皆との距離が縮まったような気がして本当にうれしかった。その後、私の家事の腕は少しずつ上達していって、大変だけど面白く感じられるようになったわ。
やがて、私は愛するルイスの子供を身籠った。
私のお腹の中にいたときから、子供は精霊に愛されていた。
私には、生まれつき『ある力』が備わっている。
それは、真実の眼。
その力を使うと、目の色が赤くなる。そして、魔法による変身を見破ったり、探し物のありかが分かったり、未来を知ったりすることができる。他にも同じ力を持った人はいるけれど、人によって、能力の形はそれぞれ。私の真実の眼の力は、大したことがない。精霊に祝福を授けられた者にしか視えない精霊の姿が視えるだけで、それ以外の能力はない。
だから気づいたのだけれど、私のお腹に命が宿ってからというもの、精霊達は私から離れようとしなかった。まるで、子供の成長を見守っているように。
そして出産のとき、生まれ落ちた子が息をしていなかったため、治療師のレオーネは必死になって処置をしてくれた。私がふと気づくと、精霊達はいなくなり、子は息を吹き返していた。
その子が、愛する我が娘リリアナちゃん。
きっと、精霊達が力を使って彼女を助けてくれたのだろう。そして力を使い果たし、消えてしまったに違いない。それからというもの、リリアナちゃんのまわりに精霊を視ることはなかった。
生まれたばかりの頃、リリアナちゃんは泣いてばかりいた。私達夫婦がいつも睡眠不足だったのも、今では良い思い出ね。
だけど、あるときからまったく手のかからない子供になった。目を離しても、危ないことはしない。夜泣きもしない。お腹が空けば声を出す。そして、なぜかオムツを汚したときには声を出さず、交換しようとすると軽く暴れる。恥ずかしかったのかしら?
初めての子供だったので、子供とはそんなものだとばかり思っていた。
だけど、双子を生んでから思うのは、子供って愛しい反面、育てるのはとても大変だということ。リリアナちゃんの子育てがいかに楽だったか、痛感しているわ。
今日はリリアナちゃんの発案で、ピクニックに行ってきた。
遠出は、ひさしぶり。帰宅後、身体にはほどよい疲労感が広がっていた。ルイスと二人、自室で椅子に座り、ゆったりとくつろぐ。
「今日は楽しかったわね。リリアナちゃんが私達の結婚した日を祝ってくれるなんて、思ってもみなかったわ」
私は、リリアナちゃんからもらった花冠を膝に載せ、そっと触れる。
「あぁ、とてもうれしかった」
ルイスの顔に笑みが浮かぶ。
「ねぇ、ルイス。私達の結婚は、祝福されたものではなかったわ。でもね、今日、あの木の前に立って花が舞い落ちてきたとき、思ったの」
私は目を閉じて、その光景を思い出す。
「あぁ、私達はようやく祝福されたのだと」
目を開けるとルイスがすぐ傍に立っていて、私を優しく抱きしめてくれた。
「たくさん苦労をさせて、すまない」
ルイスの鼓動を聞きながら、私は頭を横に振る。
確かにたくさんの苦労があったけれど、私は自分が選んだこの人生に満足しているわ。
誰よりも優しい夫、聡く美しい娘、可愛い双子の赤ん坊。
素敵な家族に囲まれて、私は幸せ者よ。
◇ ◆ ◇
オリヴィリア領主夫妻は、結婚した日を結婚記念日と称して、毎年その日にはピクニックに出かけるようになった。
行き先には、絡まり合って一本に見える二本の木――連理の木がある。
やがて領民達は結婚記念日というものを面白がり、領主夫妻の真似をするようになった。
それは徐々に広がっていき、いつしか結婚記念日は世に定着した。
そしてオリヴィリア領の連理の木もまた、乙女達の間で縁結びの木として有名になっていく。次第に他国からも人が訪れるようになり、恋愛に効果のあるパワースポットとして持て囃されることとなった。
第二章 美の探究者と愛を希う町娘
ある日、私は久しぶりに『必殺技』を使うことにした。
「お父様に、お願いがあるんです」
休憩中のお父様の前に立ち、両手の指を組んで顎の下に添えると、上目使いでお父様を見つめた。
このお願い攻撃に、お父様は弱いのです。
案の定、お父様は顔を綻ばせる。
「お願いとはなんだい?」
「お風呂を作ってほしいんです」
「お風呂? いつも湯浴みをしているじゃないか」
お父様は私の言葉の意味が理解できないようで、困った表情を浮かべる。私は力いっぱい言った。
「あれは、お風呂じゃありません!」
セイルレーンにはお風呂がありません。いや、あるにはあるんだけど、人が一人入れるくらいのたらいを部屋に運び、そこに湯水を入れて湯浴みをするだけ。まるで子供用プールだよ。
そんなのお風呂じゃなーーい!
たっぷりのお湯に浸かることで身体が芯からポカポカして、リフレッシュできる素敵なもの――それがお風呂でしょう。たらいなんかじゃ、浸かるなんて夢のまた夢だよ。前世では、お風呂が大好きだったのに……
今までなんとか耐えてきたけど、もう我慢の限界です。
「お風呂じゃない? それならリリアナの言うお風呂とは、一体どんなものなんだい?」
食いついてくれました。あとは、私のプレゼンテーション次第ですね。頑張らなくては。
「お父様、ペンと紙を貸してください」
「もちろんだよ。さぁ、おいで」
お父様は笑いながら私を手招きした。椅子に座っているお父様に近づくと、両脇に手を入れられて身体がふわりと浮く。気がついたときには、お父様の膝の上に乗せられていた。
お父様は机の上に広げていた書類を端へ移すと、まっさらな紙とペンを用意してくれる。
「ほら、書いてごらん」
「ありがとうございます、お父様」
さて、お風呂の絵を描くぞ!
私は渡されたペンを握りしめて、気合いを入れた。
「領主様、前もって言っておきます。リリアナ様と少しでも長くいたいからといって、休憩時間を延ばすことはできませんからね」
私がペンを動かしていると、アレスさんの呆れたような声が聞こえてくる。そうでした、アレスさんもいたのです。
「アレス、私がそんなことをするように見えるかい?」
うぅ、嘘臭いですよ、お父様。こう言ってしまっては身も蓋もありませんが、親バカなお父様ですから。でも、私がきちんと時間を守るので安心してくださいね、アレスさん。
そうこうしているうちに、お風呂の絵は完成した。
「できました!」
私がそう言うと、お父様が覗きこんでくる。身体を洗って流すための浴室エリアと、お湯を張った小さめの浴槽。そして、外には大きな浴槽。そこで人がお湯に肩まで浸かっている様子を描いた。いわゆる露天風呂ってやつです。
「リリアナ、こんなに大きいと室内へ持ち運べないんじゃないかい? それに私の勘違いでなければ、外で湯浴みをしているように見えるのだが……」
「はい、外に置かれているのだから当たり前です」
「えっ?」
お父様は驚きの声を上げた。
湯浴みのときは、たらいを室内に運んで……という認識があるから、意外だったんだろうな。
「このお湯が張られているものを浴槽といいます。浴槽は固定されているので動かせません。そして、この浴槽が備わった部屋を浴室といいます」
本当は温泉があったら最高だけど、地質の問題があるし、調査や掘削には時間とお金がかかってしまう。そこまで高望みはしないので、お湯がいっぱい入る浴槽だけでもお願いします。
「浴室については分かった。しかし、なぜあえて外で湯浴みをするんだい。不埒な輩が出たら危ないじゃないか」
お父様は、険しい表情で紙を見つめている。
「外にあるお風呂を露天風呂と言います。この露天風呂は景色を眺めながら入浴できるので、気分も最高です。お父様は不埒な輩……つまり覗きを心配しているようですが、この領主館は小高い丘の上にあるので、周囲に家はありません。だから見られることもないかと思います。館で一生懸命働いてくれている皆さんの中に、そんな方がいるはずありません」
「……リリアナは、まだ分かっていないね……わざわざ覗きに来る輩だって……いや、まぁ、その件はこちらでなんとか対処するよ」
お父様は心配そうに言ったあと、そういえば、と首を傾げた。
「リリアナは、なぜそこまでして浴室や浴槽が欲しいと思ったんだい?」
よくぞ聞いてくれました、お父様。
「肩までゆっくりお湯に浸かるのは最高なんですよ、お父様! 全身が温まりますし、お肌もスベスベになります。むくみの解消や疲労回復など身体に良い効果もたくさんあるんです!!」
私はここぞとばかりに熱弁をふるう。
「たらいと浴槽では、天と地ほども異なるのです!」
ふぅ、私の思いは全て伝えきったよ。あとは、お父様の判断次第。お願いします、お父様……
「その熱意に負けたよ、リリアナ。よし、思い切って浴室とやらを作ってみようか。リリアナの言葉が本当ならば、健康にも良さそうだしね」
「やったぁ! ありがとうございます、お父様!!」
私はうれしさのあまり、振り向いてお父様に抱きついた。
さすがはお父様、話が分かります。えへへ、これで夢のお風呂へ一歩前進だよ。
「そうそう、リリアナは明日、お友達に会いに行くんだったね」
急に話を変えたお父様。私はお父様の首にまわしていた手を離し、身体を少しずらして座り直した。
「はい。お友達のエレンやカイル、アル君と遊んで来ます」
以前、魔力の高い子供達が狙われて起きた誘拐事件。エレン達とは、旧領主城で監禁されているときに知り合った。事件解決後、私達は友達になり、時々遊んでいるのだ。
「リリアナのお願いを聞いてあげたかわりに、私のお願いも一つ聞いてほしい。女の子のお友達は良いけれど、男の子のお友達とは仲良くしない方がいいんじゃないかな」
お父様は、笑顔でそんなことを言った。
「どうしてですか?」
私が首を傾げていると、アレスさんは勢いよくお父様に意見する。
「領主様、見苦しいですよ! 奥方様もよくおっしゃっていますが、リリアナ様がお嫁に行く日が来たらどうするのですか。今からそれでは、先が思いやられます」
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